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六・白浜海はそっと過去を語りだす

前回のあらすじ

突然桃坂の偽の恋人になることになった東条空。

だが結果は相手側にあっさりと見破られてしまった。

桃坂とのニセコイ作戦が終わり、自宅に帰るとそこには何故か我が物顔で空の家族と夕食を共にしている白浜海が居た。

桃坂との偽の恋人作戦、略して、ニセコイ計画を完遂した俺は自宅に帰るとそこに居た

のは、本来ここに居る筈のない白浜海がそこに居た。いやいやいや、おかしいでしょ。何普通な顔して飯食ってんの? ていうか、それ俺の食器な! ほんとこの女は神出鬼没だ。

「何で、お前がここに居るんだよ!」

 ペシッと頭をチョップして文句を言ってやった。すると白浜はいつもの雰囲気とはまる

で違う子供のような顔でほっぺを膨らませて睨んできた。あらやだ。そういう顔もできる

のね。俺が白浜にチョップして抗議を再開しようとすると、まさかの人物が激おこになっ

ていた。

「空……。お前、なに海ちゃんに手あげてんだよ。ぶっ飛ばすぞ」

 まさかの親父ブチギレ事件が起きていた。ていうか、今海ちゃんって呼んでいたよね! 

いつの間にそんなに仲良くなったの? あの、人に挨拶しろだなんだと文句を言うくせに、

自分は他人に対して超が付くほどの不愛想なあの親父が、一体何をしたんだこの女。

「お父様、そんなに空君を責めないで上げてください、私が黙って来てしまったのがいけ

ないんです」

「ま、まあ海ちゃんがそう言ってくれるなら、今回は海ちゃんに免じて許してやる」

 こんの、くそ親父。完全に白浜に堕とされてやがる。だが、まだ俺には味方が居る。そ

う何を隠そう俺のことを愛しまくっている妹の結花が居る。俺の家にどこぞの知らん女が

居れば、さぞ結花も嫌がるだろう。俺は新たな味方を求め、結花に視線を送ったのだが、

まさかの光景がそこにはあった。

「空兄。海さんになんてことしてるの? 謝って! じゃないともう一生口聞かないから」

 おいおい。妹よ、少し前まで業者さんとか言ってた人だよ? もうちょっと警戒しなく

ていいんですかね? だがこの反応を見た俺は、一つの疑問があった。

 これは俺の勘違いであることを祈る以外無いのだが、一応聞かない事には何も始まらな

いので家族に向け問いを投げかけた。

「おい、こいつが家に来たのは何回目だ」

「さあ? 覚えていな」

 うん。俺の知らない間にこの女は俺の家に出入りしていたらしい。どうりでこの家族み

んなの反応がさも白浜が家に居ることが自然な振る舞いをしていたのだ。そして話を逸ら

されたことにお怒りの様子の結花が俺をじーっと睨んでいるので、急ぎ白浜に謝罪した。

「あ、え? ご、ごめんね?」

 俺は一体何に対して謝っているのか全くご理解納得いってなかったが、妹に口を利かな

いと言われたらそうせざるを得ない。俺の家族の立ち位置はやっぱり最下層に居た。

 俺が家族全員に罵られていると、母がそういえばと言いながら俺に何かを伝えてくる。

「空、今日ね、海ちゃんを家に泊めることにしたから、あんた、海ちゃんが不便無いよう

にしてあげるんだよ」

 ……は? 今なんて? 白浜が家に泊まる? Why? なぜ? あまりの事に同じ意

味を連続で思ってしまうほど困惑していた。

「は? なんで? てかみんな良いの? それにお前も嫌だろ? 正直に言っていいんだ

ぞ」

「私はむしろ、申し訳なくてお断りしているくらいよ? 迷惑だなんてとんでもないわ」

「もう。海ちゃん良いから私から誘ったんだし、お家の人が今日留守にしてるんだって、

だから、こんな可愛い海ちゃんを家に一人にするわけにはいかないでしょ? だから今晩

だけでも泊まっていきなさいって話になったのよ」

 なるほど。俺が居ない間に出入りしていた件に関しては触れないが、本日白浜が俺の家

に泊まる理由としてはさながら筋も通っている。それに白浜と俺の家族はそれなりにコミ

ュニケーションも取れているし、白浜もいつもより砕けた笑みを見せていた。

「はぁ、さいですか。まあ、いいんじゃねーの?」

「そ、そう? なら今日一日だけお願いします」

 白浜が承諾の言葉を口にした途端、家族全員が満面な笑みに包まれていた。だが、白浜

が来たことで俺にとっての吉報もあったのだ。

「そうだ、空。お前今は海ちゃんと毎日バスケしてるんだってな。そういう事なら、クラ

ブチームにはしばらく行かなくていいと思うぞ? このまま引き続き海ちゃんとバスケを

してお前の疲れた心も回復させるといい」

 ちょっと? お父様? 海ちゃんになにか弱みでも握られてるの? まあでも、正直ク

ラブチームに行くことは面倒臭くなっていたんだよね。

「え? まじで? まあそういう事ならもう少し先送りにさせてもらうわ」

「空、海ちゃんの荷物あんたの部屋に置いてあるから連れて行ってね」

「海さん! あとで恋バナしましょう」

「えぇ。あとでしましょうか」

 こうしてリビングから自室に白浜を連れ出しているのだが、俺はどうしても確認しなけ

ればならないことを今しがた、母親の口から出た言葉の意味を確認しに行った。

「ちょっと待った! なんで俺の部屋なんだ? 普通、結花の部屋に置くだろ?」

 俺がその疑問を口にすると、母親はにんまり嫌な顔をして笑っていた。

「えー? だって海ちゃんは今日、あんたの部屋で寝るんだから当たり前じゃない?」

 えー? じゃないよ? 待て待て。年頃の男女二人が一つ屋根の下で一緒に居たら絶対

よろしくどうぞ的な展開になっちゃうでしょ!

「お前は、それでいいのか?」

「私は、あなたが良いなら気にしないわ」

 白浜の顔がかぁーっと赤くなり、白く煌びやかな首筋も赤く染まっていた。あまりの可

愛さに俺は口をポカーンと開けたままになっていた。

 おいおい、まじかよ……。何その反応、可愛すぎじゃあありませんかね? などと思っ

ていると、母親も更に、にんまり微笑んで語り掛けてくる。

「二人共、同意ということで、夜は静かにしなさいよね?」

 ちょっとー? 最後のそれほんと気まずくなるからやめて! 母親のせいで突如として

気まずい雰囲気に晒された俺たちは所在なく辺りをきょろきょろと視線が泳いでいた。こ

のままではまずいと俺は即座に否定をいれた言葉を発した。

「そういうこと、言わんでいいから。白浜も困ってるだろ」

「え、えぇ。そ、そうね。夜は静かに……、ね」

 視線を下に落としながらもにょもにょと呟いている。は? 何お前も変なこと考えてん

の? え? これは俺、男になるしかないのか⁉

「い、いいから行くぞ」

 やっとの思いで白浜を俺の自室の前まで連れて行き、そこで暫し待てと手を前にかざし

白浜の動きを止めた。だってそんな来るなんて知らなかったし! 色々と見られるとまず

いものがあるんです! 主に、エッチな本とか、俺の未来渇望日記や、俺的女性ランキン

グとか結構な地雷が転がっているのである。エッチな本はまだ、軽蔑される程度で済みそ

うだが、あとの二つは絶対にダメだ! ドン引きされた挙げ句、相手は白浜だ、必ずネタ

にされ罵詈雑言を飛ばしてくるに決まっている。

「……ちょっと、待っててくれ」

「なにか、隠す物でもあるの? 私に隠すことはもう無いと思うのだけれど」

「いいから。待ってろ」

 俺は急ぎ自分の部屋に戻り、いつもの隠し場所に手を伸ばしたのだが、……あれ? い

つもここに隠しているはずなのになんでないんだ。……まさか。確認の為、一度部屋のド

アを開けると、隣の部屋から結花が俺にアイコンタクトで、もう大丈夫、安心しろみたい

なメッセージを送ってきていた。……結花が妹でお兄ちゃん本当に良かったよ。

 結花のファインプレーもあり、これで心置きなく白浜を部屋に招待できる。

「待たせた。入っていいぞ」

「では、お邪魔します」

 女の子が俺の部屋に、いや、家族以外の人間が俺の家に、はたまた俺の部屋に居ること

が始めての経験のせいかむず痒い。だが、あれらの物を結花が処理してくれていることが

わかったこともあり、今の俺には恐れるものは無い! 

「あ、イケない」

 そう言いながら自分の荷物を倒してしまったのだろうか、音の方に視線を送ると驚きに

戸惑いフリーズしていた。……な、なんでそれがそこに……。

 白浜の荷物の中には、俺のあんな本やこんな本が、そして俺の黒歴史になりえる日記等

が入っていた。まさか結花のアイコンタクトの意味は「大丈夫! なんとかなるよ! 頑

張って!」という意味だったのか……。終わった……。一番見られたくない人物に見られ

てしまった。俺がポカーンと口を開けているのを見て、憐れむかのような、はたまたゴミ

を見るかのような眼差しで見据えてきた。……ひえぇ。怖いよぉ……。

「東条君。安心して、中身はまだ見ていないから、だけど、この卑猥な本は捨てなさい。

それに、この本に出ている演者の方、どことなく私に似ているのは気のせいかしら?」

 演者って……。普通女の子ってこの手の物を見ると顔を真っ赤にして「こ、こんな本読

んで、なんて下品なの! 信じられない」とか言ってくるんじゃないの? こいつはさも

平然とした口調で話していた。しかも俺が最近見つけたその演者の方は、確かに白浜に似

ているからという最低の理由で購入していた。だってまさか、バレるだなんて思わないじ

ゃないですか! 

「はい……。すみませんでした。捨てさせていただきます」

「よろしい。では、私は結花さんの部屋に行ってくるわね、ここに居ては襲われちゃいそ

うだし」

 そう言葉にしながら、ペロっと舌を出して部屋を去って行った。普段より幼い表情の彼

女に俺はドキドキが止められないでいた。あいつ、いつもああいう感じなら文句ないんだ

けどなー。

 白浜が結花とガールズトークに華を咲かせている間に俺は全ての身支度を済ませ、自室

にて、今日の事を思い返していた。

 俺は桃坂をどう思っているのか、俺にとって桃坂は一体何なのか、考えても答えは出な

い。少し前に安田たちがこんな話をしていた。「とりあえず付き合ってみたけどなんか違

うから別れた」とそれは相手の心を弄ぶことになるし、何より、相手が真剣に交際を望み

それが叶いどれだけの歓喜に包まれていたのだろうか。安田がその人に対してしたことは、

その人の心を冒涜したことになる。俺はそんな事絶対にしたくはない。だが、俺の今桃坂

に対してしている行動も桃坂の気持ちを冒涜しているのではないだろうか。彼女の好意に

気付き、それを気付いていない振りをする。それが彼女の心を踏みにじる行為でなくてな

んというのか。俺は一体どうしたらいいのだろうか。

「何を辛気臭い顔をしているの? まるで排出物とヘドロをミキサーで混ぜた顔してるわ

ね」

「うるせーよ。俺は元々こういう……」

 そう文句を言いながら振り返ると、そこには風呂上がりで少し濡れているせいか白く綺

麗な髪がいつもより宝石のようにキラキラ輝いて見えた。白がベースの青いボーダーが入

り混じったボアパジャマを着ており、普段のそれと印象が全く異なった白浜海が居た。ん?

いつの間に風呂入ったんだ? 着替えとか取りに来てないよね?

「な、何?」

 俺が風呂上りというレアな白浜に見惚れていて、少しの間凝視していたためその視線が

むず痒いのか、身を捩らせている。

「あ、あぁ。悪い。いつもと違う感じがしてな、つい見惚れてた」

「そ、そう。ありがとう」

 決して長くない会話をして、俺たちは会話のない静寂な部屋でお互い距離感を測るよう

に視線だけが慌ただしく動いていた。だが、その静寂を破ったのは白浜の方からだった。

「そろそろ、寝ようと思ったのだけれど、あなたは何時頃に寝る予定?」

 気付けば時計の針は十一時を指していた、俺は長い時間一人で考え込んでいたんだな。

「そうだな、そろそろ寝ようかな」

「そうしましょう。では、おやすみなさい」

「おやすみ」

 俺たちはお互いの布団に入り眠りに就くはずなのだが、……全く寝れる気がしない。だ

って隣で白浜が寝てるんだぜ? こんなんで寝るとか絶対に無理! 同じシャンプー使っ

てるはずなのになんでこんなにいい匂いがするの? というか、お風呂上がりの女子って

めちゃくちゃエロくない? こんなの顔も見れない。あー。やばい、考えてたらどんどん

目が覚醒してきた。ダメだ。こういう時は、頭の中で数を数えるのが良いんだと噂で聞い

たことがある。試しにやってみよう。……えーと、白浜が一人、白浜が二人、白浜が三人、

白浜が……、ってなにこれハーレム? こんなことを考えている時点でもうヤバイ。

「東条君。まだ、起きてるかしら?」

「……あぁ」

「今日のデートで何かあったの? 何に、困惑しているの? 私でよければ話を聞いてあ

げられるわよ」

「何かあったって訳じゃない。これは俺の問題だからな、気にしなくていい」

「すぐそうやって、壁を作るのね。そんなに人に自分のことを話すのが怖いの? いいえ、

少し違うわね。人を信用するのが怖いの?」

 俺はすぐさま否定をすることができず、喉の奥で言葉が詰まり、声を出すことができな

かった。

 桃坂にも似たようなことを言われた。だが、二人に共通して言えるのは、それは、俺の

過去を知らないからだ。

 あのようなトラウマを植え付けられれば、誰だって人を信用することに恐怖を抱くはず

だ。それをまるで知ったかのように決めつけられるのは些か良い気分ではない。俺は自分

が段々と怒りの感情が出てきていることに気付き白浜の言葉に返事を返すことができなか

った。

「少し、昔話をしてもいいかしら?」

 俺が押し黙っていると、その間を埋める様に白浜が口を開く。それは、俺が知りたかっ

たことでもある白浜の過去の話。彼女がどんな過去を経て今に至るのか、俺は相変わらず

返事ができなかったが、白浜はそれを了承したと解釈して言葉を紡ぎだした。

「私ね、小学校から中学校卒業までずっといじめられていたのよ。おかげで私は中学の三

年間ほとんど不登校になっていたの。」

 まさかの白浜の告白に俺は驚きを隠せず、布団から起き上がって白浜の方に視線を向け

ると、白浜はいつの間にか布団にはおらず、部屋の腰窓の前に立ち、外を眺めていた。

 窓側から見える白浜の横顔は今にも消えてしまいそうなほど儚い表情をしていた。そし

て尚も言葉を紡ぐ白浜。

「高校に入ってからはいじめに合うことは無くなったけど逆に私の周りには、下心を持っ

た人たちで溢れていたわ。誰かと仲良くなりたい、ある男の子と仲良くなりたくて、私を

利用しようとしてきたの。そういう煩わしい物から解放されたくて、私は今も独りぼっち

になっているというわけ。結局人との関わりを拒絶しているのは私も同じなの」

 白浜がいじめに合っていたという事実は正直想像ができないため、なんとも言えないが、

白浜に下心を持って接せられている状況は容易に想像できた。持つべき者は、持つべき者

なりの苦悩がある。それはまさに白浜が今置かれている状況なのだろう。

「……意外だな。お前にそんな過去があるなんて、俺なんかに話してよかったのか?」

「あなたにだから話したのかもね、それに、私はある目標があるから、ここまで頑張って

これたの。どう? これが私の過去の一部よ」

「目標? それが何か聞いてもいいか?」

「そうね、簡単に言うと、復讐ってところかしら」

 白浜はその目標とやらのおかげで、ここまでどんな状況でも諦めなかったのだろう。だ

が、白浜の口振りの様子だとその目標は達成していないらしい。それが俺には全くもって

想像もできはしなかった。復讐とは一体、誰に対してなのか。

「次はあなたの番よ? 前に言ったこと覚えているかしら? 等価交換。私はあなたの過

去を知る権利があると思うのだけれど」

「あー。そういえば、そんなこと言ってたな。最近はそれやってなかったな、わかったよ。

俺の過去を話せばいいのか?」

「んーそうね、あなたの過去の話より今は今日の桃坂さんとのデートの話が聞きたいわ」

「そっちか……。まあ等価交換になるか分からないけど、それでいいなら」

 俺は白浜に今日のニセコイ計画について大まかな要点だけを話した。主に電車での出来

事や、最後に言われたあの言葉などは流石に言えるようなことではないと思い、心の中に

閉まっていた。最後に言われた言葉より電車での出来事はこいつに知られるとどんな目に

遭うか想像するだけで冷汗が止まらない。俺が要点だけをまとめて話していると、不意に

白浜が話を割って口を開く。

「待ちなさい。私に何か隠しているでしょ?」

 このエスパーめ! 人がどうにか誤魔化しているんだから、触れられたくないとか察し

ろよ! そういう所だぞ。

「え? いや、なにも隠してませんよ?」

「いいえ。あなたが嘘を付くときは決まって、生ごみとヘドロをシェーカーで混ぜたよう

な顔をするもの」

 ……君は、語彙力が豊富でいらっしゃいますね。だが、バレてしまっている以上全部と

はいかなくても話さないと解放してくれなさそうだ。俺は電車で起きた出来事以外を詳ら

かに話した。

「……そうだったのね。それであなたはさっきから彼女のことを考えていたという訳ね」

「あぁ。だけど、考えても考えても答えが出ない。俺はどうすればいい?」

 自分で言って呆れてくる。多分俺の心が相当弱っているんだと思う。でなければ、俺が

こんな誰かに自分のことを委ねるなんて考えられない。これは俺が考え、悩み、決めなけ

ればならない問題だ。きっと白浜の過去を聞き、自分と似た境遇を得ているからどこか信

頼に近い同族意識を持ってしまったのだろう。

「なら、明日、私と出かけましょう」

 白浜は意外にも俺の嘆きのような問いには耳を向けず全く別のことを話し始めた。そう

いう所で変な気遣うなよ。

「え? 明日? 良いけど、何するんだ?」

「明日は何の日か分かる?」

「知らん」

 先程、俺が白浜に対して行ったチョップの仕返しをされてしまった。

「少しは考える素振りをしなさい」

「いってー。お前、ほんと女? バカ力め」

 ドスッともう一発重い一撃が飛んできた。ほんと痛いから。やばい、泣きそう。

「はい、ごめんなさい。明日って言ったら、まさか、花火大会か?」

「そう、花火大会。私、花火大会に一度も行ったこと無いの」

「俺なんかと行っていいのか? そういうのはもっと大事な人と行くべきだろ」

「はぁ、いいから黙って私と来なさい。良いわね?」

 呆れたようなため息を吐きながら白浜は命令口調で告げてくる。

 この夏休み、これといって予定が入ってない為、断る理由も見当たらず、俺は首を縦に

コクリと振り首肯した。

「それなら良かったわ。なら明日は、私にとって、特別な日になるから楽しみにしている

わね」

 そう言葉にした白浜は、気付けば布団に戻り眠りに堕ちようとしていた。俺はその眠り

に就く姿が、あまりにも尊いものに見えた。白浜は目の前に居て、手を伸ばせば届く距離

に居るはずなのに、俺の手が白浜に届くことはなかった。

 白浜が隣で寝ている緊張も相まって、俺はあのやり取りが終わってからも眠りに就くこ

とはできなかった。

 今の俺がどうすべきか答えが見つからないこの状況で、桃坂と白浜。彼女たちと曖昧な

関係を続けるべきではない、そう自分の中では結論は出ている、だがそこまでの過程が何

一つ浮かんでこない。結論は出ていても、それを立証できなければそれは答えと呼べない。

 桃坂からの思いは流石にあれだけ攻められて気付かないほど鈍感じゃない。むしろ敏感

で過剰に反応してしまう方だ。だけど、それでも俺がそこで踏みとどまるのは自分の中に

棲みついているもう一人の俺がそれを許さない。それは只のザイオンス効果だと、桃坂と

接触する機会が急に増え、それがザイオンス効果を引き立て俺が桃坂に好意を抱いている

のだと、そんなものがお前の特別なのかと。俺自身それが特別だとは思えてはいない。だ

が、それでも、桃坂に対してこのままの曖昧な関係を続けることはあまりにも不誠実だと

思う。

過去の経験もフルに生かすべく、昔の出来事を思い返していた、そこで、一つの記憶を

思い出していた。それは、俺が思い出すのも忘れるくらい、心の奥深くに沈ませていた記憶だった。そして、それは。……過去に俺が初恋をした記憶で、俺が犯した大罪の記憶だ。

 俺は中学時代、いじめに耐え切れずに心が疲弊すると必ず訪れる場所があった。そこは特別なにかあるわけでもない東武東上線の和光市駅から成増駅間の線路の脇にあるちょっとした隠れスポットがある。そこから見える夕日に目を向け、時折その眼下を通る電車を眺めると不思議と心が安らいでいた。そんなある日、俺はその場所で一人の少女と出会った。

 その少女は、綺麗とはかけ離れたボサボサの髪に、身長も低く、体型はスリムと呼ぶには程遠く、お世辞にも容姿も良いとは言えなかった。その少女は俺と同じく、夕日を眺め、涙を流していた。流石に同じ場所に居て泣いている女の子を無視するのはどうかと思い、声音はできるだけ優しくすることを意識して声をかけた。

「あ、あのー。大丈夫ですか? その、どうかしましたか?」

 俺が声をかけるとそれに気付いた彼女は、急いで涙を拭き、慌てた様子で言葉を返してきた。

「あ、ご、ごめんなさい。お見苦しい所をお見せしました。ごめんなさい」

「いやいや、全然気にしないで下さい。それより、あなたもここで夕日を眺めていたんですか?」

「え? は、はい。ここの夕日を見ていると、不思議と心が落ち着くんですよね」

「ほー? それはお目が高い。実は、俺もこの場所がお気に入りで、何かあるとここに来るんですよね」

「あなたも? 何か嫌な事でもあったの?」

「実はさ、学校でいじめられてるんだよね……」

「あなたも? 私も、いじめられてるの。私こんな容姿でしょ? だから、みんなから蔑まれてるの」

「なんだ、俺と理由は違うけど、いじめられてる点では、同じだな」

 俺は名前も知らない少女と自らの傷口を見せ合った。多分それは、お互いが一番他人に知られたくないであろう事柄だと思う。俺は自分のことを赤裸々に話、尚且つ彼女も似た境遇な事を知り、いつの間にか彼女を信頼して、家族にも打ち明けられないような話を彼女に対してだけは何でも話せていた。

 それから俺たちは何度もその場所で会い、お互いの傷を舐め合っていた。最初は似た者同士だと思い、なんでも俺に共感してくれて、時にはお互いの不満をぶちまけてストレス発散をして、気を紛らわしていた。問題の根っこを解消しない限り俺と彼女の問題は永久的に付き纏ってくるとわかってはいたものの、俺も彼女も、それを望んでも叶わないのだと知っているから。せめて今は、この時間だけは、現実を忘れられるようなそんなお互いの傷を舐め回す行為をしていた。

「そういえば、結構な時間ここであんたと話してるけど、俺たち自己紹介もまだしてなかったよな」

「確かに、そういえば、出会い方が歪だったから忘れてしまっていたわ」

「じゃあ、俺から。俺の名前は東条空だ! よろしく」

「はい! 私は……、白雪って呼んでください。こちらこそ、よろしくお願いします」

 こうして、俺と白雪はそれからも傷の舐め合いを続けていた。次第に俺は自分の心の変化に気付いていたのだ。それは白雪に対して、同族意識で俺の心が癒されている訳ではなく、白雪と居ることで俺の心が癒されているのだと。俺にとって、初めて一人の人と一緒に居ることが心地よく感じ、彼女と居るこの時間がかけがえのない時間だと。そして、俺にとっての特別な存在なのだと。容姿などは関係ない。彼女だけは俺だけを見てくれていて、彼女だけは俺を裏切らない。そんなどこにも根拠などは無いのだが、俺にはそれだけはなんの迷いも無く断言できた。俺がそんなことを思っていると、唐突に白雪は口を開いて言葉を発した。

「ねぇ? 東条君? 私ね、目標ができたの」

「ん? 目標?」

「中学は無理でも、高校では私、生まれ変わるの。今より何十倍も綺麗になって必ずいい女になる。そしてあなたを惚れさせるわ。そして、惚れさせたあなたと花火大会に行く」

「ほーん? それはいい目標だな。なら頑張って惚れさせてくれ。俺はそう簡単には惚れないけどな」

 白雪はその目標に向けて努力すると決めていた。かくいう俺はこれと言って目標というものがなく、少しだけ白雪を羨ましく思っていた。俺に至ってはせいぜい高校デビューが関の山である。だが、俺はそんなことはどうでもいと思えるくらいにこの時間が気に入っていた。

 だが、突如としてその時間が終わりを告げる。

 いつものようにあの場所で白雪に会いに行っていると、後ろから俺がつい、拒絶をしてしまう声が聞こえた。

「いやー、ついこの前見つけてよー。結構いい感じの場所なんだよね。人通りも無いし、まじで最高の場所だから」

 その声の持ち主は俺のいじめの元凶である佐藤だった。佐藤等一行は俺のお気に入りの隠しスポットをどういう訳か偶然見つけ出し、そこを自分たちのお気に入りの場所にしようと思い、この場所に赴いたのだろう。

 これは、まずい。あいつらに白雪の存在が露見されれば、あいつらの交友関係は幅広いもので、もしかしたら白雪の学校の人間とも繋がっている可能性が高い。

 そうなれば、更に白雪のいじめの悪化にも繋がりかねない。あいつの目標も全部台無しになってしまう。それだけは阻止せねばならない。

 俺が佐藤等を見つけたのは、ほぼ階段の最上段付近であった。故にまだ幾らかのタイムラグがあり、今なら急げば白雪が彼等と鉢合わせになることもない。俺は急ぎ白雪にこの事を伝えるべく駆けだした。

 だが、その最中、俺は一つの不安に駆られていた。それは、白雪にありのままを伝えたとしても、彼女は「私なら平気だから気にしないで」と言って、その場から離れようとはしないだろう。だから、俺は最低最悪の方法で白雪を彼等から遠ざけることを決意した。

 ……例え、それが彼女との永遠の別れになったとしても、それでも俺は、彼女の目標を少しでも阻む危険性があるのなら、それを阻止したい。

 それが、唯一俺が特別に思えた存在で、俺を特別に見てくれて、俺の心を癒してくれた白雪に対して。……伝わることの無い恩返しをしよう。

 階段を登り切り、少し開けた踊り場のような場所。そして、いつもの場所で夕日を儚く見つめる白雪が居た。俺は走ったことで息が切れ切れになっていたがすぐに白雪に言葉を告げるべく、白雪を見据えた。今は迷う時間も惜しいから。

「どうしたの? そんなに息を切らして。何かあったの?」

 先に言葉を発したのは白雪からだった。俺は、その言葉を聞き、息を整えつつ、卑屈的な微笑みを作りながら、白雪に別れの言葉を告げる。

「うるせーよ。気安く話しかけんじゃねーよ」

「え? ど、どうしたの? なんかいつもと様子が変だよ?」

 俺の急激な態度の変化に戸惑っている様子の白雪、そしてその状態のまま俺は畳みかけにいった。

「ああ、もう限界だ。ずっと我慢してきたけど、もう我慢ならねー! 俺はな、ずっと俺がされてきたことを誰かにやってみたかったんだよ。どんな気分なのか知りたくてな! 実際やってみてわかったよ。最高の気分だ。俺の掌で転がしてる気分ってのはな! そりゃあ、あいつらがやるわけだ。もうわかったから、お前は用済みだ。だから、お前はもう俺に関わるな。話しかけるな、目を合わすことも煩わしい。俺はお前みたいなのが大っ嫌いなんだよ! 俺を惚れさせる? 冗談じゃねぇよ。俺がお前の恋人になるなんてことは天地がひっくり返ってもありえねぇんだよ! この白ブタが!」

 言葉を紡ぎながら泣きそうになっている事がわかる。だが、今はダメだ。今泣いたら彼女にバレてしまう。それではここまで何一つとして言いたくない言葉を彼女に飛ばした意味がなくなってしまう。彼女も俺の突然の言葉に固まっている。あと一押しすれば彼女は俺の前から立ち去るだろう。

「……今すぐ、……俺の前から消え失せろ」

 嗚咽をぐっと堪え、カチカチと歯がぶつかる音がする。口元も震え、少しでも気を抜けば涙が零れ落ちてしまいそうだ。だから、早く、早く俺の前から居なくなってくれ。俺が堪えきれなくなる前に。

「さようなら。……最低で最悪でとても優しい東条君」

 白雪はその場で慟哭しそうなほど涙を溜め、表情も泣き崩れそうな顔をしていたが、それを堪えながら踵を返し足早に去って行った。

 そして、俺もその場から離れ、周りに人の影が無い事を確認して、今まで我慢していた涙も、最初の涙が零れ落ちると、あとはもう目処がたたないほど泣き叫んでいた。

 それ以来、白雪の姿を見ることは一度もなかった。

 これが、俺が初めて特別を抱き、抱いてくれた人にした俺の大罪だ。彼女が今どこで何をしているのか、俺にはそれを知る権利も資格も無いのだから。

 昔の事を思い返していると、なぜか視界がぼやけている。それに目頭が熱を持っている。あぁ、俺は泣いているのか。もうとっくに克服したと思っていたのにな。思い返しただけで涙が出て来る程、俺にとって特別な人との特別な時間だったのだ。俺はそれを心の奥底に沈め、自分の犯した罪を忘れて日々を繋いで生きていたなんて、俺はなんて最低なのだろうか。自分の心の中で自分を責め立てていると、隣から物音が聞こえ、我に返り、音のする方向に目を向けた。

「ん? 東条君? まだ起きているの?」

 俺が鼻を吸ったり、目を擦ったりしている音に気付き起こしてしまったのだろう。時計を見れば時刻は朝の四時を指していた。かなりの時間、思考の海に潜ってしまったようだ。

「あぁ、悪い。起こしちゃったか?」

「いえ、気に病むことはないわ。ん? それよりあなた、泣いているの?」

「大丈夫だ。気にしないで寝てくれ」

「そんなの、無理に決まっているじゃない。あなた、まだ一睡もしてないんでしょ?」

 そう口にした白浜は寝起きのせいか、いつものキレがある話し方よりやや甘い声に聞こえてくる。

 そして、いつの間にか自分の居た布団から出て俺のベッドに腰をかけていた。

「……そうだよ、寝付けなくてさ。でも安心してくれ、お前が居るから寝付けないんじゃないからな」

 白浜に変な不安を抱かせないように、声音を優しくして白浜に告げ、俺も布団から出て白浜の隣に少しだけ距離を空けて座った。

「あなたは、何に対してそんなに苦しんでいるの? 何があなたに涙を流させているの?」

「お前が気にすることじゃない」

「私が気になっているの。お願い東条君。私に話してくれない? 話したからといって何かが変わる訳じゃないかもしれない。けど、少しは楽になると思うの。だから、ね? お願い」

「白浜。……少し長くなるけどいいか? それに、上手く話せる気がしない。それでも良いか?」

「えぇ」

 俺はなぜか、白浜になら話しても良いと思っていた。きっと今の俺の心が問題を抱え込みすぎて、それに耐えきれなくなっているんだと思う。それに、白浜に話すことに今はなんの違和感も抱いていない自分が居る。

 白浜は俺の話を聞こうとしたのか、不意に俺との距離を詰めながら、俺の肩の上に頭を乗せ、少し体重も俺に委ねてきた。

 その行動に俺の心臓は大きく脈を打っていた。白浜の可愛すぎる行動に気を取られまいと、俺はゆっくり言葉を紡ぎながら白浜に俺の過去を打ち明けていく。

「実は、昔。こんな俺にも好きって思える人が居たんだ……」

 白浜は、俺の話を盲目しながら聞き、尚も俺の肩に頭を乗せている。

 話を紡いでいると、また、目頭が熱くなっているのがわかる。嗚咽も混じり、体もわななかせながら、涙が溢れてきている。

「……泣かないで。東条君、……どうか、泣かないで……」

 白浜が俺の肩から頭を外し、視界に映る白浜の目元は隠しようのないくらい涙で濡れていた。そしてそのまま、今も涙を流している俺の体を包み込むように抱擁し、全身を強く抱きしめられた。

「私にはできないわ。涙を流し苦しんでいるあなたを前にして、ただ何の意味も無い優しい言葉をかける事なんて、できないわ」

 そっと頬に指先を添え、白浜は不意に唇を重ねてきた。それはきっと、俺の涙を止めるために白浜が選んだ最適解だったのだろう。

 どれくらいの間唇を重ねていただろうか。時計の秒針だけが音を鳴らす部屋、部屋の中に映る重なった影。時間にすればほんの僅かな時間だったかもしれない。だけど、俺にはその時間が永遠に感じていた。

「……ぷはっ」

 時計の秒針の音しかしない部屋に、白浜の息を吐きだす音がした。それと同時に俺と白浜の重なり合っていた唇が離れた。お互い息の続くギリギリのところまで息を止めていたため、呼吸は荒く、自分はおろか、白浜も顔を赤らめている。

 お互いに距離を縮めることも、離れることも無くその場で見つめ合っていると、白浜は息を整えつつ、先程の行動を思い出しているのか恥ずかしさを紛らわすかのように身を捩り、そして、涙で掠れた声で囁く。

「……ごめんなさい。……私には他の方法が思い付かなかったの。だからと言ってしていい行いではなかったわ、反省しているわ」

 白浜は自身の行いを謝罪してきた。だが、尚も浅く唇を噛み、自身がどう行動すればいいのか思案している様子で、視線はあちこちに泳いでいた。俺はなんて情けないんだ。白浜にここまでしてもらったうえに、更には白浜にその行動すら謝罪させて、俺は何をすれば白浜の行動を肯定できるのだろうか。……いや、違う。考えるな。行動しろ。そう思うと俺の体は自然と行動に移っていた、思考するな。理論を立てるな。今、白浜にしてあげたいと感じたことをしろ。

 自分の中に棲みつくもう一人の自分に言い聞かせ、俺は自分の感情の赴くままに行動した。

「……っ⁉ と、東条君⁉」

「お前は、何も悪くない。だから謝らないでくれ! 正直に言うよ。嬉しかった、心が安らいだ、白雪以外にこんな気持ちになれたことがなかった。そう思わせてくれたことを後悔しないでくれ」

 自らの感情の赴くまま取った行動、それは、白浜を強く抱きしめる事だった。不意に抱きしめられた白浜は最初こそ驚いていたものの、その驚きも落ち着き、俺の抱擁を素直に受け入れていた。

「ふふ。あなたって以外と泣き虫なのね、知らなかったわ」

「うるせーよ。お前だって人前で泣いたりするんだな。知らなかったよ」

抱擁から離れると、お互いの顔を見つめ合い、照れ合いながら、俺と白浜は微笑み合っていた。

 かなり長い間思考していた疲れもあり、そして、白浜のおかげで気持ちが落ち着いたことも相まって、急激に襲ってきた眠気に抗えずに俺は深い眠りに就いていた。


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