第三十一章「悪女」
阿吽の森の奥深くには、東西南北の各国から畏れられている伝説の五凶と……最凶の戦の神・ 蚩尤が封印されている。
それは何千年も前に龍仙女が封印したと語られていた
森の奥深く────そこには古びた廟。
外と中には無数の鎖と札────
一般の人間がその中に入ろうとすれば、身体は粉々になるくらいの神力と魔力が宿っていた。
「おや………───」
「 蚩尤様?……どうなさったんですか?」
「…いや……何だか懐かしくてね」
蚩尤と呼ばれたその男は、欠けた牛の角────背中には大きな黒い翼に鳥の趾を持ち、高貴な衣を身に纏い、既に屍となった動物の顔の骨を仮面にして右眼だけを隠していた。
クスクスと気味の悪い笑みを浮かべ、片手で手にしていた酒器に口を付ける。
頬を紅潮させ、上機嫌な様子だった。
「懐かしい…?」
黒い布を深く被ったこの男の名は 渾沌。 蚩尤の酒器に酒を注いだ。
「いやいや…、"杏奈"の強い気配が此処まで来たものだから……つい反応してしまってね」
「…まさか、最愛の方が美豚だったとは…」
「…己の欲望と野望の為だけに、種を植え付けて繁殖させるだけだった……───だが、彼女の美しさと愛らしさと優しさに触れ……──僕は思った───例え望みが叶わぬとも……この娘が入れば」
(にしては……少々手荒な……)
「はっはっは、そんなに手荒かなぁ~?」
「ぶっ……!?こ、心を読まないでください!!」
「 渾沌は僕の前では隙だらけだね」
「貴方様だけが隙を与えてくださらないんです!」
「分かった、分かった───…ところで、僵尸くん達はどうかな?──杏奈は見つかったのかい?」
「は…───白梨国に舞い降りたと報告は入っております。……本日中には、 蚩尤様の元へと……」
「……ふふふ、そうか……───そうか!あっはっはっは!!…やっと……やっと逢えるのか……」
目に涙を溜め、 蚩尤は目頭を抑える。
( 蚩尤様が捜している美豚と…僵尸達が見つけた美豚の特徴が一致しないのは……、人間の劣化という奴なのか…───それとも……)
。
。
。
少女・神美は、龍仙女として覚醒し、五龍は契りと忠誠を誓った。
(あたしは…)
「くッ…!!龍仙女を捕らえよ!!なんとしてでも美豚を手に入れねばならないのだ!!」
僵尸の一体が、声を張り上げると
「───何をしているのです」
「シ、柘榴様…ッ!!」
「…龍一匹も仕留められないとは……役立たずですね」
金色の冠に、赤い高貴な衣────
ゆっくりと僵尸の方に近付く
ガッ!!!!─────と、僵尸の首を鷲掴みし、そのまま宙に持ち上げる。
「シ…シィ───ォ…さッ!!ガハッ!!ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!?」
ギギッ!!と、生々しく首が締められる音───
「やめてッ!!!!柘榴ちゃんッ!!!!」
「柘榴!!!」
然し───プツンと糸が切れたかのように、その僵尸は動かなくなった。
「柘榴!!!アンタ…!!」
ドサリと息絶えた僵尸は口から唾液垂らして倒れる。もう動く事はない────
「死ん……だ?────」
「あら、喜ばないの?───貴女のお母様を殺した…その内の一体を殺してあげたのよ?───ねぇ、笑って?神美は笑った顔がとても素敵なんだからっ」
いつもの柘榴ちゃんだ
でも───違う…………
あたしの知ってる彼女はこんな事をする人じゃ……!!
「……あら、笑ってくれないの?───可愛くない娘…。貴女になら……陛下を譲ろうかなって…、ちょっと思ってたのに────残念…」
「え……?」
「此処で死んで貰うわよ──── 龍仙女ッ!!……いいえ、美豚ッ!!!私の願いを叶えなさいッ!!!!」
目にも留まらぬ速さで柘榴は至近距離で迫り来る。そのまま神美に手を伸ばすが
ザシュッ!!!……───────
長い爪のような物が柘榴の身体を貫く。
柘榴の背後には禍々しい黒い塊。その塊の中から伸びてきた爪で身体を貫かれている状態だった。
「そうか……────そういう事だったのか……僵尸──僕を騙そうとしたんだね……」
「ぁ………───な……に……をッ」
「まさか…彼女が……子供を産んでいたなんて……」
「柘榴ちゃんッ!!!!!」
「……直ぐに迎えに行くからね───……嗚呼、"君"に似て……可愛らしい」
悲痛と怒りと喜びが入り交じった声は黒い塊から聞こえたものだった。
「僕と杏奈の………娘─────」
黒い塊は消えてなくなり、柘榴は胸を抑えながら膝から崩れ落ちる。駆け寄ろうとした神美に、懐に隠してあった短剣を突き付けた
「ッ……まだ……私を信じようと……───助けようとする心があるならば……───死んで……死んでよ……神美……ッ!」
もがき苦しみながら、柘榴は涙を流す。
「……ごめん、柘榴ちゃん───あたし、まだ…死ねない。でも、貴女にこれ以上…辛い思いをさせたくない!!」
神美は短剣の刃の部分を握り締めた。
赤く美しい血が流れる




