7.神々からの技術提供
ロード視点
ルーテル宰相が端を発した“上下水道整備計画”は、ルマンド王国最大規模の事業として現在国家運営会議の議題に上がっている。
国家予算に迫る費用を提言された議会は荒れに荒れ、混迷の様相を呈していた。
「ブランチャード侯爵、貴殿のお考えをお聞かせいただけますかな」
上下水道整備反対派の中で最も発言力のあるキュフリー侯爵がカルロに意見を乞う。
カルロはこういった会議で積極的に発言する事はねぇ。
慎重な性格がそうさせるのか、それとも考えがあるのか。昔っから読めない奴だった。
「……事業がこの資料に記載されている計画通りに進むのであれば、反対する理由はありませんね」
カルロは反対はしていないが、計画通りに事が運ばなければ賛成できかねる事を匂わせている。
「資料には、10年かけて王都とその近郊を整備するとある。このように時間と金をかけて行うほどの事業ではないと思うが?」
「キュフリー侯爵の仰る通りですな! 今のままでも国民は十分満足しております」
キュフリー侯爵の取り巻きがここぞとばかりに加勢するが、ルーテル宰相は一言も発する事はねぇ。気持ちの悪ぃ沈黙だ。
「衛生面や利便性、諸外国へ国力を誇示する事を考慮すれば、これは必要な事業じゃと思うがね」
「そうですな。特に衛生面は……この資料によれば、今のままではまた病気が蔓延する可能性が高いとある。上下水道の整備は必要ではないですかな」
「ふんっ先程から資料、資料と。この資料自体、真偽のほどが定かではないでしょう」
反対派の意見はもっともだ。俺だってトモコや魔神に話を聞いていなければ、この資料にある内容を信じられねぇだろう。
大体、俺ぁこんな神の知識や技術を人間に伝えるのは反対なんだ。これで意見が割れ計画が中止になったとしても異を唱えることはねぇだろう。
今回はカルロと同じスタンスでいくとするか。
「この資料は専門家を収集し、実際の研究を元に意見をまとめたものだ。研究結果を別途まとめた資料も一緒にお配りしてあるが、何か不明な点でもあったかね」
こんな専門家が書いた小難しい研究結果を見せられたところで納得できるわけねぇだろ。見ただけで頭痛がすらぁ。
よくわからねぇ図やら数字が書かれた資料から目をそらすと、周りを観察する。
ったく。ヴェリウスの奴、余計な事しやがって━━……
***
『━━……今回ルーベンスには大きな借りが出来た』
天空神殿で俺とミヤビのガキを神々に披露し終えた後の事だ(披露とは言っても、神々の前で紹介されて終わるような簡易のものなので、正式とは言い難いが)。
別室に呼び出された俺と魔神、そしてトモコはヴェリウスと向かい合って座っている。
防音結界の張られた部屋では、外からの物音ひとつ聞えやしねぇが、大ホールでは神々が無礼講とばかりに騒いでいることだろう。
「確かに今回はルーベンスさんに助けられたよね~。みーちゃんの周りは私達も含め、出産に詳しい人は居なかったし」
「神王様の御子様が無事誕生したのは、あの人間のおかげだな。さすが俺が管轄している魔族だぜ! 俺の加護を与えてやらねぇとな!!」
のほほんとよかったよかったと笑っているトモコと、自分の管轄である魔族の功績に喜ぶ魔神を横目に口を開く。
「あまり借りをつくりたくねぇ奴に借りが出来ちまった。……ヴェリウスは褒美の件で俺達を集めたのか」
『その通り。奴への褒美は、“魔石”をいくつか与えるつもりでいる』
「……あまり乗り気はしねぇが、それが順当だろうな」
ミヤビの周りをチョロチョロさせるよりはマシかと、心の中で舌打ちしてヴェリウスを見れば、まだ何か話そうとしているので眉間にシワが寄った。
『ミヤビ様の子育てだが、我らの中に子育て経験がある者は居らぬ。よって、ルーベンスの伴侶らに協力してもらおうと思う』
「っテメェ、ふざけんなよ!」
『おぬしは知らぬのか。子育て中に起こりうる病の存在を』
な!? 病だと!!?
ヴェリウスの言葉に驚きとショックを隠しきれない。
俺の大切なつがいが、子育てをする事で病気になると言われたのだ。動揺しないわけがない。
「どういう事だ!?」
ヴェリウスは重々しくうなずくと、恐ろしい病について語り始めた。
『ミヤビ様からいただいた書物によれば、“育児ノイローゼ”なる病が存在するのだ……』
なんでもその病は、出産・子育ての期間に情緒不安定、睡眠障害などの他、様々な病気を引き起こすらしい。
特に初めて出産や子育てを経験するものがなりやすいのだとか。
「そんなやべぇ病にミヤビが!?」
そんな病、どうやって回避すりゃあいい!?
『だからこそ、ルーベンスの伴侶らに協力してもらうのだ』
「ルーテル宰相の奥方はその病に対抗できうる術を持っているってのか!?」
『育児ノイローゼは、独りで子育てをし、無理をしたり、相談できる相手がいないなどで起こりうる病だ。ならば子育て経験も豊富で、それが幾人もいるルーベンスの所が最適であろう』
「子育てなら俺も一緒にやるから独りじゃねぇ!!」
『おぬしは仕事もあるだろう。家に帰れぬ時もあったほどだ』
痛い所を指摘され、言葉に詰まる。
魔神は俺らのやり取りを黙って聞いており、トモコは何か言いたげにこっちを見ちゃいるが何も言ってこない。
「魔獣の村もそばにあるし、トモコやショコラもそばに居るじゃねぇか」
息を深く吐いて頭を冷やし、反論する。
俺ぁまだルーテル宰相を完全には信用できないでいる。
奴のそばで子育てなんぞ、いつ俺のミヤビとガキ共を利用されるかわからねぇ。
『言っただろう。魔獣やトモコらには子育ての知識も経験ない。現にトモコは首の座っていない御子様を無造作に抱き上げたではないか』
つい最近起こった事件をあげられぐうの音も出ねぇ。
『ミヤビ様はご自身で病気など治されてしまうだろうが、出来るだけご負担をかけぬように環境を整えるのは我らの仕事だ。おぬしの好き嫌いで我が主が病にかかるなどありえぬ話』
ヴェリウスの言うことはいちいちもっともで、反論すらできねぇでいると、それが決定事項のように進んでいく。
トモコや魔神からも反対意見はでなかった。
しかし、次の言葉に目を瞠ることになる。
『ルーベンスには御子様の事で色々と協力してもらうのでな……魔獣の村の上下水道に関しての技術を提供しようと思っている。そこでジュリアスとトモコに相談なのだが……』
おい。ちょっと待てよ!!!?