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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

紡ぐ電気 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 うわっ! ふぉおおお、いってー……。

 やっぱ不意打ちの静電気は参るなあ。落ち着いてらんないぜ。

 帯電体質は人によると聞くが、ひょっとすると俺は、そのが強いのかもしんないな。肌こそ傷つかねえが、感じる痛みはいつもしんどい。

 俺たちは痛覚をはじめとする、あらゆる苦しみをしばしば遠ざけようとする。静電気にしたって除去シートのたぐいは多く開発されているしな。不快を断つことは心を安らげ、寿命を伸ばすことにつながるかもしれない。


 だが、痛覚自身も命を長らえさせるために仕事をしている。

 こいつらが「ヤバい!」と警告してくれるからこそ、致命傷に気づかないまま動き続け、突然ばたりと倒れてオダブツ……な事態を避けることができているのだとされる。

 命のために痛みが必要。心ではなかなか納得できないこのケースを、俺たちはこの静電気のように、ふとしたことで身体に教え込まれているのかもな。

 ひとつ、俺の昔の話を聞いてみないか?



 学生時代の身近な静電気、といったら下敷きを使ったものじゃないか?

 頭に下敷きをくっつけて、何度か擦った後に、そうっと持ち上げると、髪の毛が下敷きにくっついて逆立つ、というあれだ。

 冬場に空気が乾燥しやすい日本じゃ、寒い時期にこそ起こりやすい現象。湿度が高くて髪が湿っているとき。あるいは脂ぎっているときなどは、この静電気現象は起こりづらい。

 ゆえに、下敷きこすりをやって、うまいこと髪の毛が立たないと不潔だのなんだのと、いじられることもあったなあ。やらないならやらないで、またはやし立てられるし、髪質の悪いやつはきつかったかも。


 そんな中、達人というと妙だが、やたらと髪の毛を持ちあげることのできるクラスメートがいた。

 いかにもお嬢様然とした、長い黒のストレートでさ。歩くときの揺れ具合だけで、毛髪がきめ細かくなびくあたり、そのサラサラぶりを惜しげもなく振りまいていた。

 その静電気技も見事なもので、持ち上がる髪の密度は他のみんなの比にならないほど高い。

あまりの多さに、向こう側の景色をまともに見ることはかなわず。髪の森どころか壁と化す密集度合いは、誰にも真似ができなかった。


 当時は、他の誰かより優れているものがある、ということで大きなアドバンテージが生まれていた。彼女もまた、その達人技の会得しようと、クラスの男女が時間を見つけては教えを乞うたようだ。

 顔もクラスの中じゃ、かわいめの方だったからな。もしブスだったら、男女ともにプライドがあるから、表向きは褒めこそすれ、裏じゃいじわるの対象になっていたかもしれん。

 彼女自身も愛想よく対応してくれるが、所作の一部始終を見る限り、特別なことをしている様子はなく。俺自身もご教授願ったが、彼女の髪の持ち上がりようには、とてもかなわなかったさ。



 そうしてクラスの関心が、おおよそ彼女へ向いたころ。彼女は学校へ奇妙なグッズを持ってきた。

 おもちゃの宝箱を思わせるデザインで、およそバレーボールくらいのサイズとやや大きめ。しかも見た目に反してフタを開けることはできず、代わりにアンテナを思わせる針金が二本。

 フタのてっぺんから、カタツムリの角のような出で立ちで突き立っている。


「みんなの静電気力をあげる、秘密道具だよ」


 彼女はそうのたまったが、少し落ち着けばおかしい点がちらほらある。

「静電気力」とはなんぞや?

 聞いたこともないそれを、どのように用意したのか?

 そして、それをなぜいま衆目にさらしたのか?

 俺の頭に考えがよぎるあいだ、彼女を慕う側の数人は興味ありげに寄っていってしまう。



 様子をうかがうに、彼女はその秘密道具の二本のアンテナを握れと促してくる。

 志願者はそれを握るや、びくりと肩をいからせて、すぐアンテナを手放してしまうんだ。

 あの反応は、ドアノブなどから、強めの静電気をいきなりくらったようにも思える。しかしその直後、彼女にすすめられるまま、例の下敷きのこすり合わせをしてみる。

 するとどうだ。彼女のときとほぼ同じように、試した人の髪の毛がおおいに持ち上がり、壁を成したんだよ。俺だって最初に見かけて、目を丸くしたさ。

 他のみんなも同じだ。例の秘密道具のお世話になるや、次々といっぱいの髪の毛を持ちあげていく。まるで新品の電池を取り換えられたおもちゃみたいにな。


 たちまち秘密道具は人気になり、クラスを越えて彼女へ押しかける人が増えたが、俺としては面白くない。

 大勢にちやほやされるシチュが、ちっともうらやましくないかというとウソになるが、反れ以上にお手軽な手段に飛びつく姿が、どうにも気に食わない。

 努力第一、修行第一な考えを持っていた俺にとって、誰でも簡単に達人になれる手段とか、唾棄すべきものだったからな。

 自分に適したオリジナルの方法をもって、既存の古いやり方に縛られた奴らを追い越していく。そんなヒーロー像にあこがれていたのも大きいな。

 そのために、俺はずっとみんなが作る人だかりに、入っていくことはしなかった。



 その彼女が、自分から俺に寄ってくるものだから、いぶかしく思うのは無理ないだろう?


「ね、試してみない?」


 どこの押し売りだ、お前と思ったさ。箱を上下させ、アンテナ部分をぴょこぴょこ揺らす彼女。

 だがノーは早めに伝えるべき。俺はきっぱり断った。

 手を振ると、その隙をつかれて触らされる恐れがあるからな。ポケットの中に突っ込んだままだ。

 みんなのいる前だと、さほど強くは押して来ないが、いざ休み時間になると別だ。男子トイレの前で張っていることさえあって、俺は気味悪かったよ。

 人だかりはまだしばしばできるし、気に食わない点もあるのは確かだが、その間は俺に寄ってこない。

 いっそのこと、ずっとたかっていてくれねえかな、とも思った。



 二週間ほど経ったか。

 たまたま日直で帰りがわずかに遅くなったときも、彼女は職員室近くに張っていたんだ。

 いつものように撒いてやろうと、ぶつかり気味に走り抜けるも、今度の彼女は追いかけてきた。


「ほんのちょっと、ちょっとだけでいいから、触ってよ!」


「けっ、気持ちわりい! そのセリフという、おまえ、ちょっとあぶねえぞ!」


 もう少し差が開けば、昇降口からとんずらしてやるつもりだったが、思っていた以上に足が速い。一階の廊下を俺たちは駆け抜けて、渡り廊下へ差し掛かろうというところまできた。


 その数メートル手前で。

 俺の右肩あたりで軽い衝撃。何があったかと首を向けて、俺は瞬時に理解できなかった。

 鎖骨に囲まれた、首にほど近い部分に指数本が入ってしまうんじゃないかという、穴が開いていたんだ。

 人体模型でしか見たことのない、筋肉の筋を俺は初めて見た。スローモーに動く視界で、やや上をとらえる。

 そこには血や肉の塊が、噴水か何かのようにはじけ飛んでいて。


 ぐっと指へ何かを握り込まされるや、飛び上がりそうな痛みを覚えた。

 見ると、追い付いてきた彼女が、箱のアンテナを俺に握らせてきていたんだ。

 もう一度右肩を見るが、鎖骨のあたりは穴どころか傷ひとつなく、血や肉片も散っていない。

 錯覚か? と目をぱちくりする俺に、彼女はふう、とため息をひとつついて話し出す。


 人間の身体もまた、原子たちのつながりによってできているもの。

 ときおり、ふとした拍子につながりが弱まって四散してしまう恐れがあるのだとか。

 俺が見たのはその一端。放っておけば、身体全体がいっぺんに飛び散ってしまうことさえあるらしい。

 ゆえにつながりを強めるには、静電気のような力が最適。その保険として、彼女はこの箱を持ってきたらしかった。


「話は分かったが、解さないな。なぜ俺なんかまで気を回す?」


「それはね、電気を与えると一緒に回収させてもらっているから。それが私に必要なの」


「回しゅ……」


 言いかけて、俺は口をつぐんだ。


 ほんの一瞬。

 向き合った彼女の顔面が、十字に割れたからだ。

 四等分された顔。その内部にあったのは黒ずんだ肌に、しわがたくさん入った顔面。美少女とは似ても似つかない、ブ男の顔があって。


「おっと、あぶない」


 野太い声を出した「彼女」がアンテナを握ると、散りかけていた破片が巻き戻しのように動いて、もとの少女の顔を作る。


「……と、こうなっちゃうことの予防。あとこれのことは秘密ね! ドゥユーアンダスタン?」


「イエ、イエ……」


 理解が追い付かない俺は、声まですっかり戻った「彼女」に、うわごとのように返事するしかなかったよ。


 それからも彼女はクラスの中心人物であったが、俺はずっと複雑な心地だったさ。


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