第十八話:勝手な想いと涙
只今、颯くんと一緒に帰宅しています。なのになんにも喋らない颯くん。私に何か用があって帰ってるんじゃないのかな?
前を歩いている颯くんの背中を見て、そんなことを思っていると、颯くんは歩くのを止めて私の方に振り向き、口を開いた。
颯:「秋川。お前に大切な人って、いるか?」
木乃華:「え?……う、うん。いるよ?」
颯:「………大体どれくらい?」
……う〜ん。まず、お父さんとお母さんは当たり前でしょ?それに、玲奈ちゃんや梓ちゃん、クラスの友達だってみんな大事だよ。颯くん、なにが言いたいんだろう?
木乃華:「いっぱいいるよ?数えられないくらいにね」
颯:「………そっか」
聞こえるのがやっとの程の声量で呟くと、また颯くんは歩き始め、私も颯くんの横を歩いた。………颯くんには大切な人、いるのかな?
木乃華:「颯くんは?」
颯:「今は、いや、今も……三人、だけ」
木乃華:「だ、誰!?」
私は慌てて聞いた。だって颯くんの大切な人だよ?普段人と関わろうとしない颯くんの大切な人、誰なんだろう?………もしかして、私も入ってる、とか?………まさかね〜ありえないか……。
颯:「……言ってもいいけど、秋川は一人しか知らないと思う」
木乃華:「それでもいいよ。教えてくれるんなら」
颯:「………桜、琴美ちゃん、恭介。俺の大切な……大切だった人だよ」
……っ!桜ちゃん……。先輩が言ったとおり、やっぱり颯くんは、まだ……。
颯くんが言った三人。桜ちゃん以外の二人は知らない人。だけど、これだけは分かった……その二人も、亡くなってるって……。
つまり颯くんは、亡くなった人の重みを背負って生きてきた。先輩が言った「過去に囚われついる人」の意味、最初言われたときはよく分からなかったけど、今ならその意味が分かる。だってそれが、今の颯くんだから。…………あれ?三人?颯くんの両親は入ってないのかな?あんなに優しい人だったのに。
木乃華:「ご両親は、入ってないの?」
颯:「………彼奴等なんかどうでもいい」
木乃華:「親にそういう言葉は、よくないと思うけど……」
亡くなったお父さんとお母さんに、彼奴等呼ばわりは酷いよ……。颯くんのお父さんはあまり会ったことがないけど、優しい人だった。お母さんの方も綺麗な人で、優しくて、非の打ち所がない凄く良い人なのに……どうしてそんなこと言うんだろう?
颯:「………それは秋川が、彼奴等の家での態度が違うのを知らないから言えるんだよ」
木乃華:「どういうこと?」
颯:「秋川が見たのは表の顔。外面は良くしときたかったんだよ。でも実際は、まぁ虐待はなかったけど、父親は俺のこと全面的に無視。母親はなにかで苛ついたら全てを俺のせいにする。そんな人間だよ。彼奴等は……」
………嘘、だよね?だって、あんなに良い人なのに、そんな態度とるはずないもん。………だとしたら、桜ちゃんも?
木乃華:「……桜、ちゃんには?」
颯:「雲泥の差だよ。俺とは正反対だった」
木乃華:「…………」
もう分からなくなってきた。あんなに優しい二人が、颯くんには態度が酷くて、桜ちゃんには優しい。………一体、どういうことなの?
初めて知った颯くんのご両親のこと、ショックだったよ。颯くんのご両親のことも含め、そのことに気づけない私にも、腹が立った。
だって、ずっと想い続けていたのに、彼のこと、全然気づけなかった。…………それに、なんで颯くんが変わったのか、家族が亡くなったからだってずっと思ってた。でも、颯くんが気にしていたのは桜ちゃんと亡くなった二人……。
私、バカみたい。高校に颯くんが来るって聞いて、颯くんがどれだけ苦しんでるか知らずに、子供みたいに喜んで、それなのによく「想い続けた」なんて言えたよ。……そんなの、勝手な想いだよ。
颯:「まぁ、今更秋川には関係ないけどな」
木乃華:「…………るよ」
颯:「ん?……なんか、言ったか?」
だけど、今は知ったんだ。颯くんの背負って来たもの、苦しんでいたこと、それを知った今の私なら彼の支えになれるかもしれないから……。
木乃華:「私にだって、関係あるんだよ!」
颯:「…………秋川には一切関係ないだろ?全部俺のことなんだから……」
木乃華:「違う!颯くんは分かってないよ。そのことを背負うことで悲しむ人がいるんだよ!?」
颯くんの性格は、良いとは言えない。人に関心や興味を持たない颯くんは、クラスで浮いてしまう存在。でもそれは、颯くんがなりたくてそうなったんじゃない。昔にあった事が颯くんをあんな風にしたんだ。
親しかった人の死。そのことは私にはまだ分からない。だけど颯くんは、小さい時から嫌って言う程そのことを知っている。それは分かってるけど、私が知ってる颯くんは………"勉強教えて?"って私が言ったら、嫌な顔一つもしないで笑顔で"いいよ"って言ってくれるそんな優しい人だった。
だから、颯くんに笑顔を取り戻してあげたい。難しいのは覚悟の上、それでも私は絶対に諦めない。彼を変えてみせるから……。
颯:「誰が、悲しむんだ?」
木乃華:「……私、だよ?」
颯:「っ………」
は、恥ずかしい。表面上では真面目な感じだけど、これって……その、こ、告白に近いよね?颯くんのことで悲しむだなんて、普通本人の前で言わないもんね……。
木乃華:「は、春野先輩も、玲奈ちゃんや梓ちゃんだって、颯くんのこと知ったら悲しむと思うの」
颯:「………それは同情だよ。それに押し付けだ」
木乃華:「同情の何が悪いの?」
同情は確かに押しつけかもしれない、でもどこが悪いの?同情はその人のことを思ってするもの、悪いことではないと思うの。
木乃華:「確かに颯くんの性格なら、同情も押し付けになるかもしれない。でも、同情も押し付けもその人のことを想わなきゃ出来ないよ?」
颯:「……想う、か………そうかもな」
木乃華:「それに、桜ちゃん達はそんな風に望むのかな?」
ううん。私が知ってる桜ちゃんなら絶対に望まない。颯くんは知らないけど、私と桜ちゃんは普段は仲が良いんだけど、あることでは度々いがみ合ってた。
理由は勿論颯くんのこと。今日はどっちと遊ぶのか、将来どっちと結婚するのか、色んなことで当時十歳の私と五歳の桜ちゃんで争っていた。
そんなお兄ちゃん子の桜ちゃんが、颯くんを憎むはずがない。それにあと二人の颯くんの大事だった人。その二人も颯くんのことを知って、想ってたんだと思う。
颯:「……望まないだろうな………でも、この生き方をやめたら、俺はどうすればいい?」
木乃華:「……変わればいいんだよ。多分、颯くんには難しいこともしれない。だけど、みんながいる。…………それに、私が側にいるから」
颯:「………っ………………木乃、華……っ……あり、がとう」
私が言った途端に、普段の彼なら絶対に見せない涙を流した。
そして私にお礼を言い終わると、声を出して泣いた。
つらかったんだよね?でも大丈夫。今は私がキミの側にいるから……。
あれから颯くんは、ずっと泣いていた。滅多にみせない"喜怒哀楽"の感情の一つ"哀"を表面に出し泣いた。
場所が住宅街のため、車通りはないものの、ご近所の人や道行く人達が何事かと見てくるが、その場の雰囲気のせいか、少しだけ私達のことを見ると何もなかったかのように行ってしまった。