働く?
朝、ナミホが砂浜でたたずんでいる。ぼくは木に止まってその様子を見ていた。
最初は、いつものようにあいつを待っているんだと思っていたけれど、そうでもなさそうだ。
だって、あいつを待っているのなら、道路の方ばかり見ているはずだ。いつもそうしているから。それなのに今朝のナミホは海ばかり見て、バイクが来るのを気にするそぶりもない。
多分今日、あいつは来ないんだ。
人間になってナミホのところに行こうか。
それなら・・・。
ぼくはその場を立ち去った。
しばらくして、人間の姿になったぼくとコトネは手をつないで、砂浜を歩いていた。
少し向こうに半分体を水に浸した、ナミホが見える。
ぼくはどきどきしていた。コトネと手をつないで歩いているぼくたちを、ナミホが見たらどう思うだろう。
やきもちを焼いてくれるだろうか。べつに何とも思わないのだろうか。
あいつとのやり取りを見せつけられているぼくの気持ちを、少しは分かってくれるだろうか。
ナミホに近づいていく。
コトネはナミホに気付くと、急に無口になった。それでも、歩くのを止めずにいる。
ナミホはぼくたちに気付いて、水の中からこちらを見た。そして、水から上がって、ぼくたちを待つように、こっちを向いて立った。
ぼくのどきどきは激しくなった。
ナミホ、怒ったりしないよなあ。ぼくたちを食べたりしないよなあ。
ぼくは自分の腕を見た。大丈夫、人間の腕だ。コトネを見る。大丈夫、コトネもかわいい女の子の人間の姿だ。
ぼくたちはナミホのそばまで行った。
「おはよう」
とぼく。
「おはよう」
ナミホはいつもと変わりなく、表情を顔に出さないで言った。でも、すかさず、
「だれ? その子」
とコトネの方をちらりと見て言った。
「コトネって言うんだ」
コトネは、はっとしたようにぼくの背中に隠れた。ぼくの腕をにぎりしめる手がぶるぶる震えている。ナミホがへびだってことを知っているから怖いんだ。
「ふーん」
ナミホはそう言って、ぼくの後ろに隠れているコトネをのぞきこんだ。面白がっているのがわかる。
コトネはきゃっと本当に小さな声をあげて、元来た道を走って戻って行った。
ナミホは逃げて行くコトネを見て、クスクスと笑った。
「どうしちゃったのかしら」
ぼくは少しむっとして、
「意地悪だな」
と言った。でも、ちょっとはやきもちを焼いてくれたのだろうか。
「あら、どうして?」
ナミホは悪びれることなく言った。
ぼくは何も答えず、コトネの後を追った。
「ねえ、あたしピザを食べてみたい」
地面で雑草の種子をついばんでいるぼくの横でコトネが言った。
「ピザ?」
ぼくは驚いて顔を上げた。
「そう、ピザよ」
コトネもぼくと同じようについばむ。かさかさと落ち葉が音を立てる。
「これだってまずくはないわ。でも、ルリハが言っていた、あのおいしそうな匂いのピザっていうものを食べてみたいの」
コトネはピチピチ鳴きながら、羽をばたつかせた。
「ルリハと二人で食べたいの」
ぼくもコトネと二人でピザを食べられたらいいなあと思った。
「でも」
「でも、何?」
コトネの真剣な目がぼくを見つめる。
「ピザを食べるにはお金ってものがいるんだ」
「お金?」
「そう」
ぼくは言って、羽ばたいた。
いつもの水飲み場に行く。コトネもついてきて一緒に水を飲む。ついでに水浴びも。
「お金ってどんなもの?」
コトネが羽を膨らませ、水を浴びながらきいた。
「何か人に役にたつことをしてもらうものだよ。働いてもらうんだ」
「働けばもらえるのね」
「まあ、そうだね」
「じゃあ、あたし働くわ。そのお金でピザを食べるの」
コトネはうれしそうに羽をひろげた。
何か変なことになりそうだぞ、ぼくは思った。