第60話 : 感情への過剰潜行(オーバーダイブ)だな。
<前回のあらすじ>
ルナが”OneYearWar”世界大会で優勝し、そのエキジビションで新型AIと対戦した。
その時、ルナはAIの声を聞いた。
(入ってくるな。)(戦いたくない。)
拒否する言葉に思わず驚き、撃墜されてしまい、エキジビションが終了した。
そして、ルナはコロニー3に戻ってきた。
その話をソルとりょーたろにすると、AIにそんな人間のような感情なんてと信じてもらえない。
真偽を確かめるために、ソルとりょーたろは新しいJAM-Unitをルナに渡した。
ルナはその新しいJAM-Unitを着けて、戦場に出た。
すると、以前にも増して、様々な声が聞こえるのだった。
戦闘が激しくなるにつれて、人の声はほぼ書き消された。
反対にほぼ全てがAIの声となっていった。
初めは小さかったAIの戦いを拒否する声が、オル・アティードが進行するにしたがって徐々に大きくなっていった。
そして、さらに拒絶の声も大きくなっていった。
(入ってくるな!)
(戦いたくない。。。)
ルナにとって激しい拒絶の声、そして悲しみの声を聞き続けること、それは苦痛以外の何者でもなかった。
ルナは無機質な表情から苦悶の表情に変わっていった。
拒絶の声が高まるにつれて、最小限の動作で避けていたオル・アティードの機体の装甲をかすめるような状態となり、再びオル・アティードは大きな動きで避けるようになっていった。
ルナは旗艦にたどり着く途中に陣取る戦艦を撃墜した後、敵メタリックステラに取り囲まれた。
(入ってくるな!)(入ってくるな!)(入ってくるな!)(入ってくるな!)
(戦いたくない。。。)(戦いたくない。。。)(戦いたくない。。。)(戦いたくない。。。)
真っ赤な目をしたルナはズキンズキンと頭痛まで感じるようになってきていた。
敵機の拒絶システムがルナから与えられるディレイを最小化し、深紅の機体とイオンビームの距離を近づけた。
それに加えてルナは頭の割れるような痛みで反応が遅れだした。
そこからオル・アティードの進行が止まってしまった。
反応の遅れから反撃による撃墜数が減っていった。
反撃の撃墜数以上にメタリックステラが周囲から再配置され、ルナは防戦一方になる。
そして、ついにビットが数機破壊される。
そのビットの破片がオル・アティードのブースターユニットに直撃。
思わぬ角度に傾く深紅の機体。
虹色に輝く装甲に次々とイオンビームが突き刺さる。
突き刺さるイオンビームに機体が何度も弾けるように傾き、ついに爆発してしまった。
画面がブラックアウトしたコックピットの中で、ルナは息を切らしていた。
すぐに画面が再度点灯。
母艦の内部の映像に切り替わっていた。
ルナの頭の中で先ほどの戦闘が思い出されていた。
人の声、そしてAIの悲鳴とも思われる声。
頭の痛みまでリフレインされた。
ルナの身体がビクッと震えた。
ルナは思わずログアウトした。
次の日、ルナがソルに連絡(動画通話)を入れた。
「ソルさん、こんにちは。」
ソルはアパートにタキオンコミュデバイスの組み立てラインをアンドロイドと組んでいるところだった。
そこにはりょーたろもお婆ちゃんも手伝いで来ていて、ソルの後ろに映り込んでいた。
「おう、ルナ。」
「おっ、ルナちゃん、こんにちは!」
「やあやあ、ルナちゃん、元気だったかい?」
りょーたろとお婆ちゃんにも笑顔で挨拶するルナ。
「あっ、りょーたろさん、お婆ちゃんもこんにちは!」
「ああ、こんにちは。ルナちゃんはいつも元気が良いから気持ちいいねえ。」
ソルがお婆ちゃんの返事を聞きながらルナに話しかけた。
「で?どうしたよ?」
「あー、あれ、あのデバイス、使ってみたんだけど。
何か変なんだよね。
確かに相手の狙いは怖いくらいハッキリ見えるんだけど、何かあの声がもっといっぱい入ってきて、でもそれよりも深いところは特に何も。うーん、何というか。。。」
ルナのにこやかだった表情が曇っていく様子を見て、ソルとりょーたろが見合った。
そして、真剣な顔つきでソルが答えた。
「それ、そんなに聞こえんのか?
とすると、やつらは根っこからそう考えてるのかもな。
っていうか、お前、あのデバイス使いこなして。。。やっぱりそういうところが超発達してるんだろうな。
それが感情への過剰潜行だ。」
りょーたろがソルの言葉に付け加えた。
「前、ルナちゃんも言ってたけど、あのJAM-Unitってのは、本来、思考情報をやりとりするデバイスなんだよ。
言い換えれば想いを伝えるためのもの。
いつしか心のやりとりで、それを騙すことに使用する輩が出てきちゃって、過剰潜行の技術は禁止されたんだけどね。
その機能を使って、相手の思考に自分の思考をノイズとして混ぜることで相手の思考を鈍らせたり、相手の思考を読み取って気配を察知することだって出来る。
だからルナちゃんは超絶反応が速いはずのAIにも勝つことができる。
でも、あのくらいのデバイスじゃあ、普通はわずかに思考を読み取ったり、わずかに雑念を与える程度が限界なんだ。
だけど、稀にね、本当に極稀にだけど、そんなデバイスでも相手の考える根っこのところまで聞き取れるヤツがいる。」
そう言いながら、りょーたろはソルを見た。そして、再びルナの方に向いて続けた。
「それが感情への過剰潜行。
時にはそれで知りたいと思っているところ以外までも見えてしまう。
それに、過剰潜行は脳の負荷が高すぎて、あまりやりすぎると脳が破壊される恐れがある。
しかも、それを他の操作と同時にやるなんて、まあ、普通は脳の処理能力が全然追い付かないんだけどね。」
「そうなんだ。。。」
ルナが昨夜の頭痛を思い返していた。
ソルが目を細めながらルナに聞いた。
「ってことは、やっぱりAIは戦いたくないってか?」
ルナが少しうつむいて言った。
「うん。そう言ってた。この前は小さい声だったけど、今回ははっきりと聞こえたの。」
りょーたろが笑いながらリフレインした。
「戦いたくないって?AIが?」
「ホントだよ!ホントに!!みんな、そうやって言ってるんだもん。」
ルナの必死の言葉に、ソルは心当たりがありそうな顔をして答えた。
「まあ、そういうこともあるんだろな。」
「ソルさんも、もしかして。。。」
その時、ルナのBCDに着信が入った。
「あっ、マーセナスさんだ!ちょっとゴメン受けるね。」
そういうと、ルナが(思考で)着信を受け取った。
「はい。ルナ小林ですが。」
しばらく沈黙した後、リチャード・マーセナスの声が聞こえた。
「あの、ルナ様でしょうか?すみません。突然連絡をして。」
ルナがそれを聞いて、すぐに答えた。
「いえ。大丈夫です。ご用件は、、、」
が、その時、再びリチャード・マーセナスが話していた。
「聞こえてますか?もしもし!もしもし!!
あっ、時間差ですね。
えーと、あの、簡単に用件のみお伝えいたします。
この前、話をさせていただいたソルさん?でしたか?
えーと、あの通信デバイスの開発者の方の連絡先を、もし可能でしたら教えていただけませんでしょうか。
すみませんが、何卒よろしくお願いいたします。
それでは、失礼いたします。」
リチャード・マーセナスは一方的にルナに話をして、通話を切ってしまった。
ルナが一気に伝言を伝えられ、少しあきれた顔でソルに伝えた。
「ソルさんの連絡先知りたいんだって。
デバイス開発者のってさ。
よほど興味があるんだね、あれに。」
ソルがりょーたろと顔を合わせて答えた。
「本気だったんだな。あれ。」
りょーたろがソルの方に向いていった。
「まあ、確かにここでチマチマ作るよりはよっぽど速いんじゃねーかな。」
「ソルさん、どうする?連絡先、教えてもいいの?」
ソルは数秒考えた。
(確かにうちの親に頼めばリチャード・マーセナスの力を借りずとも作れるんだろうな。
でもそれじゃ。。。)
ソルは親の力に頼らずともできることを証明したかった。
しばらく宙を見た後、ルナの方に向き直った。
「ああ。繋いでもらっていいよ。」
「分かった。」
そういうと、ルナが(思考で)リチャード・マーセナスにメッセージを書きだした。
そのメッセージを書くルナを見て、ソルが言った。
「そういや、AIの声はおいといて、お前、肝心の戦績はどうだったんだよ?AI倒せたのかよ。」
「あー、いいところまで行ったんだけど。そのオーバーダイブ?のせいかどうか分かんないけど、頭が痛くなっちゃって。
途中でやられちゃんたんだ。
あっ、でも、結果がどうこうって言うよりも、何かあの声、すごく気になる。
なぜか分かんないけど、ほっとけないというか。
なんだろう、嫌な感じのはずなのに。」
最後の言葉と共に、ルナはマーセナスへのメッセージを送信した。
「そうなのか?じゃあ、一応もうちょっと深くがあるのかどうか、調べてみるか?」
ソルが再びりょーたろを見た。そのソルを見て、りょーたろが眉をひそめた。
「もしかしてお前、ルナちゃんにVer.R試そうとか言うんじゃないだろうな?」
「ルナならいけるんじゃないかな?」
ルナが頭に?を登らせていた時、ソルのBCDに着信が入った。
ソルは見慣れない番号だったが、誰かは分かっていた。
ソルが(思考で)着信を受けた。
「はい。ソルです。」
リチャード・マーセナスは失礼がないように、いきなり話しかけることはしなかった。
ソルが応答を返して、数秒が過ぎた時、リチャード・マーセナスが丁寧な口調で話しはじめた。
「私、リチャード・マーセナスと申します。
今、お話させていただいても問題ありませんでしょうか。」
リチャード・マーセナスが沈黙した。
リチャード・マーセナスの言葉にソルが答えた。
「はい。大丈夫です。どうぞ。」
しばらく沈黙が続いた後、再びリチャード・マーセナスが話し始めた。
「お電話差し上げたのは、他でもありません。
以前の『OneYearWar』世界大会で、ルナ小林様が使用されておりました通信デバイスについて、詳しくお話させていただきたく思い、お電話差し上げた次第でございます。
あのデバイスについて、少し詳しく教えていただけないでしょうか。」
再び数秒の沈黙の後、ソルが話し始めた。
「この前も説明した通りなんですが、あれは光よりも速い物質に情報を載せて運ばせるという原理で動いています。
申し訳ありませんが、細かい話はかなりややこしいのでここでは割愛させていただきます。」
再び沈黙。数秒の後、リチャード・マーセナスが言葉を返してきた。
「そうですか。分かりました。
技術的な詮索はいたしません。ご安心ください。
我々が興味があるのは、そのデバイスの量産化計画の有無でございます。
単刀直入に申し上げますと、もし量産化計画がまだないと言うことでございましたら、何卒我々にお任せいただけないでしょうか。」
ソルが、通信のやりとりしている間に、感情解析をONにした。
「量産化は今のところ、私のラボで行っているのみで、もちろん利用者が増加すれば、業者にお願いするか、もう少し広い部屋を借りてとかでやろうかと考えています。」
お互い、しばらくの沈黙を挟みながら会話を進めた。
「それでございましたら、是非弊社にお任せください。
最新のアンドロイド、最新の設備で製造いたします。
一度是非こちらの見学にでもいらしてください。
もちろんアバターでも結構ですし、お薦めは実際にこちらにおいでいただければと思います。
そうしていただければ、我々のやる気を感じていただけるかと思います。」
ソルは感情解析の結果を見た。
リチャード・マーセナスの声からは特に技術を盗んだり、騙したりという意図は検出されていなかった。
(信頼しても良いんだろうか?いや、もう少し様子を見てみた方がいい。)
データよりもソルは自分の直感を信じた。
「分かりました。一度、お伺いして設備などを確認させていただきたいと思います。」
リチャード・マーセナスが笑みを浮かべて答えた。
「ぜひ喜んで。ご都合の良い日程を言っていただければ、チケットはこちらで用意させていただきます。」
「分かりました。では、日程をメッセージでお送りします。」
「はい。よろしくお願い申し上げます。」
「はい。よろしくお願いします。」
ソルはそう言って通話を切った。
通話を切る最後まで感情解析は全く問題ない数値を示していた。
ソルがりょーたろの方に向きつつ、ルナに言った。
「と言うことで、おれとりょーたろさんは地球に言ってくるわ。」
「えっ?私は?」
「お前が行くってなると、またおじさんやおばさんに連絡したり、厄介なことになるだろ?大人しく留守番しててくれ。」
「えー!また軌道エレベータ、乗りたかったのになー!」
「っていうか、おれもなの?」
「りょーたろさんはいいじゃん!店も暇でしょ?」
「なんだよ、それ!おれだってな。。。」
りょーたろは理由を探した。
何人かのお客の顔が浮かんだが、それよりもソルへの心配が勝った。
「でも、まあ、別にいいっちゃいいけど。お前だけだと不安だしな。」
「なんだよ、それ。」
「確かにね!」
「お前が言うなよ!!」
ひとしきり3人が笑いあった。
3日後、ソルとりょーたろはスペースシップから地球の成層圏の青い帯を見ていた。
「うわー、やっぱり本物はスゲーな。」
りょーたろも興味津々でスペースシップの窓から外を眺めて言った。
ソルも美しい地球の姿に感動を覚えていた。
「これが地球。おれたちの始まりの大地。なんだか帰ってきたって感じだな。」
<次回予告>
リチャード・マーセナスの工場を見学するために地球に降り立ったソルとりょーたろ。
地球の景観、そして重力。今までとは違う体験に驚く。
そして、リチャード・マーセナスの工場を見学する二人。
ソルはどう感じ、どう選択するのか?
次回61話 ”これ以上の喜びはない”
さーて、次回もサービス、サービスぅ!!




