15.人族の神が抱える問題
上も下も、横を向いても白、白、白。
視覚から得られる情報は白しかないといんばかりのこの場所は、人族の神の神域内に建つ神殿の中だ。
そう、トモコを助け出す為(?)に来たっきり訪れていなかったあの建物である。
何故私がそのような場所に居るのかといえば、先日トモコから聞いた精霊の話に起因する。
アーディンを人間に転生させた後精霊達がどうなったか聞いた際、トモコのお茶を濁したような返答が気になったのだ。
もしかしたら何か問題があるのではないかと考えた私は、こうして抜き打ちチェックにやって来たというわけだ。
「それにしても、こうも白一色だと目がチカチカしてくるな……」
さっきから誰も居ない静かな廊下を道なりに歩いている。
ピカピカに磨きあげられた大理石の床はツルッツルッで、気を抜くと転びそうだ。
前に転移して来た時は、トモコが寝かされた寝室だったからな……どこに件の精霊が居るのやら。
眉間にシワを寄せて、視界の端に捉える扉達を開けるか開けまいか悩みながら通りすぎていく。
だって何の部屋か分からないし、これで個人の部屋だったとして、勝手に開けてとんでもなく恥ずかしい状況を目撃してしまった時どうしたら良いの?
そんな事を考え出すと迂闊に扉を開けられなくなり、さっきからこの廊下を行ったり来たりしてもう30分位徘徊しているのである。
「━━……あの、」
「あ゛ーーーっ どうしよう。こんな事ならトモコと一緒に来れば良かった!」
「あの……」
「ここの階に精霊達の部屋があることは分かってるんだよ。でもさ、プライベート空間に勝手に入るとか無理だよね。ズカズカ人の部屋に入るなんてモラルを問われるわ!」
「……」
「大体何で呼び鈴とかないかなぁ? 各部屋にインターフォンとかあれば全て解決する事だよね?」
「ノックしてください。それで全て解決します」
「ああ! ノックね!! それは盲点だっ、た……ん?」
今独り言に返事がかえってこなかった?
周りうかがえば、後ろから「こちらです」と声が掛けられ心臓が跳ね上がる。
「先程から声を掛けさせていただいておりましたが、驚かせてしまい申し訳ありません……」
後ろを振り返ると、見たことのある男性に丁寧な口調で謝罪されたのだ。
「あれ? 貴方は確かあの時の……」
真正面から顔を見て思い出す。
このそこらの女性より綺麗な顔は、あの時ショコラを攻撃して幻獣の核を奪った精霊で間違いない。
あの時とは違い丁寧な口調だが、私の精霊像をぶち壊した男なので覚えていた。(※忘れた方はズボラ1第2章の“42.核と神王”近辺を読み返してください)
「ッ……貴女様は…」
相手も私の後ろ姿しか見ていなかったのか、顔を見て息を飲む。
「その節は御無礼の数々、誠に申し訳ありませんでした」
突然頭を下げ、謝罪してくる男に目を見開いた。
初めて出会った時とは別人レベルの謙虚さだ。
トモコが再教育したと言っていたが、本当にそうなのだろう。
魂も問題なく浄化されているようだし……なのに何故トモコはあんなに言い淀んでいたのだろうか?
「精霊はアーディンの魂が穢れた影響を受けていたからね。それに主に逆らう事はできないし、今はその影響からも脱したみたいだから、ヴェリウスやトモコが決めた罰の他には何も言うことはないかな」
ショコラにした事を許せるかといえば、どんな理由があろうと許せる事ではない。しかし、アーディンからの影響を考慮すれば、ヴェリウスとトモコの罰は妥当と言えるだろう。
私は彼の謝罪にそう返すと、他の精霊達の事を聞き出そうと話し掛けたのだ。
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トモコ視点
この間、みーちゃんに突然アーディンの精霊達の事を聞かれて曖昧に返事をしちゃったけれど、その問題は今私の中でも一番頭を痛めていることなんだよね。
「トモコ様、お願いです! どうかアーディン様の元へ行かせて下さい!」
「オレ達はアーディン様の精霊です! あの御方が人族へ堕ちたなら、オレ達も共に人族へ堕ちるべきではないですか!?」
そう。ヴェリーさんと一緒に再教育を施して、アーディンの穢れの影響から抜け出しまともになってきていたから、最近ようやく仕事に復帰させたというのに、アーディンの末路を知ったこの精霊達は、自分達も人族に転生したいと言い出したの。
お見通しだとでもいうように、精霊達の事を気にしていたみーちゃんはさすが神王様だなって思うよ。
「ダメだよ。アーディンは魂が穢れてしまっていたから、救う方法は人間への転生しかなかったけど、貴方達は影響を受けていたものの転生するほどではなかったんだから、今の生をまっとうしないと」
アーディンが創った精霊の中でも、特に核強奪事件で中心的に動いていた精霊達に関しては、私がアーディンの力を引き継いでも忠誠までは引き継ぐ事ができなかったみたい。
勿論逆らったりはしないけど、やっぱり親のそばがいいのかな。
何度も何度もこの掛け合いがあったけど、精霊達の気持ちは変わらないどころか日々強くなる一方で、本当に頭を悩ませてるんだよ。
でもこれは、現人族の神である私が解決しないといけないんだって事は分かってるの。みーちゃんに頼っちゃダメだって。
分かってるんだけどね……みーちゃん、私一体どうしたらいいの?