第2話:そして、争いのない世界を。
<前回のあらすじ>
ルナと呼ばれる少女。
実は「OneYearWar」という宇宙戦争をモチーフにしたゲームにおいて
AIをも打ち負かすヒューマンプレイヤーであった。
だが、そのことを隠していた。
翌朝、コロニーの貧困層では、ある青年がアパートの一室の制御盤の前で
何かを行っていた。その後ろには強面の男が立っていたのだった。
月の砂 ”レゴリス”で作られた3、4階建てのアパートが円筒型宇宙コロニー内面に沿って無数に立ち並んでいる。
遠くに見えるアパートは白みがかっていて、更にその上には青空が広がっている。
あるアパートの3階の通路に男が1人と青年が1人立っていた。
青年は短くサラサラな青みがかった髪、キリッとした大きな目をしており、濃い藍色のつなぎズボンと白いピタッとした長袖シャツを着ていた。
白いピタッとした長袖シャツには身体中に黒い帯が描かれている。
強面の男がじっと青年の方をみている。
「やれるのか?」
その言葉を受けて青年が強面の男を見た。
「家で待ってなよ。」
青年は部屋の入口横の配電盤を開け、その中の小さい制御基板を見ていた。
そして、その制御基板の1つの部品に、10センチ角の箱型ユニットを当てた。
すると、ユニットを当てた電子(量子)チップがポロッと取れた。
青年はその部品をじっと見た。青年には目に仕込まれたズームコンタクトによって配線が拡大されて見えていた。
「やっぱりだ。配線の自己複製もない。しかも切れやすく作ってんな。」
小声でそう言うと、青年は外した部品を口にくわえ、カバンから別のチップを取り出した。
青年はそのチップを先ほどチップを外した位置に嵌め込み、10センチ角の箱型ユニットに付いているボタンを何個か押した後、嵌め込んだチップに当てた。
青年がチップから少し目線をそらすとその目線の先の宙にディスプレイとキーボードが表示された。
箱型ユニットを持っている手とは別の手で、プログラムを打ち込みだした。
5秒ほど打ち込んだ後、エンターを押すような動作をした。
「お願いしまーーーーす!!」
箱形のユニットの一部がピカピカと光った。
そして、宙に浮くディスプレイに"Install completed"と表示された。
青年が箱形ユニットを外すと、チップには配線が施された状態になっていた。
「これで良し!」
青年は箱形ユニットをカバンにしまい、配電盤の一番上にあるスイッチを捻った。
すると、何かの音がドアの奥から聞こえだした。
「おっ?直った?」
強面の男の顔が柔らかくなり、ドアを開けて、中に入っていく。
青年は制御盤を閉め、一緒にドアから中に入っていった。
部屋の中の壁から奥にまるでスタジオが広がっているかのように見える。
その中では机に座ったアンドロイドがニュースを読んでいた。
「今日からコロニー3-104で地球通商協会とコロニー通商協会の交渉会議が開かれます。この交渉はコロニーへの経済圏シフトが発端であり、、、」
青年が中で機器の通信状態確認していた男にチップを差し出して話しかける。
「もうたぶん大丈夫だよ。
これ、設置した業者、壊れやすいようにわざと細工してる。
こんなことするくらいならもっと役立つことに力注げばいいのに。。。」
「いやー、でもソルがいてくれてホント助かるわ。あんがとな。」
そう言いながら、男は視線でチャンネルを変えた。
「昨日のOneYearWarも面白かったですね。
RedDevilの活躍でE国が有利になったかと思った矢先、突然のRedDevilドロップ。
結局、E国は押し返され、Z国が勝利しました。
いやー、本当におしかった。ドロップの原因はまだ、、、」
そのニュースを男は興味津々でじっと聞いていた。
ソルと呼ばれた青年が話しかける。
「来た業者って富裕層の業者なんだろ?
高い金額もらってこんな仕事するなんて。。。
あいつら、こっちからベーシックインカムまでも巻き上げようとして。。。」
男が一生懸命ニュースの話を聞いていて、ソルの話には反応がなかった。
ソルは男の視線の前に顔を入れて聞いた。
「おい、聞いてる?」
「ああ、すまん。なんだっけか?」
ソルがふーと息を吐いて言った。
「もういいよ。」
「あー、料金は?」
「部品代と作業代で5000サークル。」
「え?そんだけでいいの?本当、ソルは商売っ気がねーな。
まあ、おれたちにとっては有り難い限りなんだけどな。」
男がそう話ながら、空中で手を動かしていた。
すると、ソルの目の前に1つのウインドウが表示される。
(振り込み確認 5,000C)
ソルが言う。
「まいど。」
その時、ディスプレイでは別のニュースが流れはじめていた。
「コロニー3通商協会会長であり、コロニー3上院議長のレミ柊氏がコロニー3総裁選への出馬を発表しました。
皆さんもご存じの通り、レミ柊はRM財団の代表を勤めており、、、」
そのニュースを見ながら、男が言う。
「財団の代表様か、ひぇー、すっげえ金持ってんだろうな。
こっちに、もっと金回してほしいもんだよな。」
ソルは映し出された女性を若干睨んでいるようにも見えた。
男がソルを見て言った。
「なんだよ、ソル。こえー顔して。どした?
何か親の仇でも見てるみてーな。。。」
ソルがハッとして笑顔に戻った。
「何でもないよ。次あるし、そろそろ行くね。」
「あっ、ああ、ソル、サンキューな。マジでお前がいてくれて助かるわ。」
「いや、お互い様だよ。また何かあったら呼んで。」
ソルがアパートから出て、アパートとアパートの間にある少しだけ広い道路に出た。
ソルがずっと続く道路の向こう側、地面の丸みに沿って視線を少しずつ上に上げた。
遥か真上まで見た。
そこには青空が広がっていた。
だが、ソルが視線で何かを操作すると、小さいウインドウが目の前の宙に表示された。
(Visor system 遮断)
ソルの耳の裏には、細長いBCD=BrainConnectedDeviceというデバイスが貼られてた。
そのデバイスが脳の視神経に直接信号を送ることで目の前の宙にウインドウが表示されたのだった。
(Visor system 遮断)の表示が出るや、青空だったところに目映い光を放つ1本の太いシャフトとさらにその奥には天地が真反対に建つ建物が見えるようになった。
そこにはゆったりとした間隔で大きな豪邸と思われる屋敷が立ち並び、緑も豊かに茂っていた。
ソルはその建物の中でも一際大きい屋敷を睨んだ。
赤い絨毯が敷かれた広間。そこに、つなぎではなく、洗練されたシャツとズボンを着たソルが立っている。シャツとズボンにはシワ1つもない。
周囲には立派なソファーやアンティークの机が置かれていた。壁にも立派なタペストリーが飾られている。
そこには先ほどニュースで出馬を表明した女性がソルに向かって強い口調で話していた。
「あなたは大事な御曹司なのだから、もっとしっかりしなさい。後を継ぐ身として。
少なくともコロニー経済学や、、、」
ソルが女性を睨み付け、言葉を遮るように言った。
「おれは、おれは自分の手で生きたいんだよ。そして、技術者としてこの世界を、、、」
「そんなことよりも、、、」
「そんなことって何だよ!
今、母さんがやっていることは、じいちゃんの意思とは違うじゃないか!」
「そうよ!違う!!
お父様は素晴らしい科学者だった。
お父様の開発した半永久機関はエネルギー問題を解決した。
なのに人はひとつにはなれなかったのよ。
結局、人は私利を肥やそうとする生き物なの。
自らのテリトリーを際限なく広げようとする生き物なの。
誰かを支配して喜びを獲得するような生き物なの。
だから政治が必要なのよ。強い力が必要なの。
私はそれを掴む。そして、争いのない世界を。」
「違う!!
母さんみたいに経済や政治ではもう世界は変えられない。
むしろ逆だ!
政治は誰かを犠牲にして、誰かを救う。
新しい制度ができればそれで利益を得るものが生まれ、損害を被るものが生まれる。
そこにまた争いが生まれるんだ。
争いが大きくなっていく。
だけど、科学は違う。
全員を幸せにできる可能性がある。
全ての理不尽を取り除ける可能性がある。
おれは、おれのやり方でじいちゃんの望む世界を、おれの望む世界を追い求めたいんだ!
それなのに、なんで母さんはそれを分かろうとしないんだ!!」
「そうやってお父様も理想を掲げて、どうなってる?
結局今の世界ができてるじゃない!
あなたこそそれを理解しなさい!」
「はあ。まあ、きっと母さんとは一生分かりあえないな。
勝手にあのアンドロイドに自分のあとを継がせればいいだろ!?
母さんの望み通りの息子になってくれる。
おれなんか必要ないだろ!
だからおれはもうここから出ていくって決めたんだ。
おれはおれの信じる道を行く。」
「ソル、あなた。。。待ちなさい!待ちなさい!!」
女性が下唇を少し噛み締め、涙をこらえながらソルをじっと見ていた。
その姿を背にソルは扉を開け、部屋を出ていった。
荒廃したアパートの路地に立つソルがふと我に返った。
視線を下に落として、目の前の現実、荒んだアパートを見て息を吐く。
「世界を変える。か。。。
あんな偉そうなこと言ったわりに、おれが変えられてるのは、せいぜいここの人たちの心くらいだな。。。」
ソルが少し落胆した表情をした。その時、後ろからソルを呼ぶ声がした。
「ソル?ソルじゃないのかい?」
ソルが後ろを向いて笑った。
「あっ、お婆ちゃん。こんにちは。
もう腰は大丈夫?ちゃんとテロメライザー飲んでる?」
お婆ちゃんがニコニコしながらソルに答える。
「ああ、飲んでるよ。三日に一錠ね。」
「え?三日に一錠なの?ダメだよ。毎日飲まないと。」
「でもね、毎日は届かないんだよ。」
お婆ちゃんの言葉にソルは不思議がった。
(コロニー指定の配達レーンで全員に毎日届けられるはずなのになんでだ!?)
その時、ソルの目の前にウインドウが表示された。
(10:00 D-9地区 220 温調機検査)
ウインドウより下を見ると、時間が表示されていた。コロニー3時刻9:50。
(ちょっと急がないとだな。)
ソルはお婆ちゃんに挨拶した。
「お婆ちゃんのとこの修理、明日だよね。予約。また、その時ね。」
「ああ、待ってるよ。」
そういって、ソルはお婆ちゃんと別れた。
ソルが次の依頼先について考えると、耳の裏のBCD(BrainConnectedDevice)がチカチカと光り、宙に地図のウインドウを表示した。
D地区はこのF地区の横の横、つまりコロニーを周回方向に70度ほど回ったところにある。
だが、経路表示は反対方向に進み、290度ほど回らないといけない経路になっていた。
ソルも予想外で思わず声が出た。
「えっ?なんだ、これ?」
良く見ると、コロニー内壁強化のための工事がされており、この時間は通行止めになっていたのだった。
「やばい。。。はあ、しかたないな。」
そう言いながらソルが周囲をキョロキョロした。
さっき別れたお婆ちゃんが角を曲がり、細い路地に入っていった。
周囲には他に誰もいなかった。
ソルはアパートの影に入り、おもむろに腰の横に付いているベルトのバックルのような小さく白い箱に親指を乗せた。
すると、濃い藍色の繋ぎが深い赤色に変化した。
そして、白いシャツの足や腕、そして身体に描かれている黒い帯が薄い赤色に光りだした。
ソルはおもむろにカバンから白いヘッドギアを取りだし、装着した。
どこからともなくエネルギーが充填されるような高音が鳴りだし、シャツの帯がより強く赤色に発光しだした。
ベルトの白いバックルには"カラーリング999"と表示されていた。
そして、ソルが前傾姿勢になったかと思うと、ものすごい勢いで走り出した。
ソルの視野の隅に地図と速度、ナビゲーション情報が表示されていた。
(375km/h 直進16km 到着まで約3min)
ゆったりとした白いワンピースを着たルナが、バロック様式の長い廊下を歩いていた。
そして、立派な扉の前に立ち、振り返ったかと思うと、少し後ろに立っている母親に声をかけた。
「ママ、行ってきます。」
「ルナちゃん、勉強頑張ってね。」
ルナがバロック様式の扉を開き、自分の部屋に入っていった。
ルナは机の前の椅子に深く座り、目を閉じた。
すると、耳の裏に貼り付けられた細長いデバイスBCDの縁が緑色に光りだした。
ルナが目を開けた。すると、ルナは制服を着た姿で、立派な門の前に立っていた。
その奥には立派な校舎が建っていた。
それはまるで中世ヨーロッパにあったゴシック様式の建造物のようであった。
門の横には”私立十二星宮学園”と書かれている。
ルナが門を通り抜け、校舎の方に歩いていった。
校舎の前には赤色の髪の毛、お嬢様風ブレザーの制服の上にきらびやかなコートを羽織った女子が立っていた。
その女子の周囲には黒いスーツの執事アンドロイドが4体立っていた。
「ごきげんよう。ごきげんよう。」
その女子は周囲に軽く手を上げて声を掛けていた。
周囲の人たちは少し遠慮ぎみにその女子にお辞儀をしながら挨拶をしていた。
それはまるでその女子が自分の立ち位置、ヒエラルキーの高さをひけらかしているような雰囲気であった。
ルナはその女子に気づき、避けるように迂回しつつ、校舎に向かって歩いていた。
<次回予告>
ソル柊はコロニー3の上院議員、且つRM財団会長、レミ柊の息子であった。
だが、想いの違いにより、ソルは貧困層で生きることを選んでいたのだった。
そして、ルナという少女は学校へと登校する。
そこでは富裕層に向けた教育が行われているのだった。
半永久機関、AI、アンドロイドがいる世界に何の問題があるというのか?
次回、第3話「あなた方がどちら側になるのか、それはあなた方次第。」
さーて、次回もサービス、サービスぅ!!
<ちょっとあとがき>
主人公ソルが母親と言い争いをする内容ですが、実はこの”小説家になろう”で
小説を上げておられる”クレイジーエンジニア”様と感想などをやりとりする際に
出た内容です。
こういう繋がりって嬉しいですよね。
クレイジーエンジニア様はファンタジーの世界に科学技術を取り入れた作品を
書かれています。面白いので、是非読んでみてください。