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初恋シリーズ

初恋は実らなかったけれど、優しい旦那様を見つけたので今はとても幸せです 【2】

作者: 神山 りお



 フィーナ=セネットは、フィーナ=ハウルサイドに変わってから数年が経った。

 残念ながら、まだ子宝には恵まれていなかったが、ルーフィスはフィーナさえいれば構わないと決して責めなかった。

 後継ぎは弟がいるし、その弟には息子がいる。だから、一切気にしなくて良い。むしろ、子供が出来たらフィーナを独り占め出来ないからと言っていた。



 その言葉通りに旦那様のルーフィスは、いまだに弟に家督を譲りたいと言っている。だが、口では引き篭もりたいと言いながら、仕事はしっかりこなし領地が更に潤っていた。

 その理由が弟と近い年齢の妻に、イイ加減な姿は見せられない。出来る夫でいたいと云う邪な理由だと、知っているのは侍女頭と一部の者くらいだった。



 優しい義父母や良い使用人達に囲まれて、フィーナは幸せな日々を過ごしていた。



 

 そのルーフィスも、基本的に社交場には出ない。

 人とのわずわらしい付き合いが余り好きではないからだ。

 だが、すべてに断りを入れている訳ではない。




 ――そう、例えば今日。




 知り合いに赤ちゃんが生まれたお祝いの夜会。

 そういう祝い事の時は、出不精なルーフィスも進んで出向いたりする。

 だからこそ、ルーフィスは夜会嫌いでも皆に好かれているのだろう。妻となったフィーナも、ルーフィスに伴い夜会に出席していた。



 

「あら、何処の田舎者かと思えば、ハウルサイド家に奇跡的に嫁いだフィーナ様ではありませんこと?」

「あら、本当ですわ」

 ルーフィス夫妻が仲睦まじい事は知っている。

 新婚当初は入る余地なしと、諦めていた令嬢達も数年も経てば、再び邪な熱を帯び始めていた。

 フィーナを追い出し後妻を狙う者。彼女がルーフィスを射止めた悔しさからの嫌がらせ。ただ単に幸せな姿を見て嫉妬する者。

 理由は様々であれ、妬み嫉み僻みに於いては共通である。



 フィーナが1人になれば、わらわらと自然と人が集まっていた。その理由はただ一つ。自分達がリア充でないための捌け口。理不尽なストレス解消である。

 ついでに、ルーフィスとの間に亀裂が入ればイイとほくそ笑む。

 勿論、フィーナの友人達が気付けば、仲裁や論破で彼女達を追い払う事もある。

 だが、友人達とて毎回、上手く入り助けてあげる事も出来ない。友人も自分達の社交としての仕事があるのだから。



 それを知っていて、狙い澄ました様にスッとやって来るのが彼女達だ。

 ある意味で、その隙を狙う能力は高く評価したい。



「不相応って言葉、知ってまして?」

「やだわ、アンナ様。知らないからのコレでしてよ」

「そうでしたわね」

 陰口ではなく、本人を前にして令嬢達はクスクスと笑う。

 フィーナが立場上反論しないのを、臆病で反論出来ないのだと勘違いしているのである。

 フィーナは、彼女達より立場が遥かに上の侯爵夫人である。

 フィーナが本気を出せば、彼女達は社交場に一切出れなくなる。それどころか、家の立場が悪くなるのだが、それに気付かないのか理解出来ないのか、フィーナがやる訳ないと思っているのか……。



「結婚、3年目でしたっけ?」

「ここのリナリア様は昨年結婚して、もう子供が出来ましたけれど、フィーナ様は?」

「あら、やだ。聞いてはお可哀想よ」

「お世継ぎが産めないなんて……ねぇ?」



 あからさまな嘲笑がフィーナに向けられていた。

 だが、フィーナは作り笑いを浮かべ、ただただ黙っていた。

 反論がすべてではないからだ。

 言葉や態度でアクションを起こす事を、この人達は求めている。どんな対応をした所で反感は買うだろうし、対応を間違えば小馬鹿にする餌を与えるだけである。

 何を言ってもやっても結果的に、彼女達の餌食でしかない。なら、それにわざわざ乗ってやる道理はない。

 フィーナはそうですわね? と適当に笑っていた。

 まぁ、この行動にしても馬鹿にしたとか余裕だとか、難癖はつけてくる訳だけど。

 結局、フィーナを貶める理由を探しているだけなのである。




「相も変わらず、フィーナという可憐な花に蝶は集まるのだね?」




 いくら端とはいえ、人が集まれば目に付く。

 いや、端だからこそ目に付くのだ。

 そして、妻を溺愛しているルーフィスがそれに気付かない訳がない。友人、知人と談笑していても妻の姿は目で追っている。

 その妻が、端に端にと追いやられていれば、例え商談の最中だとしても飛んで来るに違いない。




「「「まぁ!!」」」

 何年経っても変わらない美貌に、令嬢達は溜め息が漏れた。

 ここだけの話だが、ルーフィスに近寄るための簡単な接点がフィーナだ。ルーフィス見たさに、わざと近寄る令嬢もいる。

 ただ、その間違った接点の作り方をする事で、辟易としたルーフィスに嫌われていくのだが、それもまた良いらしい。

 悪意でも善意でも、自分に向かう視線が堪らないのだと、後から友人達が教えてくれた。



「キミの美しさを引き立て様と新調したドレスは、却って蝶達を呼ぶ事になってしまった様だね」

 ルーフィスは令嬢が目の前にいるのにも関わらず、フィーナの瞼にキスを落とした。

 途端にキャァと黄色い声と、苦笑の声が聞こえる。

 前者は独身の令嬢。後者は妻帯者である。



「でも、私の魅力が足りないのか、蝶は寄って来ますけど虫は全然寄っては来ませんのよ?」

 フィーナは自分に目線を落とした後、可愛らしくルーフィスに笑いかけた。

「キミに魅了される様な害虫は、しっかりと駆除しているからね?」

「まぁ、益虫まで駆除しないで下さいませ」

「しかし、蝶の姿をした害虫もいるだろう?」

 ルーフィスはチラッと集まる令嬢を見る。

 お前達はどうだろうか? と。

「ルーフィス様、失礼ですわ。彼女達は害虫ではありませんわ」

 とわざとらしく、驚いた仕草をフィーナはして見せた。

 一応は庇うパフォーマンスをしたのだ。

「ふふっ。ルーフィス様には、どんなに綺麗な蝶もフィーナ様以外は害虫なのですわね」

 失礼致しました、と笑いながら去る令嬢。

 何年経とうが子供が出来なくとも、入る余地なしと判断した令嬢は諦めて去って行った。

 ルーフィスを目の前で見られただけで、満足した所もあるからだ。




 ――だが、やはりそれでも散らない強者もいる。




「ルーフィス様」

 鼻をツンと上げ、フィーナに冷たい視線を向けたのは、ルーフィスと同じ身分であり、遠い親戚の侯爵令嬢だ。



「なんだい? マリア嬢」

 マリアも同じ身分であるため、親世代から交流がある。

 フィーナとも出来れば仲良くして貰いたいとルーフィスは思った事もあった。だが、マリアはその気ではなかった。

 せっかく前妻が消えたのに、今度はフィーナである。マリアは苦虫を噛み潰していた。

「ハッキリ言って、フィーナ様は欠陥ですわ」

「……ほぉ?」 

「後継ぎを産めない妻などそうそうに捨てるか、第二を迎えるべきでしてよ?」

 マリアは扇を広げ、嘲笑っていた。

 王族ほどではないにしても、貴族でも血族が爵位を継ぐのが常識。侯爵ともなればさらに厳しいのである。

 なのに、長子であるルーフィスには子供がいない。

 ルーフィスは弟に家督を譲るつもりでいたとしても、親族が何も言わなくとも、周りは好き勝手に騒ぎ立てるのが現状である。

 だが、それを同性である彼女が言うのは、ある意味では諸刃の刃である。その内に違う形でブーメランの様に返って来るに違いない。




「キミが心配する必要はないよ。家の問題だ」

 優しく笑ってはいるがルーフィスには珍しく、苛立つ様な口調が言葉にのっていた。

 ハウルサイド家の問題に口を挟むなと、マリアとマリアを介して皆にも忠告しているのである。

「大体、子供が出来ないのは、私のせいかもしれないしね?」

「え?」

 ルーフィスの思いがけない言葉にマリアが押し黙る。

 フィーナを貶める言葉を選んだつもりだったのだが、返ってきたのは、ルーフィスを貶める結果を招き兼ねないセリフだった。

「皆も知っての様に、私は1度は結婚した身だ。しかし、その妻にも子供は出来なかった。世には稀に種のない男もいるそうだからね。存外私が当てはまるのかもしれないね」

 それが自分かもしれないと、ルーフィスは自嘲気味に笑った。

 勿論、それは冷えきった関係だった旨も当然ある。

 たが、そんな深い事情を知る者はここにはフィーナしかいなかった。

 知らずと静まり返っていた場では、聞くつもりのなかった皆の耳にも入ってしまった。ルーフィスを慕う者は当然として、マリアを自然と睨んでいた。

 プライバシーでありデリケートな問題である。

 赤の他人が口を挟んでいい案件ではないのだ。

 そして、何よりも公の場で侯爵家の恥を晒す事態となった。先程の令嬢達がフィーナに叩いた軽口も、このマリアの言動もアウトである。

 ルーフィスを慕わない者にしても、いつ我が身に降りかかってもオカシクはない話。

 世継ぎのいない男達は、ルーフィスに言われた言葉を自分に向かう言葉として受け止めていた。

 このマリアの何気ない失言は、すべての貴族を敵に回したと言っても過言ではない。

 そして、このひりついた空気に軽口を叩いていた令嬢達も、やっと不味い事を言ってしまったと気付き、青褪めるのであった。





「フィーナ。私といても子は望めないかもしれない。実家に帰るかい?」

 ルーフィスは悲しそうに笑い、フィーナの頬に触れた。

 別れると言わずに帰ると言う辺りが、とてもルーフィスらしい。

「ルーフィス様は、邪魔な私を帰らせたいのですか?」

 フィーナは軽くルーフィスの頬をつねり、小さく笑い返した。

「え?」

「だってそれは、裏を返せば私に子供が出来ないから、実家に帰すと言う事ですわ」

「ち、違う」

 そんなつもりで言ったのではないと、ルーフィスには珍しく焦っていた。

 子供がいてもいなくても、フィーナと別れる気などない。

 だが、確かにルーフィスの言葉は、逆を言えばそう取れる言葉だった。

「では、子が出来なくとも私を愛してくれますか?」

「勿論だよ。私の妖精」

 フィーナが上目遣いでそう訴えれば、ルーフィスは優しく抱き締めた。

 そう、2人は皆が見ている中、イチャイチャしていたのだ。




 なんだろうか? 

 この、モヤモヤとした妙な感覚は。




 マリアを諫めるつもりで集まっていた皆は、背中が異様にむず痒かった。早く家に帰って掻き毟りたい気分に陥っていたのである。




 お前達は、家に帰ってから続きはやってくれと、皆が頭を掻き毟り始めていると――。

 フィーナは可愛らしくポッと頬を赤らめた。




「ルーフィス様。でも、私……1つ謝らなくてはいけない事がありますの」

 聞いて下さいます? とフィーナは恥ずかしそうに頬を赤らめ、チラチラとルーフィスを見つめた。

「なんだね?」

 そんな可愛らしく言われたら、何でも許してしまうとルーフィスは優しく訊いた。





 ――だが、次の瞬間。





 ルーフィスの顔から笑みも色も消えた。





「私……最近、他に懸想をする方が出来ましたの」




 
























「っ! 何処のゴミ……いや、カス……いや、誰だね?」

 いつも冷静で無表情のルーフィスは、冷静を装って見せてはいるが、誰の目にも分かるくらいに動揺をしていた。

「怖いですわ。ルーフィス様」

 フィーナはルーフィスの口をチョンと、人差し指で押さえた。

 だが、ルーフィスはそれどころではない。

 前妻が浮気した時には、塵とも感じなかった。だが、フィーナにされていると思うだけで、心が無性にざわついていた。

「それは、ココで言わなければならない事かね?」

 急に言うのだから、ここに浮気相手がいるのかと周りを睨んだ。

 どうしてくれようかと、内心算段をし始めていたのだ。


「ルーフィス様?」

「なんだね?」

 そんな可愛らしく首を傾げて言われても、ルーフィスはいつもフィーナにどんな顔をしていたのかが分からない。

「懸想をしている相手をお知りになりたいですか?」

「……出来るのであれば」

「私の懸想している相手は――」

「相手は?」




 皆が固唾を呑んで見守っていた。

 事と次第によっては、この場に血が流れる気がしてならない。





「ココにおりますわ」





 だから、何処だ!?





 と皆が皆、周りを疑い牽制し合っていると――。





 ――真っ先に誰だか気付いたルーフィスが、いきなりフィーナを抱き上げた。





「帰るぞ!!」

 勿論、フィーナの肩にはルーフィスの上着が掛かっている。

 冷やさない様にである。

 そして、走り出す様な勢いで、大股でスタスタと場を去ろうとしていた。




「「「!?!?」」」

 皆は軽くパニックになっていた。

 ルーフィスが大きな声を出す事も稀だが、フィーナを抱き上げて帰る程、憤慨でもしたのかと思ったのだ。

 しかし、ルーフィスを見れば、初めて見たと言っても過言ではないくらいキラキラした笑顔を見せていた。




「お、おいルーフィス!?」

 この夜会の主催者であるマテウスが、目を見張りつつ声を掛けた。

 浮気をしたフィーナに何かする様子は見えないが、友人であるマテウスからしたら、その笑顔は異様に不気味で仕方がなかった。ある意味、妻の浮気に狂ったようにも見えたのだ。



「マテウス。私に言わせれば、益虫も害虫も所詮は虫ケラだ。駆除しきれていないこの夜会に、私の妖精と私達の天使は置いておけない。帰らせてもらう」

「「「は?」」」

 虫ケラ呼ばわれされた皆は、目を見開き唖然としていた。

 益虫? 害虫?

 それは悪口に対しての怒りではなく、違う事への驚愕であった。

 いつもは、フワッとした言い回しでしか言わないルーフィスが、あからさまな悪口を初めて言ったのだ。その事実に驚いていた。



 いや、だが今 "妖精" とか "天使" とか言わなかったか? と勘の良い誰かが気付き、俄かに騒めき始めた。





「おめでとうございます」

 そんな中、いち早く察したマテウスの妻リナリアが、満面の笑顔でお祝いの言葉を投げ掛けた。



「ありがとう、リナリア夫人。キミだけはフィーナの本当の蝶だよ」

 ルーフィスはそう言ってフィーナを抱えていない、反対側の手を軽く挙げ会場を後にした。

 そして、抱き上げられているフィーナはペコリとお辞儀して、幸せそうに笑っていたのであった。









「ど、どういう事だリナリア?」

 初めて見る友人の笑顔に動揺しているマテウスは、妻に問う。

 自分にはルーフィスの言った意味が、全く分からなかったのだ。

「もぉ、察して下さい。フィーナ様は先程、何処に手を添えて言ってましたか?」

「手?」

「 "私達の天使" ですよ?」

 と義理の母が抱いている我が子をチラッと見て笑った。

「あ、あぁ!! 子供か!! 子供が出来たのか!!」

 だから、お腹を押さえていたのかと、やっとマテウスが気付いた。

 ――と同時に、ルーフィスの笑顔に混乱していた会場の皆も、理解したのである。

 だから、ルーフィスは慌てて家に帰ったのだと。



「私に相談したいと言ってましたから、その事だったのね」

 リナリアはクスリと笑っていた。

 フィーナから、事前に相談したいと手紙を貰っていたのだ。まさか、それが子供の事だとは知らなかったけれど、分かれば納得したのである。

 あのルーフィスがあんなにも、コロコロ変わる表情は初めてだったので、リナリアはそれを思い出し再び笑ってしまった。

「なんだ、そうか……って、クソッ俺達は害虫かよ」

 マテウスは、あのヤロウと形だけ、どついておく。





「さぁ、皆々様。私達の天使と、来年生まれてくるフィーナ様の天使。今夜はその両方を祝って下さいませ!!」





 リナリアが高々とそう言うと、皆は口々にお祝いの言葉を上げ楽しい夜会へと戻ったのであった。









 



おだてられて、続きを書いちゃいました。

 ╰(*´︶`*)╯♡

読者様の神の様な感想は、作者の力です。

ありがとうございます。

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