14.お喋りで思い出した事
子供を産むと、やはり子供関連の話が気になってしまうのは当然の事なのかもしれない。
相変わらず暇な時間の多い私達の服屋でも、話題はもっぱら子供関連についてである。
「ねぇトモコ、王都には子供用品のお店がほぼ無いよね」
「ん~? そういえばそうかも??」
「世のお母さん方は一体子供をどうやって育ててんの?」
ベビーラッシュの続く昨今、気になるのは庶民の子育てと子供用品だ。
「ルーベンスさんの所はどうなの~? お母さん教育受けてるんでしょ~?」
「う~ん、貴族の子育てはほぼ乳母さん中心かなぁ……」
トモコに言われて思い出すのは、ルーベンスさん家で教えてもらった一般的な貴族の子育て教育である。
まずオムツは、お針子さん(侍女)が縫ってくれた沢山の布を使ったパンツだった。使い捨てではなく、洗って何度でも使用できるものだ。
そしてミルクは、哺乳瓶ではなく母乳オンリーである。
自分の母乳が出ない場合は乳母の母乳で育てるのだ。
ベビー服は男女関係なくワンピースであった。
「一般人には乳母さんもいないし、哺乳瓶もないだろうし、昔の日本みたいに近所の母乳が出る人の所に貰いにいってるのかな~?」
「そっか、哺乳瓶が無いのかぁ」
「瓶なら作れるかもしれないけど、ゴムやシリコンが無いから難しいだろうし、そもそも中身の粉ミルクすらないもんね~」
「異世界のお母さん達は大変なんだね……」
ゴムやシリコンなら、スライムの成分でなんとかなりそうな気がするが、さすがに粉ミルクはなぁ…何種類もの栄養素を人工的に加えているから、この世界の人間が作り出すのは厳しいだろう。
しかし私ならそんな粉ミルクとも創る事が出来る。なんならこの世界から粉ミルクの素を探しだして商品化してみるのもいいかもしれない。
今度ルーベンスさんに頼んでみようかな。
「こんにちは~!!」
スライムの可能性について語り合っていれば、可愛らしい声が耳に届き店の入り口に目を向ける。
「あ、コリーちゃん。いらっしゃ~い」
トモコが嬉しそうに声を掛ける。
最近益々背が伸びてお姉さんらしくなったコリーちゃんは、薬剤師のお父さんと、私がやらかして精神力を2アップさせてしまったお母さんを持つ心優しい女の子だ。
実は、彼女の家は私達のお店から近く、子供の足でも歩いて20分程の距離にある。
「ミヤビお姉ちゃんっ トモコお姉ちゃんっ 差し入れ持って来たよ!!」
「わぁ~ありがとう! みーちゃん、差し入れだって~」
「いつもありがとうコリーちゃん」
だからこうして、よく差し入れにお菓子を持って来てくれるのだ。
「今日はね、母ちゃん特性の薬草入りクッキーだよ!」
何とも健康的で独特の風味な差し入れが多いけれど。
お客様もいないし、上でお茶にしようか。と3人で3階に上がる。
コリーちゃんは双子が居ないのかとしきりに聞いて来たが、今日は残念ながら天空保育園擬きに預けて来たのだ。
「双子ちゃんに会いたかったな~」
苦いのか甘いのか分からないクッキーを口に含みながらボヤくコリーちゃんは、最近双子のお姉ちゃんと化してはりきってお世話をしてくれている。
将来保母さんかと言わんばかりに可愛がる様は、何とも微笑ましい。
「コリーちゃんももうすぐお姉ちゃんだもんね~。ディークとロビンで赤ちゃんに慣れておけばお母さんのお手伝いもできるしね~」
トモコの言うように、今世界中がベビーラッシュの中、コリーちゃんのお母さんも見事子供を授かったのだ。
後数ヶ月後にはコリーちゃんも本当のお姉さんである。
「コリーちゃんはトモコと違って赤ちゃんの扱いも丁寧だし、良いお姉ちゃんになるよ」
「みーちゃん!? 私だって双子のお陰でちゃんと赤ちゃんのお世話できるようになったからね!?」
忘れてはいけない。トモコは首の座っていない赤ん坊を無造作に抱き上げたという前科があるのだ。
「ハイハイ。アーディンとの間に子供が出来るまでには慣れておかないとね」
アーディンはトモコのつがいで元々人族の神であったが、地球に居た頃の私を殺し、さらにトモコの魂をこの世界に連れてきて騒動を巻き起こしたものだから、人族に転生させるという罰を与えた男である。
その彼も人族として転生し早2年。今頃どうしているのだろうか。
神王としての記憶を取り戻してから分かった事だが、アーディンのあの不安定さは、私が不在であった事、魔素の枯渇、そして“異世界に干渉”してしまった事に原因があったのだ。
特に異世界へ渡る事は神王の私であっても器と記憶を失う程の負担がかかる。それを私が創った神とはいえ、“異世界に干渉”してしまえば無事では済まないだろう。
アーディンの場合は魂が穢れてしまい、神の力を失ったのだ。
彼は創世の神の中でも忠誠心が厚く、真面目で責任感の強かった者だ。転生でしか魂の穢れを落とせなかったとはいえ、可哀想な事をしたものだと憂い溜め息を吐く。
「トモコお姉ちゃん恋人がいるの!?」
「え~? 恋人っていうか、つがい? ね、みーちゃん」
コリーちゃんも恋愛に興味が出始める年頃なのか、トモコのつがいの話に飛び付くと、素敵だとか、つがいは人族の女の子の夢だとかで盛り上がっていた。
「トモコはモテるからね。罪な女だよね」
カルロさんとレンメイさんを思い出し苦笑いを浮かべる。
するとコリーちゃんは頬を紅潮させて瞳をキラキラさせながら、四角関係の話に食いつく。お年頃である。
識字率が低いこの世界では、マンガや小説などの娯楽も無い。貴族の間で読まれている本も歴史書の要素が強いものである。だからコリーちゃん位の年頃から熟女まで、女性は恋愛話に飢えているのだ。だからこそこの反応なのだろう。
これから子供も増え、いずれ教育にも力を入れていくだろうから、マンガまではいかずとも、小説などは徐々に普及していくだろうが、早めに拡がって欲しいと願わずにはいられない。
◇◇◇
「━━……そういえば、アーディンで思い出したけど、アーディンの精霊達ってどうなったんだっけ?」
30分もたたずに帰っていったコリーちゃんを見送り、暇な店内でデザイン画をチェックしながらトモコに話しかける。
「も~前にも言ったでしょ~。彼らはイチから教育し直してるって」
「そうだっけ? アーディンの魂が穢れてから生み出された精霊だったよね……大丈夫なの?」
「う~ん。代替わりした私の力の影響で、多少マシにはなったけどね~……」
濁すような物言いに、今更ながら心配になった私は、翌日トモコ(人族の神)の神域に様子見に行く事にしたのだ。