第六話:その子の名前は?
教師に見つからず、昇降口で靴に履き替え外に出て正門に向かう。
少し歩いていて思うが、なんて言うか、登下校中って暇だ。友達とか一緒に帰る人がいれば、喋りながらとかで帰れるからいいけど、でもそれはあくまで友人がいるという過程での話、そしてそれは俺が望んではいけない生活なんだよな……。
学校の近くの住宅街に入ると、前方に小学生くらいの女の子が一人パジャマ姿でうずくまっている。人のこと言えないが、学校はどうしたんだ?っていうか何してんだろ?
少しだけ気になり、近付いて様子を見てみたら、どうやら泣いているようだった。
颯:「どうしたの?」
自分でも意外だった。少女の泣いている姿を見たら近付いてしゃがみ込み、勝手に声を掛けていた。
少女:「……お兄ちゃん誰?私を誘拐するの?」
声に反応し少女は顔を上げ、半ベソのまま聞いてきた。その姿がよく泣いていた自分の妹だった人にそっくりだ。
颯:「そういうことはしないけど、泣いてたから気になって」
少女:「あのね、ヨーコが逃げるの」
颯:「ヨーコ?お友達?」
少女:「う〜んとね」
少女はそう言って、辺りをきょろきょろと見て何かを探してるようだった。
少女:「あっ!あれ」
少女が指を指した場所を視線で追っていくと、その先には全身白い毛並みの猫がいる。
颯:「……あれが、ヨーコ?」
少女:「うん。私が近付くといっつも逃げちゃうの」
颯:「……ヨーコも忙しいんだよ」
そう言って俺は、気付くと少女の頭を撫でていた。
?:「私の妹に何してるんだ?」
いきなりの声に反応して後ろを振り向くと、そこには今朝にも会った先輩、春野 悠香が立っていた。
悠香:「おや?天宮くん、ここで何をしている?」
颯:「見てのとおり、泣いていたこの子を慰めていました」
悠香:「ほう、そうなのか桜?」
桜:「本当だよ、ヨーコが逃げたの」
今、なんて言った?桜……?この子は……桜?え?でも桜は、五年前に、事故で……
少女の名前を聞いた後、頭が真っ白になった。
* * *
桜:「お姉ちゃん、このお兄ちゃんど〜したの?」
悠香:「私に聞かれても困るんだが」
私が桜に事実かどうか確かめたら、天宮くんがずっと上の空状態だ。どうしたんだ?
颯:「帰、らなきゃ……」
悠香:「天宮くん?」
颯:「失礼…します」
言葉が言い終わると同時に、帰宅方向なのか学校の反対の道へと歩き始めた。午後の部活動紹介は出ないんだろうか?
悠香:「家まで送っていこうか?」
颯:「いえ、結構……ですから」
私の付き添いを断り、その道を、足も覚束ないまま歩いて行ってしまった。
桜:「お姉ちゃんのお友達?」
悠香:「まぁ学校の知り合いだ」
今日初めて会って告白して振られたなんて、妹に絶対に言えない。姉としての威厳が……。
桜:「大丈夫かなぁ?」
悠香:「あんな状態だが、そのまま家に帰るだろう。それともそんなに心配か?」
桜:「だってあのお兄ちゃん、桜に優しくしてくれたし、カッコいいし」
いや最後のは関係ないと思うが……。その前に、私ら姉妹は異性の好みまで同じなのか?それはそれで……複雑だけど。
悠香:「だが、桜には年上すぎじゃないか?」
桜:「あれ?お姉ちゃんもしかして、あのお兄ちゃんこと好きだったりして?」
悠香:「嫌いではないんだ。気になるんだよ」
彼が見えなくなった後、その方向を少しだけ見ていた。
桜:「ふ〜ん。それよりお姉ちゃん、何でいるの?」
悠香:「桜のお昼ご飯、母さんに頼まれたんだよ。まぁ食べたら戻るけど」
朝に天宮くんと別れ、挨拶運動を行っている最中に母から電話があり、そう頼まれた。
桜:「そうだったの?じゃあ入ろ?おなか空いたよぅ」
悠香:「そうだな、ご飯なにがいい?」
桜:「う〜んとねぇ……」
私は桜と喋りながら、自宅へと入って行った。
私は知らなかった。妹の名前だけで、彼があんなに苦しんでるなんて。
それを知らずに私は、酷いことを言い、彼を傷付けたんだ。
その言葉がどれだけ酷いことか、最初は全然気付けなかった。
そしてそのことに気付いたのは、彼を想う子に聞いてやっと知ったんだ。
でもそれは、もう少し先の話……。
悠香:「じゃあ桜、行って来る。それと、熱があるんだからちゃんと寝とくんだよ?」
桜:「分かってるよ〜。じゃあ、行ってらっしゃ〜い」
桜に別れを告げ、家から出た後再び学校へと戻った。