第四十三章「後宮戦争7」
黄龍は朱雀宮と玄武宮を梯子していた。理由は上流階級の妃に会う為だ。
(なんで人間の女って…、こう面倒臭いんだろうか)
「翠麟様、それはどういうおつもりで仰ってるの?」
「後宮の制度を変えようと思いまして…、これからの時代は女性の帝が居ても宜しいかと」
「…では、白龍帝は退位なさると?」
「…まあ、そうなりますね。」
「…納得のいく説明をして頂かないと…───私は、白龍帝に身を捧げる為だけに、此処まで上り詰めました。その帝が退位するから「女帝」をやってくれなんて……虫の良い話ではなくて?。散々この後宮の中に閉じ込められたと言うのに……」
確かにそうだ────
それは、潤朱の言う通りである。
国の為に、一人の帝の為に、そして自分の家族の為に…。理由は人それぞれ違うとは言え、いつ寵愛されてもいいように、此処の妃達は日々の努力を怠らなかった。
「…龍の伝説って本当だったのかしら」
「……龍?」
黄龍は心臓が跳ねた。
まさかこの妃は自分達の秘密を知っている?───
いや、そんな筈は無い。
五龍だと知っている人物はほんの数名と、自分達が龍として生きていた頃、蓬莱五山に天女と天男と言う、龍と仙女の身の回りの世話する者達がいた────陛下や自分の側仕えとしている人間は、実は天女と天男だったりする。
その方が自分達の正体が外部に漏れる心配が無いからだ。
(柘榴には……何でか知らないけど、言っても大丈夫って思っちゃったんだよなぁ……───陛下も、自分の正体は伝えてたみたいだったし)
「この世界を護る龍は、平和を保つ為に…人間を食い殺すって」
妃が付けていた紅い耳飾りが寂しく揺れた。
「まさか……。龍は人に殺生してはいけない掟があるんですよ。(誰だよ…、こんなくだらない嘘言った奴)」
「いいえ…───伝説の五匹の龍の内の一匹……、黒龍は…、私の父上を殺しました。」
「は?────」
思わず上流の妃の前であったが、黄龍は気の抜けた声が漏れてしまった。
潤朱は揺るぎの無さと憎しみに満ちた眼をしていた。
「黒龍が…人間を殺した?────」
。
。
。
白龍の攻撃を、黒龍はなんとか避けては錫杖で受け止める。
「今、キミを殺したらどうなるんだろう?」
恐ろしい事を口にした黒龍は、殺気と希望に満ち溢れ、まるで殺す事に躊躇いがないように見えた。それは……敵や仲間であろうとも───
「小龍やめて!!」
咄嗟に二人の間に割って入るように、神美は震えながらも立ちはだかる。
「────……か……かみぃ~」
カランと剣は地面に落ちる。
ぎゅう───と、白龍は神美を抱き締めた。
すぅ……と寝息を立てている……
「ね……寝てる?」
「…はあ~~~~、危なかったあ~。危うく仕留めちゃう所だったよっ」
「こ、怖いこと言わないでよ!黒龍!」
「…アンタが、あの"黒龍"か?」
「───おや?、オレを知ってんのかい?」
「…そりゃあ…、アンタは人間殺した事あるっちゅーて、有名やで?」
「へえ~…───キミ、そんな事が分かるんだ?。…流石は惡神五凶ってヤツかな」
「あらやだぁ~、やっぱり…バレてたん?」
「最初に気付いてたのは、神美ちんだけどね」
黒龍が人を殺した?─────
頭の中が真っ白になり、何も考えられなかった。
神美は黒龍を凝視する。
口角を上げて笑みを浮かべてはいるが、瞳は笑っていなかった。
「その瞳……───蚩尤様にそっくりやなぁ~っ。ウチは饕餮や!───ホンマはそこの美豚とぉ~……皇帝はんを頂く予定やったけど……───ま、ええわ。」
白蘭の姿は元々してはいなかったが、饕餮は姿を変えた。がっちりとした体型の妖怪。頭には角と、身体は羊の毛の様な物を身にまとい、ハイヒールのようなものを履いていた。爪が長く、肌は青鼠色と…なんとも個性的な妖怪である。
「アンタらと……白蘭って言う意地悪娘のおかげでなぁ~、封印が解けたんよ───これでまた、不要な人間を殺める事ができるっちゅ~ワケや」
「不要な人間……か」
「ま、ウチらはアンタらとは敵同士やけど、悪の心を持った人間だけを殺しとるさかい───……ホンマはウチら……───仲良くできるんとちゃうかな」
饕餮は「ほな、またなぁ~っ」と言って消えてしまった。
すると、入れ替わりのように、本物であろう白蘭が呻き声を上げながら地面に倒れていた。




