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春に想いて、夏に駆る   作者: なつこだち
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千載一遇の好機だった。小町は今にも姿を現したいが堪える。


「南だよ!急ぎな!」


小町が急かす。


「ごめん!ここで待ってて!」


博麗の巫女は春子にそう言い残すと、手紙を受取ろうとした手を引っ込めた。


すると、博麗の巫女はすぐさま浮遊したかと思うと、凄まじい速度で神社近くの雑木林へ入っていった。


その際、予想外の事が起きた。


瞬発的に飛んで行った折に発生した突風で、手紙が吹き飛ばされたのだ。


手紙は人里の方角へ飛んでいってしまった。。


「あっ…!」


春子はその手紙を追いかけるため、人里へ向かってしまった。




博麗の巫女は、上手く枝葉を避けながら、雑木林の中を高速で飛び回る。


陽はもうじき落ちるだろうという頃、少し仄暗い。


昼下がりに輝かしく見えた深緑の葉は、重く垂れ下がる帳の様にも思えてしまう。


足元もおぼつかない。


「(どこだ!?どこだ!?)」


博麗の巫女の目線は鋭さを増していく。一瞬も気を緩められない。


すぐ後ろから、小町が草陰に身を隠しながら博麗の巫女の後を追う。


小町の移動は、なんとも奇妙なものだった。


小野塚小町は、「距離を操る程度の能力」を有する。


小町が草陰からそろりと一歩を踏み出すと、いつの間にか十尺ほど先の草陰に進んでいる。


瞬間移動、というよりも縮地といったところだろうか。


「南西の方角、距離三十尺!結界を張りな!」


小町がここだ、とばかりに声を張る。


博麗の巫女がそれに応える。


手元に八枚のお札を構える。


指定された方角へ、そのお札が一直線に飛ばされた。


四枚は地面へ、残る四枚は木々の幹や枝に貼られた。


全てのお札を線で結ぶと、ちょうど立方体のようになっている。


「ぐぁっ!?」


どんっ、という鈍い音と共に、何かがぶつかる音がした。


お札が構築した立方体の結界の中に、何者かがいる。


先程の鈍い音は、その者が結界の障壁にぶつかった音だった。


「捕らえた!」


博麗の巫女が歓喜の声を上げる。


それを聞いた小町も、すぐさま博麗の巫女の横に現れる。


「やったね!さすがは博麗の巫女だよ!…そうそう、こいつだ。間違いない。」


二人の目の前に張られた結界の中に、一人の男が居る。


正しくは、男の亡霊なのだが。


風貌は酷く汚らしい。髪は脂でぎっとりとしており、大量のふけが目立つ。


肌は土のように黒く、その目は手負いの獣のように鋭い。


生き残るためなら何だってする。生命力を感じる力強い目だった。


その男の服装は、幻想郷では見かけないものだった。


頭には鉄製の半球状の被り物をしている。


着衣の色はくすんだ緑色、所々土と血で汚れている。


肩から水筒を下げて、上衣の前面はボタン留めである。


足はふくらはぎから足首にかけて何か布状の者で巻かれており、革製の靴を履いている。


どれも、人里の男性が身に付けている袴や甚平とは似ても似つかないものだった。


とびっきり異質だったのは、その手に携えているものだ。


長さがある。鉄と木材を組み合わせて作られた、よく見ると筒状の物だ。


その筒状の物の上部には、鉄製の取っ手のようなものもある。


二人が初めて目にする物であった。鉄砲である。


「よし、早く連れて帰っちゃいなさいよ。あんた。」


「幕切れはあっさりしたもんだね…でも助かったよ。ありがとさん。」


小町はため息をついた。安堵のため息だ。


これで帰れる。まぁ、帰っても四季映姫の説教が待っているだろうが、それすら今の小町には懐かしい。


小町が亡霊に近づく。その時。


「来るなぁッ!」


亡霊が大声をあげて、鉄砲を小町に構える。


そして、発砲した。鳴り響く轟音に、博麗の巫女は驚きつつ、恐怖を感じた。


放たれた弾丸は、小町のすぐ脇腹を掠った。


「あぁっ!?」


小町がその場に倒れこむ。


「死神っ!?」


「動くなっ!」


博麗の巫女が小町に近づこうとした瞬間、鉄砲は博麗の巫女に向けられた。


「はやくこの珍妙な檻から出せっ!敵兵め!!!」


こいつだ…こいつが、「悪霊」だ。博麗の巫女は確信した。 


唾を飛ばしながら、悪霊の慟哭が博麗の巫女の耳に刺さる。


「……っ」


博麗の巫女は恐怖で言葉に詰まった。下手なことを言えば、即座に攻撃されるだろうと悟った。


博麗の巫女の目線が、お札へ向く。


悪霊はそれを見逃さなかった。


すぐさま鉄砲は一枚のお札へ向けられ、再び発砲された。


嫌に大きな音の、本能的に恐怖を呼び起こす爆音だ。


お札が見事に射抜かれ、結界が解けてしまう。


悪霊は恐る恐る結界の外に足を運んだ。何も起こらない。


ゆっくりと亡霊は後ろへ進みだした。鉄砲は博麗の巫女に向けられたまま。


悪霊は博麗の巫女に問いかける。


「あれは貴様の拠点か?」


博麗の巫女は言葉の意味が分からなかった。しばらく黙り込んでしまった。


「答えんか敵兵ごときがぁっ!」


悪霊は博麗の巫女に恐ろしい見幕で近寄り、鉄砲の銃床で巫女の腹を突いた。


「あっ!?」


鈍く重い痛みが博麗の巫女の腹部を襲う。とても立っていられなかった。


「拠点の仲間を庇おうとしても無駄だ!あれが拠点だな!」


地面に倒れながら、悪霊の遠く背後に目線を移す。


博麗の巫女の、全身が血の気が凍った。


人里だ。すぐそこに人里がある。


悪霊を探すことに集中していたせいで、人里のすぐ近くまで来ていることに気が付かなかった。


最悪の事態だ。人里が…襲われる。


「…もういい。」


悪霊はすぐ後ろを振り返ると、まっすぐ人里へ走りだした。


「(…そんな!)」


このままでは、人里の多くの人間が犠牲になってしまう。


悪霊は、そこから更なる悪夢を見せる。


「全体!構えぇ!!!」


悪霊が勢いよく右腕を頭上に掲げ、叫びにも似た号令を上げる。


すると、信じられない光景が眼前に広がった。


悪霊の周りから、同じような風体の亡霊が地面から湧いてくるように出現したのだ。


およそその数、十名。


突然現れた十名の亡霊は、悪霊の前に規律良く横に一列で並んだ。


そして、皆一斉に鉄砲を前方へ構え、ボルトを引いた。


「撃てぇッ!!!!!」


人里の長屋や大通りへ向けて、一糸乱れぬ小隊は一斉射撃を行った。


「きゃあああああああっ!!!!」


人里から悲鳴が聞こえる。


長屋の中に居た者は外へ出て一目散に逃げだした。


不幸にも…大通りにいた村人の中に、被弾した者がいた。


負傷した村人は頭から倒れ、ピクリと動いた後で静かになった。


「やめろぉぉぉ!!!!!!」


博麗の巫女が泣きながら、懇願するように叫ぶ。


博麗の巫女の眼前に映ったものは、おぞましい小隊員の背中と、損傷した家屋、大通りに数名倒れこむ負傷者。


地獄絵図であった。


その狂乱の中、博麗の巫女は見かけたことのある人影を見つける。


「嘘…、そんな…。」


真っ赤な血飛沫で汚れた、ボロボロの手紙を握りしめたまま大通りに倒れこむ村娘。




春子であった。


陽はとっぷりと、暮れていた。

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