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釣り その1

 果てなく広がる海原を一隻の小型艦が進む。

 血のように紅いその船の甲板では3人の男女が楽しく釣りをしていた。


「いや、特段楽しくはないけどな」

「黙る玉木。ただでさえつまらないのに言葉にされるとストレスやばい」

「脳筋女にはそうだろうな。黙って魚釣っとけ」

「な、仲良くしませんか……?」

「「黙れ」」

「ひぇ……」


 一見楽しそうには見えないこの会話も、心の中では楽しんでいるのだ。

 気まずい沈黙が支配するこの空間も、僕の心の中では大騒ぎ。


(誰だこの2人をペアにした奴ぅ!)


 飴玉大好き玉木さんと運動大好き琥珀さんは喧嘩するほど仲がいい。

 それはもうしょっちゅう喧嘩してる、喧嘩しない日を見たことない。

 

 玉木さんは男物の黒スーツに身を包んでるだけあって最初はしっかり者のリーダーシップを見せていた。(女性が男物の黒スーツ着てるからって偏見が過ぎるかもしれないが、病室暮らしの僕からすればそんなものだ)

 しかし事件は僕が船を出して数時間後に発生する。

 玉木さんが唐突にイライラし始め落ち着かなくなったのだ。

 それを見た琥珀さんが運動に誘ったのが地獄、げふんげふん、事の始まり。


「そんなイライラしてどったの?一緒に走り込みする?」

「あ?……まぁ、それもいいか」


 からの、バタン、ドサッ、バタン、バタンと続く転倒。

 揺れる船の上での走り込みというのは思ってるほど簡単ではなかったようで、玉木さんはそれはもう何度も転んだ。

 それを見た琥珀さんは


「運動は苦手?走るだけなんだけどなー」


 と、呆れ風味に呟いてしまった。

 実際琥珀さんは揺れる甲板の上を難なく走っており、その速度も圧倒的だった。

 しかしこのできる人であるが故のさりげない発言は、何度も転んでストレスがMAXになっていた玉木さんのイラつきを爆発させた。


「脳筋はすぐ運動でイキるから困る」

「は?今なんつった?」

「多少は勉学も励まないと脳筋になるから気をつけろと言ったんだ。私にな」

「走るだけの運動もできないとがり勉以下だぞ、気をつけろ」

「あ?」

「あ?」


 その光景を僕は美冬さんと一緒に見ていた。

 美冬さんは最初に心配してくれた3人のうちの一人、母性溢れるお方だ。

 こんな状況だ、イライラしている玉木さんが心配でこっそり様子を窺っていたのだが、大変な場面に遭遇してしまったと言わざるを得ない。

 一触即発の空気を漂わせる二人を見て僕は尻込みしてしまったのだが、美冬さんは果敢に仲裁に入ってその場を一旦は収めた。


 しかしその後も2人の仲は険悪なままで、玉木さんだけでなく琥珀さんまでイライラしだす始末。

 そんな中食料集めに3人一組で釣りをしようとなったのだが……


「玉木に釣れる?力足りないんじゃない?」

「脳筋に釣りをやらせたら獲物を全て逃しそうだな」

「あ?」

「あ?」


 という空気になり……


「では2人にはペアで挑んでもらいましょう!協力すればなんとかなるなる!残りの1人は秋々くんに任せようかな」


 という美冬さんの信じられない発言により……


「秋々くん、任せたわよ!」


 僕の抗議も虚しく今に至る。


「酷いですよ、美冬さん……」


 いったい僕にどうしろというのか。

 いや何を任されたかの見当はついているのだが、それを何故僕にやらせようとするのかがわからない。

 こういう不仲の仲裁は美冬さんのほうが得意だと思うんだけど……。


「お、引っ張ってる」

「黙れ脳筋、気が散るっ……くっ」

「もっと手首を使わなきゃ。こうこうこう!」

「わ、私だってっ……あ……」


 現在の釣果は玉木さん0匹、琥珀さん5匹、僕1匹だ。

 どうやら琥珀さんはなんだかんだ言いつつ抜群のセンスを持ってるらしい。

 そして玉木さんはというとイラつきの中で集中などできるはずもなく……。

 玉木さんのイライラは加速する一方だ。


「まぁゆっくりね」

「………っ」


 気まず過ぎる、その一言に尽きた。


(誰か助けて……美冬さん助けて……)


 こんな状況がかれこれ一時間は続いてる。

 でもそろそろ僕も限界だし玉木さんもどう爆発するかわからない。

 ここは頑張ってみるか。


「僕も全然釣れないですね……コツとか聞いてもいいですか……?」


 右横で玉木さんが耳を傾ける気配がした。

 そうだあくまでも僕にコツを説明してくれればいい、それを玉木さんも一緒に聞けば……


「ん?じゃあ次一緒に引っ張ってみようか。あ、ちょうどきたよ」


 口頭で説明できることはないんですか?

 そんなこと言う暇もなく左横から琥珀さんが寄ってきて僕の手に両手を添える。

 こんなときなんだけどなんかドキドキする……看護師さんはみんなドライだったし。

 いけない、集中しなきゃ。

 僕は釣り竿に意識を向ける。

 誘導しながらも口での説明はあるはずだ。

 しかし


「こう、でこう、でここでこう。はい釣れた。わかった?」

「あ……ど、どうでしょう……感覚って難しいですね……」


 わかるか。

 天才肌はこれだから困る。

 ちょっと玉木さんの気持ちがわかった気がした。


「んーそれじゃ覚えるまで一緒にやろっか。こっち来て」

「え?あ……ちょっと……」

「ほら早く」

「あーれー……」


 こんなはずじゃなかったのに、こんなはずじゃなかったのに!

 だから玉木さん、そんな目で僕を見ないで……。

 どうしよ。

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