修羅場
「ごちそうさん、うまかったぜ。またしばらくしたら嫁と一緒に来るわ」
そう言い残し夜更は店を出る。空は既に白み始めていた。結局、陰陽師は帰ってこなかったので夜更が二人分の代金を払うことになった。そのため後で陰陽寮に領収書を送りつけようと決心しながら夜更は家路につく、夜更の家は高架下の焼き鳥屋から歩いて三十分程の所にある神社だ。そこで表向きの仕事として神社の宮司をやっている。宮司で入ってくる金はわずかだがその分は裏の仕事で稼いでいるから問題はあまり無いらしい。
「ただいま」
夜更は誰も居ない家の玄関に言葉をかけた。廊下の明かりをつけ、リビングの引き戸を開ける。いつも通りの日常、退屈な何の変哲も無い日常。夜更はこの退屈な日々を気に入っていただがこの日常がいつまでも続くとは考えていない。既に動乱の火種は目覚めたのだから、、。
夜更がもう寝るには遅すぎる時間ながらも床についたとき陰陽寮では数多の問題に立ち向かう漢達の姿があった。
「頭!第3部隊から対象が動いたとの連絡あり!追跡を開始するそうですっ!」
「絶対に気取られるなと伝えろ。戦闘になれば最悪、国が滅ぶぞ!全員が神話の化け物だ、気を引き締めろ!いいな!?」
ここは陰陽寮の一角にある有事に備えた司令室、普段は全く使われない部屋が今は二、三十人の陰陽師たちの熱気に溢れていた。戦艦の司令室を彷彿とさせる部屋の最上段の席に男が一人座っている。彼の目の前に広がるのは真っ赤に染まった巨大なモニター。このモニターは現在の日本の首都であり、陰陽寮のある場所である京都が映し出されている。真っ赤に染まった巨大なモニターを見ながら陰陽師達は矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「一番隊から十二番隊までは対象の追跡を続けろ。八咫烏は警察と協力しモグリの陰陽師を片っ端から捕まえろ。多少は荒っぽくなっても構わん、最悪殺しても構わん。国が滅ぶよりは俺らの評判が落ちるほうがマシだろう」
陰陽寮には日本の守護を主任務とする十二の部隊といくつかの裏の部隊がある、今回は十二の部隊全てとうらの部隊の一つで対人に特化した八咫烏までもが出張ってきている。これは異常なことである、本来十二の部隊は全国各地に拠点を構えその拠点を中心として日本各地を守っている。
この十二の部隊の頂点に立ち、陰陽寮の最高権力者でもあるのが陰陽頭の蘆屋 光明である。ボサボサの髪の毛に伸びっぱなしの髭、着崩したスーツを羽織ったおおよそ人の上に立つ人物には見えない彼は名字の示すとおりかつて安倍晴明としのぎを削った蘆屋道満の子孫に当たる人物である。
「ったく、なんで俺の任期の最中にこんな大事が起きちまうのかねぇ、さっさと引退したいもんだ。いつまでもこんなおっさんがトップじゃ若い連中もやる気出ねぇだろ」
そうぼやく光明だったがその瞳だけは決意で輝いていた。これが自分の人生の分水嶺だと半ば確信しながら・・。
「なにか、問題でも起きましたか?」
この緊迫した状況でも変わらない儚げながらも凛とした声が部屋に響く。その声は陰陽頭の隣から響いた、本来誰も並び立つ事が無いゆえに誰も隣に座ることはおろか立つことすら許されていない陰陽頭の隣からだ。
その声の主は身長180センチ程と女性としてはかなり高く、着物を身に着けた気品のあるとても美しい女性だった。だが、何より目を引くのは頭にある大きな狐耳と着物の間から見えるしっぽであろう。
彼女は人間ではない、その美しさも人ならざるが故び野生の美しさである。とはいえ、美人な事に変わりはないが・・。
「あなたが起きてから問題しか起きていませんよ。全く、困ったもんだ。ですがあなたがわざわざ動くほどのことは無いでしょう」
やれやれと首を振る光明に対して周りの陰陽師達は冷や汗をかいていた。この場にいるのは全員が一流の陰陽師達だがその彼らをして冷や汗が出る。それだけ二人の霊気のぶつかり合いは凄まじいものだった。
霊気とはその人の持つ生命力のようなものだ。しかし、それだけではなく霊気は普遍しているこの大地や風ありとあらゆるものに霊気は存在する。それを感じ取り操ることが出来るかどうかは修行と才能次第だ。
霊気は使えば使うだけ疲労するが、使わなければ回復する。つまり、霊気には限界がある。走り続けると疲れて走れなくなるように霊気も使い続けると体が動かなくなり、回復も遅くなる。もちろん鍛錬等によって霊気の限界を超えることや上限を引き上げることもできる。
今、司令室の中でぶつかっている霊気の量は並の陰陽師であれば部屋に居ることすらできずに倒れるほどの量であった。陰陽頭の実力は当然陰陽寮の中では最高位に近い、そんな当代最強格の陰陽師の一人である陰陽頭と同じだけの霊気を放つ彼女の正体とは一体・・・。
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次話は来週中には更新したいと考えています。ではまた物語の中で。