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第16話 霊鎧《たまはがね》[フツノミタマ]



 地上に出ると、[ノーム5]は、元の[ダインスレイブ]に戻っていた。

 隅田川駅の敷地外にダンジョン潜穽者(ダイバー)用の除染車と救急車が一台ずつ待っていた。


 ヴォイドガスに汚染された脊髄装甲を荷台のシャワー室に入れて、セシウム除染水で洗い流すためだ。ヴォイドガスが放射線物質除染に対応するのかどうかは、俺も知らない。


 一度に二人洗えるので、俺が[ノーム5]を担いで一緒に洗う。

 床に横たわらせて表と裏を二回ずつと指示を受けた。

 またシャワー室を出ると入れ替わりに、いねと辰巳は二人でシャワー室に入り、除染する。


「要救護者はその方ですか」

 防護服をきた救急隊員がやってくる。

「ああ、よろしくお願いします」


 救急隊員は、装甲の上から聴診器のような電極を貼り付けて、


「あの、彼はまだ生きてますか」

「ええ。心音ありますね」


 その言葉に、俺は思わずその場にどかりとへたり込んだ。


「大丈夫ですかっ?」

「あー、いや、腰が抜けただけだ。大丈夫、大丈夫」


 いねのやつ、脅かしやがって……。


 ダンジョン潜穽では、地上への生還後、除染と精密検査は義務だ。

 俺は衛を救急車へ運びこむ。ストレッチャー脇に腰かけると、激しい眠気に襲われた。


 数分おいて、となりにいねが座った。救急車の後部ハッチがおろされて車両が動き出す。

 病院につくまで、俺たちは一言も言葉をかわさなかった。


 行き先は、巣鴨。

 そこに東城グループが経営している、ダンジョン潜穽者専門の労災病院がある。


 どこのダンジョンに入っても、生還すればまずその病院へ運ばれる。精密検査は二日。負傷すればそれ以上。死亡しても、その病院で除染と処置をされて、灰になる。


 普通の医療機関にいっても除染対応できないこともあるが、ここなら潜穽者の登録を受ければ二割負担ですむのは嬉しい。給食はやっぱり、塩が足りないけれど。


 俺たちはひと眠りした早朝。眠り続ける衛を大部屋に残し、病院の屋上に集まった。 

 ベンチはすでに煙草を飲む爺さん数人で占拠されていたので、角へ三人で集まる。


「脊髄を換装してる途中で、マモルの生命兆候(バイタルサイン)が全停止したんだ」


 いねが結論から切り出すと、辰巳が息を呑んだ。

 俺はフェンス越しに色の褪せた空を眺めて、


脊髄電源(コードエナジー)は、お前のを使ったのか?」


「当然。だからマモルが脊髄絡みで死んだのなら、キマイラに衝撃された時に死んでたんだ」


「そのことをお嬢は、当然?」


「ああ、知ってたはずだぜ。けどあの脊髄を換装した直後にバイタルサインが戻ってきたから、その事実を黙殺してる」


 早朝の東京は喧騒がなく、少し肌寒く感じた。


 ははは。辰巳が気安い笑みを浮かべた。


「で、でもさ。よかったよ。衛はあの脊髄で蘇生されたんだよね? 結果オーライだ」


「はあ? お前、腐っても脊髄装甲の回路設計者だろうが。本気で言ってんのか?」


「よせ、いね」


 辰巳はまだ自分の失態を衛にかばわれて命を拾ったことを悔やんでいる。

 脊髄を六割ギリギリを残して心停止。そういう事故もなくはない。脊髄換装できる幸運こそが稀なのだから。


 潜穽者(ダイバー)にとって脊髄機関は地下生命活動の命綱だ。機関の主動力は髄液が循環する脊髄ゲージが担っている。その脊髄を換装中に心停止に陥ったということは、人体のほうに生命維持をするだけのエネルギーがなかったことを意味する。言い換えれば、人体の生命維持を脊髄装甲がかろうじて維持させていたに過ぎないという解釈もできる。


 いねは後者を言っていた。辰巳にしても即座に察しはついていただろう。当事者だけに、いねほど客観的になれないだけで。


「それよりも、あの脊髄だ。ありゃなんなんだ?」


「アンノウン」いねは両腕を広げた。

「なに?」


「地上で(こさ)えたの複製品じゃないってことだけわかってる。でも機械獣の残骸なのか太古の聖遺物(アーティファクト)なのかは本人に聞いてみるしかねえ」


「お嬢の言っていた、生命兆候は?」

「換装の〝後〟だよ」


 俺はフェンスに背中を預けると、腕を組みつつあご髭を撫でしつけた。


「いね、一つ疑問がある」

 義妹から応答はなかった。

「なぜお前は、脊髄換装中に心停止した衛に、あの脊髄を組み込んだ?」


 新しい脊髄はもはや機械獣だろうが聖遺物だろうが、心停止した人体には無用の長物だ。


 いねは押し黙る。その理由もわかってる。


「お嬢だな。あの人に口止めされてるのか?」


「ノーコメント。もう済んだ話だろ。ノーコメントだ」


 いつもの、いねらしくない。いつもならお嬢の態度が何様とか文句をつけるのに。


 もしかすると、この案件は……。


「だめだ。話せ。俺はお嬢から衛を預かったが、お前たちに何一つ隠し事はしてねえ。全部話した。だからお前たちも隠し事はするな」


 するといねが辰巳とアイサインを交わした。


「どっちが先に話す。いや、順番を追って話せ」


「あの脊髄を最初に見つけたのは(・・・・・・・・・・)、お嬢さんなんだ」


 辰巳が白状した。


「僕がキマイラを撮影している時に気づいたらしくて、その……〝原始脊髄(オリジンコード)〟かもしれないって」


 俺は目を剥いた。そのままギョロ目を横へスライドさせる。


 いねも観念した長い吐息を洩らして、肩をすくめた。


「衛の心停止を()げたらよ――」


『そのまま続けて。その脊髄がオリジンなら、衛を蘇生させることができるはずだから』


「――そんで、現在にいたる、だ」


「じゃあ、そのオリジンコードは今どこにある?」


 二人は顔を見合わせて、「アンノウン」唱和した。


 俺はスマホを取り出して、呼び出した。


『話は聞いた?』

「ああ。オリジンコードは」

『こっちで昨晩、回収させてもらったわ』


 俺はなぜか、とっさに安堵した。この令嬢に失望しかけていたはずなのに。


「いつオリジンの存在を知った。いや、だいたいの察しは今、ついた」

『そう』


「[山姥切長義]。リヴァ・デイヴィスが偵察した撮影映像が、あのキマイラだったんだな? お嬢はその映像からキマイラに刺さった脊髄を見つけ、そして俺たちに案件を振った」


『Si』


 スマホの画面が耳元でピシリと嫌な音を立てた。


「タケルの息子が死にかけたんだぞ……っ!」


『事故よ。キマイラがあそこまで警戒スペックを拡張させていたなんて、デイヴィスの報告にもなかった。幸い、みんなのおかげで秘密裏のままオリジンを回収できた。その分の[三島瓶割]への補償も手厚くするわ。追加ボーナスとしてね』


「幸いか、幸いね。そりゃあ、お有難てぇこって」

『なあに、その言葉。日本のスラングなの?』


 若い外国人にはこの皮肉はやはり通じないか。


「こっちのことだ。ならボーナス内容をこちらから要求したい」


『ベットラー、あなた……まあ、その資格はあるわね』


「オリジンの複製コードデータをくれ。テッド・ウォーレン博士と共同研究でもかまわん」


『それは無理よ。無理だったわ』


「複製できない?」


『ええ。これは本当よ。あのオリジン、[フツノミタマ]はもう、衛しか受け入れなくなってる。フレイヤの時と同じ』


 ちゃっかり命名までされていることからも、あの脊髄は本物のオリジンだったようだ。


「これでお嬢も、晴れて本家に大手を振って帰れるな」


『は? 急に何を言い出すの? 帰らないわよ?』


「だがオリジンコードは手に入ったろう? 大手柄じゃねえか」


『父に[フツノミタマ]は渡さないわ。ていうか、渡せない。ここのダンジョンで有効に運用していくわ。そのほうが私たち[三島瓶割]は効率よく、のし上がれるはずだから』


「ちょっと待て。お嬢。俺たちはお役御免なんじゃねえのかい」


『ちっ。あのねえ、ベットラー。ならこう言えばいいの?』


 ミカコは言葉を切った。


『私はこの日本から、ダンジョン業界をのし上がるために、チーム[三島瓶割]を選んだのっ!』



第2章、終幕です。

少し休みます。

次回、第3章は、冬馬衛の視点で、高専編/松風翡翠事件からやっていこうと思います。

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