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春に想いて、夏に駆る   作者: なつこだち
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「死神?なんでここに?」


博麗の巫女は困惑しながら訊ねた。


死神は本来、黄泉の国において死者の魂を管理する者である。


よって、人間界に存在しないはずであり、ましてや死神が自ら生者と相見える事など無い。


よっぽどの異常事態…異変か。


博麗の巫女の脳裏に過った。それは確信に近い。


「亡霊がね、こちらの世界に溢れちまったのさ。」


死神…小野塚小町は眼を閉じた。かと思えば俯いてうなじを左手で掻きながら、大きく胡坐をかいて座り込んでしまった。


「最近、季節外れの花たちがやたらと咲いているだろう?


あれは、溢れた亡霊が草木に宿って、花を咲かせているだけなのさ。


周期的におきるもんでね、こういうのは。普段なら事もなく収まるもんなんだけど。」


小町はばつが悪そうな表情を浮かべている。眉間に皺が寄る。


「今回は別。亡霊が危害を加える悪霊になった…ってとこでしょ?」


博麗の巫女がすかさず口を挟む。


「その通り!いやぁ、博麗の巫女は聡明なもんだねぇ。」


天井を仰いでカラッと笑い、胡坐を解いて足を前に伸ばし、両手を背に回して畳に付けた。


小町が随分ゆったりとするものなので、博麗の巫女も警戒することがなんだか馬鹿らしくなり、素直に着座した。


「んで、ここに来たってことは、あんたはこの始末を付ける算段があるってことでしょ?」


「…本当に物分かりがいいね、お前さん。」


小町は少し背筋を冷やした。見透かされているような心地がしたからだ。


「そう。そんで、悪さをしている奴は大体の想定が付く。逃げ出した奴がいるんだ。」


小町の声色が変わった。ここからは、おどける様を見せても仕方ないと判断したのだ。真剣である。


小町はそのだらけきった体勢を正し、改めて博麗の巫女と向き合う。


「で、どんな阿呆共で、どれぐらいいるの?」


「兵士のような男、見てくれはそんな感じさ。」


「多いわね…おまけに暴漢どもか。」


「ただ、あたいが知ってる限り逃げ出したのは一人なんだ。どうやら生前は兵隊のお偉いさんのようだったけどね。」


「要は、そいつを見つけ出して退治すれば万事解決ね。」


「そうさ。でも、ここからが本題。手伝ってほしい事さ。」


突然、小町は博麗の巫女の顔を指さす。


「しばらく、あんたと一緒に生活するよ。」


「は?」


当然、拒絶を孕んだ困惑で博麗の巫女の目つきが鋭くなる。


突然上がり込んできた死神に、寝食共にさせてくれと言われたのだ。そりゃ縁起でもない。


大体の人間は嫌がる。


「だからこそ今日はあくまで、あたいは頼みに来たんだ。


奴が近くに来たら、あたいが気配を感じ取ることが出来る。


でも、それはごく近距離…そうさね、奴がこちらに百尺ほどの所にいたら分かるのさ。


ただし、向こうにはあたいの顔は割れてるし、姿を見られたら警戒されるだろう。


そこで、あたいは普段はお前さんの近くにはいるが、姿は消しておく。


そして、奴が近づいて来たらあたいがあんたに耳打ちするから、お前さんは奴を拘束してくれ。


退治してくれても構わない。難しいなら、最後はあたいが奴を黄泉へと連れていく。お願い出来ないかい?」


「えぇ…」


博麗の巫女は、全てを拒否する訳でもなかった。


なにしろ、幻想郷は広く、鬱蒼とした森が茂っている場所がほとんどだ。


そんな中で、ただ一人を探す事は不可能に近い。


この死神が提案している内容は、この異変を解決する最善策かもしれないと思っていた。


「どうだい?悪い話じゃないだろう?」


何故この死神はしたり顔なのだ。


博麗の巫女は少し黙った後、


「仕方ないわね。でもご飯はあげないわよ。それでもいい?」と、吐き捨てるように答えた。


「辛辣だねぇ~、まぁいいさ。」


小町は苦笑いしながら、承諾を得たことに安心していた。


「(早く解決しないと、映姫様にまた叱られるからね…。)」


実は、今回の騒動の発端は、小町の油断にある。




小町は普段、三途の川を渡る小舟の船頭をしている。


死神の中でも優秀な者であり、特に人に対する観察眼は格別である。


しかし、仕事に対しては勤勉ではなく、隙を見ては職務をさぼって寝てしまう。


およそ二週間ほど前、小町はいつも通り亡者を三途の川の対岸まで運ぼうとしていた。


お盆前も相まって、三途の川のみならず、現世と黄泉の国の境目は亡者の霊で混みあっていた。


こうなったら、死神はテキパキと仕事をこなしていかなければならない。


だが、対岸まで渡る前に、亡者との歓談が盛り上がってしまったのだ。


陽気な上、さぼり癖のあった性格の小町は寄席をするかのようにベラベラと喋っていた。


そして、話が落ち着き、いよいよ対岸へ渡ろうと船に予定の人数を乗せようとした時、小町は気付いた。


一人足りない。


小町が慌てて辺りを見渡すと、遠くに逃げ出すような人影が見える。


小町は追おうとしたものの、あまりの数の亡者に道を阻まれ、進むことも出来なかった。


放っておいても、他の死神がなんとかするだろうとその日は気にも留めなかった。


だが後日、地獄の閻魔大王、四季映姫・ヤマザナドゥに悪い報せが入る。


亡者が幻想郷にて、人々に危害を加えているというのである。


他の死神の告げ口により、原因は小町にあることがすぐさま判明する。


四季映姫は小町に責任を取らせるべく、特例として小町を幻想郷へ派遣した。


この事件を解決するまでは、冥界へ帰ってはいけないという条件と共に。




さて、こうして一週間経ったが、異変は解決していない。


姿を隠して何もしないと言っていた小町は、博麗の巫女から毎食きっちり頂いている。


満足に食えない飯を、さらに分け与えている博麗の巫女はおよそ限界に近かった。


極限の状態の下で、炎天下に晒される状況を紛らわせる為に縁側で涼んでいたところ、春子が来た。


謝礼を払うというのだから、博麗の巫女としてはすぐさま飛びついて、解決してあげたいところではある。


しかし、手がかりが少ない上に、外の世界の事情も含まれている。


「実はね、私は今別件も抱えているのよ。時間がかかると思うけど、大丈夫?」


「はい、お盆を過ぎたとしても構いません。」


「それなら、私も精一杯やらせてもらうわ。」


博麗の巫女が立ち上がって春子の近くへ寄る。


「さっそく、その手がかり、手紙を預かってもいいかしら?」


「はい。お願い致します。」


博麗の巫女が手を伸ばそうとした瞬間、姿を隠していた小町が声を放つ。


「そんな暇ないよ!」


語気が強い。その声に春子も再び驚いた。


春子が小町の姿を目にする。その大鎌を見て、春子はすっかり怯えて震えている。


「大丈夫よ、春子。落ち着いて。後で訳を話すから…


何で止めるの?小町?」


小町が神社の陰に隠れながら声を抑えて、改めて博麗の巫女にこう言った。




「奴がすぐそこにいる。」

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