コトネ帰る
ナミホはそれきり、もう、あいつの話しはしない。もう、あいつのことなんてどうでもよくなったのかな。そうだったらいいのに。
でも、今思うと、あのバイクのあいつはそんなに悪いやつじゃあなかったような気がする。
バイクでナミホを連れて行く時は、いつも、ぼくのことを気にしているようだった。それに、決まった時間にナミホを送り届けていた。それでぼくは、ナミホのことはあまり心配しなかった。
ナミホが言っていたように、優しい人だったんじゃないかなと思う。顔の表情や仕草にも優しさがでていたような。
それに引きかえ、コトネと一緒にいる男はみるからに嫌な男だった。おばさんが言うようにイケメンには違いないけれど。どこか嫌味で、髪を染めていて、チャラチャラした服を着ていて。
きっと、お金のこととか、遊ぶことしか考えていない、中身のないやつなんだ。
そんなやつと付き合うコトネもコトネだけど。
それから、コトネが鳥に戻って、この島に帰ってくるのに、そんなに時間はかからなか
った。
ある夕方、ぼくがいつも通りに寝床に帰るとコトネがいた。
「ルリハ」
コトネはぼくを見ると、うれしそうに羽をばたつかせ、木の枝にとまったぼくに体をすり寄せてきた。
「ルリハ」
驚いているぼくにコトネがまた言った。
懐かしかった。やわらかくて、あたたかいコトネの羽毛。コトネの体温が伝わる。
「コトネ、帰ってきたの?」
ぼくはうれしくて、大きな声を出した。隣りで羽づくろいをしていた仲間の鳥がジロリと見る。
ぼくは頭を下げて、謝った。
「兄さんは許してくれたの?」
ぼくは小声で話す。
「うん。あたし兄さんに謝ったの。本当に悪かったって、心から。兄さんにはたくさんおこられたけど、許してくれたわ。ああ、ルリハ、あたし鳥に戻って、ここに帰ってこられて本当に良かった」
コトネはピチピチ鳴きながら、また羽をふるわせた。
「よかった。ぼく、もうコトネは人間になってしまったんだと思っていたよ。だって、もう、人間の生活に溶け込んでいるようだったし、人間になりきってしまったと思っていた。それに、あの男に夢中でぼくのことなんかいらないみたいな素振りだったから」
「あら、そうだったかしら」
コトネは首をかしげて言った。
「でも、ルリハのことをいらないなんて思ったことはないわ。ただ、あの人と遊ぶのが楽しくて、その他のことは後回しになっていただけよ」
羽を膨らませて、コトネが心外そうに首をふる。
「じゃ、どうして帰ってきたの? あいつとけんかでもしたの?」
ぼくはちょっと意地悪くきいた。
「べつに、けんかなんかしてないわよ。もう、あきたの。それだけ」
ぼくは少しだけ心配になった。ナミホのことを思い出したからだ。
去って行った、人間の男を思って泣いたナミホ。
コトネの心も、ナミホのように傷ついてはいないだろうか。
「でも、あいつのことを好きだったんだろう」
ぼくは小さな声で言った。
「どうだったかしら。あたしわからないわ」
あっけらかんと言うコトネ。
「でも、貢いでるって・・・」
「貢いでるってな何?
「稼いだお金をあげることだよ」
コトネは少し考えるように、ちょっととまって、
「お金なんてあげていないわ。ごはんをおごってあげることはよくあったけど。お金はほとんど、食べ物とお化粧品につかったわ」
コトネが平気そうな顔でいうから、
「ふーん、そうなんだ」
ぼくはほっとして言った。
「人間になって歌を歌うのは楽しかったわ。
みんなが喜んでくれるのが嬉しかったから」
羽づくろいをしながらコトネが言った。
「でも、面倒くさくなったの。時間を気にしなきゃいけないこととか、いろんな決まりとか。あたしは自由にしたくなったの。面倒くさいことはいやなの」
うん、うんとぼくはうなずいた。
「おいしいものも食べたし、他にも色々たのしかったわ。でも、もういいの。人間のこともよくわかったし、もう鳥がいいの」
コトネは羽をバサバサとやった。ぼくの羽毛がその風を受けて揺れた。
「じゃあ、コトネはもう人間にはならないの?」
ぼくはコトネの人間の姿を思い出しながら言った。結構かわいかった。
「ルリハはあたしに人間になったほしい?」
「うん、まあ、時々は」
フフフととコトネが笑った。
「だったら、時々は人間になってあげてもいいわ」
コトネがウィンクをしながら言った。コトネは大分人間に影響を受けたな、ぼくは思った。
「さあ、もう、寝ましょう。眠いわ」
コトネは自分の羽毛に頭を入れた。
「おやすみ」
ぼくもコトネと同じように、頭を羽毛につっこんだ。
次の日の朝。ぼくとコトネは人間の姿で、浜辺を歩いていた。
ずっと先にナミホが立っていた。
ぼくたちはゆっくりと歩いてナミホの所まできた。
「おはよう」
とぼく。
「おはよう」
とナミホ。
ぼくの後ろに隠れるコトネ。
おはようとナミホがコトネの顔を覗き込む。
コトネはビクッと体をさせてから、慌てて来た道を戻って走っていった。
ぼくは肩を上げて、
「ナミホのことが怖いみたい」
といった。
「そうみたいね」
あはははは、ナミホが笑った。
涼しい風が海からふいていた。




