桃坂奏は面倒事しか持ち込まない
前回のあらすじ。
大学生とのバスケ勝負に見事勝利した空。
夏休みに入り自信と遊んでくれる友達が居ないことを白浜海に伝えられ現実を受け入れてた。だがそんな空は今日は桃坂奏に呼び出されていて、桃坂に会うや否や彼氏になってデートをするように言われる……。
五・桃坂奏は面倒事しか持ち込まない。
「先輩! 私の彼氏になってデートしてください!」
待ち合わせ早々、訳のわからないことを言われて、俺は理解することができずにフリーズする事しばしば。
「……は? いや、待て待て。どういうことか説明をしてくれ、なんで俺がお前の彼氏になってデートしなきゃいけないんだ?」
「はい……。実はですね」
桃坂からの話によると、どうやら桃坂は他校の生徒から猛烈にアタックを受けており、それをどうにか断り続けているのだが、相手も一向に諦める気配が無いらしい。
その打開策として同じ高校に付き合って居る人が居ると嘘を付くことにしたのだが、それでも信じてもらうことができず、実際に彼氏を見せてくれとの話になり、桃坂はその彼氏(嘘)をしてもらう相手を俺に定めて今に至るというわけだ。
「いや、普通に断ればいいじゃん……。なんでまたこんな面倒なことを?」
「無理ですよー。なんか、申し訳ないなと思いまして、先輩だって自分に好意を抱いてくれている女の子相手に興味ないから無理とか、は? ちょっとしつこいんだけどまじでうざいからやめてくれない? とか言えないですよね?」
「知らん。第一俺に好意を抱いている人を俺は知らないからな。それと、後半のあれ、完全に君の素だよね?」
桃坂は頬をぷくっと膨らませながら俺の肩をポカポカ叩いてくる。はいはい。あざといあざとい。
「う、そうでしたね。じゃ、じゃあ可愛い後輩の為だと思ってよろしくです! 先輩」
そう告げるや否や、いきなり俺の腕にひしっと掴み、いつもより俺と彼女の距離が縮まっていた。おぉ……。これがカップルの見る景色か。なんか世界が輝いて見える気がする。まあ太陽が眩しいだけなんだけどね! 俺ら偽カップルだし。
「はぁ、わかったよ。やるよ」
「もちろん今日のデートをエスコートしてくれるんですよね? エスコートも紳士の務めですよ?」
「げ、……俺そういうのはできないんですけど」
「練習ですよ! 今日一日私を本物の彼女だと思ってください」
「本物ね……。まあ、やれる範囲でな。あんまり期待するな」
本物の彼女。果たして彼女は本物なのか。自分が特別に思いたい相手、それは桃坂なのか、そこがいまいち釈然としない。俺が桃坂に抱いている感情は愛なのか? 確かに好意を抱いてはいるがそれは、純愛ではなく親愛に近いものとして意識している。俺がもっと恋だの愛だのに詳しければきっと、今ある疑問にもなんら迷いなく答えが出てくるのだが、生憎、俺にはその感情だけはどうにも理解ができない。人を好きになることとは一体何なのだろうか。前に桃坂が言っていた、妥協したことにすら気付かない、そして妥協したとしてもそれでも幸せなのだと。それらを全部含んで俺はそれを知りたい。わかりたい。知り得た先に何があるのかはわからない。たとえ知り得た先が今より恐ろしい現実だとしても、俺はそれをきっと後悔はしないだろう。
きっと今日一日を通すことで何かわかるきっかけが手に入るのかもしれない。俺は微かな手掛かりを探すべく、桃坂を今日一日俺なりの特別な相手だと思い行動してみようと思った。
今日待ち合わせ場所にしていた光駅周辺は、休みの日ということもあり、人でいつもよりも賑わっていた。
俺たちはそのまま都営大江戸線に乗り、途中都営浅草線に乗り換え、目的地の浅草を目指していた。
電車内もそれなりに混み合っており、俺たちは電車内で座席には座ることができず、俺は吊革に捕まり、桃坂は何度か背伸びをして挑戦していたが、やがて諦めがついたのかそっと俺のシャツの袖を摘まんでいた。えー。なにこの小動物みたいな子。超可愛い。背伸びして届かないことが分かり、残念な顔してそっと俺の裾を摘まんでくる辺りがもうやばい。
「結構混んできたな。これだから電車は好きじゃないんだよなー」
「先輩、デートの途中で愚痴をこぼすのは最悪ですよ?」
次の駅、次の駅に着くと電車内の混み具合が更に増していき、ついには満員電車になってしまった。自然と俺と桃坂の距離は縮まり、密着する形になった。
「悪い、こうも混んでると身動きが取れなくてな」
「はい……。大丈夫です」
桃坂はこの人混みの暑さのせいなのか顔を赤らめながらそう口にしていた。
電車の揺れに合わせながら、桃坂に体重がかからないように上手く体重移動を使いこなし捌いていたのだが、不意に電車が大きく揺れた。
「うわ⁉ っとあぶねー。大丈夫か桃坂……」
桃坂の心配をしている俺の右手になにやら途轍もない柔らかな感触がある。これはまさか……。
「ふにゃ⁉ せ、先輩! どこ触ってるんですか⁉」
やっぱり桃坂の胸を俺の右手が掴んでいた。しかし噂で聞いたことあるけど、Cカップはコンビなどに売っている肉まんに大きさが似ていると聞いていたが、今こうして実際触ってみると確かに肉まんに似ている大きさだなー、などとほんとどうでもいい情報が入ってきていた。もうコンビニで肉まん買えないじゃん! 絶対桃坂の胸のことを色々思い出して食べ物に見えなくなっちゃうよぅ……。
「あ、いや、ごちそう、じゃなくて悪い! わざとじゃないんだ。今どかすから」
あぶねー。危うくご馳走様とか言いそうになったわ! いや、実際はご馳走様なんだけどね。あれ? 今思えば俺と桃坂は今日一日限りのカップルなのでは? ということは今みたいなこともやりたい放題なのでは……。いや、馬鹿な考えはよせ。そんなことしたら俺の地位は社会的にも最下層に突き落とされる。……みんな、交際する時は清く正しくお付き合いしましょうね。
俺は名残惜しさを残しながら桃坂の胸から手を放し、吊革に捕まろうと手を伸ばした矢先に、またしても電車が大きく揺れた。
「きやっ」
今度は桃坂の胸が俺のお腹辺りにおもいっきりくっいてきている。やべー柔らかいよー。電車。オメガグッジョブ!
桃坂は周囲を警戒しているのか、辺りをきょろきょろ見渡しながら俺にそっと耳打ちして囁いてきた。
「先輩。今、誰かにお尻触られました。怖いです。助けてください」
その囁きが事実なのを訴えるかのように桃坂の全身が恐怖で震えてる様に見えた。
「は⁉ まじか。いや、助けてって言われてもな。……とりあえず降りるか」
「この混み具合で降りるのは無理ですよ。それにはぐれたらほんとに怖いです」
「お前を助ける方法はどんなことでもいいのか?」
「なんでもいいです。とにかく守ってください」
これ以上桃坂を不安にさせてはいけないと俺は決心をして、両手で桃坂を抱きかかえる様にそっと包み込み、尚且つ片方の手で桃坂のお尻に触れるか触れないかギリギリのところでキープしてガードを固めているのだが、これが予想以上に腕がしんどい。やばいよぉ。触ったら絶対に怒られる。でもこれ本当にしんどいんですけど!
「先輩の心臓、ドキドキしてますね。こっちにまで伝わってきてますよ」
「やめろ。こっちだって色々と必死なんだよ」
色々と理性を保つので必死である。こんな美少女の胸が密着した状態で、電車が揺れるたびに触れては離れてを繰り返している。こんなの理性保てる人います?
「先輩の手、プルプルしてますよ? 腕、辛いんじゃないんですか?」
「……わかっちゃった? 意外としんどいんだよ、これ」
「正直ですね。いいですよ? 触っても。状況が状況ですし、それに、先輩だったら構いません」
俺は構いますわよ? 待て。これは何かの罠なのか? いくら痴漢予防とはいえ、え? ほんとに触っていいの? いや、罠に決まっている。後で必ずこの事をネタにして脅してくるはずだ。よって俺がとるべき行動は耐える一手のみ!
「いや、大丈夫だ。耐えてみせる」
「そうですか。意外と強情ですね」
耐えてみせると言ったものの、目的地まではまだ数駅控えており、俺の手は痺れのせいで感覚が薄れていき、次第に手に力が入らなくなってきている。そして、そんな抵抗虚しく止めの一撃と言わんばかりに電車が大きく揺れた。……ごめん、桃坂。いただきます。
「んっ。先輩、やっぱり限界だったんですね。いいですよ、そのままでも。あ、でも揉まないで下さいね?」
「ちょ、変な声出すな。あー悪い。揉みたくても揉む力すら入りそうにない」
「はいはい。そういうことにしといてあげます。エッチな先輩」
恐怖から解放されたのか桃坂はさっきまでの緊張による強張りが抜け、かなり柔らかい表情になっていた。安堵によるものなのか桃坂は力が抜けたように俺に体を委ねる様に体重をかけてきた。
「やっと安心できました。ありがとうございます。先輩」
「気にするな。こっちこそ色々とありがとう」
「……は?」
「あ、いや、冗談です。お安い御用って言いたかった」
「まあいいです。感謝してるのは事実ですし。ちなみに、私のお尻は許可しましたけど胸
の件は別口ですからね」
はい。そうだよね。見逃してくれないよね。こんな後輩の為に体張ってる優しい先輩どこを探してもいないと思うんだよなー。こうなるなら揉みまくっておけばよかったぜ!
「……はい。反省してます」
「私のお尻の感触はどうですか?」
「ん? すげー柔らかい。ずっと触っていられる」
俺が素の感想を述べると、桃坂はドン引きして俺から幾らか距離を置こうとしてきた。君が感想聞くからだよ? それと折角守ってあげてるのに離れようとするなんてあんまりじゃないですかね?
「そ、そうですか。でも残念ですね? こんなことを許してあげるのは今だけですからね」
「あーあ。帰りも痴漢されねぇかなー」
俺が冗談で言うと、おもいっきり睨みながらヒールのついたサンダルで足を踏みつぶされた。はい。ごめんなさい。
そうこうしている間にやっと目的地である浅草にたどり着いた。いやぁー電車もなかなか悪くないな。いや、むしろ好きになっちゃったかも?
「やっと着きましたね! っていつまでお尻触ってるんですか! いい加減放して下さい」
「名残惜しいが仕方ない。ご馳走様でした」
「先輩ってやっぱりスケベですよね」
「失礼な、健全な男子高校生と言って欲しいな」
俺たちは件の男との待ち合わせ場所に着き、その男を探していたのだが、今更ながら俺はその男の特徴などを一切知らされていなかったので見つけることを諦め桃坂に直接聞くことにした。
「んで、例の男はどこに居るんだ?」
「さぁ? どっかにいるんじゃないんですか? 影が薄くてどこに居るのかわかりません」
さぁって……。あなた、興味なさすぎでは? 相手はあなたに興味津々なんだよ? 俺まで巻き込まれている訳だし、もう少し興味ある振りして! そして、不意にその人だかりの中から、桃坂に対して声がかけられた。
「奏ちゃん! この人混みの中でも、奏ちゃんのこと、すぐ見つけられたよ」
桃坂とは真逆にこの人々が行き交う中でも即座に発見した洞察眼は素直に称賛に値するが、単に桃坂と彼では放っているオーラが違いすぎるのだ。まあ、桃坂は俺でも多分すぐに見つけることができるだろうから、やっぱりさっきの称賛はキャンセルします。
今声をかけてきた男が件の首謀者である。この男は俺推定によると、良いとこ中の上ってところだな。最近人気増大中の塩顔男子というやつで体型もスリムだし、まあまあいいんじゃねーの? などと、かなり上から目線で男の評価をしていた。それよりも塩顔男子とは何なのか。みんな舐めたことあるの? え、しょっぱいの? 普通に気持ち悪くね? 俺なら砂糖顔の方がいいなーと思いました。
「あはは。どうもー」
ちょっと待って! こいつ、ほんとどうでもいい人だと対応がゴミ扱いだな。「返事しただけありがたいと思え、てか、何話しかけてんの?」みたいな意味を含んでいそう。
「っていうか、奏ちゃん嘘つくならもうちょっとマシなの連れてきなよ。これじゃあ流石に俺は納得いかないよ」
あん? なに? 俺、今喧嘩売られた? お前マジで気を付けろよ。俺の心の中で五回は死んでるぞ。
「嘘じゃないですよ? 私たちはちゃんと付き合ってますよ。ねぇ先輩?」
「お、おう。そうだな、ちゃんと付き合ってるぞ」
男は尚も訝しむ様にこちらを窺っている。だが、桃坂と付き合っているというのは噓になってしまうが、桃坂に付き合っているという点に関して俺は付き合っているという言葉を嘘偽りなく話すことができる。だってそうでも言い訳しないと恥ずかしすぎてまともに話せないんだもん。
「ふーん? いつから付き合ってんの? 記念日は? 二人で一斉に言って」
こいつ、なかなかやるな。確かにこの質問なら一撃で片が付くかもしれない。だが、甘い! 俺たちを見くびりすぎだ、俺たちがその程度の事簡単に予想が……、ついていなかった。やばい! 予想はついてはいた、だが打ち合わせしようにも道中は桃坂の痴漢問題があり、全く打ち合わせができていない。桃坂の方に視線を送りたくても目配せしたとか言われそうだし、もうこうなったら一か八か賭けに出よう。俺は覚悟を決めた強い眼差しで桃坂を見据え、口を開いた。
「わかった。じゃあいくぞ。せーのっ」
「「五月二十六日」」
俺と桃坂の声が重なった。五月二十六日、それは俺と桃坂が初めて知り合った日である。俺たちが記念日と呼べる日があるのならこの日以外見当が付かなかった。だが、驚いたのは、打ち合わせをしていなかったのもそうだが、まさか桃坂がその日の事を鮮明に記憶してくれていたという事だった。俺は関心と嬉しさが同時に込み上げていた。
「まあ、このくらいは打ち合わせ済みかな? でも、その日だと俺たち知り合っていたよね、連絡もしていたし、彼氏さんそういうの嫌じゃないの?」
「俺一人じゃあこいつの魅力を持て余しちゃうからこのくらいが丁度いいんだよ」
この手の返しを全く知らない俺は、訳のわからないことを言っていた。後ろから物凄い圧力を感じている。ご、ごめんなさい……。これくらいしか言えないです。
「なにそれ、まあいいや。俺は二人のデートを後ろから観察してるからいつも通りデートしてよ」
は? なにこいつ、え、暇なの? 他人のデートを観察するって初めて聞いたわ。そんなことする人いるんだね!
「いや、帰った方が良いと思うけど」
俺は件の男に申し訳なくなってきてしまい、帰るよう提案したのだが、それが逆効果となり男はまたも訝しんで俺に問うてきた。
「やっぱりバレるのが怖いんだな、さっきから手を繋ぐ素振りも無いし、今時の高校生のカップルなら街中でもキスの一つくらいはするもんだよ?」
もういい。お前はそこで蒸し焼きになってしまえ。こっちは心配してやったんだぞ! 聞かなかったのはそっちだからな? 俺は件の男への同情することを中止し、いかにこの男を信用させられるかを思案していた。それにしても、今時の高校生ってほんとにそんなことするの? やばくない? 俺なら恥ずかしさでその場で気絶する未来まで視えてしまっている。
「いや、ほら、暑いからね? だからだよな?」
「私は早く手を繋ぎたいなーって待ってますけどね」
この小娘。なに舌出してペロリしてんのよ。ちょっと可愛いじゃんか。
これは繋がなければならないのか? 拒否した時点で嘘がバレてしまうし、俺は思案することを諦めそっと手を差し出す。
「……ほれ」
そっと右手を差し出し、手を繋ぐという意思を込め、桃坂を見据えた。
「はい!」
桃坂はニコッとスマイルを作り、俺の手を繋いできた。掌だけでなく指と指が交わる、俗にいう恋人繋ぎで。うわっ、なにこれ。これが恋人繋ぎですか。これはなかなかいいものですね。はい。
「じゃあ行きましょうか! 先輩」
「お、おう」
恋人繋ぎの衝撃に呆気に取られていた俺はたどたどしい返事しかできなかった。更にここぞとばかりに男が尚も追及してくるのであった。
「ちょっと待った! そういえば二人はなんて呼び合っているの?」
「そんなことで呼び止めるなよ。普通にももさ……」
俺がさも平然と答えようとした瞬間にお尻に激痛が走った。痛い、痛いから。お願いだからつねらないで~。
「か、かな、で」
「私は空先輩」
桃坂に限らず女性に名前で呼ばれる経験が妹の結花と母親以外無く、どうもこそばゆい。だが、それよりも……。うわー、恥ずかしいー、死にてー。女の子を妹以外で呼んだのは初めての経験で今絶賛悶絶中である。
「付き合ってるのに、先輩呼びってなんか、変じゃない?」
「良いんですよ。私が先輩って呼びたいんですよ。なんか憧れ? がありまして」
「ふーん? まあそこは追及しないでおくね」
男は納得していなさそうであったが他に追及することも無いらしく、また俺たちの後ろに戻っていた。ほんと暇だな、こいつ。
「それで何するの? もう紹介したし良いんじゃない? 俺帰ってエアコンの効いた部屋で寝たいんだけど。ダメ?」
「な、何を言ってるんですか! まだそれはちょっと気が早いというか、なんというか」
桃坂は顔を赤らめてもにょもにょ口籠ってる。……は? いやいや、待て。変な勘違いしないで! そんなことできるならもちろん喜んでお受けしますけど。いや、ダメだ。俺の純情はこんな形で捧げるわけにはいかない。
「あー……。ごめん、そういう気は無いっていうか、そもそも意味が違うっていうかね」
「へ? ……先輩?」
「ひゃっ、ひゃい!」
「私のことからかってそんなに楽しいですか? そうですか。そういう気は無いですか。もう知りません」
またいつもの笑顔の奥に隠れた恐ろしい殺気を感じ取り、噛み噛みの返事をしてしまった。こいつのこの笑顔は何度見ても慣れないな。超怖い!
桃坂が拗ねた様子で俺の方から顔を背ける。うーん。この子拗ねると大変なんだよな。現状を打破できることはないかと思案し、桃坂の機嫌を良くするには今の俺にはこれくらいしか思いつかない。死ぬほど恥ずかしいけど電車内に比べれば幾分かはマシに思える。きっとできる。そう、これは、全部夏のせいだ!
……よし。言い訳完了。
「奏。ごめんな?」
そう言葉を告げながら俺は桃坂の頭を撫でていた。やばい。小さいころ結花によくやっていたけど、大きくなってからやるとこんなに恥ずかしいの⁉
「ふにゃ⁉ せ、先輩? なんで急に頭撫でてくるんですか?」
「あっ、悪い。今放す……」
やっぱり失敗ですよね。そうですよね、はい。調子に乗りました。だって拗ねてる女の子に何していいかわからないんだもん。いや、ほら、俺今一応彼氏だから? 普段絶対に押さないコマンドも押していいのかなって思ったんです!
俺が桃坂の頭から手を放そうとすると、桃坂の細い指先で俺のシャツの袖を掴んでくる。
「放さないで下さい。このままもう少し撫でてください。なんだかこれ、落ち着きます」
シャツの袖を掴みながらふにゃーっと崩れた笑みを浮かべていた。
ほんとなんなのこの可愛い子は。こっちがドギマギして死ぬほど手汗かいてきた。やばい。これ、俺が手を離したら桃坂の髪の毛びしょ濡れになってないかな?
だが、俺の努力の成果が出たのか、その男は俺たちを目の当たりにしてたじろいでいた。
「こ、これはまさか、噂の妹プレイ! かなりの上級テクニックが必要とされているはずなのに、完璧にこなしてやがる」
俺のお兄ちゃんスキルを舐めるな! 昔、よく結花にやっていたからな。力加減に加え撫で方まで熟知している俺であった。え、なにそれ怖い。
だが、最初こそ勢いでしたものの、周囲の視線に気付き俺は恥ずかしさと後悔の念にさらされていた。
「も、もういいか?」
流石にこれ以上は我慢の限界が来ていたので、手を放す許可を得られるか確認すると、桃坂は名残惜しいのか少し悩んでいる表情であったが、自分の置かれている状況を理解したのか急に顔を真っ赤に赤らめてこくりと首肯してくれた。
「あー……。はい。ありがとうございます」
ふむ。何に対してのありがとうかは分からないが、桃坂の機嫌が良くなったのは幸いだ。
こうして俺たちは引き続き浅草デートを再開した。俺は歩くのは比較的好きなのだが、この真夏の太陽がギンギラギンに輝いているお昼時となると話は別である。俺は、今にも家に帰りたくて駄目だとわかっているけど、桃坂にお伺いを立てることにした。
「桃坂……。俺」
「駄目です」
さっすがエスパーももっち! 最後まで言ってないのに良くわかったね。ナデナデ。くそっ。
「暑い……。もう無理しんどい、どっかで休憩しようぜ」
「情けないですね。先輩が浅草神社に行きたいっていったのに、あと少しですから頑張ってください」
「お前、なんでそんなに元気なの? 後、あそこの暇人も」
「あれは知りませんけど、私はデートしてるんですから元気に決まってるじゃないですか」
「さいですか……。俺にはその原理が分からない。だから、早く着いて~」
「というより、先輩なんで浅草神社に? 普通行くなら浅草寺じゃないですか?」
「バカ者! 浅草寺は夜に行くことに意味があるんだよ。それとな、浅草神社は家内安全祈願ができるからな。俺の今があるのは家族のみんなのおかげだからな。俺は自分の家族が大好きなんだよ、だからせめて、みんなが今年も安全にいつもの楽しく温かい家族であるようにってお願いしたくてな」
「……」
俺が今絶対に良いことを言ったのにまさかの無視⁉ それはかなりひどいよ? 君から質問したくせに。俺は軽く桃坂を睨み付けていた。
その視線に気付いたのか、桃坂は「はっ」と我に返ったのか、慌ただしく口を開いた。
「あ、いえ、そのなんか意外で。先輩から大好きなんて言葉が出てくるなんて思いもしませんでした」
「家族に対して好きって気持ちは普通にあるもんだろ?」
家族が好き、それは迷いなく言える真実である。だが、これが他人だとなるとそもそもの定義が違う気がする。その違いにすら気付けていない。本当に俺は誰かを特別に思えるのだろうか。
「まあ、私もそうですけど、先輩はもっと素直になればいいのに、先輩は人の心の中に入り込むのを恐れすぎているんだと思うんですよね」
「そんなの、怖いに決まってるだろ。人は簡単に裏切る。力の無い人間は力のある人間に淘汰される。それがこの世の中だ、綺麗事で飾ってもすぐにぼろが出るんだ。だから俺は今までもこれからも誰も必要としないんだ」
桃坂に図星を付かれた事に苛立ちを露わにしてしまい、返した言葉は勢いを増していき語気が荒くなっているのがわかる。
そしてその言葉を繋ぎながら自分自身で否定している。違う、そうじゃない。たしかに人間は自分の身を守る為なら平気で裏切る。友達、仲間、そんな見せかけだけの関係は要らない。
俺は友達や仲間が欲しい訳じゃないんだ。俺は、ただ俺を見てくれて俺のことを一番に考え、理解してくれる人が欲しい。それは、なんでも俺を肯定してくれるとかそんな承認欲求を満たすものじゃなく、ただ、俺が愛を知らないから、これが愛なんだとわからせて欲しい。俺無しでは生きていけない、そんな世間的にはあまり好ましい関係ではないかもしれない。けど、俺は、それくらい俺を特別に愛してくれる存在が欲しい。
「せ、先輩?」
「あぁ……。悪い、今のは忘れてくれ。少し嫌なことを思い出してた」
桃坂には悪いことをしてしまった。これは俺の問題なのに、桃坂に八つ当たりに近いことをしてしまった。やはりこの手のことを考えるとどうも心中が締め付けられるような苦しさに苛まれる。一度忘れて今は桃坂とのデートに専念しよう。
「すみません。嫌なこと思い出させて、でも先輩! 浅草神社に着きましたよ」
「全然気しないでくれ、はぁ、やっと着いたか。よし、お参りするか」
どうにかしてたどり着いた浅草神社にてお参りを済ませ、次の場所に向かい、また死にかけの状態になっている俺に桃坂は気になることがあるのか、怪訝な顔をして俺に問いてきた。
「先輩、そういえば、家内安全で家族の皆さんの健康とか祈ってましたけど、先輩自身のことは良かったんですか?」
「あ……。忘れてた。ま、まあ大丈夫だろ。神様もそんくらいわかってるって」
「はー。ならいいですけど。ささっ、早く次行きましょうか」
それから俺たちは伝法院通りや、雷門通りを巡り、最後の場所として浅草寺に来ていた。気付けば空の色は茜色から薄暗い藍色の空へと変わっており、昼間の賑やかな喧騒が嘘かのように静まり返っていた。
この浅草寺は夜の時間に近付くとライトアップされる使用になっており、昼間の浅草寺とはまた違う存在感を出していた。
俺たちはその静まり返った浅草寺にて今日の本題である男に結論を聞き出した。
「それで、今日一日を通してどうだった? まだ、俺と桃坂が付き合ってないと思うのか?」
「あー。そのことなんだけどね、もう演技は止めていいよ。さっきから奏ちゃんのこと桃
坂って呼んでるの気付いてないでしょ? まあそれは奏ちゃんも気付いてなかったみたい
だけどさ」
……あ。そういえば、途中、いや最初しか桃坂の名前呼んでなかったな。てか、こいつ
も気付いてたならなんでまだ俺たちを観察してたんだ? その疑問を問い質すことにした。
「……気付いていたのか。なら、なんでまだ後ろをついてきたんだ? 途中で止めればよ
かっただろうに」
「他の事を確かめたくなったんだよ。でも、その答えも出た」
「は? 他の事?」
「俺は奏ちゃんのことを諦めるよ。俺には到底敵わない」
「はぁ。よくわからんが、お前はそれでいいんだな?」
「お前、それ嫌味? お前はもっとハッキリしてやれよ! 奏ちゃんのこと適当に扱うな
ら俺は許さないからな」
最後に真剣な眼差しを俺に向け訴えかけてきた。その言葉の意味は痛いほど俺の胸に突き刺さり、じわじわと俺の心を侵食してきた。今日一日を通して桃坂は多分、いや、ほぼ確実に俺に好意を抱いてくれている。俺が曖昧な態度で桃坂に接していたのが彼の目には映っていたのだろう。だから、ハッキリしろと。そう彼は告げたのだ。
件の男は、最後に桃坂に別れを告げて帰っていった。
「過程はどうあれ、結果オーライです。ありがとうございました。私たちも帰りましょう
か」
「あぁ」
先程言われた言葉が胸の中から消えることは無く、帰りの間、俺と桃坂は他愛のない話をして別れることになった。
「先輩、今日はほんとにありがとうございました。すごく助かりました」
「いや、気にしなくていい。結局は見抜かれてたしな、それに、俺は俺でなかなか楽しめたから平気だ」
「楽しんでくれましたか! それはほんと良かったです。つまらないとか思われてたらちょっと悲しいなって思ってたので、それが聞けて安心しました」
「それは事実だ。……だけど、もうああいうのは止めてくれないか? 俺じゃあ役不足だし、相手にも申し訳ない」
「はい……。もうああいったことはしません」
その言葉を最後に失礼しますと告げ、足早に去って行ってしまった。きっと桃坂も今回の事はあまり現実味に欠けると思ったのだろう。だが、桃坂の去り際に見えた横顔はどこか儚げな表情をしているように見えた。
俺は桃坂と別れ、愛車に乗り帰宅して家の玄関を開けると、なにやらいつもより賑やか
な声が聞こえる。え、もしかして、俺が居ない時っていつもこんな感じなの? もし
かして俺って実は家族にも嫌われてるの? やだ、なにそれ。悲しすぎる。
恐る恐るリビングのドアを開けると、そこには賑やかに食卓を囲む四人の人影が。え?
四人? まさか隠し子⁉ そんな馬鹿な話は無く、その四人目は、その場所はいつも俺が
座り食事をする場所なのだが、なんでこいつが俺の家に、そしてなんで普通に俺の家族と
飯食ってんの?
俺が見つめる先にいるその人物は、透き通るような白のシャツに淡い水色のスカートを
履ている。まあ、みんな予想通り白浜海さんだね!
皆様お疲れ様です!
暫く連載休止にして申し訳ありませんでした!
パソコンに変えてなろうに投稿するやり方がわからなくて暫く投稿できませんでしたがもう大丈夫です!
どんな感想でも構いません!して頂けるだけで私の原動力になります!
気に入っていただけましたらブクマ登録、評価、コメントお願いします!