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第10話 第3ダンジョン【獄闘】へ



 金曜日。

 店の接客レクチャーは二時間。

 衛は、ギャルソンネクタイとロングエプロンの服装チェックから始まり、給仕からグラスの注ぎ方まで、フロア主任の火浦啄郎と木野燕に指導を受けた。


「最初はできんでもええから。料理こぼさんこととテーブル汚さんことだけ考えてな」


「皿とお客様の間隔は拳二つだ。テーブルに近づく時は、失礼いたします。離れる時は失礼いたしましたは必ず客に声をかけてくれ。必ずだ。できないと給料を減らす。重要なことだぞ」


 衛の動きがぎこちなく、情報量の多さに目を回しそうなほど泳いでいるのが厨房からも見て取れた。


「リッチフォードセンターの悪夢(ナイトメア)を破った英雄の息子にしては、真っ当でしたよ」


 調理台の向かいから水島美弦が豚肩ロースを切りながら声をかけてきた。


「ミツル。お前、九月で二七だったよな」


「当時、今の彼と同じ十五歳でした。駐在銀行員だった父もあの事件に巻き込まれたんです」


 その話は初めて聞いた。こんな直近にもあの事件の遺族がいるとは知らなかった。


「オーナーは知ってるんですか。冬馬タケルという潜穽者(ダイバー)は帰国後、どうなったんですか?」


 俺はブルスケッタ用にトマトのヘタをくり抜いて輪切りにし、マドラースプーンで種を取り除く。輪切りにする前に種を取り除く店もあるが、うちでは輪切りにしてから取り除く。


「わからん。九つ目(・・・)のダンジョンに入ったきり、地上に戻ってきてないのは確かだ。死亡推定期間も過ぎて死亡扱いにこそなってるがな。生きてるのか死んでるのか」


「それを十二年経った今になって彼の家族を引き取るなんて、オーナーも義理堅いですね」


「そりゃ皮肉か? 好きこのんで面倒見てるわけじゃねえよ」

「なら、東城に義理を立ててるとか?」

「うん、それはまあ、あるかもな」

「店としては、彼を客扱いしなくていいんですよね?」


「ああ。だが手は出してくれるなよ。お前たちがケガをするのは困る」

「彼、そんなに?」


「剣術の腕が少しある。少し特殊でな。元中学生の喧嘩(ヤンチャ)レベルだと思わんほうがいい。少し斜に構えちゃいるが礼儀は心得てるし、まだインストール前の集積回路くらいに思っておいてくれ」


 世間知らずにも程がある田舎小僧、人生の基準が金の有りや無しやで、心に柔軟性もない。


「あの面構え、そう簡単に弱みを見せるような手合いじゃなさそうですが」


「だから頼んでる。あいつにはせめて自分の周りには真っ当な仲間がいるくらいに思わせてやりたい」


 衛には、病床の妹を直視できなくて、金を欲することで精神の均衡を保っている節がある。

 もし、大金を手にしながら目前で妹が息を引き取った時、衛はどうなるのか。

 首輪をつけられない獣は、主人を認めるまで、一匹にすべきではないのだ。


 

 四月を目前に控えた、ある日。

 東城ミカコからまた新たなダンジョン依頼が入った。

 南千住四丁目に発生している第3ダンジョン【獄闘】の掃除だ。


 ダンジョンには南千住駅から入れず、貨物専用発着駅の隅田川駅から作業員専用階段から地下に潜穽(ダイブ)する。たまに首のない人影と遭遇すること以外は、比較的安全なルートだ。


「あ~、体、痛ってぇ……っ」


 背嚢(リュック)を背負った衛が後方からよたよたとついてくる。


「おい、マモル。入口でもう泣き言か? しっかり歩けよ。バイト始めてまだ二週間なんだろ」


 いねが二の腕を小突くと、衛は痛そうに身体をよじった。


「やめろよ。まだ七日だけど昼と夜の七時間労働で腕も頭もパンパンなんだからな」


「にししっ。だらしねえなあ」


 いねは無邪気にイジっているが、俺は気楽に笑えなかった。


 二週間前。衛にダンジョンへ連れて行く条件として筋力トレーニングを課した。


 鉄棒の素振り二千回。500mダッシュ十本。6mのロープ昇り20キロ背嚢(バッグ)三往復。これらを早朝四時から五時にかけての一時間。インターバル日を挟んで週五日間である。


 ダンジョン潜穽(ダイブ)を諦めさせたくて意地悪で指示したわけではない。ドワーフ用のメニューだ。いねも辰巳もこのメニューを毎日続けている。


 チーム[三島瓶割]を結成した昭和二一年。俺が二人に日課とするよう厳命した。

 戦後直後に出会った、日本でたった三人しかいないドワーフが、郷里にも帰らずダンジョンで落伍するザマなど見たくないから、と。


 この潜穽(せんせい)メニューを十五歳の少年にたった五日で完遂された時、俺は軽くショックだった。


「若さだけで乗り切れるメニューじゃない。こいつは本当にバケモノか」


 同時に俺は記憶をたぐり寄せていた。

 このメニューを人族に話したことがあったかを。


 おぼろげだが、タケルに話した気がする。

 だがアイツ自身が実践できたとして、息子にも課したとは思えない。

 当時の衛は二、三歳。筋力骨格ともに不可能だ。

 ビデオにその鍛錬法が記録されていれば、話に少しは信憑性がでてくるか。

 それでもにわかには信じられなかった。


「羽生道雪や冬馬タケルが使っていたあの呼吸法、あれなら中学生でも、あるいは」


 あの二人がダンジョンで見せたのは、地面を水面のように滑走するアメンボウのような呼吸走法だ。


 日本の武術にナンバ走法や縮地という古来の走法は知っているが、あれは下半身の関節に負担をかけずに一定速度で長く走るためのものだ。敵に素早く肉迫する戦闘走法とはまた別になる。


 閑話休題(それはともかくだ)


「今回の掃除の対象について改めて確認しておくぞ」


 ダンジョンの掃除といっても実質は討伐戦になる。



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