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春に想いて、夏に駆る   作者: なつこだち
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時は春子と博麗の巫女が出会った日から、一週間ほど遡る。


「うちの主人が帰って来ないの!」


村のふくよかな女性が博麗神社に駆け込んできた。


なんでも、その女性の旦那が山へ薪割りへ出かけてからというもの、一日経っても帰って来ないという。


その旦那は、酷い形相で山中にて息絶えていた。


何か恐ろしいものをみたような、とても怯えた顔だった。


これが獣に襲われた事が死因なら博麗の巫女の出番ではないが、事情は違った。


その死体の胸に、見たこともない奇妙な傷があったのだ。


刀で突かれたにしては傷口は小さく、円形のようだった。


また、同様の傷を負った村人が負傷者と死者を含め、十日ほど前から各地で発生していた。


これは人でも、ましてや獣の業でもないと思ったふくよかな女性は、藁にも縋る思いで博麗神社へ駆け込んだのだ。


事情を承知した博麗の巫女は早速、身支度を始める。


とはいえ、大幣を持ってくるだけであるが。


博麗の巫女の髪は、とても美麗とは言えぬほどボサボサで、特に手入れをしているようには見えない。


まして、普段からあまり人相の良い表情を示さないので、見てくれの悪さに拍車がかかる。


その上、長らく満腹になるまで食事を取っていないので、その身体は傍から見て心配になるほど細い。


それでも、彼女を見た目に不快感を得ないのは、彼女が元より顔立ちが整っている少女であるからであろう。


博麗の巫女は、箪笥からがさつにしまっておいた大幣を取り出すと、気乗りしない様子で現場へ向かった。


このように到底、彼女は巫女の手本となるべき姿ではない。


彼女は「空を飛ぶ程度の能力」を用いて、ふわっと浮き上がったと思えば、現場へ一目散に飛んで行った。


「先に調べておくから、あんたは後で追い付きなさい!」


威勢よく悠然と向かってはいるが、さっさとこの頼み事を始末して、とっとと帰りたいのが本心である。


太陽が強く照り付ける、昼下がりであった。




幻想郷は広い。


その実、人が住んでいる領域、人里と呼ばれる場所はかなり狭い。


幻想郷における土地の大部分は森や山などの未開拓の自然である。


道路はもちろん、轍すらも見つける事に苦労するほどである。


何物も踏み入れていない自然は、厳かにその美しさを人々に見せつけている。


青く、背の低い草が地面にどこまでも続き、ビー玉のように小さな虫たちが所々見られる。


樹々はまさに堅牢。歪な幹を有する樹も多いが、それはやわな様相を見せていない。


枝葉は何物にも邪魔をされていないかのように広く、高く伸びている。


美しい深緑が蒼い空に被る。葉身が太陽に透けて若緑にも見える。木漏れ日も心地良い。


遠くの景色には、勇ましさすら思わせるような隆々とした峰々が連なる。


その山肌に、かなり大きな滝も見える。


勢いよく落ていく大量の川水は、薄幕のような水しぶきを上げる。滝の前に小さな虹が見える。


景観として見えている滝の水は、確かにこの地を流れ、足元近くの川にさらさらと流れている。


花鳥風月。自然が織りなす、優美な日本の原風景であろう。


その自然に、八百万の妖怪、はたまた神々までもが住み着いている。


時に妖怪は森を蹂躙し、妖精は湖のほとりを遊ぶように浮遊する。


これらが、時に厄災を振るう。


「(私の役目は、その厄災による異変を止める事。)」


そんな事を考えながら、うんざりするほど見慣れた大自然を、空高くから呑気に見下ろす者がいた。


博麗の巫女、彼女は責務を思い起こさせる景色を見ては、時に気落ちする。


ただ、空を飛んでいると、博麗の巫女はもう一つ奇妙な現象を目にする。


「桜と金木犀が咲いている?」


森の所々に、向日葵だけではなく、季節外れの花も咲いているのだ。


それも、局地的だが大量に咲き乱れている箇所もある。


その他に梅、藤の花、鶏頭、どれを見ても真夏に咲く花ではない。


博麗の巫女は訝し気に思いながらも、今は遺体の下へ急がねばならない。




しばらくゆったり飛んでいると、現場と思われる場所が見えてきた。


現場にはわずかに人だかりが出来ている。


人だかりが青空に浮いている博麗の巫女を見つけると、「おぉーい!」と大声を出して手を振った。


その声に反応した博麗の巫女は、現場へ急降下したと思えば、着地はふわっと絹のように滑らかな所作と共に降り立った。


「仏さんはどちら?」


さすがに遺体を前に気だるそうな面持ちをするわけにはいかないので、博麗の巫女は目つきをキリっと尖らせた。


集まっていた人だかりの内の一人が、それに応じて遺体へ案内する。


その遺体を見た博麗の巫女は、一つ心当たりがあるように俯いて考え込んだ。


「(弾幕かしら・・・?)」


幻想郷において度々、妖怪は他者を攻撃する際に、眩い光彩を放つ円形状の弾丸を射出して攻撃する。


妖怪によって弾丸の形状は様々だが、これを弾幕状に放出し、戦闘が行われて決着となる。


この遺体の創傷は、そうした弾幕の小さな流れ弾が当たったようにも見受けられた。


「他にも負傷者がいると言ったわよね?」


「あぁ、死んじまった奴もいるが、今まで七人ぐらいやられてる…。」


「今すぐ案内してもらうわよ。」


博麗の巫女は急いで他の負傷者の元へ向かったが、今度は空は飛ばず、村人に質問しながら移動した。


質問していくうちに、二つの共通点を見つけた。


どの負傷者も、夕方以降に出掛けて行った者達である事。


どの負傷者も、頭に珍妙な被り物をしており、身体が霞んでいるような人影を見たという事。


どの負傷者も、長物のような物を持っている人影を見たと証言している事。


しかし、これだけでは解明の糸口とはならない。


博麗の巫女に、やる気が湧いた。


早く解決しなければ帰ることが出来ないのに、現時点では何もさっぱりわからない。


俄然、博麗の巫女の歩みが早まる。


そうしているうちに、思ったよりも早く村へ辿り着いた。


陽が傾き始める頃であった。




村の大方の人間は慌ただしく動いている。


木造の長屋が軒を連ねており、その壁は元々真っ白い漆喰だったが、経年劣化により黄ばんでいる。


夕陽が差してきた頃なので、藁ぶき屋根が赤く染まり始める。


大通りには元気に走り回るボロを着た子供から、ハツラツした露店の商売人、井戸端会議を楽しむ奥様方で賑わっている。


湿った草木と、晩飯の支度の香りがする風が、夕暮れの大通りを吹き通る。


博麗の巫女は、その大通りを歩くことを少し嫌に思っていた。


「博麗の巫女だ…」「妖怪が出たのかしら…」「やめてくれよ…こんな時期に…」


博麗の巫女が村に訪れる時は、大方決まって異変が起きた時である。


それ故に、黒猫が通ったように、不吉の象徴のような扱いを受ける。


「(そんな扱いにもなるわよね。)」と、彼女自身も少し納得してはいるが、気分の良いものではない。


ので、いつも村人と博麗の巫女の間には、一定の距離感があった。


博麗の巫女の歩みが早まる。


一刻も早く負傷者たちを観察した後、この場から抜け出したかった。


博麗の巫女は次々と負傷者達の下へ向かい、手際よく傷跡を観察した。


次第に負傷者達を観察していると、もう一つ共通点を見つけた。


創傷が火傷のようになっているようだったのだ。


弾幕の流れ弾に当たったとしても、火傷を負う事は博麗の巫女自身も未だかつて無かった。


「(弾幕じゃない…?じゃあ一体この傷は何で出来たの…?)」


博麗の巫女はもう一度、俯いて考え込んでしまった。


しかし、頭の中で何も答えに繋がらない。


「悪いけど、今はまだ何もわからないわ。また日を改めさせて頂戴。悪いわね。」


少し申し訳なさそうな眼を人里人に向けると、ゆっくりと博麗神社へ向かって博麗の巫女は飛んで行った。


疲れてへとへとになった博麗の巫女は、帰るとすぐさま横になった。


陽はもうすっかり落ちていた。


虫の音は大人しく鳴り響き、月明かりが優しく神社を照らしていた。



「まったく、何だってのよ…。」


面倒なことになった。内心そう思っていた。


これを解決しない限り、第二第三の犠牲者が出るだろう。


畳の間の上で横になりながら、必死に解決策と心当たりを模索したが、やはりさっぱり思い付かない。


「うあぁ~っ!」


大きめの声を出しながら大きく体を捻り、仰向けになって寝ころび直した。


「一体どこのどいつよ、変な被り物の不審者って…。」


ポツリと神社の天井へ呟いた。


「いやぁ~、ほんと参っちまうよねぇ~。」


突然誰かの声がした。


博麗の巫女の全身に力が入る。


身体に電気が走ったような警戒心と共に、機敏にお札を構えて飛び上がる。


「誰っ!?」


目つきが変わった。鬼のような形相で部屋の辺りを見渡す。


しかし、何も見当たらない。


「悪いけど、あんたにも少し手伝ってほしいんだ。」


その声が、博麗の巫女のすぐ後ろで聞こえる。


即座に博麗の巫女はお札を真後ろへ放った。だが、手応えはない。


「落ち着いておくれよ。あんたにケガはさせないさ。」


その声の主が、博麗の巫女のすぐ左隣に立っていた。


女性だ。背丈がある。およそ180cm程だろうか。


赤みがかかった髪を両側に束ね、その顔は余裕の表情に満ちていた。


一見すると能天気そうな目つきをしているが、その目の奥を見ても深淵のように感じられるばかりで、彼女の心象を何も汲み取らせてくれない。


唐の国で見られるような紺に近い色の衣服を纏い、腰には日本の古い通貨、寛永通宝を模したような飾りを付けている。


立ち姿はお気楽そうに片足の踵を上げ、身体を半身捻って博麗の巫女の巫女を見ているが、すぐ攻撃を当てられるような隙は見せていない。


何より目に付くのは、片手に持っている大きな鎌である。


先端付近が波打った刃をしており、禍々しい雰囲気を放っている。


「どうやってここに入ったの。見た感じ人間じゃないわね。」


「ははっ、そうさね。当たりだよ。あんたはあたいが何だと思う?」


「そんな事どうでもいいわ。狙いは何?」


「まぁまぁ!少し落ち着いて。まずは自己紹介でもさせてくれよ。」


博麗の巫女は少し構えたままだが、その大柄な女性と巫女は対面で向き合った。


女性が言う。


「あたいは小野塚小町。死神さ。」

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