第12話 分岐点での決断
ジャンクがヴァルスを捕食(?)している間に、ピッケルでジャンクの外殻を掘削していき、デーモンコアを抜き取る。
機械獣全般の特徴として、触覚や痛覚が鈍いか、ない個体が多い。
くず鉄を纏うことを科せられた亡者たちは、こちらがパンツを脱がしていることにも気づかず、せっせと残骸をあさり続けるわけだ。
デーモンコアは六角形をした黒曜石じみた黒い光沢を放つパネル部品だ。
個体の大小にかかわらず大きさは十二センチ、重さは二キロで共通しており、手のひらに乗るくらい。研究者の間では、パソコンの集積回路と同じ役割だろうと推測されていた。
掴んで引き出すと、〝脊髄〟に軽い感電痛を覚える。コアのセキュリティカウンターだ。このダメージで髄液がひどく濁る。裏から電気コードのようなものも一緒に引き出されるので、絶縁コーティングされたナイフで切断すれば終わりだ。
コアを切り取った場合は地上に持ち帰るのが原則だが、その場に棄てても罰則はない。
戦闘が継続していた場合や個数が多い場合は躊躇なく捨てる。
一個二キロの荷重は、浮上帰還するには致命的な足枷になるからだ。
官公署は法令遵守を促すため、持ち帰ったデーモンコアに報奨金をつけた。一個三千円。
正直、俺はばかばかしいと思ってる。三千円のために帰還できなかったら本末転倒だからだ。しかも地上でのコア保管には液体窒素とその容器保存の費用は当然、血税である。
この方針を打ち出した行政でさえ利用か廃棄かすらまるで決めてないのは公然の秘密で、かつて原発事故の処理水タンクの二の舞を踏んでいるのが実情だ。
だから衛に教えない。それをするくらいなら沖縄でハブを捕まえたほうがはるかに楽な仕事だ。
一方で、アーバレストジャパンの食客研究員テッド・ウォーレン博士は少し気になる見解を持っている。
「八つのダンジョンの機械獣の分布解析もここ五年で急速に個性を顕し始めてるわ。採掘層、探索層上階にいる機械獣はあいかわらず単純演算行動のままだけど、でも下階は? 潜穽者が放置したコアが機能停止しても、それが彼らの死と誰が確認できた? まだ誰も潜ったこともない深淵層に棲むコアまで単純演算で動くからくり人形と決め打つのはいかがなものかしらね」
当たってほしくない予言だった。
採掘層の第15階層。
「【獄闘】の採掘層ってあと何階?」
休憩をとるため、キャンプを設営する。
ベージュ色の空圧式フィルターテントはヴォイドガスを99・8%まで除染できる。
その屋根にカーキ色の赤外線吸収天幕をかぶせる。
機械獣の中には赤外線熱源探知を持っているからだ。
中で、フェイスガードをさげた衛が汗もそのままに携帯食をかじりながら訊いてきた。
「あと五階、公式では全部で二十階層だね」
辰巳はバッテリー式の電化コンロでコーヒーを飲みながら説明する。
「依頼は第18階層までだけど、なんか下にヤバそうなのがいるみたいでね」
「ヤバそう?」
「今年に入ってこの討伐を受注して向かった潜穽者チームが二組、続けて未達のまま撤退してるんだ。でも彼らのチャット履歴を見る限り、キマイラなんだよねえ」
「キマイラって、さっきの寄せ集めのクマの方?」衛が確認をとる。
「そ。クマの方。最新履歴で[山姥切長義]って結構有名なチームが討伐を諦めて撤退してる。その依頼がそっくりこっちに流れてきたわけ」
「あそこって元メジャー[ミョムニル]シーカーのリヴァ・デイヴィスがいるだろ?」
辰巳の劣化髄液を廃棄補充してやりながら、いねも話に乗った。
俺は衛のほうを廃棄補充してやりながら、記憶を手繰り寄せる。
リヴァ・デイヴィス。元イギリス陸軍空挺特殊部隊(SAS)の隊員。合衆国のダンジョン会社アーバレストの第一線で五年間活躍し、【蜂巣窟】第50階層踏破チームメンバーとして名声を得た。契約満了でチームを退団。二年ほどフリーダイブを続けて世界のダンジョンを回り、日本ダンジョンに腰を落ち着けたのは聞いていたが、企業チームに所属したことまでは知らなかった。地上でフライパンを回し続けていると、こういう情報も聞き逃すらしい。
「シーカーって?」衛が訊いた。
「討伐目標の機械獣の位置情報やコンディションをチームに先んじて捕捉しておく担当だよ。斥候とも言うけど、サッカーにたとえて〝遊撃〟とも称される。ダンジョンみたいに限られた空間内で先駆けて探索するのは死と隣り合わせの過酷労働だから、機械獣に気づかれない技術と胆力が問われるね」
「日本で、そういう担当は」
「ないね。臨機応変フル稼働。それに探知も赤外線広域ソナーを使えば、フロア分析は管制室がやってくれるしね」
『がんばるわ』
ミカコが存在をアピールして、場を明るくさせた。
「ただ、古き良き職人というのかな。自分の目と耳で見聞きした情報が機械で解析した情報に勝る時が往々にしてあるんだ。だから彼はどこのダンジョンでも尊敬される熟練者だよ」
「そっか。うちにもベテランが三人もいるけどな」
「とにかく、その職人リヴァ・デイヴィスが仲間に撤退を進言するくらいだから、よっぽどだね。むしろキマイラに何か問題があるのかもなあ」
もっとも、その答えはテントの中にはなかったが。
「兄貴」
「辰巳の言いたいことはわかる。だが衛にとってこの潜穽はリスクがデカすぎる」
「どういうことっ?」
衛が振り返ろうとするので、強くヘルムを掴んだ。髄液がこぼれる。
辰巳は両手を小さく広げて、
「偵察だよ。リヴァ・デイヴィスほど巧くはできないだろうけど、少数で見に行ってここへ帰って報告するんだ。ヤバい相手なら地上へ撤収。それだけさ。時間と髄液の節約になる」
「リスクがデカすぎるっていうのは?」
「シロウトを一人、連れていく。万が一の保険としてね」
「行く行くっ。俺、偵察行きたい!」
やっぱりわかっちゃいねえか。俺は軽く頭をふった。
「マモル。こいつは本当に危険なんだ。見習いとは言え、基礎知識も身に着けてない君を連れて行って情報を抱えて戻るのはバクチになる」
「絶対、辰巳の言うこと聞くっ。無茶をしないっ」
全員の視線が俺に向けられた。現場指揮権者はこういう時、損だ。
「十五分だ。偵察中は音を絶対に立てるな。つっても無理だろうがな」
ベテランすら尻込みした理由。それをあらかじめ知っておく必要があった。
だが、この決断が俺のミスになった。




