第二十一章「血吸い」
シャランッ……
錫杖は、喉元にほんの少し掠めた。
「おおおお落ち着いて!!田舎のお母さんが悲しむよ!?。誰かーー!!カツ丼持ってきてぇーー!!」
しかし、顔色一つ変えずの隻眼の僧侶。
瞳には気だるさと希望が入り交じっているが、最早気味が悪いとさえ思ってしまう。
僧侶の後ろで、少し苛立ちを見せながら僵尸は急かし始めた。
「さあ、黒龍……───殺せ」
(駄目だ……このままじゃ、殺される───)
「ッ……!いっ…てぇ…………ッ」
「!…ヤマモモさ…じゃなかった………赤龍さん大丈夫?!」
「?……赤龍───」
「耳許でギャーギャー騒ぐな……───って……なんだ?この気色悪い連中は」
「かくかくしかじかで……なんか襲われそうなんです!!涙」
「面倒くせぇな……───血が足りねぇって時に……」
「貧血なんですか…!?」
「説明するのも面倒くせぇ……」
全てが鬱陶しいと言わんばかりの赤龍は溜息を漏らす。
すると隻眼の僧侶が、神美と赤龍の間に割って入り、赤龍の肩に腕を回したのだ。
「やーやー!!赤龍じゃないかぁ~!!久しぶりだねぇ~、元気っ?」
「な……なんだお前はッ!……───…誰だ?」
「んもぅ~酷いなぁ~!。嘗ては一緒に世界を護っていた仲じゃないかぁ~!。あ!ついでに、君の頭を老いぼれ爺さんに変えたのはオレだよっ」
(世界を護っていた……?)
「そうか……───どっかで見た面だと思ったら……、あの時のクソ僧侶…………」
「思い出してくれたっ?───相変わらず、ツンツンボーイだねっ」
回された腕を振り払い、僧侶に対して今にも"喰い殺してしまいそう"な眼差しを向けて、赤龍は舌打ちをする。
そんな赤龍にでも、僧侶は飄々とした様子だった。
「…テメェを仲間だと思った事は一度もねぇ……。つまらねぇ事を抜かしてんじゃねぇよ」
「ひぃ~どぉ~いぃ~泣 黒龍泣いちゃうぞ!」
(な、なんなんだろこの人……。悪い人じゃ…ない?)
「……黒龍…貴様、我の命に逆らう気か?」
完全に存在を忘れかけていたが、痺れを切らした僵尸が僧侶に殺意を向ける。僧侶は錫杖を軽く鳴らし、口角を上げた。
シャラン……
「とんでもないですよ~、……最初からキミ達に仕えてるつもりはないんでね」
「貴様!!謀ったな!!?」
「心外だなぁ~。でも、美豚ちゃんを捜してるのは本当だったぜ?。見つけてくれて、サンキュ~笑」
「ッ……美豚諸共纏めて始末しろッ!!!!!」
「平和じゃないねぇ~。……ま、その方が面白いけどっ」
僧侶は、錫杖を地面に突き付け軽い読経を上げた。───すると、身体が墨色へと変色していき───…そして、黒い龍へと姿を変えた。
「黒……龍!?」
「チッ……───そういう事かよ……」
その姿を目の当たりにした神美は唖然とし、赤龍は再び赤龍になろうと試みるが、先程の大量出血で目眩が生じ、立つのもやっとの状態だった。
「ッ……クソ!……血が……」
「……血って、傷口から出たやつでも大丈夫なの!?」
「あ…?」
不快そうに赤龍は"だったらなんだ"とぶっきらぼうに吐き捨て、神美を睨み付ける。
しかし、神美はそれに臆せず
噛みごたえのありそうな、自身の白くて艶のある腕を赤龍に差し出した。
「何の、真似だ…」
「あたしの血をあげる!……だから、あの黒龍を助けてください!…っ」
「……なんで俺が……──それに、なんでアンタが、彼奴をそこまで気にかけるんだ?」
「……だって、あのお坊さんは片目に傷を負ってるし……──それに、お坊さんも…貴方も五龍なんでしょ!?」
「……」
ドオオォォンッ!!!!!
「!!…ッ」
大量の僵尸達を木に打ち付ける黒龍──────
然し、倒しても倒してもその屍から新たな僵尸が生まれ、際限のない状態だった。
「あちゃ~、こりゃあ面倒臭い奴らだね──倒しても倒してもキリがない」
「当たり前だ……。本体が存在している限り、我等は永遠に生き続けるのだ」
僵尸の一体が黒龍に1枚の御札を投げ付ける。
その御札から禍々しい気と鎖が放たれ、一瞬で黒龍を縛り付け、身体の自由を奪った。
「ありゃ……しくった」
「お坊さん!!」
地面に落下した黒龍───
砂煙が舞い、神美が急いで黒龍に駆け寄ろうとした瞬間だった
ガシッ─────と、肩を掴まれ、そのままグイッと引き寄せられた
「……首筋貸せ───」
カ…ップッ!────
「痛ッ!!────」
首筋に激痛が走る。
「……アンタの血───戴いたぜ」
唇が血に濡れた赤龍は、先程とは打って変わって生き生きとした表情で、身体から赤い光を放った。
「赤…龍」
赤い光は上空に昇り、赤龍が現れたのだ。
赤龍はそのまま僵尸達に向かって口から火を噴射した。
「なんだこの炎は……、クソ!!身体が言う事を効かない!」
僵尸達は炎に包まれ、メラメラと燃えていく。黒龍が攻撃した時は、無限ループの如く生き返っていたというのに……。
ただ単に赤龍が強いだけでは無い気がした。
《グア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ッ!!!》
そのまま僵尸は灰となり、風と共に上空に消え去ってしまった。
それと同時に、黒龍を縛っていた鎖が解かれる。
「ホ…赤龍がオレを助けた!?───と、言うよりかは……、キミのおかげだよねっ」
黒龍から僧侶の姿に戻る否や、懐から手拭いを取り出した僧侶は神美の首筋にそっとあてた。
「でも、キミが…出血多量で死んでしまうよ?」
「あ……ありがとう…ございます」
なんだか……良い意味でも悪い意味でも掴めない人な気がする。
この人は美豚の事を知っていた……───いや、五龍だから当たり前かもしれないけど……
でも、さっきは本当に……
(あたしを…殺す気だった?)
「余所見してんじゃねぇよ───」
今さっき、僵尸から助ける為に放たれた炎は────今度は僧侶に目掛けて噴射された