第二十七章「得られた奇跡」
「では……───お預かり致します。…本当によろしいのですね?」
「無論だ。"事が済む"まで、頼んだぞ」
分かりました……───と若榴の視線は、ぐっすりと眠る神美に辿られた。
「陛下…、幻眠香は持って一晩だけ…。神美さんが目覚めた時に、全てが片付けられているかは保証できませんが……」
「…それでも───神美を護れるならば……それで良い」
眠る神美の頬をそっと撫で、白龍はそっと小声で「済まない……」と囁いた。
コト…と、彼女の傍に青い香炉が置かれる。
それは、青龍の力の1つ幻眠香─────
その香には、勿忘草と 薫衣草をすり潰した物に龍の力を加えた特別な香となっており、香りを嗅いだ者は一晩ぐっすりと眠れる作用がある。
(……恨まれても仕方がないか……。)
神美は「あたし、痩の実を食べる」
と、真っ直ぐな瞳で、若榴に言い放った。恐れを知らない娘の瞳は、希望と正義に満ちている。
然し……、神美は後の龍仙女となる者─────
死なせる訳にはいかない。
お前と、世界を護る為……
龍仙女───そなたとの約束の為だ。そなたが命や…魂に変えても護りたいと思った娘を、我々は護り抜く……
「なあ、オレ達も行って良いのか?」
己と仏頂面の赤龍を交互に指をさしながら、黒龍は口角を上げる。
「力を貸して欲しい」
「ふーん、白龍がそんな風に必死になるなんて……。ロンちゃんをオレ達から奪った人間を…───キミが拘る理由はなんだい?」
黒龍の目は笑っていない。
少しの殺気と怒りと……その中の大半は慈愛に満ちてはいる…。
神美に対して憎しみを持っていたとしても、この龍は全てを分かっているからだ。
神美が美豚の呪いに巻き込まれている事や、龍仙女が護りたくなるような人柄や優しさや強さ──
僅かな時だったかもしれないが…、黒龍と赤龍は、この娘に信頼を寄せていたのでは?
「神美を……、護りたい。龍仙女が…そう願っていたから」
「……相変わらず無自覚だねぇ~、そんなところが……キミの魅力だけどさっ。イイよ、付き合ってあげる。」
「…俺は断る───お前達を助ける義理は無いからな」
「んもぉ~!赤龍冷たーい!。神美ちんの血を貰ったクセに!」
「気持ち悪ぃんだよ…変態僧侶が!、ベタベタくっつくな!」
「何…、《《血》》だと?」
「こいつ、万年貧血だろ?。それを見兼ねた神美ちんが自分の血を分け与えたのさ」
「───……成程、あの首筋の小さな傷痕……貴方だったのですね…。良くも……」
ガッ!!───と、青龍は赤龍の首根っこを鷲掴みにし、そのまま地面に叩き付けようとしたが、黄龍に阻止をされた。
そのまま黄龍は赤龍の胸倉を思い切り掴み
「じゃあ、アンタ……神美に"借り"があるってことよね?」
「……」
「神美に借りを返したいなら、協力しなさい。」
「ハッ……あんたが協力して欲しいんだろ?。そうやって、誰かを利用して…自分だけが幸せになる事を臨んでいるからな……」
赤龍の乾いた笑い声が響いた。
「…───なんで、世界を護る龍に生まれたのかしらね…アタシ達。…護られている人間は、欲望のままに生きて……───でも……」
黄龍は眠る神美を一瞥する。
「美豚のせいで、犠牲になったものや……その分得られたものだって沢山あるの。アタシはその"一人"だから……。アンタだって……そうじゃないの?」
(そう……───)
我々は人間の姿をしているが、元々は龍として"この世"に誕生した守護龍に過ぎない。然し、美豚である神美を護る為に龍仙女は、異世界に滞在する事になった……。
その影響で私達は"人間"…仮の姿として生まれ変わり、東西南北中央それぞれの国を護っていた。
その人間としての血縁者や…友人や仲間───自分にとってかけがえのないもの達に出逢えたであろう。
(赤龍もその一人だ……。八罫が……奴の心の支えとなっていたに違いない)
「……チッ───…二度はねぇからな」
「二度あってたまるもんですか!。アタシ、アンタのこと嫌いだし」
黄龍は口角を上げて笑った。
そんな二人のやり取りを見て、黒龍は何やら感極まった様子だ。
「あ~なんだかこの感じ……───龍の時代より、良くなってると思わない?」
「貴方は何を仰ってるのですか?殺しますよ?」
「チーちゃんなんでオレにはそんな辛辣なの!?」
「…皆、時間が無い───急いで白梨国に戻るぞ」
白龍の号令で、一瞬で空気は神聖な物に変わる。
「気を付けて……いってらっしゃいませ────」
五匹の龍に頭を垂れる若榴
(それは、皇帝として……─────
西方を守護する白龍としての威厳……)
「…どうか、柘榴を……───姉様をお救い下さい。」
腹違いではあるが、私達は姉妹として……
然し、私の母は時の一族の者───
時の一族に私は引き取られ…
幼少期に過ごした時間は極わずかでしかなかったが……
離れていても、忘れた事は無かった。
時が流れ、自国ではない白梨国の後宮の妃として……。再び再会したけれど
もう、手遅れでした……。
「次に逢う時は……亡骸の姿でしょうか」
それでも
それでも……また、姉様に逢えるのならば……
「私は此処で待ち続けましょう」
力無く若榴が笑みを浮かべると、寝台から物音がしたのだ。
「っ……ふわあ~……よく寝た……」
「!!……仙女様…!?」
幻眠香で眠っていた筈の神美が目を覚ましていた
「あれ…、皆は!?────」