打ち上げ花火は泡沫の恋模様を描き出す。
前回のあらすじ
家の都合で空の家に泊まることになった白浜海。
桃坂とのデートを経て思いあぐねる空に海は自身がいじめられていた過去を打ち明ける。
空は昔に自身が犯した大罪を思い出し一人涙を流す。
そんな空を見兼ねた海が空との距離を一気に縮めていく……。
昨晩の白浜とのやり取りの後、深い眠りに落ちていた俺は、やがてその眠りから目が覚めた。
意識が朦朧としている最中、部屋の中から微かに感じる冷たい空気の気持ちよさ、そしてジワリと俺の右手から痺れを感じる。更に、俺の体には人の温もりのような温かさを感じた。
そこでようやく俺の意識が覚醒した。目の前には、本来俺のベッドの下で寝ているはずの白浜が、なぜか俺と同じベッドでそして、同じ布団の中で眠りに落ちている。しまいには俺の右手が白浜の頭の下で腕枕をしている状況であった。通りで腕がしびれている訳か。なるほど。……ってそんなこと言っている場合じゃない! 何この状況? あれ? 昨日何した俺はわわ……。って感じなんですけど。
未だ眠りから覚める様子がない白浜は俺と向き合うような体制で眠っており、その甘い寝息が俺の頬をくすぐり、胸元の前で手を添え、まるで赤子のような寝方をしている白浜。彼女の寝顔を見て昨晩の事が鮮明に思い出されてきている。
俺と白浜は昨日キスしたんだよな。……やっべー! 思い出して来たらめっちゃ恥ずかしいじゃん! やばい。何がやばいって、今俺の腕の上で寝ている白浜が可愛すぎてもうやばい。もう顔なんてまじまじと見れないよぉ~。
それから幾らかの時間が過ぎ、俺はその間何も思考を巡らせること無く只ひたすらに腕の痺れと戦っていた。だが、そんなに気持ち良さそうに寝ている白浜を見ると昨日の件もあり、白浜なりにかなり体力を消費してしまったのだろう。昨日の白浜がとった行動は俺だったら、思い出して、そのままの勢いで布団の中で悶えるレベルの案件だ。それを鑑みれば、かなり精神的にも疲労したと見える。そうこうしているうちに俺の右手に動きが見えた。右手の方に視線を向けるとぼんやり目を開けゆっくり起き上がり、腕を伸ばしている白浜。そして起き掛けに俺と目が合った。
白浜はその刹那に昨日の事を、そして自分が眠りに就いていた体制を思い出したのか顔を真っ赤に染め上げてもう一度布団にダイブした。うんうん。わかるよー。その気持ち。
布団の中からは、言葉にならない呻き声が聞こえてくる。ちなみに俺の場合、その夜に風呂でシャワーの音と共に叫び声を共鳴させている。ここまでがワンセットな!
布団の中から白浜がひょっこりはんさながら顔をひょっこりさせていた。ほー? 案外立ち直りが早いな。そんなことより可愛いなお前、なにそのナイスひょっこり。
だが、決して白浜一人が恥じる事ではない、何故なら俺も今絶賛布団にダイブしたいからだ。あんな涙を人前で見せ、なんて情けない姿を見せてしまったのだろうかと、考えただけで自責の念に堪えかねない。
ひょっこり顔を出した白浜が身を捩り、顔を赤らめ恥ずかしさを誤魔化すかのように咳払いして言葉を投げかけてくる。
「と、東条君。その、昨日の事は忘れない? というより忘れなさい」
「あ、いや、その、なんだ。忘れたくても忘れられないというか、頭から離れない」
お互いたどたどしい会話しか出来ず、昨日の事もあり、どこかいまいち距離感を測れていない俺たちには妙に浮ついた空気が流れていた。やばいやばい。ほんとに白浜の顔が見れない、顔を見たら昨日の感触までも鮮明に思い出してしまう。
その空気間に耐えかねたのか、白浜が俺の本棚を物色しながら口を開いた。
「東条君、それなら、少し目を瞑りなさい」
「こ、こうか?」
俺は言われた通りに盲目し、まさか、昨日の続きとかですか? などと心をドキドキワクワクしながら白浜の動きを待っていたのだが、現実はそんなに甘くなかった。俺がドキドキワクワクしていたその直後、俺の頭上に激しい衝撃と痛みが襲ってきた。
「ちょっ。いってーーー。何すんだよ! この暴力女!」
「あら、おかしいわね。頭に衝撃を与えると記憶が一時的とはいえ消せるとどこかで聞いたことがあったのだけど、どうやら違ったみたいね」
この女、本気で俺を記憶喪失にしようとしやがった。ってか、そんなやり方で出来る訳ないじゃん! ほんと時々頭悪いよね! 君って。
だが、白浜の行いにより俺と白浜の間に流れる妙な緊張感は消え去り、いつもの距離感が戻ってきていた。
「空~。海ちゃーん、お昼ご飯できてるわよー」
母の声が聞こえ、時計を見やると時刻は正午を指し示している。俺と白浜は呼ばれるままに部屋を後にして、リビングに向かった。
リビングの扉を開けると、そこには結花と母の姿が見えた。二人共こちらを見やると二人してニヤーっと嫌な笑みを浮かべている。うわっ。……その顔してるってことは絶対に碌なことを考えてないよ。
その二人の視線を感じた俺は、先程には考えてすらいない懸念が頭をよぎった。そういえば、一体誰が俺の部屋のエアコンをつけたのだろう? 昨日の夜の段階では俺の部屋の窓は開けたままで網戸を閉じている状態だったはずだ。……まさか。確認の為白浜にこそっと耳打ちをする。
「なぁ、今日の朝お前、俺の部屋のエアコンをつけたか?」
「いえ、私はつけていないわ。むしろ寒いと感じていたくらいよ。あなたがつけたんじゃないの? ……っ、ま、まさか……」
白浜も俺の懸念していることを理解したのか、頬を赤らめながら、結花と母の方に視線を窺うように向け、あの嫌な笑みに恐怖心を抱いたのか、「ひぃっ」などと悲鳴を軽く上げていた。これは、確実に見られているな……。
「ねぇ、ねぇ、空兄? 昨日はいつもより気持ち良く眠れたんじゃない?」
嫌な笑みを浮かべたまま、結花は昨日の事を俺の口から聞き出したいのか、遠回しに聞き出してきている。くそっ。……見られているうえに下手な言い訳さえできないのが余計に質が悪い。どう誤魔化したものか思案しつつ、ちらりと白浜に視線を送る。頼む! なんとかしてくれ!
俺の視線に気付いた白浜はニッコリ笑みを浮かべ、この少ない時間で最適解を考え付いたのか、その表情は自信に満ちているように見えた。おぉ。さすが頼りになるぜ! 白浜はその笑みを崩すことなく結花に告げた。
「昨日は驚きました。だって、……いきなり抱きしめられたまま東条君ったら寝ちゃうので、私は身動きが取れなくて仕方なくそのまま眠ることを選んだんですもの」
そうだよね。うん。知ってたよ? 君がそういう人だって知ってたけどさ、でもさ、昨日あんな良い感じだったじゃーん? そんな普通に裏切りますー? こっち見てウィンクしながら舌出してきても可愛いけど許さないよ? あいつを少しでも信頼した俺が馬鹿だったぜ。
更に悪化した状況で俺はなんとか穏便に済ませる方法を思案していたが、突如結花が白浜に牙を向いた。
「えぇ~? でも~? 結花が部屋を見に行ってエアコンをつけた時、海さんが空兄に腕枕されながら抱き着いて寝てましたよ? ほら」
そう言って結花は携帯を見せてきた、そこに映っているのは確かに俺に抱き着いて寝ている白浜の姿がハッキリと映し出されている。これは流石の白浜も予想していなかったのだろう、顔を赤らめながら、今まで見たことないくらいに取り乱し、半泣きになりながら俺に助けを求める視線を送ってきた。……わかったよ。仕方ないな。
俺は白浜に向け、ニッコリプリチーな笑みを浮かべて結花にこう告げた。
「そうなんだよ。昨日俺が寝てたら、急に寝ぼけた白浜が俺の布団に入ってきて、いきなり腕を持っていかれて、枕にされるわ、暑いのに抱き着かれて、何度起こしても起きないんだぜ? だから諦めて寝ることにしたんだよ」
先に裏切ったのはそっちだからな! そんな可愛い顔で助けてって視線を送られても俺は助けてなんかあげませんよーだ。ざまぁみやがれという意味も込めて白浜に向けおもっきり舌を出してやったのだが、俺の目に映る白浜の顔がやばかった。
目は鋭く俺を睨み付けながら、口元は微かに歪み、白浜の後ろからどす黒い怨念の炎のような物が見える気がした。こ、これが黒い衝動ってやつなのか……。や、やばい。殺される。
その黒い衝動は結花にも矛先が向けられていた。結花もその恐ろしさに先程までの嫌な笑みは形も残らないほど消え去り、結花の顔面は蒼白になっていた。
「結花さん? 私が言いたいことは何かわかるかしら? 東条君? あなたは、……覚悟しておきなさい」
「「……はい」」
あまりの恐ろしさに俺と結花の兄妹プレーが炸裂した。厳密にいうと二人息の合った謝罪を込めた返事だった。
それから、母と結花は昨日の件には触れることなく四人で昼食を嗜んだ。母に至っては白浜の様子が変わった途端に危険を察知して、キッチンに逃げ込んだ母の素早さは称賛に値する。
昼食を済ませ、白浜は結花たちの反対を押し切り、食器の洗い物を手伝っている。ほー? こいつにはこんな家庭的な一面もあったのか。裸エプロンとかでご奉仕してくれてもいいんだよ?
花火大会まで幾らかの時間があるため、今は各々自由時間を堪能している。
俺が自室にてゴロゴロしていると、洗い物を終えた白浜が部屋に入ってきた。
「ん? おぉ。洗い物ありがとな! 母親もお前のこと、すげー気に入ってるみたいだよ」
「全然このくらい、むしろお家に泊めさせてもらってるんだから少しでも仕事しないと割に合わないわ。それに、……私もあなたのご家族のこと、とても好きだわ。すごく温かく迎えてくれて、自分の家より正直居心地が良かったわ」
「そうか。まあ、来たくなったらいつでも来いよ。うちの家族みんな大歓迎だぜ!」
「いつでもね。そうね。……ぜひまたいつかお邪魔させて戴こうかしら」
何気ない言葉。だが、俺の耳にはそのいつかが遥か遠いものの様に聞こえていた。
他愛のない会話をして、時に昼寝をして時間を過ごし、気付けば辺りの空は茜色に染まっている。そろそろ準備をするべく、重い腰を起こし白浜に先程「これを着て行って欲しい」と言われ渡された袋を開け、中身を確認してみると、その中には夏を感じさせる甚平が入っていた。おぉ。初めて着るな、なんだかすっごく夏っぽい!
白浜に渡された甚平はサイズもぴったりでその着やすさもあり俺はすぐに着替えを済ませていた。そして、準備が終わった俺にはとても気になることがある。それは、今も尚俺の部屋で着替えている白浜が気になって仕方がない。確か浴衣を着るときはノーブラだと聞いたことがある。タイミングさえ合えば白浜のあられもない姿が拝めるのではないかと思い、俺は一人白浜の着替えを覗く算段を立てている。
まずは、周りの確認から始め、結花と母の居場所、何をしているのか把握して、そして今まさに絶好のチャンス到来。俺は何食わぬ顔であたかも平然と着替えをしている事など忘れたかのように自室に入ろうとしている。……よし、行くぞ。
俺は覚悟を決めて自室の扉を開けた。さあ白浜のナイスボディーは何処に! 自室に入るとそこに白浜の姿はなく、いつもと変わらぬ自室の風景。俺は愁嘆の溜め息を吐く。ちっ。少し遅かったか! だが、そうなるとほんとに白浜は何処に? 先程家の中はある程度見回ってきたが、白浜の姿は見当たらなかった。一人、うーんと頭を捻っていると、急に背後から首元に何かを突き付けられていた。
「東条君? あなたは、本当にスケベなのね。そろそろ本気で怒られないとわからないようね」
「し、白浜さん? その物騒な物は何ですかね? 僕はただ、自分の部屋に入っただけですよ?」
「言い訳は要らないわ。私は着替えが終わってあなたに声をかけるまで部屋には絶対に入らないでと伝えたはずよ?」
「あ、あ~。そうだったね、忘れてた。次から気を付けるからそれ、どかしてもらえませんかね?」
「はぁ、そのまま前だけ向いて、少し待ってなさい」
白浜の指示通りに自分の欲求を抑え込み、部屋のカーテンの間から差し込む夕日をぼーっと無心で見ていると、俺の背後から着付けをしているのか、シュルシュル音が聞こえてくる。これ、なんだかすっごくエロくない? あ~なんかそわそわしてきた。
「もういいわよ」
そう告げられて、俺は背後を振り返ると、そこには白がベースの浴衣で、紫の紫陽花が刺繡されており、その白と紫の絶妙な色合いで結ばれている黄色い帯。その姿を見ただけでも辺りの気温が低くなったと感じるほどの清涼感を放っていた。
そんな白浜の姿を見た俺は初めて出会った時の事を思い出しながらぽつりと呟いていた。
「すげー綺麗な雪女みたいだ」
俺の呟きを聞いた白浜はかーっと顔が真っ赤になり、身を捩っている。
「あ、ありがとう。そんな真っ直ぐな感想が来るとは思っていなかったわ」
「いや、俺もなんか気付いたら口から言葉が漏れてた」
またしても妙な沈黙の空気が流れる。その空気を打破するべく俺は白浜に声をかけた。
「そろそろ、行くか」
「えぇ。行きましょうか」
俺たちは母親と結花に声をかけ、玄関の扉を開けて花火大会に向け歩みを進めた。
花火大会に向かっている道中、からんころんと下駄の音が鳴り響いている、その音を聞くだけでも夏の気分を味わっている感覚になっていた。
だが、夏の気分を感じさせるものはそれだけに非ず、俺の甚平や、白浜の浴衣。これらも夏ならでしか味わえないものだ。
「あなたの家からだと、どの駅が一番近いの? というより、なんですぐ近くの板橋花火大会ではなく、朝霞の彩夏祭に行くの? 移動の手間がかかるじゃない」
「お前はどうやら、まだ俺のことがわかっていないらしいな」
俺の言葉の意味を理解していない白浜は、はい? などと言いつつ首を捻っていた。その答えは極めて簡単! 地元の祭り程知り合いに会う危険性が大だからである。その危険性を考慮して、俺は中学に上がってから一度も花火大会には訪れていない。まあ家からでも見えるし、わざわざ行く必要ないし! ……別に強がってないからね? 本当だよ?
「地元の祭り程危険なものはないんだよ。覚えとけ!」
「なぜか、あなたの言葉には物凄い説得力を感じてしまうのよね。わかったわ、彩夏祭の方に行きましょう。それと、東条君。腕出して」
「わかってくれたなら良かったよ。ん? こうか?」
俺が手を差し出しながら視線をそちらにやると、夕日に照らされている二つの影が、一つに交わった。
「……歩きづらいから。良いでしょ? わざわざ遠くに付き合ってあげるんだから」
「お、おぅ」
不意に俺の腕を絡め取られて驚きのあまり、もごもごとした返事しかできなかった。これ、俺たち付き合ってるのかな? 昨日の夜を通して、確かに俺と白浜の距離は近付いているように思えた。
だが、決定的な告白もしていないし、昨日のキスも、人付き合いが皆無な白浜が咄嗟に思い付いた策であったことも理解している。今理解できていないことは俺と白浜の関係性だ。俺はどこか本能的に白浜に対して桃坂にも抱いていない感情を確かに抱いている。正直、これが人を好きになるということなのだと自分の心の中にもハッキリと伝わってきている。それは、白浜への感情はどこか白雪に抱いているものに近いと感じているからだ。後は、どちらかが想いを伝えればその関係性は恋人という名前で形成される。
俺も白浜も他人を信じていない、ましてや言葉などハッキリ言ってなんの意味もない事も理解している。その気になれば特に好意を抱いていない相手にも好きだなんて言葉も発せられる。……これは、まさか。言葉が無くても伝わるでしょ? ってやつですか?
ここまで格好つけたことを宣っているが、いざ言葉にしないとなると些か、線引きが難しいものである。今まさに俺は地雷を踏んでいるといってもいい。このまま確認する事も無く、俺が一方的に勘違いをして爆死することは可能性としてはゼロでないのが現状である。ましてや相手は白浜ということもあり、下手な勘違いは俺の死のカウントダウンを早めかねない、これらの事から推理した結果。……俺は何も聞かないことを選んだ。だって仕方ないじゃん! 怖いんだよ! そういうの聞くのって!
家から歩き始めて暫く経ち、俺と白浜の間には特に会話が流れること無く歩いていた。ただ、絡み合った腕だけは決して離れることなく今も組まれたまま歩みを進めている。
成増駅周辺に着くと、周りにも浴衣やら、甚平を着ている人たちが増えている。みんな彩夏祭が目的地なのだろう、その行き交う人々たちの視線がやたら俺たちに集まっているように感じる。その理由は明白で、行き交う人々は白浜の浴衣姿に見惚れていた。やはり傍から見ても白浜の容姿などは周りからも抜きん出ているのだろう。他のカップルを見てみると、彼氏側が白浜に釘付けになり彼女が激怒してせっかくのお祭り前なのに喧嘩をしているカップルが大量発生していた。……おいおい。白浜やばいんじゃないの? もしかしてお前、世界征服できるんじゃない?
このままでは他のカップルのご迷惑になってしまうと考慮した俺たちは足早に駅のホームを目指した。
駅のホームに着いた俺たちは一、二番線の急行小川町行きに乗り、二つ先の朝霞駅を目指していた。この東上線の終点には森林公園という駅があるのだが、俺が両親の仕事の手伝いをしていて感じたことは、この東上線ユーザーの大学生たちはまるで、一つの自慢かの様に「いや~、昨日終電逃しちゃって、気付いたら森林公園まで来ちゃってさ~」などと宣っている、更にそれを聞いた女子の反応が「うわ~マジやばくね? ってかそんだけお酒飲めるとかちょっと憧れる~」などと偏差値低めの会話をよく聞くことがある。俺はそんな話で何がかっこいいのか分からないし、第一終電を逃すほど飲んだくれている時点でもうかなりやばい。お酒は節度を持って飲みましょうね。
俺が一人大学生あるあるを脳内で語っていると、気付けば電車がそろそろこちらに来る頃合いになっていた。暫く無言のまま歩いていたが白浜は不機嫌になっていないか心配になり、横目で顔色を窺っていると、その視線に気付いたのか白浜もこちらに目を送っていた。
「なに?」
「え、あーいや、何話して良いかよくわかんなくてさ……」
「別に無理に何か話そうとしなくても良いのよ、私はこの感じもそれなりに心地よく感じているから」
そう言い放った白浜の表情は確かに柔らかな表情だった。初めて会った時の冷たい印象は微塵も感じなくなっていた。それは少なからず信頼しているという彼女なりの証なのかもしれない。
電車に乗車した俺たちはお祭りに向かう人の群れに圧迫されていた。だが、たった二駅耐えれば目的地はすぐそこだ~。
満員電車に揉みくちゃにされながら、ふと、桃坂とのあの件を思い出していた。あいつの胸、柔らかかったな~。違う違う。そっちじゃない、気を付けるのは痴漢された件だ。
前回の経験から、恐らく白浜もかなり控えめに言っても超可愛いので、痴漢される危険性は大だと予測される。従って俺は自然と白浜の近くに身を置き、今回はたまたま電車の扉の脇に寄りかかれていたので、俺と白浜のポジションを入れ替え、前回のような大胆な行動をせずに痴漢防止をすることに成功したのだが、ここでも電車が大きく揺れた。このパターンは。俺の右手に本来なら柔らかい感触があるはずなのに、なぜか固い物に当たっている、よく見ると。うん。ただの壁ドンだね。……ドン?
その手の行き先は白浜の顔の僅か横をすり抜けまさに壁ドンしていた。手を放そうにも後ろから誰かに体重をかけられているため、下手に手をどかせばそのまま白浜を圧し潰してしまう危険性があるため俺は全ての力を円堂君さながら右手に集中させた。今なら出せるかもゴッドハンド!
「……悪い。大丈夫か?」
「あなたって、時々驚くくらい大胆よね。その、色々と気遣ってくれてありがとう」
頬を赤く染めながら、白浜はお礼の言葉を送り、俺はそれに対し、首を縦に振りお礼の言葉を受け入れた。実際後ろからの圧が凄すぎて声が出せないだけなんだけどね!
今回の電車の駅間が二駅ということもあり、それからは何事も無く無事に、朝霞駅に到着したのであった。
彩夏祭は朝霞市において、かなり大規模のイベントということもあり、大人から子供まであらゆる層の人々で賑わっている。辺りを見渡せばかなりの数の屋台も切り盛りされている。
「どこから回る? なんか食べたいものとかあるか?」
「んー。そうね、では綿あめから食べに行きましょうか」
俺たちは綿あめの屋台を目指し、歩みを進めた。綿あめの屋台はザラメを溶かした甘い匂いが周囲に行き渡っていた。そのザラメから溶けた部分から出る糸状の物を割りばしで絡め取りアニメなどのキャラクターがプリントされた入れ物に包装して軒先に並べられている。
一体白浜がどの入れ物に手を伸ばすのか気になり、じーっと見ていると、俺とは対照的に白浜はまるで、おもちゃ屋さんでおもちゃを選んでいる子供の瞳で、真剣にアニメキャラがプリントされている綿あめを選んでいた。おぉ。なんか無邪気な感じがすごくいいと思います。
俺がじーっと見つめる視線に気付いたのか、はたまた我に返ったのか定かではないが白浜は何度か咳払いをしてこちらを窺うような視線で見てきた。
「な、なに」
「いや、えらく真剣に選んでるなと思ってな、アニメのキャラ好きなのか?」
俺が唐突に疑問を投げかけると、白浜の顔は困惑したものになっていたが、次第に何かを覚悟した面持ちになり、俺の疑問に答えるべく口を開いた。
「私の両親はかなり厳しくてね、小さい時にテレビを見させてもらえなかったのよ。だけど私のおばあちゃんの家では見させてもらえたの、だからその反動的なものかしらね。それでアニメも好きになったということよ。へ、変だったかしら?」
「いや? 別に変じゃねーと思うよ。けど正直意外だった。お前の口からアニメが好きだなんて言葉が出て来ると思わなかったよ」
だが、実際腑に落ちることの方が多かった。等価交換と言ってきた言葉選び、ましてや白浜が俺にした行動は漫画そのものだと思っていた。人付き合いが皆無の白浜がどこからその情報を仕入れているのか疑問に思っていたがこれですべて納得できた。
「そ、そう? それならいいのだけれど、そんなことより次の場所に行きましょうか」
「あいよ」
次に訪れた屋台はその看板に大きく『やきそば』と書かれた屋台だ。祭りの鉄板メニューの一角に位置するため、多くの客で賑わっていた。
中学からお祭りに行ったことがない俺だったが、よく結花がお土産としてやきそばを買って来てくれていたので、今でもその味は鮮明に覚えている。味の感想はハッキリ言って普通だ。これといって特別何かを感じた事も無かったのだが、今目の前にあるやきそばが何故か、無性に、美味そうに見えて仕方がない。テントの中の光に照らされ、鉄板から立ち上る煙からはソースと野菜の匂いが煙に混じり周囲に解き放ち、その存在感を露わにしていた。
「食べると普通ってわかっているのに、何であんなに上手そうに見えるんだろうな」
「え、普通のやきそばなの?」
……あ、しまった。そういえば白浜は祭りに来たことが無ければ、俺みたいにお土産として買って来てもらうことも無かったのだろう。白浜は未知の味に興味津々だったというのに俺が今の一言で全部台無しにしてしまったらしく、白浜は首を落とし、それから少し拗ねているような表情でこちらを睨み付けていた。ご、ごめんね?
「悪かったよ。次の店で何でも買ってやるから機嫌を直してくれよ」
「あなたは、私の未知を一つ潰したのよ? 本来なら命を持って償ってもらっていたけれど、次の屋台でのあなたの対応の仕方が私を満足させてくれたら清算してあげることも考えなくもないわ」
いやいや、確かに君の楽しみを潰したかもだけど、でもさ命って重すぎませんかね? もっと他にあるんじゃない? っていうか目がマジすぎて本気で怖い。
「わかった。これから回る屋台は俺が全部持つよ」
この発言には実は意味がある。この作戦は、あたかも俺が誠意を見せ、白浜に奢りまくるかのように見えるが、なんせ白浜はあのスタイルだ、これから回る屋台も数が知れてる、すぐにお腹と白浜の心は満たされて俺のことを許してくれるだろう。……この時まではそんな甘い考えをしていましたよ。
俺の全部持つと言った言葉を聞いた途端に白浜は暴走した。
やきそばの次に、たこ焼き、お好み焼き、いか焼き、焼きトウモロコシ、一旦りんご飴とチョコバナナを挟み、射的やら、金魚すくいをして、更に牛串、じゃがバター、ホットドック、最後にクレープ。……え、なにこいつ。え? 魔人? それとも大食いの方?
俺の予想を遥かに超える大食漢で財布の中身がほぼすっからかんになった。これからの夏休みはバイト三昧か……。財布の中身を見て落胆している俺とは正反対に、今もその横でベビーカステラを貪り食べている魔人海は満足そうに次はどの屋台に行くか思案している様子だったのだが、これ以上は白浜のお腹を満たすより先に俺の財布が底を尽きそうなので、白浜に対して懇願を入れる。
「お願いします。許して下さい。これ以上は俺の財布が持ちません。なにとぞお願い申し上げます」
「はぁ、仕方がないわね。今日はこのくらいにしてあげる。本当なら、後五件くらいは回りたかったけれどパートナーの財布事情が乏しいのなら仕方ないわ」
何故か、あんなに食べた癖に不満と罵りしか言ってこない白浜に文句の一つでも言ってやろうと思い、俺は、皮肉たっぷりの表情と言葉で返した。
「悪かったな。まさかお前が、あの魔人の生まれ変わりだなんて思ってもいなかったからさ、つい油断してたよ。ごめんね? 魔人海さん」
俺が言い返してやったぜと満足していると、俺の横からベビーカステラの入ったビニール袋がカサカサと音を出していた。その音に気付きそちらに目を向けると、白浜は、……マジギレだった。眉間にはしわが寄り、口端は吊り上がり、大きな目は目力を増し、真っ直ぐに俺を見据えていた。辺りの気温がグッと低くなった気がした。あ、これはやばいやつだ。
俺は身の危険を察知して、人目もくれず、その場に洗礼された、無駄が一切ない完璧なフォームで土下座した。なにこの無駄な技術。悲しくなってくる。
「さっきのは嘘です! 白浜さんはめちゃくちゃ可愛い天使です。いえ、女神です! どうか慈悲深き裁定をお与えください」
「へぇ? 裁定を与えろと? なら東条君、そこに立って目を瞑りなさい」
お? このパターンは、前にキスをされた時と状況が似ていることもあり、俺はさしたる緊張も恐怖も抱いていなかった。
そして、目を瞑り白浜の下駄の音が少しずつ近付いてくるのを感じ取り俺の目の前で止まった。そしてその次の瞬間に俺の腹部に言葉にならない衝撃が襲った。衝撃を受けた最中俺は微かに目を開け白浜の方を見ると、何かの武術のような構えで俺に正拳突きを繰り出していた。
「ごほっ。お、お前、マジで力強すぎ……」
「なに? 私は女の子よ? そんなわけないわよね?」
「……はい。勘違いでした」
「わかればよろしい」
腹部にダメージを負うという代償は払ったものの、俺も白浜もこの彩夏祭を思う存分楽しんでいた。だが、その最中に白浜の巾着袋から着信音が鳴っていた。白浜もごめんなさいと言って巾着袋から携帯を取り出し、その相手を見やると怪訝な顔をしていた。そして携帯を持ったまま俺から少し距離を置き、木陰で電話をしていた。
白浜は電話が終わったのか、こちらに戻ってきた。だが、戻ってきた白浜の表情は何故か雲がかかっているように見えた。それを怪訝に思い、白浜に疑問を投げかけた。
「ん? どうかしたか?」
「……いえ、大したことではないわ」
「大したことないって顔じゃないぞ?」
「気にしないでって言ってるでしょ!」
急に声を荒げて言葉を放つ白浜を初めて見た俺は触れられたくない部分に触れてしまったと思い、謝罪を述べた。
「あ、悪い。しつこかったよな。誰しも聞かれたくない事だってあるよな、無神経だった気を付ける」
「いえ……私の方こそ声を荒げてごめんなさい」
そのやり取りから俺と白浜の間に妙な空気間が漂い、まだ花火が打ちあがるには幾らかの時間があり、お互い特に会話をする事も無く、ただ祭りに来ている人だかりを抜けるだけだった。だが、唐突にその静寂を破る声が聞こえた。
「あれ? ひょっとこじゃね?」
そのワードに俺は誰よりも反応を示していた。そのワードを口にし、尚且つ俺の聞き覚えのあるこの声はと思い、声のした方に振り返るとそこには、俺と同じ中学の同級生、そして俺のトラウマの根源となった佐藤率いる中学のメンバーだった。彼等は卒業しても尚、グループの繋がりを残していたのだ。
俺は佐藤等を目の前にし、昔のトラウマや、過去の事が一気に思い出されていき、たじろぎ後ろに後退りしていたのだが、不意に背中の部分に温もりを感じた。
「大丈夫、私があなたの隣に居るから安心して」
「なに? 無視? ひょっとこの分際で生意気じゃね? 高校に行ったからって調子こいてんじゃねーよ」
白浜が俺の隣に居てくれているのだが、それでもすぐに解決できるほど俺に植え付けられたトラウマは軽くなかった。
「てか、お前一丁前に女連れてんのかよ。え? ていうか、ひょっとこが連れてる子めちゃくちゃ可愛くね? ねえねえ、こんな奴じゃなくて俺たちと一緒に回ろうよ」
あぁ、いつもそうだ。やっぱり俺はこの呪縛から解き放たれることは無いんだ。今もそうだ、憎いと思っていても心の中で佐藤のカリスマ性を認め、自分がどう足掻いても勝てないのだと諦めてしまう。
このままきっと白浜を連れていかれ、結局俺は人を信用できなくなってしまうんだろうと思っていた。白浜も俺なんかより佐藤等と一緒に居た方が楽しいに決まっている。
俺はいつもの俺に戻るだけ、そう、独りぼっちの東条空が当たり前で、それ以外は全部偽物なのだから。
「白浜、ごめんな。あっちに行きたかったら行ってもいいから、俺は大丈夫だから」
「はぁ、馬鹿ね。私のことをもう少し信頼してくれていると思っていたのに悲しいわ」
「だから、お前は俺たちを無視して何様なの? 俺たちは今その子と話したいんだけど、お前あそこで飲み物でも買って来いよ」
俺はその言葉に逆らうことができずに、無言のままその場を去ろうとしたのだが、その行為を白浜が制止した。
「待ちなさい。あなたはここに居なさい。あなたは私の隣に居るべき人よ。去るのはあなたたちよ、私はあなたと話すことなど無いわ。早々に消え失せなさい」
「はぁ? 女だからって調子に乗るなよ?」
白浜が佐藤に俺の代わりに言い返してくれていた。だが、佐藤は白浜の態度に苛立ちを露わにし、今も白浜に腕を伸ばし掴みかかろうとしていた。
「やめろ。彼女に触れるな」
気付けば俺は、佐藤の腕を掴んでいた。あんなに恐怖を抱いていた佐藤に対してかつての俺ならあり得ない行動を取っていた。理由は考えるまでもなく、俺は白浜を助けたかったのだ。だから、その行動を取る瞬間は過去の事も一切関係なく、ただひたすらに白浜を助けることだけが頭にあった。
「お前。ほんとに調子こいてるみたいだな! もう一回痛い目に遭わせて思い出させてやるよ」
佐藤は叫びながら右手の掌を拳に変え、俺に殴りかかろうとしている。俺は目を閉じ口を思いっきり閉め、歯を強く噛み締め衝撃に備えていた。だが、俺にその拳が届くことは無かった。目を開けるとそこには、白浜が巾着袋から虫除けスプレーを取り出し、佐藤に振りかけていた。
「うわっ、くそっ。何しやがる。目に何かけやがった」
「東条君。今のうちよ、ほら、早く」
俺はそっと差し出された手を掴みそのまま佐藤たちから逃げる様にその場を後にした。
暫く俺と白浜は駆け足で祭り会場から遠く離れた場所まで駆けていた。流石に普段と違う下駄で駆け足するのはいつもの倍くらいの疲労が溜まり、長くは走り続けれないと悟り、人通りが少なくなったのを確認し、歩みを止めた。
「も、もういいんじゃないか。ここまでくれば流石に来ないだろう」
「え、えぇ。流石にもう走れそうにないわね」
「だけど、お前何であんな無茶なことをしたんだよ」
「何でって、あのウジ虫たちが気に入らなかったの。あんな輩があなたの心に傷を負わしているとわかった途端に無性に腹が立ったのよ。それに、何かあってもあなたが助けてくれると思っていたから」
「だからって、ギャンブルしすぎだ。あの時俺は本気でビビってたし、お前を助けられる保証なんてどこにも無かった」
「でも、あなたは助けてくれた。経緯はどうあれ、あなたは過去の呪縛に立ち向かえたのよ」
「それは違う、あれはお前が居たからであって、俺が一人で立ち向かえたわけじゃない。一人であいつらに出くわしたら、俺はまた、負のどん底に叩き落される」
「だけどね、私がいつでもあなたの傍に居るとは限らないでしょ? 今日の勇気ある行動を足掛かりにして、頑張りましょうよ」
最後にかけられた白浜の言葉の意味を理解していなかった俺はその答えを求め、白浜に問うた。
「いつでも傍に居れないってどういう」
俺が白浜に問いを投げかけていると、上空に色彩の花が咲いていた。その音により俺の言葉はかき消されてしまった。
「もう、私が居なくても大丈夫そうね」
その後に白浜が囁いた言葉は花火の音に消されることなく俺の耳に届いた。いや、届いてしまったの方が正しいだろう。俺はその言葉の真意を聞くことを恐れ、聞こえなかった振りをした。
赤青黄色と多色多彩の花火が夜空を照らし出し、打ち上げられた花火の火薬の匂いが夏をより一層身近に感じさせる。彩夏祭の会場からやや離れた場所でも、その打ち上げられた花火はハッキリと俺の目に刻み込まれている。この夏は俺にとってもかけがえのない大切な思い出になっていた。バスケ部をクビになってから俺には青春という二文字は味わえることは無いと思っていたのだが、まさか、こんな可愛い女の子とバスケという共通の趣味から出会い、こうして花火大会に二人で出かけられた。これが特別でなければなんだというのだと俺は打ち上げられる花火を見上げながら、一つ一つの思い出を思い返していた。今、白浜はこの花火を見て、何を思い浮かべているのだろうかと気になり、白浜の方に目を向けた。
俺が目を向けた先に見えたのは、花火を見上げ何かを諦めてしまうかのような、そんな儚い表情をして上空に顔を見上げていた白浜が目に映った。
今にも消えてしまいそうな瞳で空を見上げていた白浜は、ふと目を閉じ、こちらに顔を向けながら目を開いた、その瞳には何かを覚悟した意志が込められているように思えた。
「東条君、ごめんなさい。私、あなたに、いいえ、あなたのご家族にも嘘を付いていたの。私本当はね、家に両親は元々居ないの。ずっと海外に出張していてね、私は中学の時からおばあちゃんの家で育ってきたの。だけどもう直に両親が帰国してくるのよ。そして今の私の現状を知った両親は、私を海外に一緒に連れて行こうとしているの。海外の学校でバスケをして上手くいけばそのまま海外でバスケの選手としてもやっていけるって言ってくれているわ。実際、私も自分のプレースタイルは国を超えても通用すると自負している。だから挑戦してみたいって気持ちはあるの。だけど、父には日本に心残りが無ければ一緒に行こうと言われているの」
「……は? あ、いや、待て待て。全く理解が追い付いていない、冗談だよな? かなりリアルだから本気かと思ったじゃないか」
「これは本当の話よ。大分前からこの話はしていたの、本当なら今頃海外に居るはずだったけど私が無理矢理延期にしてもらってたのよ。どうしても花火大会に行きたかったから」
「何でだよ! 一緒に居てくれるんじゃないのかよ! お前まで俺を一人にして置いて行くのかよ。なんでだよ……」
「私は、私のできる限りのことをしたわ。いつまでたっても振り向いてくれるのを待てるほど、私は強くないの。それに、私は日本に居たらこのまま終わってしまう。だけど、海外でなら私の未来は開かれる気がするの。それをあなたに阻める権利があると思うの? この意味、あなたなら理解できるはずよね?」
白浜の言葉に俺は何も言えずに佇んでいた。確かに、白浜のスペックは日本の女子高校バスケのレベルを凌駕していると思う。きっと、誰よりもバスケの練習をしていた成果なのだと思う。でなければ、あそこまでの領域に至ることは考えられない。それは白浜の未来に直結する出来事だと思うと俺は白浜に対して言える言葉が見当たらない。いや、俺が白浜の未来を阻んでいい理由さえ見当たらないのだから。
白浜は裏切ったんじゃない、ただ自分の未来の可能性を開くために日本を発つと決めたのに、なのに俺はそれを裏切る行為だと勘違いしていた。その時点で俺が白浜の横に居るべき人間じゃない。白浜にはもっとふさわしい人が居るはずだ。俺一人の些細な感情で一人の夢を、未来を阻んではいけない。そう思うと、俺は自然と視線を落とし、無言を持って白浜の投げかけた言葉の返事とした。
「そう。それが、あなたの答えなのね。予想通りね。あなたなら絶対にその答えを選ぶと思っていたわ」
そう言い放つ白浜の足元を見ている俺の耳には最早花火の音すら届かず、白浜の囁くような消え入りそうな声だけが俺の耳に届いていた。
「なら、これでお別れね。最後に花火大会にあなたと来れて良かった。私にとってもかけがえのない大切な思い出になったわ。ありがとう。……さようなら」
何かを懐かしむような表情をしていた白浜だったが、最後の言葉を放つときの表情は、俺が初めて会った時に感じた氷の女王のように、これ以上先は口を開くことも許されない、そんなプレッシャーを感じさせられていた。俺は終始腑抜けた顔をしていたのだろう、白浜はそんな俺を憐れむような面持ちで見ながら踵を返して俺の前から去って行った。
そんな白浜を目で追っていた。袖で目元を拭いていた白浜を見ても、それを彼女が涙を流している行為だとはその時の俺は考えもしていなかった。
俺がもう一度見つけた特別は、心の中で花火の様に綺麗に打ち上げられ、華やかに咲き誇り、世界を彩り、そして打ち上がったその後は、ただ儚く。その残像を残しつつ消え去った。
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