街が好き?
「ナミホ」
いつもの朝、岸辺にたたずむナミホに僕は声をかけた。
久しぶりだった。コトネと会わせた日いらいだから、十日ぶりぐらいかな。
最近、ぼくは人間にならないで、木の上からバイクで去って行くナミホを見送っていた。
ぼくは、毎朝ナミホをあいつに取られる自分が情けなくなった。きっと、その姿はナミホやあいつから見たらみじめに見えるんだろうな。
それで、もう朝は人間の姿でナミホに会わないようしていた。
だけど、今朝はいつまで待ってもあいつがやって来ないので、声をかけたのだった。
「おはよう。久しぶりだね」
ぼくはちょっと恥ずかしかった。久しぶりに会ったというのもあるけれど、ナミホが大人っぽく落ち着いた女の子に見えたから。
「おはよう。そうね、久しぶりね」
ナミホは笑って砂浜に腰を下ろした。
「今日はバイクの人は来ないの?」
ぼくは突っ立たままで聞いた。
「そう、今日はお休み」
ナミホは前を向いたまま言った。風にふかれたナミホの長い黒髪が涼しげにゆれている。
ぼくはナミホの横に座った。
「あの子は一緒じゃないのね」
ナミホは少し意地悪そうに(そう見えただけかも)きいた。
「うん、一人で向こうの島に行っているよ」
ぼくは砂浜に手をうずめて言った。
「ルリハは行かないの?」
「うん。コトネは街が楽しいって言うけど、ぼくは街はあまり好きじゃないんだ。人混みはくたびれるし、人間の姿で長い時間歩くのも疲れるし」
「そう」
ナミホは素っ気なく言った。
「ナミホも街が好き?」
ぼくは端のかけた貝殻を海に放り投げた。
「べつに好きじゃないわ」
「じゃ、あいつのことが好きだから、街に行くの?」
ぼくはナミホの青白い横顔がどう変わるのか注意して見た。
「あの人のことは好きよ。いろんなおもしろい話しをしてくれるし、あたしのことをかわいいって言ってくれるもの」
ナミホは本当に楽しそうに笑って言った。
あいつのことが大好きなんだ。ぼくなんかよりも。ぼくは悲しい気分になってうつむく。
波の音が大きくきこえる。ぼくたちはしばらく黙って海を見ていた。
向こうの島へ行ったきりのコトネも、ぼくよりも好きな人を見つけたのかもしれない。それでこっちに帰ってこないのかも。ぼくはそんなことを考えていた。
「ルリハはあの子があっちの島で何をしているか知っているの?」
「えっ」
どきっとした。ナミホはまるでぼくの心を読んだようにきくから。
「コトネっていったわね。あの子悪い男にだまされて、その男にお金を貢いでるって、たけしさんが言ってたわ」
「それどういうこと? 悪い男って? たけしさんってバイクの人?」
ぼくは早口で言った。
「そうよ、あの人たけしさんていうの。貢いでるってお金なんかをあげることらしいわ。あの子ナイトクラブで働いているって、そうも言ってた」
「ナイトクラブ・・」
ぼくはその後の言葉がでてこなかった。まさかコトネがあっちの島でそんなことをしているなんて。
ぼくは黙ってナミホの顔を見つめた。ナミホが何か言ってくれると思った。でもナミホはそれ以上何も言わないで、前を向いてしまった。