19.あれよあれよという間に
「み、みみみみみーちゃあぁぁぁん!!!!?? どういう事なの~~~!!!?」
トモコの間の抜けた絶叫が真っ白な神殿内に反響する。
しかし私はそれに答えられないでいた。
何故なら━━……
「私、オリバーは今代人族の神の精霊として貴女様をお支えする事を誓います」
今、トモコの前に膝をつき頭を垂れる人物。
オリーブ色の髪をオールバックにまとめ、伏せた切れ長な瞳はシトリンのように輝いている。スッと通った鼻梁に薄めの唇がクールさを際立たせ、スラリとした長い手足と高い位置にある腰。そのスタイルはモデルも真っ青になって逃げ出しそうだ。
オリバーさんの名前を名乗ったが、どこからどう見ても20代の美男子である。
オリバーさんは髪に白いものが混じった渋みののったお年頃なのだ。決してこんなクールビューティーな出来る風若年男子ではない。
だれェェェェ!!!? あれ誰ーーー!?
「お、オリバーさん? え? 私が聞いてたオリバーさんは、もっと年配なイメージがあったんだけど……??」
目を泳がせながらチラリと私を見るトモコに、知らん知らんと首を振る。
「失礼致しました。実は私、神王様のつがい様の縁ある御方のお屋敷で執事をしておりまして、未だに引き継ぎが終わっておりませぬ故、分身を使用させていただきました」
分身って確か、ガットが使ってたやつだよね?
力を等分して身体を作るから、少なくなった力の分だけ身体が若返るあの……。成る程。だから今目の前に居るオリバーさんは身体が若いのか。
「そ、そうなんだ~……」
またもやチラリとこちらを見るトモコから目をそらす。
あの話し合い(?)の日から数日後の今日、人族の神の神殿に現れたオリバーさんは、執事らしい燕尾服ではなく、王宮の王族護衛騎士のような華やかな軍服(のような服)を身につけ、颯爽と登場したのだ。
それはトモコも驚くだろう。私もかなり驚いた。
その服、わざわざ仕立てたんですか?
「あの、どうして突然私を支える気になったんですかね~?? みーちゃ……神王様からは、オリバーさんはアーディンを探す旅に出るってきいてたんですけど~」
「それは、」
チラリを私を見るオリバーさんに首を横に振る。
私が手を出したと知ったら、トモコは益々落ち込むかもしれないからだ。
「……ガットやラーヴァに貴女様のお話を聞かされ、お力になりたいと思ったからに相違ございません」
胸に手をやり、執事のような仕草で御辞儀するオリバーさんにさすがプロだと感心する。
「そ、うなんだね……うん、ありがとう。助けてもらえるなら嬉しいです」
ヘラリと笑ったトモコは、何か引っ掛かるものがあるような複雑な表情をしていたが、その微笑みはやはり女神のそれであった。
「ご安心下さいトモコ様。私が戻ってきたからには、貴女様を悩ます問題を早々に片付け、何者からもお守り致します」
お、オリバーさん!! なんというイケメン!!
「え、あ、き、期待してます??」
トモコ、そこは困惑しながらではなく、頬を染めて頷くのがヒロインとして正解だと思うよ。
◇◇◇
オリバーさんは何をどうしたのか不明だが、あっという間に精霊達のリーダーに返り咲き、再教育と意識改革を施し、有言実行といわんばかりに問題を次々と解決していった。
精霊達がボロボロだったのが気になるが。
『ミヤビ様が彼奴を連れ帰ったのですね』
自分の家でリラックスモードだった私の背後へ突如現れたヴェリウスにぎゃっと声を上げる。
「び、びっくりしたぁ~。驚かせないでよ。ヴェリウス」
背中にすり寄る彼女に体重をかけ腕を回す。
そのままゆっくりふせをした彼女は極上のクッションのようにフカフカで気持ちが良い。
『彼奴が新たな主の元へ戻ってくるとは思いませんでした』
「ん~、トモコは何といってもアーディンのつがいだしね。彼女以外を次代の人族の神に就任させていたら、きっとオリバーさんは戻って来なかったし、他の精霊もバラバラになってたよ」
『ミヤビ様は、トモコだからこそオリバーが戻って来たと仰りたいのですか?』
ヴェリウスの言葉に頷く。
「ヴェリウスも知っているだろうけど、精霊は“主第一主義”でしょ。いくら主が犯罪を犯そうとも、主従の縁を切ろうとも、それは絶対変わらない」
精霊の再教育をしたヴェリウスが一番良く分かっているでしょう。と問えば、彼女は頷いて溜め息を吐いた。
『他神の精霊ほど面倒なものはありません』
もう面倒を見るのは懲り懲りだと言わんばかりに耳を後ろへ倒し、遠くを見るのでおかしくなる。
「フフッ まぁそんな精霊が動くのは、やっぱり主に関係する事だけ。だから、アーディンのつがいのトモコが困っていたらそりゃ当然支えなければって思うよね」
とはいえ、ガットやラーヴァをオリバーさんの元に連れていったのは偶々だ。
腐センサーがオリバーさんの元へ彼等を連れていけと反応した為とはヴェリウスには言い難い。
『トモコを支える事が、アーディンの為になる。と?』
「そう。ヴェリウス達が何を思って精霊達にトモコの事を黙ってたのかは想像がつくけど、あまり良い手ではなかったかなぁ」
『申し訳ありません』
しゅんと項垂れるヴェリウスの頭を撫で回す。
「違う違う。責めてるんじゃないよ。そもそも、人族の精霊が足並み揃わなかったのはオリバーさんというピースが一つ欠けてたからだし、トモコがつがいだって黙ってた事は、トモコ自身の希望でしょ?」
そう。ここへきて精霊達の問題が表面化したのは、オリバーさんの存在が欠けていた事が大きい。
世界が絶妙なバランスの上に存在しているように、神々や精霊、人間にもそれが存在する。
よく歯車が狂う事に例えられたり、ボタンのかけ間違いに例えられたりするが、今回の事件(?)はまさにそれが顕著に出た結果だった。
『しかし、ミヤビ様のお手を煩わすなど……』
一度だけ尻尾を床に叩きつけるように振り、俯くヴェリウスの可愛いこと。
やに下がった顔をマッサージするように直し、わざとらくゴホンと咳をする。
「私はただ偶然精霊に会って、気紛れにオリバーさんの所へ遊びに行っただけだから、手を煩わされた記憶はないんだけどなぁ」
本当にそうなのだが、ヴェリウスはキラキラした瞳を向けて『さすがミヤビ様です』と尻尾をブンブン振っているのだ。
今更、途中から趣味(BL)の為だったとは言えない雰囲気であった。
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「あなた! アディーがたっちして歩いているわ!!」
「何だって!?」
愛しいつがいに呼ばれてバタバタと走ってくる男。
飛び込んだ部屋には、つがいと、今にも転びそうに立ち上がり一歩を踏み出している小さな赤ん坊の姿があった。
「ああっ アディー!! なんという事だ!!」
男は感動し、つがいを抱き締めると瞳を潤ませ叫んだ。
「神よ!! 私ほどの幸せ者はいない!! 私に愛しいつがいと可愛い子供を与えて下さった事、心より感謝致します!!」
「まぁ、あなたったら」
クスクスと笑う女性は、ぺちゃんとお尻をついた我が子を抱き上げ、愛しげに見つめると心の中で男と同じ事を思ったのだ。
幸せな家族の幸せな一幕である。