第二十章「隻眼の僧侶」
神美が赤龍に攫われ、とある森に落下したその頃……
白梨国・宮廷の謁見の間にて、腕を赤龍に抉られた白龍は、太医でありながら自ら降格し、現・ 度量衡医士 である青龍に手当てを受けている最中であった……
「…陛下!陛下!陛下陛下へいかーーーーーー!!!泣」
「……黄龍、少し静かにしてくれないか……」
「あんな捨て身で……普通の人間なら腕を一本喰いちぎられているところでしたが、流石は陛下ですね。少々皮膚が抉れている程度で済んで」
「それは皮肉か…青龍」
「フッ……まさか、貴方に皮肉など申しません。ですが…、自ら生命を落としに行くのは、あまり感心はしませんね」
「…龍仙女と約束し、……誓ったのだ。」
「……あのお方はもう居ませんよ」
「ちょっと……居ないってどういう事さ!?」
「神美さんが、この場に居なくて……良かったのかもしれませんね。……私が、まだ東の国──山藍国で太医を務めていた時……龍仙女様から御告を戴いたのです……」
もう直ぐ、ワシは龍仙女として資格を失う────
惡神五凶が、美豚を手にする為に…動き出す。
「私達が世界を護る存在であるなら、それに対等に抗う存在も、天から平等に与えられる……。この世界と、そして……神美さんの世界を滅ぼそうとしている……と。恐らく、黄龍や医官が見た僵尸は惡神五凶の一体でしょう…」
「では……龍仙女は……」
「死とは別の……無の存在になられたか……私にも分かりません」
「資格を失うって何!?……── 龍仙女様が居なくなったら……、誰がこの世界の平和を……蓬莱五山を護るんだよ!?……僕達は……どう、なるの───」
「……だからこそ──神美さんが、この世界に導かれたのでしょう……。全てを知っていて……龍仙女様 は……───神美さんを……」
「……まさか」
青龍はこくりと頷く。
すると、崩れ落ちそうな扉の欠けた部分から、老いぼれた老人の顔がこちらの様子を伺っていたのだ。老人は杖代わりに使用していた棍棒を上手く使い、"よいしょ…"と、図々しく侵入する。
それに嫌悪感を抱いた黄龍が掴みかかろうとした瞬間───
青龍 の 呉鉤の刀が老人の衣の首根っこ部分に突き刺ささり、そのまま軽々しくと持ち上げられた。
老人はなんとも"あひゃ…"と、腑抜けた声を漏らす。
「あひん……、そんな乱暴にしちゃやーよ……」
「正直に答えて頂ければ、手荒な真似は控えますよ?」
「ワ、ワシは、赤蛇を捜しに来ただけじゃ」
「では、その赤蛇とやらに、"攫って来い"と命令を下したのは、貴方ですか?」
「ぴんぽぉん、大正解じゃ……。伝説の食材の美豚が、この国でまだ生きておると情報が入ってな……」
「…他国には、既に始末をしたと情報を流す様にした筈…」
「恐らく、惡神五凶を含め、内部犯が洩らしたかと…。とりあえず……、この老人を人質にすれば、神美さんの居場所を突き止めることは容易いことでしょう。」
「小童が!、ワシは今では老人の姿じゃが……、とある変態僧侶に呪いをかけられてこうなったんじゃ!!。この呪いが解ければ、お主らとて 火龍果国一番の盗賊集団・ 赤楝蛇の一味の頭……八罫には敵うまい」
「アンタが呪いをかけられたなんざ知ったこっちゃないの。……陛下に傷を負わせた罪は……死罪だから」
「ヒョォッ!?」
「青龍、黄龍…落ち着け───この者の話を聞きたい。八罫とやら……、あの赤い髪の者……赤龍とは何処で?」
「……お主……、何故それを……」
「あの気難しい龍を…手懐けるのにはさぞかし苦労したであろう……───私は、彼奴と同じ龍の一匹…白龍だ。」
「ちょ、ちょっと陛下!?そんな余所者盗賊老いぼれジジイに、正体をバラしてどうするんですか!?」
「……そうか…お主……───そこの、二人も……五龍か」
八罫が口角を上げると、全身に突き刺さるような殺気を白龍は感じた。
咄嗟にその殺気を避けると、体格の良い男二人が天井から降ってきたのだ。
「頭ァ!捜しましたよぉ~!!」
「ったく、年寄りは足手まといだから大人しくしておけってアレ程言ったのに……」
(八罫の仲間か……──あの殺気……)
「これ──その者達に殺気を向けてはならん。……この方達は、我々の国含め……世界を護る五龍じゃ」
「ウ、五龍!?」
「…こりゃあ、驚いた。……でも、一人足りないんじゃないですかい?───ホラ、頭をこんな老いぼれ爺さんに変えた……」
「だぁれが老いぼれ爺さんじゃ!!怒」
「…ちょっと待て!───まさか……八罫に呪いをかけたというのは……」
「…まあ、アンタらのお察しの通りだが……」
。
。
「お嬢さん、この森の名前を知っているかい?」
「え……し、知らないです」
「此処は、阿吽の森と言ってね、迷い込んだ者に試練を与えるんだよ。──その試練を乗り越えた者だけが……」
僧侶の背後から邪悪な気配────
「この森を抜け出せるんだよ」
その正体は大量の僵尸。
神美は息を呑む────
元の世界とこちらの世界に来たばかりに自分を襲った僵尸達が、此方を見て何かの経を唱え始める
「キョ、キョンシー……!?」
「黒龍……、その娘を殺せ…。ついでにそこの赤い龍もだ」
僵尸の一人が隻眼の僧侶に命令をする。黒龍はやれやれと言った表情で、錫杖を神美に突き付けた。
「ごめんね、お嬢さん……───いや、美豚ちゃん。君は此処で、残念ながら、おしまいなんだ……。」
その男は、僧侶にしてはふざけた風貌をしており、悪人にしては───
やる気の無い…………希望に満ちた瞳をしていた
「その名は、黒龍───」




