第六十一章「記憶の中の欠片」
「断固拒否」
「"玉"取られても良いって言うの!?」
「そんな馬鹿げた話があってたまるかよ」
舌打ちをしてそっぽを向く赤龍と青龍だけは「男」の姿のままであり、他の皆は全員「女」の姿となっていた。
昨夜の琳瞳の話を全員に伝えた結果、この国にいる間は「女」で居る方が身の安全を保てると判断されたからである。
五龍達は両方の性を持っているので、抵抗は無いはず……だが──
赤龍はどうやら抵抗大有のようだ
「まあまあ、赤龍の気持ちも分かってやってよ~───…態度はデカイけど、あちらの方は案外小s…」
赤龍の鎌が頭に突き刺さった黒龍はそのまま床に倒れた。
「取られる前に刈ってやらぁ…。俺はごめんだぜ…、お前らだけで女ごっこしてろ。」
「どうなっても知らないから!」
「でも、先生は敢えて男のままでって…大丈夫なの?」
「好都合ですよ───例の薬師如来にお会い出来るなら……"玉"で誘き寄せる事なんて容易い…」
「…でも、危険な事は絶対にしちゃ駄目だよ?。先生が怪我したら、この学び舎の皆が悲しむから…」
「…そうですね───ふふ、なら…そうならないように、見張って頂けますか?」
「だから妻役は私が!───」
神美と青龍の間に白龍が割って入ろうと身を乗り出すと、青龍は失笑する。
「あははははっ……なら、一夫多妻制でいきましょうか?。本来であれば、帝の貴方はそうして子を成さねばならなかったのですから……」
「……私は────」
「私情など…、我々「龍」には必要のない事でしょう?。貴方は…そんな龍でしたか?───世界を護る為に…私情は必要でしたか?」
青龍は嘲笑う。
自分に置かれた立場上での正論を言われた白龍は拳を握り締める事しか出来ない。改めて自分達は「龍」であり「人間」ではない。自由に生きる事なんてあってはならないのだから……
(この感情は……───神美に抱くこの感情は……捨てなければいけないのか?)
「───…チーちゃんはさあ~、…誰に対してそんな感情を抱いてたの?」
「────は?」
黒龍は笑みを浮かべながら、神経を逆撫でする様に青龍を挑発する。
「キミの気持ちは少し共感出来るところもあるけど……───本心じゃないのに……"正論"で八つ当たりするのは、ちょっといけ好かないねぇ」
「……"人殺し"に言われたくありませんよ」
「先生!!……どうしてそんな事……───先生らしくないよ!」
「私らしい?────本当の私を……貴女は知っているのですか?」
その深みがかかった真紅色の瞳は冷たく、神美達を捕らえた。
「……調査は私が全て一人でやります。…貴方達はこの学び舎で身を潜めていて下さい。」
「あ…先生!!」
。
。
学び舎を後にし、薬草の香りが拡がる都を彷徨いながら、青龍は物思いにふけ、記憶の中に眠っていた「人物」を思い浮かべていた。
(知らなくていい───本当の私なんて)
《藍猿!───》
遠い記憶に残っていた欠片は、此処に戻ってきた事で残りの記憶を集めようとする。そんな物は要らない────
《珖春》
《お前は本当に凄いな。俺はお前と友達なのが夢みたいだよ…───俺のような…片腕の────》
今なら……その残った腕も斬り裂いてしまうのか
それとも……──────
《お前が俺の人生をめちゃくちゃにしたんだ!!!お前が……甘い夢を見させて…地獄の底に突き落としたんだろ……》
《珖春…何を言ってるんだ…》
《近寄るなッ!!!忌々しい龍がッ!!!!》
人の心は分からない────
分かろうとしなかったのは自分だ
私は……そんなつもりじゃ無かった……
「───かつてはこの国の太医を務め、貧しく身寄りのない…五体が不自由な子供や大人達が自立出来るように…───学び舎を設立した 董 藍猿 先生が……何故、此処にいらっしゃるのでしょうか?」
笠を深く被る僧侶は口角を上げて言った。
僧侶にしては華奢な体型と凛とした美しい声……。
(尼か…?)
「……随分と、私の事を良く知っているのですね」
シャランと錫杖を鳴らした僧侶は、笠を上げる────
「序に……貴方がこの国の守護龍だということも……」
「…その錫杖に付いている"紫色の玉"……───見覚えがありますね」
「…この玉は、真実と虚偽で染まった……哀れで愛しい瞳です。」
「…貴女、薬師如来と呼ばれている尼ですね?」
尼は不気味に小さく笑う。
「はい…、私は沁華と申します。藍猿 先生……、貴方にお会いしたいと申している方がいらっしゃいます」
「私に?……」
「珖春様という……この山藍国の太医で御座います。」




