酒と美少女
俺の実力がわかったことで、俺たちは今までより楽に依頼を達成できるようになった。それに、連携などもできるようになり、パーティーとしての実力が格段に上がっていることが実感できる。今日は強敵、一角熊の討伐にモズイ森林に来ていた。
「狩猟の女神テルアミス様。私に、良き獲物を見つける目をお与えください!」
ミオナの目が淡く光る。ミオナお得意の探知魔法だ。
「左側。三十歩行ったところの木陰に隠れてるわ。一角熊一匹よ」
「OK。つり出せるか?」
「やってみるわ」
森林地帯は他の動物や魔物、下手したら魔族に邪魔をされる可能性がある。だから俺たちはいつも、魔物を狩るときは平原まで撤退してから魔物を狩るようにしている。ミオナの探知は戦闘中も常にできるわけじゃないし、それが原因で怪我したら嫌だからな。
「テルアミス様。私に必中の加護をお与えください!」
ミオナは矢を番えて引き絞り、離す。矢全体が淡く光り、弧を描くように左に曲がる。
「ぐおおおおおおお!?」
「命中! モズイ平原まで撤退するわよ!」
一角熊は雄叫びをあげながらこっちに猛スピードで突っ込んでくる。木を避けることすら忘れるほど、怒っているのか、強靭な爪で木々をなぎ倒して突進する。たまに雷魔法も飛んでくるから油断がならない。
「ひっ! あぶねえ!」
俺の顔すれすれを雷が横切る。ところどころ壁を作って、奴が迂回をしないといけないように小細工をしつつ走る。
「開けてきたのだ! あと一息なのだ!」
俺たちはモズイ平原にたどり着く。俺たちのホームグラウンド。ここなら思う存分に無双できる。
「ぐおおおおおおおおおおお!」
怒り狂った凶暴熊のエントリーだ! まず手始めに串刺し刑にでも処するとしよう。
地面が盛り上がり、地獄から一本の槍が天に突き刺さるかのようにのびる。だが、俊敏にも一角熊は一方代に飛び下がり回避する。それじゃ、足りないな。
炎魔法がエンチャントされた、ミオナの矢が後ろから眉間めがけて音をたてて飛ぶ。
「ぐるああああああああああ!」
一角熊は右手で矢を受けることで何とかカバーする。
「ゲート!」
「任せるのだ!」
シスとゲートはその間、一角熊の背後にワープする。
「炎の神。シスに力を!」
離れていても炎の揺らめきが見えるほど、シスの短剣に炎が宿る。シスはそのまま一角熊の健を斬りつけて離れる。
「ぐおおお!? ぐおおおおおおおお!!」
「これでとどめだ! 喰らえ! 死槍:潸然と泣き叫べ!」
地面から何十本もの槍がせりあがり、一角熊をぐしゃぐしゃに突き刺す。大地が朱に染まり、腕がぶらりと垂れ下がる。ふ、完璧に決まったぜ。
「ねえシャラ。思ったんだけど、これやるんだったら最初からこれでよくなかった? というか、そもそもこの一発で終わるんだし、森からおびき出す必要もなかったんじゃない?」
「・・・細けぇこたぁいいんだよ! 誰も怪我無く終われたってだけで大金星だろ! さあ! 素材をはぎ取って帰ろう!こいつの体は全身捨てるところないから金になるぜ!」
「お兄。ぐちゃぐちゃすぎて臓器とれない」
ゲートとシスはぴょんぴょんと飛び跳ねながら全身を見る。二人に下がってもらい、地面を元に戻すと、そこには見るも無残な一角熊の姿が・・・。臓器はぐちゃぐちゃで毛皮からは肉がはみ出てて、血が染みついてしまっている。毛皮も内臓も肉も全部だめにしちまった。てへぺろ!
「まあ、こんな日もあるよね! 取れる時だけ取って帰ろうぜ!」
みんなのジト目が、視線が痛い。そうです。俺が調子乗らず一本でとどめさせてたらもっといろいろな部位が取れてました。
「すいません・・・。今度驕るから許してくれ」
「やったのだ!」
「さっすがシャラ! 話わかるじゃない!」
「お兄。太っ腹」
俺たちは爪や牙など、とれる部位をかき集めて冒険者ギルドへと帰還した。
「一角熊の狩猟おつかれさまです。報酬は部位の買取も込みで60万タールです」
「ろ、60万タール」
ミオナがごくりと唾を飲み込む。どれくらいの額がもらえるかは事前に聞いていたが、やはり現物を目にすると違う。
「ありがたく納めさせていただきます」
ミオナがおそるおそる金貨を受け取る。一人当たり15万タール。凄まじい額だ。ミオナはフラフラと宿に戻っていった。あんな調子で大丈夫か?
「シス、ゲート。ミオナが不安だから一緒に宿まで行ってあげてくれ」
「わかったのだ!」
「お兄は?」
「俺はこの後、今度行く店の下見をしないといけないから先に帰っていてくれ」
「わかった。楽しみにしてる」
シスはニコリと微笑んだ。その笑顔を見て少し心がチクリとする。
「ゲート。行こ」
「ミオナの護衛任務なのだ!」
シスとゲートはギルドを立ち去って行った。大丈夫だ。俺は何も嘘は言ってない。心を痛める必要なんてないんだ。さて、俺も戦場に出よう。
「シーナさん」
俺は真剣な表情と声で言った。
「なんですか?」
「後で飯行きませんか? 俺が驕るので」
「嫌です」
ぐ、だがこんなところで心が折れる俺ではない!
「じゃあ、今はどうですか? 一杯だけ付き合ってくださいよ! ギルド内の酒だしいいですよね!」
「いや、今仕事中ですので」
くそぉ。ガードが固すぎるぜ。何か、何か突破口は・・・。
シーナさんのカウンターにに、20体分の魔族の耳が置かれる。黄金の毛が輝く鋭い爪と肉球のついた手。この手はまさか・・・。
「一杯くらいいいんじゃないか? どうせやることもないんだろ」
「レオ!」
そこにはライオンの獣人、レオがいた。ソロで魔族20体討伐とかとんでもないなこの人
「よう。今日も懲りずにナンパとはメンタル強いじゃねえか。お前のこと気に入ったし協力してやるよ」
「レオ兄貴~!」
何て心強いんだレオ兄貴は。救世主か。
「確かに暇だけど、ギルド長に見つかったら何を言われるか」
「そん時は俺の名前をだせばいい。そうすれば、無理に何かは言われないだろ。こんだけ、アタックしてくれてるんだし、少しは答えてやったらどうだ?」
「はぁー。しょうがないわね。仕事終わりならいいわ」
「やったー!」
ま、まじか・・・。まさか成功するとは。レオ兄貴マジリスペクトっす。
「よかったな。うまくやれよ」
レオは俺の肩に手を置き、背を向けて歩き出した。背中で語る兄貴かっこよすぎる。
「レオ兄貴あざす!」
俺が頭を下げると、レオ兄貴は右手を挙げてひらひらと振った。かっけええええ!
そうと決まればさっそく準備だ!
「何時に集まりますか?」
「17時にギルド裏で。遅れたら帰るから」
「もちろんです!」
「よっしゃ! じゃあ。また17時に」
「ええ」
俺は喜び勇んでギルドを飛び出し、宿屋に戻った。
「シス、ミオナ! シーナさんへのナンパ成功したぜ! みんなに驕るの明日でもいい?」
「あんたまだそんなことやってたの?」
「無学習ボーイ」
「それで、17時に飯を食うことになったからよろしく頼む」
「はいはい。それなら、飛び切り高い店じゃないとね」
「お兄。がんばれ」
ミオナはニヤニヤと笑いながら言った。シスまでもが、無理だろうけどなと言う目で見てくる。くっそーこいつら、シーナさんは脈なしだと思って余裕な対応しやがって。俺でもやればできるんだって事見せてやる。
17時ちょい前。俺たちはギルドの裏で、シーナさんを待った。ミオナとシスには散々からかわれた。ゲートだけなぜか、「頑張るのだ!」と応援してくれた。いい子だよゲートお前は。そうこうしているうちにシーナさんがギルドから出てきた。
「あら。意外と早いわね」
「シーナさんを待たせるわけにはいかないので」
「はいはい。じゃ、よろしく頼むわ」
俺はギルド近くの高級料理店を提案したが、高すぎるからダメと断られた。俺が全部出すんだけどな。どこかいいところがないかとぶらぶら街を歩いていると一軒のラーメン屋があった。二郎系っぽい感じの看板で、にんにくのいい匂いが漂ってくる。
「ここにしましょ」
「え! ここでいいんですか?」
「ええ。ここなら値段も量もちょうどいいから」
中に入ると、ラーメンというより居酒屋っぽかった。たくさんの冒険者がいて、思い思いに注文していた。テーブル席に座ってメニューを見て一番、シーナさんはとんでもないものを注文した。
「スタミナラーメン極盛りニンニク抜きで」
「え、食えるんですか?」
「自分の胃袋くらい把握してるわ」
「それじゃあ、俺はスタミナラーメン極盛りで」
「ここの極盛りは多いわよ」
「大丈夫です!」
引っ張られて大盛りを注文してしまった。まあ、俺も冒険者だしさすがに食えるだろ。それに、シーナさんに良いところを見せなくては、ここで引いたら漢じゃねえ!
ラーメンが爆速で運び込まれて一番。俺は後悔した。器いっぱいに盛られた肉。その肉を凌駕するほどの大量のもやし、多すぎる。というかまずスープが見えねえ。他の冒険者にもめちゃくちゃ見られたし、これは太刀打ちできないかもしれない。
「いただきます」
「い、いただきます」
シーナさんはめちゃくちゃ食べるのが早かった。瞬く間に燃やしを征服し、麺と肉を胃袋の中に収めていく。その早きこと風の如し。時々、髪をかき上げるのがセクシーポイントだ。ッといけねえ。観察してる場合じゃなくて俺も食べなきゃ。
「ごちそうさまでした」
シーナさん余裕の完食。嘘だろ・・・。俺今やっと半分いったところだぞ。はっきり言って俺は撃沈しかけてた。
「本当に食べられる?」
「よ、余裕っす。漢なんで」
「無理はしないほうがいいわよ」
「ここで引いたら漢が廃るんで」
「ふふ。良いじゃない。頑張って」
シーナさんの笑顔始めてみた。というか可愛い! 俺、覚醒。
「俺は! やれる! やれる漢だ! 俺こそが主人公なんだ!」
その時の俺はまるで人間掃除機だった。勢いよく面を吸引していき、そのエネルギーでさらに面を吸引していく。体が燃えるように熱い。俺は今、己の限界を越えようとしている。
「うおおおおおおおおおおおお!」
ラーメンにコーティングされた油の膜が耐えられなくなり、胃液が俺の体を内側から食い破ろうとする。もう少しだ。もう少しだけ持ってくれ俺の体! これはもう、ラーメンを消化し新たなる自分へと昇華するか、俺の体がぶっ壊れるかの勝負だ。ありとあらゆる生命は、こうやって己の限界を超えて進化してきたんだろう。俺は自分には負けない! たとえここで死んだとしてもその先には偉大なるヴァルハラが俺を待っている! いっけええええええええええええ!
「ごちそうさま!」
俺は全てのラーメンを食べきった。お腹がぱんぱんだ。腹ってこんな漫画みたいな膨らみ方することあるんだな。
「やるじゃない。見直したわ」
「シーナさんすごいっすね。これをああもたやすく食べきるとは・・・」
「私の体はコスパ悪いのよ。それに限界までたくさん食べた方が寝つきがいいのよ」
シーナさんまさかのドカ食い気絶部説がここで浮上。
「御見それしました。ところで、飯とかって他の人と行ったりするんですか?」
正直話すのもキツイが、せっかくのデートだしどうにか話さなきゃ。
「レオ以外だと君と行ったのが久しぶり」
「光栄です。また一緒に飯、行きましょうよ」
「いいけど。私みたいなそっけないのとご飯行って楽しい?」
「最高っす!」
「変な人ね。あんなにこっぴどく断ってるのに、何回もナンパに誘ってくる奴なかなかいないわよ」
「諦めの悪いところが俺の良いところなんで」
なんかすごい良い感じで進んでる。やっぱり俺はできる男だったか。
「最近は依頼の方も難しいのこなしてるし、実力がついてきたわね」
「このままいけば魔族討伐の依頼もできそうですね」
「魔族はなめちゃだめ。どんな時も死ぬときは一瞬なんだから。それに、たまにではあるけど領地持ちが出る可能性もあるし」
「領地持ち?」
「ええ。魔族はもともと大陸を統一しかけた程度には版図が広がっていたから、その時代の名残で領地を決めて男爵とか伯爵とかを任命して実力者をその土地の領主にするの。魔族は実力至上主義の国だから、領地持ちは選りすぐりのエリートよ」
「そうなんですね。それは気を引き締めないと」
「そうね。警戒するに越したことはないわ」
この世界のこと全然知らないから勉強になるな。
「いつもありがとうございます。シーナさんのおかげで俺たちどれほど助かってるか」
「たいしたことはしてないわ。私にできるのは、こういうアドバイスだけ。いつも最前線で戦うのは君たちだもの」
「それでも、冒険者全員助けられてますよ」
「そう。そのお礼をしたいなら、死なないことね。ごちそうさま」
シーナさんは席を立った。会計では、俺が全額だすと言ったのに少しは払わせてと言われたので、三分の一だけだしてもらった。シーナさんめっちゃいい人だ。
「それじゃ、私はこれで。ごちそうさま」
「はい! また一緒に飯行きましょう!」
「ええ。また今度ね」
シーナさんはそう言って振り返らずに帰っていった。くそう。できれば次に会う予定までガッチリ決めときたかったが致し方あるまい。
冒険もデートもばっちり決まり、順風満帆。この調子でガンガン行こうぜ! 俺の未来は明るいぜ!