17.初耳
「どこに行ったかと思えばサボりかよ!」
目の前の精霊とは正反対に、騒々しい声と足音をたてながらやって来たのはルビー色の髪の美男子である。
端正な顔はさすがアーディンの生み出した精霊だと言えよう。
「ラーヴァ」
顔をしかめてルビー色の髪の男を“ラーヴァ”と呼んだ精霊は、私に彼の無礼を謝罪して男を睨み付けたのだ。
「神の御前だ。喧しく喚くな」
「はぁ? 神だぁ? どこにいんだ……よ、」
ラーヴァと呼ばれた男と目が合う。
「あ……」
「あ」って何だ。
男は、やっべぇ!! 本当に居たよ。小さくて見えなかったし!! どうしよう!? これ土下座すればいいの!? ていうかこの小っせぇの本当に神かよ!?
という顔をして私を見て冷や汗を流している。
どうやら顔に出やすい性格らしい。
「も、申し訳ありません!!」
ビシッと姿勢を正して謝罪してきた男に驚いた。
態度も大きいし、口も悪い粗野な男だと思っていたので、まさか素直に謝罪されるとは思いもよらなかったのだ。
というか、何で謝罪されてるんだっけ??
「あ、いえ。大丈夫ですんで」
何が大丈夫かはわからないが、とりあえず大丈夫だと言ってしまうのは日本人だからかそれとも我が性格からか。
「あ、のッ 何故女神様がこちらに!?」
ジュリアス君とは違って、ぶっきらぼうな雰囲気のわりに丁寧な言葉遣いが出来るらしい。
「そうだった。“アーディンの精霊達”に話を聞きに来たんだった」
ラーヴァの言葉に本来の目的を思い出し、目の前の二人を見やる。
「俺達に話……?」
“アーディンの精霊”と言ったにも関わらず、ラーヴァは自身がそうだと認めている。
やはりトモコが頭を悩ませているのはこういう事なのだ。
「ラーヴァ、我らは“トモコ様の精霊”であって“アーディン様の精霊”ではない」
「ッ……」
ガットと呼ばれていただろうか、この精霊は一応理解しているようだが、心中は複雑そうだ。
何しろアーディンは元カレ……いや、元カレはオリバーさんか。ならアーディンは何だっけ? お手付き?
「いえ、アーディンから生まれた貴方たちに突然主が変わったから受け入れろと言っても酷な事だとは承知しています」
そう。この問題は予想の範囲内である。
私の言葉に驚いた風に目を見開く二人に話を続ける。
「例えトモコがアーディンの“つがい”であっても、新しい主として受け入れるのは気持ちがついていかないでしょう。それは当然だと思いますよ」
「「え?」」
「え?」
何で二人して口を開けたままポカーンとしているのか。
「私何か変な事言いました?」
聞けばガットの方が「あ、いえ。その…」と遠慮がちに質問してきた。
「トモコ様がアーディン様の“つがい”とは本当なのでしょうか……?」
え、そこ? そこなの?
「トモコ様が、アーディン様のつがい……」
ラーヴァは呆然と呟いているし、トモコがアーディンのつがいだと皆聞かされていなかったようだ。
ハッ これは修羅場というやつではなかろうか!?
精霊達は皆アーディンのお手付き(※雅の妄想です)。精霊達が住むここはいわば大奥である。その大奥の主が急に変わり、更にそれが“つがい”だったとなれば……ドロッドロの大修羅場ではないか!!
「つがいなら、いつかアーディン様はここに戻って……「ラーヴァ!!」」
とんでもない事を口走ったラーヴァに大声を出し遮ったガット。彼の行動は正しい。
ラーヴァのそれは私の前で溢して良い言葉ではない。仮にここに居たのがヴェリウスであったなら、彼は存在を消されていただろう。
「申し訳ありません! この男は考えなしのただの大馬鹿者でして、神王様のお考えに反する意思は決してございません!!」
ラーヴァを守る為とはいえ、結構酷い事を言ってないか?
精霊は、生み出した主を第一とする主至上主義である。だからジュリアス君の精霊も神を敵に回すという大それた事件を起こしたのだ。ある意味それが本能なのだから仕方がないといえばそうなのだが、なんとも厄介である。
「今のは聞かなかったことにします。ですが、他の神の前では滅多な事は言わないよう注意してくださいね」
神は好戦的な者が多い(※雅の主観です)ので気をつけてほしい。
「寛大なお心感謝致します」とお辞儀されたが、ガットの右側にいるラーヴァの頭上を無理矢理押さえつけている事が気になる。何だか弟思いでしっかり者のお兄ちゃんに見えてきた。
あの時は好戦的な怖い精霊だと思っていたけど、微笑ましい光景だな。
「それで話なんですけど、ここではなんなのでちょっと移動しましょうか」
「え、移動とは、」
ガットが何か喋っていたが気にせず転移した。
◇◇◇
「━━━……こ、ここはッ」
キョロキョロと周りを見ている二人に「ついてきて下さい」と声を掛ける。
二人は口をつぐみ、大人しく従ってくれた。
「こんにちは~」
大きなお屋敷の裏に隣接している小さな家の前で声をかける。
すると勢い良く玄関扉が開き、この家の主がびっくりしたような表情で顔を出したのだ。
「し、し、神王様!!? 突然どうされたのですか!?」
「こんにちは。お休みの所すみません。今大丈夫ですか?」
「勿論です!! 汚い所で恐縮ではございますが、宜しければお入りください。……後ろのお二人も」
彼は慌てていた素振りも直ぐに正し、いつものように美しい御辞儀でもって私達を迎え入れてくれた。
「オリバー様……ッ」
そう。ここはロヴィンゴッドウェル家の裏に建つオリバーさんのお宅である。