国立マキュリア学園
かつて、魔法と呼ばれたものは科学へと変化し、固有魔法はスキルへと名を変えた。
スキル。
それは、一人一人別の能力を持っており、手のひらから火を発したり、何も無い所から水を創り出したりと、多種多様である。
しかし、スキルには社会の役に立つものがあれば、人を傷つけてしまうものもある。
そんな、人を傷付けてしまうようなスキルを、少しでも利用しようと、『M.A財団』が作りだしたのが「スキルバトルエンターテインメント」、通称『S.B.E』。
スキルによる人々の争いを、一つのエンターテインメントにしたものだ。
『S.B.E』とは、資金や国土を巡って、学生達が闘う大会。言わば国の代理戦争だ。
「で、その代理戦争に参加してもらうのがあなた。神鏡 蛍舞よ」
「そんな言い方しないでくれよ......ただの転校だっての。つか、何で今更」
「仕方ないでしょう?あなたの妹さんの頼みだもの」
「妹ねぇ......」
そう、俺には妹がいる。
神鏡 由貴。それが、俺の最愛にして最可愛の妹の名だ。
「私だって、好きであなたを学園まで運んでいるわけじゃないのよ。今すぐにでもこの車を降りて欲しいくらいね」
「嫌々なのはお互い様ってか?」
「いいえ、あなたには拒否権があったわ。そもそも、妹さんが出したのは希望なわけで、あなたは別に転校しないという選択があった。それなのに何で?」
そう、俺には拒否権があった。
話が来たのはつい先週のことだ。
俺は、いつも通り普通に学校へ通う生活をしていた。それなのに、超超エリート学園である、国立マキュリア学園。そこに通う我が妹が、突然俺に来て欲しいと言って来たわけだ。
「まぁ......呼ばれちまったら行くしかねぇだろ」
「はぁ......そんなんだからシスコンって言われるのよ」
「そりゃどうも」
来て欲しい。
それだけなら、顔を出せば済む話だ。
しかし、どうやら俺に、転校して来て欲しいとのこと。
そんなもの、可愛い妹のためなら全然おっけい!
と言いたいところだが......正直あまり気乗りはしない。
「まぁ、こうして車内で言い合いをしていても仕方ないし、基本的なことは知ってると思うけど、一応説明しておくわね」
スキルで競い合うシステム、『S.B.E』。
それは、今では一種のスポーツとなっている。
そして、高校生達が野球の大会をするように、その『S.B.E』でも大きな大会が開かれている。そんな大会に、特に『S.B.E』に力を入れている学園が六つ存在する。
マキュリア学園、ヴィーナ学園、ガイアス学園、マズール学園、ジュピダリス学園、サタニス学園。
これらは、六つの国からなる都市、《クレマチス》からなる学園で、一つの国につき一つづつある。
それらの学園から選出された生徒達が闘い、競い合うのだ。
「あなたが今から行く所は、国立マキュリア学園。全校生徒数450人からなるエリート学園で、学年人数は150人、ひとクラス30人よ」
「随分と詳しいんだな」
「まぁね。私もマキュリア学園の先生だからな」
「そうでした」
今、この車を運転しているおばさん......と言っても、二十代後半らしいが。
この人は、石神 麻里子先生。
いつも白衣を着ている、謎の女性だ。
俺が知り合ったのは、約一年前。由貴が学園へ入学したての頃だった。学園の説明等で、何回か家へ訪問して来たのだが、何故か俺は気に入られてしまったようで......由貴よりも付き合いは多い。
「それにしても、まさか本当にこの学園に来るとはねぇ。一度門前払いされくせに、懲りない奴だ」
「門前払いって......俺は受験さらも受けてませんよ。それに、懲りないのは俺の妹です。俺は別に、ここに来たかったわけじゃ......」
「またまたぁ、素直じゃないな」
なんとでも言え。
俺は本当はこんな所に来たくは無かった。
そう、本当に来たくは無かったんだ......。
──────────
「ほぇー」
近くで見るとやっぱりデカいなぁ校舎。
「それじゃあ、私は先に行ってるから。また授業で」
「あ、はい。ありがとうございました」
と、先生見送って、俺は再び校舎を見上げる。
マキュリア学園。
通常の校舎の二倍以上の大きさを誇る学園、まるでお城だな。
その迫力に思わず、俺は未だに学園内へ入れないでいた。
すると、門前で立ち尽くす俺に、一人駆け寄ってくる影。
「お兄様っ!!」
優しい声、明るい笑顔。
由貴だ。
「由貴!」
「お兄様!」
走って飛んで、抱き着いてきた。
車に乗っていた時間が長かったためか、俺の足元はフラつき、少し倒れそうになってしまった。
危ない危ない。こんなことで、兄として恥を晒すところだった。
「久しぶりですね!お兄様」
「おう。元気そうだな」
抱っこしていた由貴を、早々に地面へと降ろす。
重たい訳では無いが、走って勢いをつけて来たので、押されただけだ。安心しろ。
「来てくださったのですね」
「あぁ、まぁな」
落ち着いた声色に、優しい笑顔。
大人しい性格なのが、本来の由貴だ。
それにしても、見た目はあまり変わっていないみたいだな。
成長したのは身長......くらいか。
しかし制服はよく似合っている。可愛いぞ。
「さ、寮へ参りましょう。私が案内します」
「おう。頼む」
このだだっ広い学園内じゃ、迷子になりかねないからな。
頼れる妹がいてくれて助かった。
それからしばらく、由貴について行く。
校舎の中は、そのうち案内してもらうとして、今は寮まで一直線だ。
一刻も早く、この荷物を置きたい。
「ふふ、何だか楽しいです。お兄様と久しぶりに会えたのと。こうして二人で歩いていることが」
「それは良かったな。俺も会えたのは嬉しいが、どうも疲れてしまっていてな」
「そうなのですか......あ、そうだ!お兄様、お昼はもうお食べになられました?」
「ん?あぁ、そう言えばまだだったな」
そうか、もうお昼か。
家を出たのが9時ぐらいだったから......まぁ、結構車乗ってからな。
気がつけば腹も減っている。
力が出なかったのは、座りっぱなしだったからだけではなく、お腹が空いたのもあるかもしれないな。
「でしたら、ご一緒しませんか?久しぶりに、私の料理を食べてください!」
「ん?あぁ、構わないが......」
テンション高いな......そんなに嬉しいのか。
まぁ、俺も嬉しいが。
そんな風に、俺達は二人仲良く歩いて、寮までたどり着いた。
寮......というより、ホテル。それも、高級ホテルだな、これ。大き過ぎるし、綺麗すぎる。
「ここが、マキュリア学園の男子寮です」
「おう、案内ありがとな。ちなみに、俺の部屋は何号室なのか分かるか?」
「はい!案内します」
「え......」
いやいや、それはさすがにいいよ。
男子寮だぞ?男子寮。俺の可愛い妹とでも、そこまでしてくれなくたって......
「料理は部屋でしか作れません。お兄様の部屋をお借りしますね」
え?あ、そりゃそうか。
まさか食堂を借りるわけにもいかないしな。
というか、部屋にキッチンまであるのか......凄いな。ここの寮は。
「っておい。由貴?由貴ぃ!」
「こっちです!」
一人でズカズカと階段を登って行ってしまった。
いつもはもっと大人しい子なのに......今日は舞い上がってしまっているようだ。
「はぁ......やれやれ」
ま、そこも可愛い所だけどな。
俺は重たい荷物を持ち上げ、階段を登り始めた。
エレベーターは、無かった。
つーか、荷物少しくらい持ってくれても......。
──────────
「はじめまして。神鏡 蛍舞です。えー、趣味は映画鑑賞......とかです。よろしくお願いします」
自己紹介。
今日は、転校初日。
俺は、全員の視線を浴びながら、自己紹介をした。
ここ、マキュリア学園では、1クラスにつき30人前後となっており、そこそこ人数は多い方。だと思う。
男女比は丁度半々ぐらい。見た目だけでは、普通の人とあまり変わらない。
「神鏡は、この学園についてどれぐらい知っているんだ?」
「え?あ、まぁまぁです」
「そうか。まぁ、とりあえず今からは普通の座学だから、そう心配するな。また、他のクラスメイトにでも聞いておくといい」
「は、はぁ......」
そんな雑な扱いなの?転校生って。
心配するなと言われても、初めての場所で初めての人達と一緒に少し見覚えのある授業をやるとなるとさすがに緊張する。
とか何とか思っていると、あっという間に授業が済み、休憩時間となった。
次は実技だったか......?今のうちに着替えておこう。
女子は別の部屋、男子はここで着替えることが出来るようだ。
「なぁ、おい」
「ん?」
「よう。俺、マット=ベルティーニ。よろしく!」
と、後ろから話しかけて来た。
マット......マットか。
随分と気さくな奴だ。全くの初対面である俺に、いきなり話しかけて来るとは......まぁ、誰しも最初はそうか。
しかしこちらとしては有難い。下手すれば、このままボッチで過ごすことになっていた所だ。
「おう、俺は神鏡蛍舞だ。って、さっきも言ったか」
「神鏡......お前、『セカンドブック』出身なのか」
「そうだが......?」
「すげぇな、漢字の名前なんて麻里子先生以来だ」
麻里子先生......?あぁそうか、あの人もセカンド出身だったか。
『セカンドブック』。かつてこの世界が、六つに別れる前に存在した国の一つだ。
出身と言っても既にその国は無くなっていて、今では地名になっている。
この名前の付け方は先代の名残り。
まぁ、セカンドブック出身はそこまで少なくはないので、探そうと思えば探せる。そうそう珍しいものでも無い。
「なぁ、何でこんな時期に転校してきたんだ?」
「特に理由なんかねぇよ。ただ、妹に呼ばれたってだけだ」
「妹?」
「あぁ、俺には妹がいるんだ」
とても可愛い妹がな。
「へぇ、なんだ。特待で呼ばれて来たのかと思った」
「え?特待?」
「そ。なんかうちの学園って、他の学園に比べて全体の実力が低いらしいんだよね。そりゃあ強い人は強いんだけど、比較的その数が少ないらしくてな。特待生つって、何人か全く関係ない所から引き抜いて来てるらしいのよ」
「へぇ......」
その特待とやらに、俺は間違われているわけか。
ん?......いや、そんなわけないか。
まさかその特待生として、由貴が俺をこの学園へ呼んだ訳じゃないよな......?
「ちょっと良いかしら?」
と、突然話しかけられた。
女。それも、見たことがない顔。
まぁ、俺からすれば大体は見たことが無い顔なのだが、この場合はこの教室にはいなかったという意味だ。
つまり、別のクラスの人。
「なんだ?」
「あなたがシンキョーケーマね?」
「......そうだが」
勝手にズカズカと入り込んで来やがって......一体何の用だ。
俺の友達作りの邪魔をしてまで、話したいことでもあるのか?
「あなた......最強らしいわね」
「......え?」
最強......?
ちょっと待ってくれ、話を整理しよう。
この女は俺のことを探して、教室にわざわざ入り込んで来た。
何かと思えば、俺が最強だと言って来た。
いやいや、わけわからん。
「何の話だ?」
「とぼけないで。廊下であなたことを、最強だ最強だと自慢しまくっている人がいるの。そんなにあなたは強いのかしら?」
「俺のことを......最強だと......?」
俺のことを最強と言う人。
最強と言う人......か。
もちろん、俺は最強では無い。そんなこと、俺が一番よく知っている。
ということは、俺の実力を知っている者では無い。
いや、しかしそんな奴はいくらでもいる。
この学園に来たのは今日が初めてだ。それなのに、俺に対してもう嫌がらせか?
......いや、そんなこと分かりきった話じゃないか。
俺のことを、盛って自慢する奴など......俺のことを話せる奴など、一人しかいない。
「由貴か......」
どうやら我が可愛し妹が、兄であるこの俺のことを、「最強」と言っているらしい。
自慢しているらしい。
これは困った、とても困ったものだ。
嬉しくなっちゃって、自慢したくなっちゃう気持ちは分かるが、勘違いもいい所である。
俺は最強ではなく、ただのノーマルな転校生なのだ。
......まぁ、勘違いさせたのは俺のせいだがな。
「お前、最強なの?」
「んなわけあるか。はぁ......さっき言った妹が、俺のことをそうやって言い回ってんだよ。たぶん」
「それで、最強のお兄さん。是非とも私と闘ってくれないかしら?」
お兄さん......やはり由貴だったか。
なるべく......というか、絶対に闘いたくは無い。
もし、戦闘などすれば、俺の実力が皆にバレてしまう。
それだけは、何としてでも避けたい。
「表へ出なさい」
表へ出なさいって......何年代のヤクザですか。
ちょっと今から実技の授業なんですけど。
表へ出ることは出来ないかな。
「今からはちょっと......」
「なら昼、訓練場を借りるから、そこへ来なさい」
「......わ、分かった」
訓練場......どこか全く分からないが、昼なら誰の目にもつかない所なのだろう。
分からないけど。
「絶対に来なさいよ」
そう言って、女は教室を出て行った。
はぁ......と、女が向こうへ行くのを見てから、ため息が漏れてしまった。
少々、いや大分面倒なことになってしまったみたいだ。
「ドンマイ。としか言えねぇよ。何せあの女、アリシア=オーディアールは、序列3位の実力者だ」
「序列?」
「あぁ。もしかして、序列のことはまだか?この学園には序列というものがあって、実力が強い順に1位、2位、3位......と。ちなみに俺は125位。自慢じゃねぇが、真ん中よりは上だぜ」
ま、まぁ全校生徒は326人だからな。
とはいえ微妙な数字だ。褒められはしないが、低いとも言えない。
「おいおい、なんだよその顔は?俺は『マッハ』だぜ?」
「マッハ?」
「『マット速すぎ!』の略」
「......」
マットは、1人で笑った。
なんだろう、なんかコイツといると、頭が悪くなりそうだ。
「ええと......『速すぎ』っていうのは、お前のスキルか?」
「あぁそうだ。俺のスキルは『加速』。心も体も素早く動ける能力だぜ」
ほう......それは魅力的な能力だな。
スキルが優秀だと、その分強いものだ。
それにしても、アリシア......って言ったか?序列3位とは中々やるな。
......序列3位か。
いや待て、序列3位だぞ......序列3位!?
「おい!俺は3位に目をつけられたのか?」
「だからそう言ってるだろ。お前、気付くの遅すぎだろ......『ケーマ気付くの遅すぎ!』略して『ケーキ』だな!」
やかましいわ。
そんな甘そうな名前になってたまるか。
「本当、ドンマイだわ。勝てっこないって。負けても誰も何も言わねぇから、あっさり負けて来な」
ふむ、確かにそうだ。
3位の奴に、今日来たばかりの転校生が負けるなど、当たり前のことだ。変な抵抗はせずに、さっさと負けるが吉。
当たり前に負けて、当たり前にこのトラブルを抜け出すとしよう。
「ちなみに、1位と2位ってのは誰なんだ?まぁ、名前聞いても分からないが」
一応名前くらいは覚えておきたい。
今後、このようなことが起こらないように、1位と2位、まぁ......上位10人ぐらいは、最低限として覚えておいても良いのでは無いだろうか。
単純に、この学園内最強を知りたいというのもある。
「3年のフィオン=ガース。それが、学園1位の名前だ」
「フィオン=ガース......」
「そ。最強にして最強の男。未だに誰も、先生でさえも攻撃を食らわせたことは無い。もちろん勝ったこともだ。しかし学園にはあまり来ないみたいで、友達も少ない。一応生徒会長なんだが......1位ということで免除されちまってる。そして入学してから3年間、1度も1位の座が変わったことは無い」
そ、そりゃあすげぇな......。
つまり、1位以外なったことがないってことだろう?無敗の人物ってところか。
「で、2位は神鏡 由貴。偶然にもお前と同じ名字だな。今は1年で3年をも圧倒するほどの凄まじいスキル!そして何よりその容姿!超絶美人の可愛い子さ」
「なるほど、神鏡 由貴......って、それ俺の妹じゃねぇか!」
「え?」
「......いやいや、由貴だろ?俺の妹だよ」
「......え?」
なぜ気づかないんだ......あれか?同じクラスの友達が、実は芸能人の息子だと告白して来たみたいな?
そういう感じなのか?
「黒ロングの大人しい性格、スキルは『吹雪』の」
「う、嘘だろ......?本当に?」
「あぁ、そうだって。というか、驚いたのはこっちだよ。まさか最愛の妹が学園2位だったなんて......」
なんで言ってくれなかったんだ由貴。
自慢するほどのことでも無いってか?
「そ、それで、あと何かご質問は......?」
「頼むから敬語はやめてくれ......別に何ともねぇよ。2位なのは俺じゃなくて俺の妹なわけだしな」
なるほどな。
だからアリシアは、簡単に信じたわけか。
序列2位の由貴が、最強だと豪語した男。
そりゃあ実力が気になるわけだ。
「じゃあ、2位の兄貴であるお前なら、別に3位なんて大したことねぇな」
「ま、まぁな......」
そうだと良いんだが......。