4. 神王様、旦那の実家に双子を連れて行く2
双子をオリバーさんに任せ、庭で鹿肉を引きちぎり食べるというワイルドな昼食をしていた私が悪かったのか……いや、あまりの獣臭さに食べられたものではなかった為、こっそり美味しい鹿肉に変えていたのだが。
そんな事をしていると、ふぇぇ~ッと我が子の泣き声が聞こえて来たのだ。
最近は泣いても雷を出さなくなったが、“外”では何が起こるか分からない。
大変だ! とロードに目配せし、急いで双子の居る部屋へと向かうと……。
「……オリバーさん? 何をしているのですか?」
庭に面したその部屋では、オリバーさんが泣いている双子に土下座しており、双子はふぇぇとグズっていた。
「し、神王様!! 申し訳ありませんっ 神子様方に“精霊の雫”をお召し上がりいただこうとお口に含ませた所、お気に召さなかったご様子で……」
“精霊の雫”って確か、精霊が子育てする際ミルク代わりに赤ちゃんに飲ませる飲み物だったよね。
精霊の力そのものだから、神の子の好物だったような……。
とりあえずオリバーさんに謝り、ご飯を与えようとしてくれた事にお礼を言ってミルクを創り出す。
母乳も与えてはいるが、何分双子なもので量が足りないのだ。
「この子達は私の創るミルクか母乳しか与えた事がないから、いつもと違うものにびっくりしちゃったのかも」
本当に嫌がったらふぇぇじゃなくて、フギャアァァァ!! と恐竜のように泣き叫ぶし、雷落とすもんね。
「成る程。普段から神王様のお力を口にされていれば、“精霊の雫”など美味しくはないかもしれませんね」
若干落ち込んだ様子でそう口にしたオリバーさんは、お手伝い致しますと、私が創った哺乳瓶を受け取ろうとしたのだが、
「オリバー。こいつらの世話は俺とミヤビでやっから、オメェは親父達を頼むわ」
と続いて部屋に入って来たロードに言われ、「かしこまりました」と未練がましい表情のまま出て行くはめになったのだ。最近ああいう顔をするものが後をたたない気がする。トモコとかショコラとか。
代わりに哺乳瓶を受け取ったロードは、手慣れたようにぐずるディークを抱き上げミルクを飲ませている。
「ロビンもミルク飲もうね~」
とこっちには母乳を与えていると、ロードの視線が突き刺さるのでいつも背を向けてのミルクタイムなのだ。
「ミヤビ~こっち向いてくれよ~」
甘えた声を出すロードに嫌だと返事をすれば、「ミヤビちゃ~ん」と背中にくっついてくるので呆れる。
「胸を凝視するんじゃない。変態ゴリラ」
「仕方ねぇだろ。愛しいつがいが胸をさらけ出してたら普通見るだろうが」
「あ~あ……俺のミヤビのおっぱいうまそうに吸いやがってよぉ」と、自分の子供を妬ましそうに見てバカな事を呟く旦那に胡乱な目を向けるのはもう何度目だろうか。
暫くして飲み終わり、けぷっと可愛い声を出す双子に目を細めながらベッドへと戻せば、「あ~」とか「う~」とか言いながら手を伸ばしてくるので、再び腕の中へと抱え込む。
「ディークもロビンも、宙に浮かぶベッドをあんなに喜んでたのにもう飽きたの?」
「抱っこの方が好きなんだろうぜ」
そう言って嬉しそうにロビンを抱っこしているロードは子煩悩のお父さんだ。
このまま子供達を甘やかして育てて、我が儘放題な大人にならないか心配でたまらない。
よくある悪役令嬢や、令息になってしまうのでは……と今の子供達を取り巻く環境を思うと変な汗が流れた。
「ロード!! 久々に打ち合おうではないか!!」
暫くして、食後の運動だ! とワイルドな昼食を終えたお義父さんがやって来てこれまたワイルドな事をのたまう。
「軽く捻ってやるよ」
とノリノリで義父と庭に出て行ったロードに呆気にとられていると、お義母さんが「ミヤビ様も見に行きましょう」と穏やかな笑みで、ロードから渡されたロビンを抱っこし言ったのだ。
◇◇◇
「神に至ったお前がどれ程のものか、確かめてくれるわ!」
「ふんっ耄碌した親父に時間はかけねぇよ」
バチバチと火花を散らしながら睨み合う義父とロード。
打ち合うというのは、剣を交えることのようだ。
二人は慣れた様子で裏庭へと移動し、互いに剣を構えている。
この裏庭、かなり広いのだが所々にクレーターが出来ており、日々の訓練をする場所だとうかがい知れる。
「油断してると一瞬で終わるぜぇ」
「たわけが。油断などせん。本気で殺る」
エエェェ!? ちょ、やるが殺るに聞こえたんですけど!? 気のせい!? ねぇ、気のせいだよね?
「あぶぅ」
あどけない顔を私に向けて、あぶあぶ言っているディークに癒される。が、ロードの凶悪な顔が歪んだ(笑った)次の瞬間、ドンッという大きな音と共に砂埃が舞い上がり、何も見えなくなった。
砂埃の中では、ガンッとか、ギンッとか、ドドド的な音が聞こえてくる。
これは観ている方が危なそうだと結界を張り、音だけを聞いていると漸く視界が晴れてきた。
目の前にあったのは満身創痍な義父の姿と、息すら乱していないロードの姿。
誰が見ても力の差は歴然のように思えるシーンである。
「ふんっ やはり神か……しかし、せめて一撃は入れてみせる!!」
なんというか、老勇者が魔王に立ち向かって行く様を見せられているようで……ロードよ、お義父さんに花を持たせてやれよ。
「無駄だって言ってんだろ」
親不孝で空気の読めないバカ息子は、剣を振りかぶり斬りかかってきた父親の剣を凪ぎ払った。
「しまった……ッ」
「ヤベッ」
そんな二人の声と共に義父の剣はそのまま手を離れて宙を舞い、私に向かって飛んできたのだ。
義父の目はこれでもかという程に見開き、「ミヤビ様!!」と叫んで駆けてくる。ロードは私が結界を張っているのを分かっているので慌ててはいなかったが、すまなそうな表情ではあった。
こんな事もあろうかと、やっぱり結界張ってて良かったと思うのだか、目の前で弾かれる本物の剣に心底ビビっていたのは仕方のない事だろう。
「ふ…ぇ」
私がビビったという事は、腕の中にいたディークも当然怖かったということだ。
そのか細い声が耳に届いた瞬間、マズイと思うのと同時にそれは爆発した。
「ふぎゃあぁぁぁぁぁ!!!!」
ディークの恐竜のような鳴き声は双子のロビンに伝染し、まさにステレオ状態。
「「ふぎゃあァァァァァァ!!!!」」
その声に反応して空には真っ黒な雷雲が広がり、辺りは暗闇に包まれた。
「な、何だ!?」
ただ事ではない雰囲気に義父母も動揺し、オリバーさんはキラキラとした瞳で双子を見ている。
ゴロゴロと鳴り始めた空に、ロードが慌ててやってきた。
「お、お~い、ディークくぅ~ん、ロビンちゃ~ん。パパですよぉ~!! 怖かったねぇ。よしよし。パパがついてるからもう大丈夫だぞ~!!」
原因そのものが何を言っているのか。
「「フギャアァァァァァ!!!!」」
泣き止むどころかますますヒートアップする双子の泣き声に、共鳴するように雷が近くに落ちた。
ものすごい音と地響きに皆が慌てだす。
「「フギャアァァァァァ!!!!」」
双子が泣き声を上げる度に落ちる雷に、どうやら義父も気付いたのか、真っ青な顔をしたまま双子の機嫌を取り始める。
「ディークく~ん、ロビンちゃ~ん。じーじが悪かった! 怖かったね~!! もう大丈夫だからご機嫌を直しておくれ~」
「「フギャアァァァァァ!!!!」」
しかし双子のご機嫌は直る事はなく、降り続く雷でロヴィンゴッドウェル家は壊滅したのである。
私もね、屋敷に結界を張ろうと思ったよ? けどね、お義母さんがさ……
「全く。息子のつがいと孫に剣を飛ばすとはなんたる事でしょうっ ミヤビ様、すこしあの人とロードにお仕置きして差し上げましょう!!」
嫁と孫を危ない目に合わせたと激怒してこうなったんだよね。
勿論、屋敷は後程綺麗に修復したのであしからず。
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「父上!! 鬼神が降臨して屋敷が崩壊したとはどういう事ですか!!!?」
王都にまで届いた噂で、自領に飛んで帰ってきたスレイダ・オドス・ロヴィンゴッドウェル辺境伯は、父であるグレッグ・ハーヴィー・ロヴィンゴッドウェルに詰め寄った。
「何を言っている? 屋敷が崩壊? ならば今お前が居るこの屋敷は何だ。バカな噂を真に受けてないでしっかり領の仕事をしろ」
目を泳がしながらも知らぬ存ぜぬを貫き通す父親に、いぶかしむ息子はさらに追及する。その横では母親が冷たい瞳を父親に向けているとも知らずに。
「父上!! 王都にまで届く程の噂ですよ!? しかもこの街の者も皆噂している!! 昼間に空が真っ黒な雲に覆われ、ウチの領は暗闇に包まれた。そして雷が雨のごとく降り注いだがそれは人に害を与えるものではなかった。しかし、ロヴィンゴッドウェル家の屋敷だけは崩壊しそこへ鬼神が降臨したのだと!!」
「皆寝惚けていたのやもしれんな」
「んなわけあるかぁ!!」
どこまでもとぼける父親に、引きつった顔をした息子は察したのだ。きっとロードとそのつがいの神王様の仕業だろうと。
冷や汗をかいて自分から目をそらしている父を見て、盛大に溜息を吐いたスレイダは、ロードめ。今度あったら何があったか全て聞き出してやる!! と弟に思いを馳せたのであった。