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春に想いて、夏に駆る   作者: なつこだち
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アップロードし直しました。

「私の父は、私が生まれた事を知っていたのでしょうか?」


真夏の陽の下、ある村娘が朧げな表情で問いかけた。


村娘、名を春子はるこという。


その村娘は、その不安げな表情とは裏腹に、その目線はどっしりと腹を据えたように目の前の相手を真っすぐに見ていた。


春子の眼差しは、巫女をひたすらに捉えている。


二人のいる場所は、いかにも年季の入った神社だ。漆黒の瓦が眩しく輝く陽に照らされている。だが、その瓦は所々剥がれている。


神社にいくつか見受けられる太く高い柱が、黒ずむほどに茶けていて歴史を感じさせる。


そして、割れたり欠けたりしてしまっている縁側に、その巫女は座っている。


その巫女、博麗神社に使える者であり、村人たちからは「博麗の巫女」と親しみと、一定の距離間を込めて呼ばれていた。


「少なくとも、私は知らないわよ。」


博麗の巫女はぶっきらぼうに答える。


しかし、そう答えつつも彼女は無下にするつもりも無かった。


なんでも、春子はこの質問の答えをどうしても明かしたいようだ。


おまけに、真実解明の暁にはたっぷりと謝礼を払うらしい。


長らくお賽銭もろくに入らぬ博麗神社にとって、お悩み解決をするだけで収入が入るおいしい話だった。


ただ、大きな障壁がある。


「あなたのお父さん、もう亡くなってるんでしょ?」


身も蓋も無いことを、改めて博麗の巫女は春子に問い直す。


「はい…」


そう、真実を知る者は、もう既にこの世にはいない。


加えて、春子の父は、外の世界で逝去していた。




話はほんの少し前になる。


舞台は幻想郷、季節はもうすぐ盆が来るという頃。


幻想郷の村人達が各々の先祖を迎え入れる為に、準備で手を焼いていた。


迎え火の為の薪を調達する者から、僧侶の手配などを進める者まで、人々が慌ただしく往来を急ぎ足で歩む。


村人の往復で少し荒れた大通りの砂利道は、ほんのりと陽炎を立ち上げる。


少し顔を上げれば、目を突き刺す程に鮮やかな万緑が山肌に茂り、空は上物の陶器のような深い蒼色に染まっている。


見渡す限りの青空には、まったく夏らしい重たくぼてっとしたような積乱雲が遠くに見える。後に一雨降りそうなほどだ。


その晴れ晴れしいお盆前、博麗の巫女の表情は曇っていた。


涼を取り、体を休める為に博麗神社の縁側でぼぉっとしていた時、春子がやってきた。


なんでも、彼女はちょうど昨年頃に幻想郷にやってきたらしい。


顔立ちは少し幼さを残しながら、しっかりと独り立ちした頼もしさを感じる様子を醸し出している。


歳は今年で十五になる。


肩まで伸びる黒髪は少しぼさっとしているようだが、髪を後ろに結ってちゃんと身だしなみを整えている。


わずかに痩せていて、その手には赤切れがしばしば見受けられた。一心に仕事をしている子である事が窺える。


ふっくらとした巾着を携えてやってきた彼女は、「こんにちは」と、深くお辞儀をして博麗の巫女に挨拶をした。


「あんた誰?」


博麗の巫女は少し不機嫌である。もっとも、いつもこんな感じなのだが。


このように出会った春子は、軽い自己紹介を終えた後、頼みごとの詳細を伝えた。




春子は、以下のように語る。


「私は、とにかくこの土地に来てからというもの、暮らしていけるように頑張っていました。


幸い、今はある甘味処の亭主さんの下で厄介になっております。


しかし、昨年はそのように余裕なんてものは無かったので、両親の事など頭に無かったのです。


けど、今年のお盆こそは、両親に手を合わせなければと思ったんです。


私の母は、私が十二歳の頃に他界しました。


母が健在だった時、大切に保管していた手紙があったんです。


それはもう、酷くボロボロになっていました。


端々は千切れ、紙は茶けており、文字はもはや読めないほどに黒く滲んでいるのみで…。


そんなボロボロの手紙を、母は病床に伏してからも、愛おしそうに眺めていたんで、不思議に思ってたんです。


私が母に何故そこまで大切にしているのかと尋ねたところ、


『これはね、お父さんが戦地から送ってくれた最後の手紙よ。』と言っていました。


父は、私が生まれる前に戦地へ赴き、その戦地で殉職しました。


母が他界した後、私もその手紙を大切に持ってきました。


これは、父の形見なんです。


でも、母の死後、辺鄙な村の周りに私以外誰もいなくて、私は独りで飢えていました。


母の命日から約一年後、ある日の朝に目を覚ますと、見知らぬ場所に寝ころんでいました。


最初は訳が分かりませんでした。


幻想郷…この世の皆から忘れ去られた者がやってくる土地という事を私が知ったのは、つい先月ほどのことです。


そうなったら、私はますます父の事が気がかりになったんです。


父は、無事に私が生まれたことを知っていたんでしょうか?


私が父を想う前に、父は私を想っていてくれたんでしょうか?


居ても立っても居られなくなって、悩みをお世話になってる甘味処の亭主に打ち明けたところ、


『とりあえず、博麗の巫女に尋ねてみればなんとかなるかも知れん。』と、言ってくれました。


手がかりはこれだけですが、なんとかお願いできないでしょうか?」


博麗の巫女は、頭を抱えた。


「うーん、思ったより手がかりが少ないわね…」


「でも、どうしても知りたいんです。降霊などは出来ないんでしょうか?」


「そんなの私は無理よ。外の世界の人間ならなおさら難しいわね。」


博麗の巫女は眉をしかめて、後頭部を右手でポリポリと掻いた。


「それに、今はあまり時間を割けないのよ。」


「そうそう。あたいらは今忙しいのさ~。」


博麗の巫女の後ろで、また別の女性の声がした。


春子は驚いた顔で、博麗の巫女の後ろを見る。だが、姿は見当たらない。


実は、以前から幻想郷に異変が起こっていたのだ。


村人たちが、悪霊に襲われているという報告が後を絶たないのである。


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