第11話 始まりの機械獣ジャンク
機械獣〝ジャンク〟の討伐。
口さがない潜穽者は、〝ザコ狩り〟と言ったりもする。
ようは初級潜穽者の訓練討伐レベルの仕事だ。
初出はニューヨーク・マンハッタン島に出現したダンジョン【蜂巣窟】で発見され、死者一名を出している。
動きは緩慢で、こちらが攻撃しない限り攻撃姿勢はみせない。ダンジョン内に埋没する金属を採取して体に接着させ、廃金属の外殻を形成する。二足や四足で移動するが緩慢で、人とも動物とも形容しがたい動きを見せる。
そのため採掘作業員を驚かせたり、たまに一個数十万円もする掘削機材を持ち去られるので何かと迷惑な存在だった。
またジャンクは金属蒐集によって肥大化する傾向にあった。
大型化した個体は〝キマイラ〟と改称されて区別され、定期駆除が行われるのが常だった。
今回、依頼達成報酬は、一〇〇万円。
評価報酬を別にしても、少し気にかかるのは討伐場所が探索層に近い採掘層という点くらいか。
「ベットラー。なんで、そこがひっかかるんだ?」
衛の問いかけに、俺はどう説明したものかと思案する。
「まず、探索層という階層は未開発な部分が多いし、地質年代は江戸期よりも前だ。人類が加工した金属はとっくに腐ちてる。だからヤツラの目当ては金属含有鉱石がほとんど、という点だ。それをジャンクがかき集めて体にくっつけたとしたら?」
「金になる?」
まだ冗談を言える余裕があるのはいいが、俺はがっくりと肩を落とした。
「あのな。討伐後の話をするな。あと、ただの鉱石じゃ金にならねえよ」
「へえ。なら……直接石を殴っても刃が立たない?」
「そういうこった。デーモンコアがむき出しになってる状態は滅多にねえ。連中にしてみれば、心臓だからな。だがその周辺をくり抜ければジャンクの動きは止まる」
「じゃあさ、そのコアってもしかして、もしかする?」
「ああ、そうだな。お前の予想通り、高く売れる」
「おおっ!」
「ところが、日本国内はそこもとっくに規制されてる。確保したデーモンコアは地上に持ち帰って、官公署に提出が義務づけられてる。ダンジョン基準法にも書いてあったろ?」
「あれ、そういうことか。でもなんでなんだろう」読んではいるらしい。
「コアが爆発物だからだよ。マンハッタン島の【蜂巣窟】で死んだ警官一名も、デーモンコアを破壊したことで爆発に巻き込まれた。世界のダンジョンで起きる爆発事例の二割がその爆発だ」
「へえ。もしかして、デーモンコアの位置は左胸にあるとは限らない、とか?」
「勘のいい潜穽者は嫌いじゃないぜ。で、持ち帰ったブツは官公署で液体窒素容器の中で保管される」
「んー。でもさ、ベットラー」
「あん?」
「たしか液体窒素の容器って金属だよな? 保管場所が地上なら金属だらけじゃね?」
「そこに気づくなよ天才。法律なんざ、お偉い政治屋さんが現物みて決めてるモンでもねえのさ」
暴論だが、ことダンジョンに関してはあながち間違っちゃあいないのが頭痛の種だ。
九〇分後。
「こちら[三島瓶割]。作業目的エリアに侵入した」
『こちら、[管制室]。[三島瓶割]の第13階層到達を確認』
「あれ、この声、東城さん?」
衛が怪訝な声をもらしたので、俺は手で制しながら会話を続ける。
「目視でジャンクの存在を確認できない。赤外線ソナー許可を」
『赤外線ソナーを許可します』
俺はハンドサインで顔の横で拳を広げて散開を指示、見習い小僧はいねが引き取った。
俺[ノーム1]を中心として仄暗い階層に、赤い光の円が波紋のように広がっていく。
「[管制室]から[三島瓶割]へ。敵を捕捉。敵機14。内訳ジャンク6、キマイラ3。ラプリス・ヴァルスが5」
「あらー、初手にしては多いなあ」辰巳が気の抜けた声をもらした。
目標階層は第18階層だ。いまから四人で十四機を相手にするのは骨が折れる。
新人研修の一環でも、百万は安かったかもしれない。
「兄貴、どうする?」
辰巳が肩をぶつけて訊いてきた。肉声だ。〝脊髄装甲〟による通信はすべて管制室で記録される。雇い主への罵詈雑言も免責されるが、現場の打開策にならない。
プロなら、無駄口を叩かないものだ。
「ここは手堅く、先にヴァルスをやる。引き込める隘路(狭い通路)を探そう。そこで装備を降ろして誘い出す」
「[ノーム1]、また俺が迎撃やろうか?」
衛が名乗り出る。
「[ノーム5]。筋肉痛は治ったのか?」
「え。いや」
「若造、聞け。ここから下、五階層分までが俺たちの仕事の範囲だ。お前が俺たちを楽させてくれるのはいいが、帰りの十八階層から筋肉疲労で動けなくなったお前を担いで揚がる俺たちの身になれ」
ぷふっと、いねが吹き出したので、見習いも大して上がらない両手を広げて引きさがった。
「あとな。今日はこれだけ覚えて帰れ」
「え、なに?」
「ここで厄介なのは、好戦的ですばしっこいヴァルスなんかじゃねえ。その残骸を狙って集まってくる熊なみにデカくなった硬いキマイラ三機だ」
「あ、了解」
隘路なら何でもいいが、カーブがあれば上出来だ。
その入口に休憩用の天幕で塞ぎ、地面に十五センチ程度の隙間を開けておく。
ヴァルスを引っ張ってくる誘導役は、俺みずからが請け負った。
カーボン製の飛槍で最初の胸部を破壊、一撃で戦闘不能にできた。
周りのヴァルス四体が敵襲に気づいていきり立ち、各部から赤の敵対反応を光らせて追ってくる。
ジャンクたちは動かなくなったヴァルスへ散歩でもする歩速で集まっていく。計算通りだ。
俺は懸命に走った。
毎朝五百メートルダッシュで鍛えた走力でも、追っ手との距離が縮まってしまうのは機械と生身の差というやつだ。
目の前に天幕が見えた。スライディングで天幕のした十五センチの隙間をくぐり抜ける。
ヴァルスはそれを見て、天幕の隙間に流線型の頭を突っ込んできた。
「今だ!」
辰巳の合図で、三人がかりで手にしたピッケルでヴァルスの頭を滅多打ちにする。
機械獣の頭蓋装甲は存外、硬い。戦鎚でたたき潰すより、ピッケルなどの尖った武器で視覚デバイスから内部へ穴を開けるのが効果的だ。
隙間を三つの残骸で塞がれて、最後の一機が天幕の向こうで右往左往している。
ここで敵にネタばらしだ。天幕を下ろして出会い頭、衛に頸部を一閃させる。
「ベットラー……軍師かよ」
「お褒めに預かり光栄だ。さあ次の餌ができたぞ。こいつを一機ずつ引きずっていってジャンクを釣れ、やつらが食事を始めたら掘削してコアを引っ張り出せ!」
[三島瓶割]はテキパキと行動した。
『えっと。ヴァルス五機。活動反応、消失』
ミカコの遅ればせアナウンスは、ご愛嬌だ。
『同階層に、再設定される敵影ナシ』
潜穽者見習いにも管制官にも飛躍的成長はない。
けれど彼らは本領を発揮するまでの助走を始めていた。




