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隣にマギサ 〈連作短編〉  作者: やなぎ怜


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18/38

9-1

 ――ストーカーされている。


 シバは、育ちのせいか、あるいは生まれ持っての気質のせいか、他人の視線や気配を鋭敏に感じ取ってしまう。


 そのお陰で苦労することもあれば、九死に一生を得ることもあるのだから、良し悪しであった。


 そんなシバは近ごろ――ストーカーされていると感じていた。


 否、「感じている」とかいう曖昧で生ぬるいところはとうに通り過ぎて、シバは己がストーカーされていると確信していた。


 しかし証拠はない。


 いくら視線や気配を感じて振り返ってもうしろにはだれもいないし、狭い部屋をわざわざひっくり返すようにしてまで調べつくしても、ストーカーをされてるという証拠は一切出てこないのであった。


 こうなると己の精神がおかしくなったのではないかと思うのが、まだ理性的な判断ができている人間というもので、ご多分に洩れずシバも己の頭蓋骨の中だとかを疑うに至った。


 けれどもシバの本能は、ストーカーをされていると確信している。


 ねばついた黒い視線――。


 巨大な影を感じさせる気配――。


 それらはシバが己の脳みそや精神を疑っていようがいまいが、シバの本能に向かって主張してくるわけである。


 さしものシバも三つの可能性のあいだで揺れる。


 ひとつはシバの精神だか脳だかが異常をきたしていること。


 ひとつはシバの気にしすぎであり、完全な勘違いであること。


 最後のひとつは――


「星、見えるでしょ?」

「昼間に星なんて見えねーよ。どんな目してんだ」

「えー? ……でもさ、星も恋するんだね? おもしろーい」

「……なんもおもろくねえわ」


 シバが、怪異に取り憑かれている可能性。


 シバは治まらないイラ立ちを抱えたまま、マギサの住むアパートの階段をのぼり、だれかが蹴ったかしたせいで下の隅がヘコんでいる扉を叩いた。


 押すとブザー音が鳴るという、あまりにもレトロすぎる呼び出しボタンはマギサいわく壊れてしまったそうだ。


 「じゃあ直せよ」と思うのが常人で、シバもそうだったが、マギサの金回りは正直に言ってよくわからず、今なお呼び出しボタンは壊れたままである。


 扉を叩いてすぐにマギサの声が返ってくる。


 シバはこちらから声をかけていない状況だったので、マギサの行動を不用心だと思った。


 マギサの性別はシバにも、マギサ本人にもわからないものの、マギサは女の格好をしていることが多い。


 不埒な輩が訪ねてきたらどうするんだ――とシバは柄にもなくそう思って、イラ立った。


 一方、マギサがこうして不用心な振る舞いをするのは、家に訪ねてくる人間がシバくらいしかいないからではないか、とも考える。


 マギサは、シバと友達であることを折につけ強調する。


 つまり、シバ以外に友達と呼べる人間がいないから、そのしわ寄せすべてがシバにきているのではないか。


 シバがそんなことを考えていれば、目の前の扉の裏でチェーンやロックを外す音が聞こえた。


 勢い良く開かれた扉の向こうにマギサを見ると、シバは張っていた気が少しだけゆるんでいくようだった。


 シバは、マギサには弱味なんて見せたくないと思っている。


 シバが裏社会の人間だからということもあったが――やはり、複雑ながら好意を抱いている相手には、多少なりとも見栄を張りたくなるというのが哀れな人間心理であった。


 マギサは、シバの胸中で渦巻く複雑な心理状態など露ほど知らぬ――実際、毛の先ほども察していないのだろう――顔をして、「急にどうしたの?」と小首をかしげる。


 マギサは、「怪異」を主食とする。


 シバはマギサに見栄を張りたい気持ちを抑え込み、端的に己に「怪異」が憑いていないかどうか問うた。


「ん? ん? んー?」


 マギサはあちらこちらへと首を巡らせてシバを見る。


 しかしなにか確証が得られないのか、引っかかりを覚えているのか、何度も首をかしげた。


「……ちょっとうしろに下がって」


 マギサはシバの肩をポンポンと叩く。


 シバはその言葉に従い、二歩ほど下がって、アパート二階廊下の柵が腰のあたりに当たったのを感じた。


 マギサは玄関から、シバがあけたぶんのスペースへ出てくると、おもむろに空とシバとを首を振って見比べる。


 シバはそれに釣られて空を見た。


 まだらに雲が流れて行く、普通の昼空だった。


「――ああ、それは星だね」


 マギサは謎が解けたとばかりに、すっきりとした表情で言う。


「星ぃ?」


 シバはマギサの糸目を見た。


 ニコニコと弧を描いていて、けれども心から笑っているようにはちょっと見えない、そういうマギサのいつもの糸目を見た。


 マギサは冗談を言ったのではなく、本気で言っているのだと察せるていどに、シバはマギサと共に時間を過ごしてきた。


 だが――星。


 そのストーカーの正体は、あまりに突拍子もなさすぎたが――「今さら」とも思う。


 シバはその目で、マギサと共にあまたの「怪異」を目にしてきたのだ。


 それらを考えると、星もストーカーくらいするだろうと受け入れ――られる、かも、しれない。


 しかし、星。


「……で、星にストーカーされてるって、どうすりゃいいんだ? オレは」


 ひとまずマギサの言う「星がストーカーをしている」という主張を受け入れることにしたシバ。


 だがストーカーの正体がわかったところで、次はどうすれば解決できるのかという問題が立ちはだかる。


「あきらめさせるしかないんじゃないかなあ?」


 マギサはシバが星にストーカーをされていると確信していても、ケロリとした様子。


 シバはそんなマギサの様子に、不満やイラ立ちといったものを覚えて、そのストレスを逃がすように舌打ちした。


「あきらめられねえからストーカーになってんじゃねえのか?」

「そこまではわかんないけど……。でも現状、ストーカーのお星さまにはシバのことをあきらめてもらうことでしか解決できないんじゃない?」

「どうやって」

「どうやって……? うーん……。あ」


 マギサの顔が明るくなったのがわかって、シバは猛烈にイヤな予感に襲われる。


「シバ、私と恋人になろう!」

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