第三十三章「忘れないで」
『こ、こんな所で……私は死ぬ訳にはいかない───折角…惡神五凶としての…地位を獲得したのに……───娘一人のせいで……』
宙に浮いたその妖怪──僵尸は、ぶつくさと文句を垂れる。
風が少し吹き、顔面に貼ってある御札から垣間見えた素顔は、今にも誰かを殺めてしまいそうな表情を浮かべていた。
「────逃がしませんよ」
ブンッ!!!!────────
青龍 は呉鉤を僵尸の脳天目掛けて振り翳した。
僵尸は間一髪の所で避けたが、 均衡が崩れてしまい、そのまま地面に落下してしまう。
「おっーと!、殺生しといて逃げるのかい?」
『己…黒龍!!!貴様、謀りよってッ!!!』
「オレは謀ってないよ?───そっちが勝手に勘違いしたんじゃないか~っ♪」
僵尸の喉元に錫杖を突き付け、黒龍はニコリと笑みを浮かべる。
この男は敵に回したら、平気で人も妖怪も……仲間でさえも殺生しそうだ。
「でも────人の弱みに漬け込んだ上に、自分の過ちを隠そうとするのは良くないねぇ……」
『な……なんの事だ!!!』
「だって……あの女官ちゃんが言っていたじゃないか─── ”貴女のお母様を殺した…その内の一体を殺してあげたのよ?”…ってね───……神美ちんは龍仙女になったけど……美豚の血を引く者。つまり、彼女のお母ちゃんは美豚だったって事だ……。」
『や……やめろ────』
「何故、母親の肉を食さなかった?────それをしないと言うことは、何か自分にとって不都合があるってことだよね?。娘の方を殺そうとして───…殺生した相手を何で生き返らせようとしてる?───お前の目的は何だ?……」
『ぐ………クソッッ!!!!!!分からなかったんだから仕方がないだろうッ!!?…… 蚩尤様は、そこの美豚ではなく、私達が殺した美豚をお捜しだったんだッ!!!!』
「……カマをかけたつもりが……───とんでもない暴露だね。つーか、 蚩尤って何もん?」
『フンッ……五龍なのにそんな事も知らないのか?───最凶の戦の神であり、何れはこの世界の頂点となられる御方……───然し、龍仙女に阿吽の森の奥深くにある、封印の廟へと封印されてしまったのだ…』
「どうして……────なんでその 蚩尤は…あたしのお母さんを捜してるの!?」
『知りたくば……ククク…ッ!お前が死ねば分かる事だ……美豚よ』
「───テメェが死ね」
ジャラリと鎖鎌を僵尸の首に絡め赤龍は締め上げる。
「……あたし、やらなきゃいけない事があるの。おばあちゃんとお母さんを……柘榴ちゃんを酷い目に遭わせた……僵尸を────」
『クククッ……私を殺すか?───』
「────いっぱつ思い切りぶん殴るって───決めてたのよッ!!!!!」
パンッ!!!!!!!───────
「あんたみたいな命を粗末にする奴なんて!!!」
ボコッ!!!!!
『ウグッ……!!ちょ、ま────』
バキィッ!!!!!!
「自分の過ちを隠そうとして、無かったことにしようとするなんて、んなの許されるわけないでしょッ!!!!!!!────でも……貴方が消えるのは絶対に許さないから!!」
気付くと僵尸の顔はボコボコのパンパンに腫れ上がっていた。最早原型をとどめていない。五龍は自分達よりも、龍仙女(リン子)よりも、神美が最強なのでは?と思った。
「犯した過ちは永遠に消えないよ───だからこそ、生きて償いなさい」
神美は羽衣を僵尸の頭の上に被せる。
僵尸は唐突に怯え出した───いや、苦しみ出したのだ。それはまるで、邪悪な物が全て吸い取られる様な───蓄積した悪と罪が、傷口を抉るかのように"罪悪感"として形となる─────
「……一生苦しんで───そして、忘れないで」
『あ……ああああああああぁぁぁッ!!!!』
邪悪な気配は完全に吸い取られ、僵尸の身体はゆっくりと消えていく。
「貴方が生まれ変わる時がもし来たら……、今度こそ正しい道に進んで────」
はらり────と、一枚の古びた御札が地面にゆっくりと落ちた。
「僵尸は……何処に行ったの?」
黄龍が憂いを帯びた表情で問う。
「…あたしにも分からない───でも、きっとこの羽衣が試練を与えたと思うんだ。…あたしの思いが詰まってたから……───今度こそ、ちゃんとした魂になれるように……」
ぐらりと神美の視界が揺らぐ
(あ……─────あた……し)
ドサッ──────
ゆっくりと地面に倒れた
「!?…神美ッ!!!」
身体が冷たくなるのが分かる
「ちょっと!!神美!!」
心臓が弱っていくのが分かる
「…!!────心臓が……」
あたし、今綺麗で…スタイルが良い女の子だよね?
「…もしかして…神美ちん」
おばあちゃん……───お母さん……
あたし、頑張ったよね?
「……痩の実……食べたのか───最初から……此奴」
沢山、褒めて……抱き締めて
「神美ッ!!!!!死ぬなッ!!!!…ッぁ…駄目だ……駄目だッ!!!」
白龍は神美を押し倒すように抱き締める。
美しく───少し幼い少女の顔に、白龍の涙が一粒零れた─────




