第六十六章「哀しき再会」
青寺院の本堂────
薬師如来像が見守る中、青龍は一人の人間と再会を果たす。
その人間は青龍を鋭い目付きで睨みつけた。人間の名は───
「珖春…───その腕は…」
「嗚呼…これは、沁華様のお力で授かった…新しい生命」
高貴な漢服を纏った男はそう言った。まるで洗脳されているかのように……。
そう────この男こそが、青龍が心の奥底で「友」と思っていた人物・珖春だ。端正な顔立ちは目を惹くものがあった。
青龍は苦虫を噛み潰したような表情で、珖春の"右腕"を凝視した。
その光景に沁華はくつくつと喉を鳴らした
「素晴らしい医療の力でしょう?───元・太医としてのご感想はどうですか?青龍の君…」
「……実に不愉快ですね───それに……その腕は…結局本物でもない……偽物にしか過ぎない」
「フフ…、愚かな龍よ……───薬師如来像の前でその様な発言をしたという事は……どういう意味か分かっているのだな?」
「珖春…。本気で、腕が生えたとでも思っているのですか?」
「当たり前だ…────これが、本当の俺の姿だ…。もう馬鹿にされたり───あの帝に……くっ……くくく…ははははっ!!!」
「……───哀れな人間…」
ボソリと青龍が呟くと、珖春の腕は異様な形へと変化する。指先であろう部分は鋭い刃となり、腕は血管のような物が太く不気味に浮かび上がり、赤黒く変色していく……
珖春は腕に語りかけた───「目の前の青い龍を殺せ──」と……
「なら、私はその腕を斬り落とす────」
存在しない筈の不気味な腕に目掛けて、青龍は 呉鉤を振り下ろした。
然し、不気味な腕は尋常ではない速度と動きで、青龍の身体を捕え、締め上げた。
ギリッ…ギリッ…!と、締め付ける音が響く。
「っ………これ…は───中々な……、斬り応えが……ありそうだ────」
「ふん……そう余裕ぶってられるのも今のうちだぞ……」
「珖春殿……そう簡単に殺してはいけませんよ…───「役者」はまだ全員揃ってはいませんから……フフフ……」
「…役…者?───」
「貴方の「大切」な存在ですよ……青龍の君…」
「わた…しには……───」
脳裏に浮かび上がるのは何故か……
『せんせーっ!』
学び舎の生徒達と
『先生~!!』
神美と五龍だ。
青龍は目を見開いた───何故?……
ただただ、それだけだ。無意識に思っていたというのか?。そんな筈が無い……そんな筈───
バンッ──────
本堂の扉が乱暴に開かれた。
一人の僧侶が慌てた様子……───何かから逃げる様に入って来た。
「シ、沁華様!!───捕らえた赤い龍がとんでもなく強────」
僧侶は、脳天に踵を落とされた。
「チッ…、ちょこまかと逃げやがって」
踵を落とした人物は、仏頂面で小脇に幼い娘と少し傷だらけとなった少年を抱え、肩には九尾の小狐を乗せていた。幼い娘は手をぱちぱちとして「すごぉぉ~い!!!!」と感動していた。
「!……赤龍…」
「あ…?───なんでお前がこんな所に……それに、みっともねぇ面してやがるな」
「ちょっとぉ~!赤蛇!、せんせーにひどいこといわないでぇ!」
「…まあ、なんて非行な……───私の可愛い僧侶に乱暴な事をするなんて……、それでも五龍ですか?」
「お前みたいなクソ尼に言われたくねぇな…───」
「……あらあら、可愛くない龍───でも安心して下さい。貴方の為にも、全てを終わらせてあげます…──この……虚空……黒龍様の瞳で────」
沁華が錫杖を振り翳した瞬間だった。錫杖の紫色の玉が光り出す───そう…それはまるで、失くしたものを取り戻すかのように
「心華────」
"その名"を聞いた沁華は、取り乱したかのように握り締めていた錫杖を床に落としてしまった。
沁華は目を疑った───今、自分の目の前には……
「こ……くう…様───」
隻眼の僧侶が────かつての師であり……愛した者が立っていた。
「…心外だねぇ───誰よりも、"こーゆう事"が嫌いなお前が……」
「どうして……───どうして貴方が……」
「悪いけど、そこの頑固な青い龍は返してもらうよ。後、男の"象徴"を斬り落とすのは止めろ───あの時の事と……この国で生きる「男」達は関係無いだろ」
「貴方は!!……どうして─────何故、理解してくれないのですか!?」
黒龍に手を伸ばそうとした時、沁華の周りには無数の電撃を放つ黄色い蝶が飛んでいた。蝶は沁華を傷付けないように捕らえた。それを操るのは黄龍だった
「おっと───動かない方が良いわよ。その蝶は人間が触れたら一発で感電死……。」
「……残念ですが───私がこの蝶に触れても、私は死にません。代わりに……私に忠誠を誓う者達が傷付く事になります……───今、青い龍を捕らえてるあの男にこの電撃が行くでしょうね……───そしたら、青い龍諸共…ふふふ」
「はあ……、ちょっと黒龍……アンタ、女見る目無さすぎ。だいぶ性格拗らせてるわよ、コイツ」
「あはは~、そういう性分なもので」
「でも、安心して……───そこの青い龍はねぇ……とんでもない身体能力を持ってるのよ……。アンタら人間──勿論、龍のアタシらでさえ……上回る事ができないくらい……ね」
ブォンッ!!!───ガッ!!!
沁華の身体を両足で雁字搦めに拘束したのは、先程まで珖春に捕らえられた筈の青龍だ。
「捕まえました───愚かな薬師如来様…」
片手に持っていた 呉鉤は血で染まり、先端部分は赤黒い物体が突き刺さった状態だった。
それは、珖春の右腕だ。
「うあああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!?」
珖春の悲痛な叫びが本堂に響いた。
「なんて……無慈悲な龍────その行為は、再び彼を殺す事になりますよ……」
「なら、私が…救うだけです」
「帝の玩具として扱われたとも知らずの貴方が…?」
「───だからこそ……彼奴の心を利用した貴女を許さない」
「…なら───その罪悪感と、彼の憎悪に呑まれて死んでしまいなさい」
ザシュッ!!─────
斬り落とした筈の珖春の右腕は、青龍の身体を貫いた




