割れる事なき鏡 ~オーパーツ~
その鏡が私たちの通う大学近くで発掘されたのは偶然だった。
地方の森の中にひっそり佇む、美術大学の老朽化に建て替えの話しも出たものの、歴史的建造物としての価値から、森から連なる山裾の辺りを切り開いて新講堂を作る計画だったのだが、基礎工事のために掘り返した地中から遺跡が見つかり工事が中断、かなり年代が古いと本格的に調査が入った。
でも、それだけなら、多分そこまで騒ぎにならなかっただろう。見付かった遺物に絶対に割れない鏡なんてものがなければ。
その鏡は施されている細工や使われているであろう素材は年代的におかしくはないらしいのだが、兎に角、割れない。なにせ、最初に見付かった遺物で、発見時、基礎を打つため穴を空けていたパワーショベルで何度も叩かれているのだ。
岩でもあるのか、ショベルのバケットが刺さらないため何度か刺し直し、結果周辺を掘ると直径1.5メートルはある鏡が出てきた。
とは言え、銅鏡だとしても、パワーショベルにびくともしないのは不思議だ。
その後、研究機関で調べられ、素材の強度を遥かに上回る事が証明されて、俄にこの町はオーパーツブームに沸いている。
「先生は展示されてる鏡は見に行かないんですか」
この美大の教授で、私にとって最も尊敬出来る恩師と言うべき人物へと声をかける。
しゃがれ声に口を覆う白髭、白髪を後ろで無造作に一纏めにしている、それでいて、着古したツィードに袖を通してロッキングチェアにパイプを燻らす姿は英国紳士のように様になっている。
「朽ちぬ物など興味もない。朽ちるからこそ、そこに美が宿る。どれ程の研鑽も努力も技量も衰える。足掻き、苦しみ、もがいて、闘争の果ての産物が時の流れに無常朽ちて無情に消えて行く。然も有りなん」
「そんなもんでしょうか」
「不滅不壊など神の造物よ。人で在れば、必ず滅するのだ。その運命に添うからこそ、そこに美がある。割れんだけの鏡なんぞ、鍋底に敷くくらいしか役にたたんよ」
あまりの言いように笑ってしまう。
老朽化で取り壊される講堂の反対運動に一番熱心だったのは先生だったのに。
テレビ画面の向こう、磨かれて無機質な光を放つ鏡が静かに佇んでいた。