22.事件が主人公を呼ぶのか、主人公が事件を呼ぶのか
「ルーテル……陛下に取り入る卑しい男めっ」
「奴が何故“公爵”という高位貴族にのさばっているのだ!! たかが100年の歴史の浅い家柄ではないかッ」
ある屋敷の一室。
見るからに上等な身なりをした男達が集まり、一人の人物について論議を交わしていた。
「皆静粛に」
論議というよりはもはや悪口大会に変わりつつあるそれに、沈黙を破ったのはこの集まりの中心人物である壮年の男だった。
「ルーテル卿は、師団長として今や陛下の右腕でもあるカルロ・ノーム・ブランチャード侯爵とも親交が深い。さらに畏れながらも精霊様を義娘と呼び、懇意にしているとの噂だ。実質彼は王族にも匹敵する権力を手にしている」
男の言葉にその場に居た者は皆考え込むように俯いた。
「カルロ・ノーム・ブランチャードは確か魔族でしたね……同族という事でルーテル卿と親交があってもおかしくはないでしょうが、精霊様まで何故……」
「精霊様といえば、私は遠目からしか拝見した事はないのですが、言い伝えにある“精霊”とは姿形がまるで違うように感じました。あれは本当に“精霊”なのでしょうか?」
「確かに、伝承では精霊は容姿に優れ、神の代行者としてその御技をふるうとされている」
一人の言葉を皮切りに、王宮に出没する“精霊様”は本当に伝説の精霊なのかと論議を呼ぶ事となる。
「陛下の命によって貴族が精霊様に近付く事はできないが、侍女達の噂によれば、王宮の精霊様は人間にも劣る容姿の持ち主。突如消えたり顕れたりはするようだが……」
まさか“精霊”だと我等を謀っているのでは!? 等とざわつき出す男達。
「恐らく“王宮の精霊様”は、精霊ではなく神族だろう」
彼等のリーダー的存在である男の発言に皆が息を飲んだ。
それもそのはず、精霊と神ではその存在価値が大きく異なるのだ。
精霊は神の僕。人から見ればそれでも手の届かないような存在であるが、 神ともなれば、その影響力は計り知れない。神のつがいともなれば国王以上の権力を有する事が出来る。
最近はルマンド王国に大量の神が顕現した為有り難みは薄いが、少し前までは神を直接見る事の出来る者などほんの一握りの信者だけであった。
「神だなどと…っ それではつがいである第3師団長は益々力をつけてしまうではないですか!!」
「いや、奴は昔からルーテル卿とは馬が合わない様子。さらに平民出身の脳筋だ。上手くやれば我らの派閥につける事も可能かと」
「第3師団長は民の人気が高い男。これ以上力を持たれては御しかねるのでは?」
「現陛下ほど傀儡として卸し易いとも思えませんな」
それぞれの見解を述べ、彼らは上座に座る男を見遣る。
「貴方のお考えをお聞かせ願えますかな。キュフリー侯爵」
「うむ……都合の良いことに第3師団長は忠義の厚い男である。つがいを精霊と表したのは、国王にと担がれ現陛下と争いたくはなかったからだろう。自ら現陛下の僕とする事を選択したのだ。だからこそ現陛下には国王として傀儡に徹してもらわねばならない。しかし、それにはルーテル公爵はとても邪魔な存在だ」
この場で最も発言力のあるキュフリー侯爵は、一人一人の顔ぶれを見渡した後こう口にした。
「現陛下に国王を続けてもらい、ルーテル公爵に退場してもらうには、“王宮の精霊”を利用する」
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「へっくし!!」
「ぶえぇ~っ ちょ、みーちゃん唾がかかったよ!?」
「あーごめん、ごめん」
おしぼりを空間魔法で出して顔を拭いているトモコを、鼻をすすりながら眺める。トモコはも~っと言いながらおしぼりを畳み異空間へと放り込んで「風邪?」と問いかけてきた。
「風邪じゃなくて、誰かが噂してるんだと思う」
「またぁ? 前もそんな事言って事件が起きなかったっけ~?」
「人をそんなサスペンスの主人公みたいに言わないでくれる」
外出すれば必ず遺体を発見する主人公と一緒にしてほしくはない。
「同じようなもんだよ~」
「同じであってたまるか!」
今日も相変わらず閑古鳥が鳴いている我が店で、ほのぼのと言い合うこの時間は、平穏以外のなにものでもないだろう。
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「精霊様を利用、ですか? しかしそんな事をどうやって……」
戸惑う一同を見てキュフリー侯爵は口の端を上げた。
「“王宮の精霊様”は大層人の良い穏和な方だそうだ。しかも最近は市井に店を出し、人間の真似事をしているらしい。興味深いものだとは思わないかね」