第9話 79 再開
エアコンがききすぎて寒いので投稿します
「うおおおおおっ?!」
「おお、いいよ!その感じだよ、ユウヤ。魔力の流れをつかめるようになってきたね。」
ユウヤは宙に浮いていた。
これはレヴィが開発した魔法。5属性しかないはずの魔法とはまた別にレヴィ独自で編み出した魔法の一つ【浮遊】。
ただ、魔力の流れを操ることで飛んでいるため、厳密にいうと魔法ではなく魔力を操作する技術である。と彼女は解説するが彼女の周りにはそれを理解できる人間がいない。
「すげぇ!ほんとに俺飛んでる!」
「さらに魔力を操作することであらゆる方向に飛ぶこともできるぞ。」
「おおおお、結構高いとこまで行ける!」
「落ちるなよー!」
この魔法はユウヤが相変わらず初級魔法程度に苦戦していたのと、景色の変わらない森の中の退屈さもたって気晴らしに教えていたものだった。
初級魔法の時に比べて覚えがかなり良かった。
レヴィの予想では、ユウヤはスキル【無限】によって体内から常にとんでもない量の魔力があふれ続けているため、半年も経てば、いやでも魔力を感じ取れるようになってしまった、と考えている。
レヴィも魔力を知覚し始めたのはちょうど王国最強と言われ始めたあたりだったからだ。
「ふぅ、ありがとうレヴィ。楽しかったよ。」
「そうかじゃあそろそろ中級魔法を覚えてもらおうか。」
「それはちょっと・・・。」
「ハァ・・・お前は。」
レヴィは悩む。
村で少女を救えなかったあの日から、ユウヤは『勇者だったらこうする』ような発言をしなくなった。
それのせいなのか、彼からやる気というものを感じなくなったのだ。
今までだったらやります!と言ってくるはずだった。
旅はいまだ続けているが、最近は露骨にそれが現れ始めているように思えていた。
「ユウヤさん・・・。」
「どうしたのエリス。」
「先ほどの村で会った女の子に頼まれたこと、覚えてますか?」
「『魔物に追われてなんかを前の村に落としてきてしまったから拾ってきてほしい』だったっけ?」
「・・・『大事な母親の形見』って言ってましたよ。」
「ああ~そうそう。」
「行かないんですか?」
「だってもう通り過ぎちゃってるし。」
「でも彼女にとって大事な宝物で・・・」
「そんなに大事だったらちゃんと持っておくべきだろ。それに、できたらでいいって言われたんだからそんなに重要でもないってことだろ。」
「それは勇者に迷惑をかけないように思っての言葉でしょう?大事じゃなかったらわざわざ伝えに来ることもないですし。」
「いいんだよ。そんなに大事なものだったらもっと必死に伝えてくるよ。もういいだろ。」
「・・・ユウヤさん、変わりましたね。」
エリスはうつむきながらそうつぶやく。
「は?なんだよ急に。」
「昔のあなただったら絶対見捨てなかったじゃないですか。」
「昔の俺?あんときはただ無理して頑張ろうとしてただけだよ。それにエリスが俺に頑張らなくていいって言ったんじゃないか。」
「それは・・・。」
「じゃあなんだ俺がまた勇者を目指せばいいのか?ああわかったよ、ほら戻って村に行くぞ~勇者ならそうしただろうしな。」
「ユウヤ、貴様なんだそれは。いい加減にしておけよ。」
さすがのクリスも今のは見過ごせないようだった。
「なんだよさっきから、皆して文句ばっかり。」
そう言いながら茂みの奥に入っていく
「どこに行くつもりだ?」
「トイレだよ。ついてくんなよ。」
3人は歩みを止め彼を待つことにした。
「エリス、大丈夫か。」
「ごめんクリス。大丈夫。」
あまりいい雰囲気ではなかった。
「あいつ、あんな奴だったか。」
「私が悪いのかも。私が変われって言ったから。」
「エリス・・・。」
最近の元気のないエリスを見て、クリスはより彼女を気にかけるようになっていた。
「エリスは悪くない。あの時のあれは正しかったはずだ。多分今はユウヤも変わろうとして頑張りすぎてるだけよ。」
「・・・。できることなら私は昔のユウヤさんに戻ってほしい。私は昔のあのまっすぐなユウヤさんに憧れていたのに。」
「勇者のようにふるまうったって、そう簡単にはできないはずさ。どっかに彼が勇者たる素質があって今までやってこれてたんだよ。」
「ありがとう・・・レヴィ。」
すると彼が戻ってきた。
「いやぁ~悪いなみんな。行こうぜ。」
「こっちは待ってたんだから礼の一つくらい言ったらどうだ。」
「はいはい、あ、そうそうエリス。」
「なんですか?」
エリスのほうを向いたユウヤは手を指し伸ばす。
その手には切り傷がついていた。
「悪いんだけど、治してくんないかな。枝で切っちゃって。」
「大変、すぐに直しますからじっとしててください。」
「ありがとう~」
傷に触れようとするエリスの手をクリスがつかむ。
「ユウヤ貴様、手は洗ってきたか?」
「あ~・・・悪い悪い洗ってなかった、でもなにで洗えばいいんだ?川に着くまでこの傷放置しておくのか?」
「・・・水流」
レヴィの手から水流が発射される。
その水流は、ユウヤの手を直撃し、そのまま吹き飛ばす。
「痛って、なにすんだよ。」
「ユウヤ、いい加減にしておけよ。最近は特にひどい。どういうつもりだ。」
「も、もういいよ、二人とも。大丈夫だから・・・。ほらユウヤさん手を出して。」
一触即発という雰囲気を感じたのか、エリスは二人を宥めた。
そのまま傷に触れ治療を開始する。
「エリスはいっつも優しくて助かるよ。」
「・・・。」
エリスは治療している間、何も言わなかった。
そんなことがあった夜のことだった。
川の近くで野営することとなり、簡単な食事後、彼らはいつも通り寝る準備を始めた。
準備といっても簡易のテントを作りそこに寝袋を置くことと、クリスの持つ【索敵】スキルとレヴィの持つ防御魔法を発動するだけであった。
【索敵】スキルは周囲数メートルの範囲に入った者がいたときに知らせてくれるスキル。
防御魔法は破られた瞬間レヴィが気付けるようになっている。
二重で警戒しておくことで、今回のような野宿でも十分安心して寝られるようになっている。
「次の村までまだ距離がある。明日は早めに出るからそのつもりでいてくれ。」
レヴィはそう言い明かりを消した。
数時間経った頃だった。
「ゃっ・・・・くだ・・・・。」
「・・か・・・・ろよ。」
なにやら声が聞こえた。それに物音も。
それに気づいたのはレヴィだった。
「いったい何だ・・・?」
レヴィは声のするほうに顔を向けたが暗くてよく見えなかった。
そのため確認しようと起き上がろうとしたその時だった。
「・・・なにっ?!」
レヴィの体は動かなかった。
レヴィはなぜ動かないのかすぐに気づいた。
「洗脳・・・魔法・・・?!」
レヴィが作り出した魔法の一つ、洗脳魔法だった。
そして彼女以外にこの存在を知っているものが一人いた。
「ユウヤか・・・?!でもなぜ・・・。」
先ほど聞こえた声は男女の声。
そしてレヴィにかけられた洗脳魔法。
彼女は最悪の状況を感じ取っていた。
「・・・やるしかないか。」
レヴィは魔力の流れを操り自分に魔法をかけた。
洗脳魔法をだ。
洗脳によって動けないのであれば、それを上書きしてしまえばいいと考えた。
しかしうまくいかない。
「だいぶ無茶苦茶なかけ方をしてくれたな。だったら。」
レヴィは、体全体でなく、腕のみを動かそうと集中した。
それはうまくいったようで次第に、腕の自由がきいてくるようになった。
「火球!」
そうして伸ばした腕を声のした、方向へ向け魔法を放つ。
放たれた火球は状況を理解するには十分なほどにあたりを照らした。
「・・・なんで動ける?」
「助けて!レヴィさん!」
ユウヤがエリスに馬乗りになって、身ぐるみをはがし、今まさに襲おうとしているところだった。
「なっ!何をしてるんだユウヤ!馬鹿な真似はやめろ!」
最悪の状況を見たレヴィは必死になって叫ぶ。
「お前は!何を考えて・・・」
「チッ、うるせえなぁ、黙ってろよ。」
そういうと彼はレヴィに腕を差し向ける。
そのとたんレヴィの腕の自由が再び奪われ、口も動かせなくなった。
自身の洗脳魔法を上書きされたという事実にレヴィは驚いていた。
だがそれ以上にエリスに手を出したことに対しての怒りが湧き出していく。
「んっー!!んんっーーー!!!」
「ハハ、まだ喋れるのか。さすが師匠っすね。」
レヴィが叫びに対し、ユウヤは笑っていた。
だが彼女の叫びはもう一人の仲間に届いた。
「っ?!貴様っ!何してる!エリスから離れろ!」
レヴィはこれを狙っていた。
スズキユウヤの不器用さはかなりのもので、魔法を同時に二つ使うということができないことを知っていた。
自分に洗脳魔法をかけている間、他の魔法は使えない。
つまりクリスに対しての防御する手段を持ち合わせていないと思ったのだった。
しかし、彼の魔法はレヴィの想像を超えていた。
「バカなッ・・・?!動けんっ・・・!!」
クリスも体の自由を奪われていた。
レヴィはこの事実に再び驚き、そして気づく。
洗脳魔法というのは、人体を流れる魔力に対して直接魔力を流し込み、その流れを変えることで、相手を好きなように動かせるようにするというメカニズムだった。
だから洗脳魔法で操ろうとする間は魔力が複雑に流れ込み続けるはずだった。
だが今は身体が動かない。
そして気づいた。
人体を動けなくするだけなら、魔力を流し込み続け、無理やり魔力の流れをせき止め続ければいいということに。
レヴィより先にユウヤがそれに気がついてしまった。
その場合なら正確な操作は必要ない。
それこそ相応の魔力があれば、複数人を動けなくすることは簡単だった。
そしてその素質が彼にはあった。
彼は無限の魔力を放出し続けることで周囲の、3人の自由を奪っていた。
「さあ邪魔者はいないから、愛し合おうエリス。」
「いやっ!やめてっ!んっ・・・やだっ!」
エリスに向き直るとユウヤはその体をまさぐる。
彼女あらわになった柔肌に彼の指が這う。
その度にそれを見ることしかできないクリスの目には殺意にも似た怒りが浮かぶ。
「なんでそんな嫌がるんだエリス。森の中で俺がトイレ行ったとき俺のことが好きって言ってたじゃないか?だったらいいだろ。」
「私っ・・・、そんなことっ・・・言ってないっ!」
「はあ?言ってただろ!俺のことが!」
「私が好きだったのは!昔のあなたです!」
「は・・・・?」
「私は昔の努力家で、正義感にあふれていたあなたが好きだったんです!」
「なんだよそれ・・・お前が、お前が変われって。」
「ここまで変わってしまうなんて思っていませんでした・・・。こんな、こんな卑怯なことするような人に!」
「卑怯だと?ふざけんなよ、お前が俺らしくいろって言ったんだろ!だから俺は俺らしくあり続けた!何が違うんだよ!この」
「違う・・・。」
「あ?」
「こんなの・・・」
エリスは泣いていた。
大事な存在を失ったことに。
そして目の前の存在を憎むかように。
「なんだよその目、俺が、俺がどれだけ」
「こんなのユウヤさんじゃない!」
「・・・え。」
「あなたはユウヤさんじゃない!私の知ってるユウヤさんじゃない!」
ユウヤの動きが止まった。
その目にも腕にも何の力も込められておらず、だらんとしていた。
「黙れよ・・・」
やがてユウヤの肩が震えだす。
そして
「黙れよ!!!!」
エリスの首を絞め始めた。
「うっ・・か・・・はっ・・・。」
「俺が、俺がユウヤだ!俺がユウヤなんだ!俺がぁ!俺が俺が俺が俺が俺が!!!!」
彼は叫びに合わせて全体重をかけ首を押さえつける。
殺意だけが彼を動かしていた。
「エリス!エリス!!!!やめろ!!!やめろおおおおおおおおおおおお!」
目の前で大事な妹が殺されそうになっているのに、なにもできないクリスはただ叫ぶことしかできなかった。
「っ・・・・・ぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「死ねっ!死ねっ!消えろ!消えろ!!!」
エリスの目が閉じていく。
その目が二度と開くことはなかった。
しかし我を忘れているユウヤはそれに気づかない。
その後、彼はずっと彼女の首を絞め続けていた。
朝日が昇る中、ようやくユウヤはエリスが絶命したことに気づいた。
「ああ、あああああっ。」
彼はその首から手を離し後ずさった。
その時だった。
洗脳魔法が解けた。
動けるようになり飛び起きたクリスは一目散にエリスに駆け寄る。
「エリスっ!頼む!エリスっ!なんで!エリス!エリス!」
その呼びかけに答えが返ってくることはない。
「ユウヤお前は、人としてやってはいけないことをした。お前みたいなのに魔法を教えたのが間違いだった・・・私がけじめをつけてやる。」
「待てっ!!!」
レヴィの前にクリスが立ちふさがる。
「こいつは私がやる。殺してやる。絶対に殺してやる。私の、私のエリスをよくも!」
クリスは一転の曇りもない純粋な殺意のこもった瞳をユウヤに向ける。
「俺じゃない。」
「あ?」
クリスはその発言により一層怒りを燃やした。
「お前がやったんだろうが、逃げるつもりか、させない。殺す。ここで絶対に殺す!」
「俺じゃない。こんなの俺じゃない!俺は俺は俺は俺は俺はぁ!!!」
狂ったようにユウヤが叫びだす
「ユウヤお前がやったんだ。」
「・・・・違う。俺は勇者で俺は勇者を目指してて・・・アレ?勇者は目指さなくていいんだっけ俺は俺になればいいんだっけ違う違う俺は勇者で勇者が俺で。」
完全に錯乱していた。
「狂えば逃げられるとでも思ってんのか!見ろ!」
クリスがユウヤの頭を掴み乱暴に動かす。
その頭をエリスのほうに向ける。
「お前がやったんだ!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・ぁ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああ。」
ユウヤの絶叫が響き渡る。
「ああああああああああああああ・・・・・・・・・間違えた。」
「あ?」
「間違えたんだよ俺。」
「何のつもりだ。」
急に冷静さを取り戻すユウヤにクリスは警戒する。
万が一のために腰にあるナイフに手をかけ構えた。
「やりなおそう。もう一回。」
「何言って」
そう言って彼は手のひらで頭を触る。
レヴィは何らかの魔法の可能性を考え防御魔法の準備をする―
そして次の瞬間、レヴィはファング王国内の自宅で目覚めていた。
推しが死んだ