20.常連客
「「いらっしゃいませ~」」
オープン当初に比べて随分とお客様が来店してくれるようになった私達の服屋には、固定客が数組居る。
その中でも最近よく来てくれるのが、
「ミヤビさん、私次はズボンに挑戦してみたいの!」
この貴族らしくない貴族の女の子である。
「ズボンは貴族のお嬢様には敬遠されがちですが、良いんですか?」
「フフッ 確かにそうだけど、お忍びで街に出掛ける分には私の自由でしょ? こうなったら徹底的にエンジョイしたいと思って!!」
こんな事を言う彼女の名前は、グレさん(16)。家名と地位は忘れたが、貴族の一人娘で明るく人懐こい性格だ。
人見知りの私でも話しやすい子で、1ヶ月前からほぼ毎日通って来てくれているせいか、貴族っぽい言葉遣いがだんだんとくだけたものに変わり、今では世間話をしながら買い物してくれるようになった常連さんである。
「いくら治安が良いとはいえ、貴族のお嬢様が護衛も付けずに出歩くのは感心しないよ~」
「まぁトモコさん、私は庶民としてここに居るんだから護衛なんていらないのよ」
えっへんと胸を張るグレさんにトモコも苦笑いだ。
見た目は大人っぽいが、やはり16歳。その言動がとても可愛らしい。
「そういえば、ミヤビさんのお子様に良い物を持ってきたの!」
そう言ってグレさんはごそごそとバッグを漁る。
中から出てきたのは、
「良かったら使って!!」
「? ……帽子」
「うわぁ赤ちゃん用のニット帽だ~!! 可愛い!!」
グレさんが取り出したのは、小さなニット帽だった。
「私が編んだものなんだけど、良かったら使ってちょうだい」
「え? 良いんですか??」
双子ちゃんって聞いてたので、色違いで作ってみたのよ! と愛嬌のある笑顔を向けるので良い子だなぁと思いながらお礼を言って受け取る。
「プロの方に素人の手編みだなんて恥ずかしいんだけと」
等と謙遜しているが、パッと見でもかなり上手い事が分かる。
刺繍や編み物は貴族女性の嗜みだと聞くが、これ程とは……。
「いや、もうこれプロ並みですよ。ウチの子達もきっと気に入ります。ありがとうございます!」
「喜んでもらえて良かったわ!」
貴族女性にあまり良いイメージはなかったけど、ベルーナちゃんやグレさんを見ているとそんな事もないのかもと思う。
人によるんだな。と一人納得し頷く。
と、外からリンゴーンと時間を告げる鐘が鳴り、グレさんがハッとして慌てだした。
「大変!! 私そろそろ帰らなきゃ!!」
用事があるのか、バタバタと荷物をまとめ出入口へと移動すると、「じゃあ今度はズボンを買いにくるからね! 用意しておいてくれると嬉しいわ!」とウィンクして帰って行ったのだ。
さすが外国人(異世界人)。ウィンクも様になるものだ。
「グレちゃん明るくて良い子だね~」
「貴族っぽくないよね」
トモコと話しながら店内を整理し一息つく。
最初の頃はグレさんを警戒していたトモコも、今では仲の良い友達のような関係だ。
ステータスにも問題ないようだし、良いお客様が来てくれるようになったな。
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「どうでしたか? お嬢様」
「フフッ きちんと受け取ってもらえたわ」
「それはようございました」
女性は待たせていた馬車へと乗り込むと、中で待機していた侍女に報告する。
「彼女も気に入ってくれたみたいだから、きっと神王様の御子様にも身に付けていただけると思うわ」
「お嬢様は編み物が得意でいらっしゃいますもの。お気に召さないはずございません」
「フフッ でも緊張したわ。これで御子様に身に付けてもらえなかったら何の意味もないもの」
「お嬢様、焦りは禁物でございますよ」
「分かってる。折角信用してもらいつつあるんだもの。ここはじっくりやっていくわ」
女性は馬車の窓へと目を向けると、走り出した馬車の揺れに身を任せたのだ。