コトネが人間に?
毎日は普通に過ぎていく。ぼくのかわりばえのない毎日。
朝起きて、ごはんを食べて、ナミホに会いに行く。ナミホが男と行ってしまうと、僕は鳥になって、小学校に行ったりいかなかったり。
退屈な毎日だ、とはべつに思わないけれど。
コトネはぼくに会うたびに兄さんには絶対に内緒でまたおばさんのところに行こうねと言う。
そうだね。またいつかね。ぼくは答える。
そんな日々の朝、ナミホが行ってしまった後、ぼくが人間の姿のままで海でぼんやりしていた時のこと。
急に後ろから誰かがぼくの肩をぽんぽんと叩いた。
ぼくが振り向くと女の子が笑っていた。
「ルリハ」
その女の子が言った。
ぼくは知らない女の子に肩を叩かれて、名前を呼ばれて、あまりにもびっくりして固まってしまった。
でも、どこかで聞き覚えのある声だと思った。
「フフフッ」
女の子が笑った。
ぼくがなおも固まっていると、
「わからない? あたしコトネ」
女の子はそう言うとゆっくりと回って見せた。薄水色のワンピースの裾が花のようにふわりと開いた。
「ええっ!」
ぼくは驚きの声をあげた。
「コトネ? 本当にコトネなの?」
ぼくはまじまじと女の子を見た。
くりっとした目、ふわふわの髪、水色のワンピース。まさにコトネの雰囲気だ。
「コトネだ。君、コトネだね。でも、どうして」
ぼくはまだちょっと信じられない気持ちできいた。
「いつ人間になったの? そんな事何も言わなかったじゃない」
フフフとコトネはまた笑って、
「昨日、おばさん家に行ったの。それでおばさんに頼んだの。ルリハみたいな人間にしてくださいって。おばさんすぐには頼みをきいてくれなかったけど、あたしがどうしてもって言ったら人間にしてくれたの」
コトネはもう一度ふわりと一回転した。
なんて軽やかなんだろう。まるでバレリーナみたいだとぼくは思った。
「あたし本当はずっと、ルリハみたいな人間になってみたいと思っていたの。ねえ、どう?あたし」
コトネが真っ直ぐな姿勢で、手を前に組んで言った。
「すごくかわいいよ。本当に」
ぼくの顔が熱くなった。顔が赤くなるのがわかった。ぼくはなぜかすごくはずかしかった。
「ありがとう。うれしい」
コトネはそう言うと海に向かって走りだした。そして波打ち際まで行くと空に向けて両手を上げた。
ぼくも波打ち際に走った。
「それ、なんのポーズ?」
ぼくはきいた。
「うれしいってポーズよ」
コトネは手をあげたまま目を閉じて、深呼吸をした。
ぼくもコトネをまねて手を上げ深呼吸をした。
「ルリハもうれしいの?」
コトネがきく。
「うん。うれしい」
ぼくたちは、あはははと笑い合った。
その日の夕方、ぼくは人間にならなかった。
ナミホがバイクで送られてくるのを、遠くの木の枝から見ていた。
ナミホはぼくよりバイクの男の方が、好きなんだ。でも、いいよ、べつに。
だってぼくにはもう一人ガールフレンドができたんだから。
ぼくは自分の寝床に帰って行った。