第六十八.五章「おかえり」
「どうしよう……血が止まらない」
着ていた漢服の袖をちぎって、貫かれた胴体の中心に宛てがうが、血は止まらない。
身体が段々冷たくなるのを感じた。このままでは今度こそ死んでしまう
「先生起きて!!死んじゃダメだよ!!」
五龍達は己の「気」を与える。
蒼猿の師匠は、青龍に寄り添う事しか出来なかった。
「せめて…この血を体内に戻せれば……」
白龍が吐露すると、師匠が何かに気付いた様子で「水龍…」と呟いた。
「そうぢゃ……───青龍の 呉鉤には、「水龍」が宿っている…」
「水龍…?」
「水を操り、与える事が出来る───青龍に仕える水の神ぢゃ。主の血と水龍の神秘の水を使って体内に伝う事が出来れば……───然しなぁ…水龍は主の言う事以外は効かない……──決してそれが、主の生命に関わる危篤な状態であってもぢゃ」
「分かった!あたしが絶対に水龍を説得してみせる!!」
「今の話聞いてた!?」
神美は 呉鉤を握り締めながら頭を垂れる。
「水龍…さん!!、お願いします!助けて下さい!…───先生が……青龍が危ないんです!!」
強く願う────すると、 呉鉤の刃の部分が段々と透明に……「水」へと変化していった。驚いた神美は咄嗟に離してしまいそうになったが「水」から
《離すのか───所詮は口先だけの腰抜けの人間が》
声がした。
そして、その「水」は神美の首に巻き付いた。
「うっ…!!─────」
「神美ッ!!」
白龍は思わず本来の龍の姿に戻りかける───然し、そうする事で「気」を与えられず、青龍が危険な状態になる事も頭では理解していても、目の前で神美が首を絞められている状態を黙って見ていられる訳でもない。
《動くな────。五龍……、貴様等1人でも気を与えるのを止めれば、青龍様は死ぬ。それでも構わぬと思うならば、我を消せ───それぞれの「力」とやらでな》
「ッ…みん…な────絶対…やめちゃ…駄目だよ」
《御主……───どうやら特殊な人間らしいな……。人間であり……仙女でありながら───なんと、世界を脅かす美豚でもあるとな……》
「水」は更に締め付ける
「ぁ…!ッ……」
《御主、まだまともに「力」が使えんようだな……───幼い精神とその身体───……龍の主とはとても思えぬ器だな……。こんな人間に仕えてるそこの五龍も… 青龍様も落魄れたな……》
「ちょ……っ…と…皆のこと……先、生のこと……悪く言うのは……許せないッ───」
《なら……認めさせろ───我が相応しいと思えるような「力」を……───そうしたら、青龍様の血を体内に戻す》
(ち……から)
いつも護られてばかりだ──── 龍仙女の力もまともに使えた事はない───
皆を護りたいのに……──自分が存在して良い「証」が欲しいだけなのに
(いつも…中途半端だ)
でも─────
「諦め……たく…な…い」
《……》
「あ……たし────」
震える手は、水龍に直接触れた。
《……往生際の悪い人間だ────》
「あた……しを………斬っ……て……」
《何?》
水龍は思わず絞めていた首を解放する。
咳込む神美は間髪を容れずに、白龍の鞘から剣を抜き取った。
「か、神美…!!───何を───」
「あたしは……皆みたいに「力」なんて無い人間だよ…。龍仙女なんて、本当はやれるかどうかなんて分からない……───」
剣を自身の腕に宛てる
「でも───そんなあたしを、皆はいつも助けてくれた…───先生は過去に向き合おうとした……。だからあたしは!!あたしなりにそれに応えるだけだから!!」
ザシュッ!─────と、自身の腕を剣で刺した。
「神美ッ!!!!───」
「ッ……!!」
痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い────
怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い─────
(でも……!!駄目!!逃げたら……駄目!!)
ポタ……と、青龍の胸元に神美の血が垂れた───
《そのままでは御主も、出血多量で死ぬ。……馬鹿な人間だ────》
(先生……────何にも知らないのに、先生らしくないとか言って、ごめんね。でもね…───あたしの知ってる先生は、やっぱり誰にでも優しさと愛情を与える事ができる人なんだ。ねぇ───みんなが待ってるよ……、学び舎の子供達も……小龍達も……、珖春さんも────)
神美は心の中で青龍に語りかける。すると、薬指の指輪が微かに光を放ち、それに反応するかのように神美の血が青龍の体内に吸収されていく。
水龍はその光景に驚愕した
《まさか……、己の血を青龍様に…》
(今なら分かる───あたし、「力」が使える)
初めて龍仙女の力を使ったあの時と、赤龍の気持ちに反応したあの時と同じと確信した。
(身体が軽い……!、あたし…龍仙女になれてる!)
《その姿……────まさか…》
「汝、神秘の羽衣よ!!、龍の生命を守りたまえ!!神秘衣!!」
羽衣は青龍を包み込み、そのまま羽衣は美しい水のような物となり、水龍を捕らえた。
《何…!》
「お願い!あたしに力を貸して…───水!」
床に染まった血液は羽衣に吸収されていく。赤く染った羽衣は青龍の体内に溶け込もうとしたが、まだ力が上手く扱えないせいか「水」に拒まれてしまう
「お願い……───お願いだから!!」
《そうまでして……助けたいのか────何故、この方の運命を変えようとする?》
「先生は…まだ、やるべき事があるから────世界を救うとかそんな事じゃなくて……っ……大切な人とちゃんと話し合ってないじゃない!!」
《……》
水龍は過去の記憶を辿った。
以前 呉鉤の手入れをしながら、自身に語りかけてきた青龍の言葉を思い出した
『最初……本気で斬ろうと思っていました───でも、彼女はとても面白くて…──何よりも人の為に…痛みが分かる人間です。』
口にはしなかったが、無意識に守護しようと決意した青龍に、ほんの少しだけ裏切られた気がしてしまった。
そんな事は……最初から無いとは分かっていてもだ
《そなたの「力」───魅せてもらったぞ…龍仙女》
羽衣の中に溶け込んだ水龍は青龍の中に入り込んでいく。
「……ぅ……ッ」
微かな呻き声─────
薄らと目が開かれた
真紅の瞳には、大粒の涙を流す美しい仙女が映った。
「…ちゃんと……聞こえてました……よ」
「……うん────うん…ッ」
「先生、おかえり」と───仙女は幼く微笑んだ。




