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春に想いて、夏に駆る   作者: なつこだち
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生き地獄の中で、博麗の巫女はもがき苦しむ心地であった。


悪霊の小隊は、勇ましく蹂躙を始めた。


家屋の扉を打ち破り、屋内の人間を引きずり出しては捕虜とした。


抵抗する村人はすぐさま制圧され、意識を失った者も多い。


泣きじゃくる子供の声と、恐怖に歪んだ村人の叫び声が遠くまで響く。


「うぅ…くそぉぉぉ!!!!!」


雄たけびを上げ、自らを奮い立たせて博麗の巫女は立ち上がる。


必ずこの異変を喰いとどめなければ、と。


渾身の力を振り絞り、博麗の巫女は弾き出されたように小隊の下へ飛んで行った。


飛ぶと同時に、お札を前方に幾枚も射出する。


小隊の内、二名にこのお札が命中し、その二名は膝から崩れ落ちて動けなくなった。


「敵襲!!!殺せぇぇぇ!!!!!」


小隊全員が博麗の巫女へ振り向き、鉄砲を構えた。


博麗の巫女はあえて、人里の大通りへ高速で飛びこんだ。


小隊を抜けきって距離を稼ぐと共に、負傷者を人里の外へ運び出すためだ。


その目論見は、見事成功した。


まさかこちらへ飛んでくるとは思わず、小隊全員が怯んだのだ。


その隙に、大通りに倒れこんだ負傷者数名を担いで、長屋の裏へ運んだ。


「すぐ終わらせるから…!」


負傷者に一瞬目を向けたと思うと、すぐさま大通りの方へ再び飛び出した。


悪霊どもの退治も急務だが、博麗の巫女は春子を気にかけた。


大通りへ再び向かい、すぐさま春子を探した。


倒れこむ春子がいた。小さなうめき声を上げており、まだ生きている。


「うぅ…。」


春子は気丈に、なんとか立ち上がろうとしている。


「(まだ助かる…!)」


博麗の巫女が一瞬の安堵したのも束の間、春子のすぐ後ろに一人の亡霊が近づいて来た。


鉄砲を春子に向けたまま歩み寄り、その銃口が春子の後頭部の直上に構えられた。


殺される。


「春子ぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」


博麗の巫女が、命乞いに近い叫び声をあげる。




その瞬間、春子の傍の亡霊が止まった。


その亡霊は数秒硬直した後、春子に背を向けて走り出した。


亡霊が向かう先は、あの悪霊の下である。


博麗の巫女は、状況が呑み込めなかった。しかし、これは好機である。


「春子!」


博麗の巫女はすぐさま春子の下へ駆け寄ろうとする。


「巫女さん!」


春子も博麗の巫女に気付き、なんとか立ち上がった。


すると、先程とは別の亡霊が春子を後ろから蹴り飛ばした。


「きゃぁっ!」


春子は蹴り飛ばされ、大きな音を立てて民家の壁に打ち付けられた。


「お前…っ!」


博麗の巫女は、怒髪天を衝いた。


すぐさまお札を飛ばして、春子を蹴り飛ばした亡霊を消し飛ばそうとした。


すると、お札を飛ばすより先に、銃声がした。


発砲の主は、春子から踵を返した亡霊であった。


その弾丸は、今まさに春子に怪我を負わせた亡霊の頭を撃ち抜いた。


「何なの…?何故?」


博麗の巫女の脳内では、目の前で起こっている事実を不可解なものとしか取れていない。


この惨禍の中で、何が起きている?


「裏切り者ぉッ!」


小隊長、悪霊が怒号を上げながら鉄砲を構え、春子を助けた亡霊を射抜いた。


「ぐぅあッ…!」


亡霊が春子の目の前でうつ伏せに倒れこむ。銃弾は、亡霊の胴体に命中していた。


「くそッ!捕虜など知ったことか!貴様ら全員死ねぇッ!!!」


半ば自棄になった悪霊が、再び博麗の巫女に鉄砲の照準を定める。


鉄砲の引き金に、指が掛かる。


その時。


「はい、そこまで。」


悪霊の真後ろに、小町が立っていた。


大鎌を悪霊の首にかけると、勢いよく鎌を引き、その首もろともへし折りながら地面に頭をたたきつけた。


よく見れば、他の亡霊も全て小町の手によって殲滅された後である。


殺された兵士達は、霧散して跡形もなく消えていった。



そう、異変は解決したのだ。


ほんの少しの間、人里に静寂が広がるが、それもすぐさま子供の泣き声や、負傷者のうめき声でかき消された。


博麗の巫女は、事態の始末の為に奔走しようとするが、まずは春子の下へ向かった。


「春子!怪我は!?」


「巫女さん…ありがとう…ありがとう…。」


春子は、右脚を負傷していたものの、弾丸は掠った程度であった。


「春…子…。」


絞り切った声が聞こえる。


春子の傍で撃たれた亡霊の声だった。


亡霊が突如、ガバッと春子にむかって両腕を伸ばす。


「危ないっ!」


博麗の巫女が叫ぶ。


しかし、亡霊は春子を殺さなかった。


怪我もさせていない。抱きしめているだ。


「その手紙…ずっと持ってたんだな。」


春子が握りしめるボロボロの手紙を、亡霊が春子の手の上から被せるように握った。


「もうすっかり大きくなったな…おまえが小さい頃にこうして抱きしめてあげたかった。」


泣きじゃくっている。亡霊の涙が、温かい涙が春子の肩に落ちる。


「まさか…まさか…。」


春子は言葉に詰まった。春子も同じく涙を浮かべ、その目は赤くなっている。


「お前の名前は、俺が決めたんだ。この手紙に、生まれてくるお前の名前を書いていたんだよ…あぁ、春子…。」


「大きくなっていても分かる。お前は俺の娘だ。」


「…っ!あぁ…っ!」


春子は、この亡霊に向けて話したいことが沢山あった。


それでも、今は言葉を紡ぐことが出来ない。


春子は大声で泣きながら、その亡霊を抱きしめて顔をうずめた。


「…そういうことね。」


博麗の巫女は理解した。


彼女はすぐにその場を離れ、負傷した村人たちの手当てに取り掛かる。



あの二人の間を、誰が邪魔できようか。


亡き父の追慕を絶やさなかった春子は、父の愛慕を確かにその腕から感じ取っていた。


だが、別れの時は来る。


亡霊はゆっくりと崩れ落ち、その身体は霧散して消えてしまった。


哀しくなるほど優しい月明かりが、惨劇の後の人里を照らす。


春子は、満ち足りていた。


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