第8話 66 自分らしさ
そうめんの薬味はみょうが派なのにショウガが出てきたの投稿します
とある森の中
「ごめんね。」
「大丈夫ですよっ。これが私の仕事ですから。」
切り株に座って休む男―勇者ユウヤは腕に傷を負っていた。
その傷に近くにいる少女は優しく触れる。
「いっ?!」
「少しですので我慢してくださいね。【治癒】。」
少女がそう唱えるとユウヤの腕の傷は次第にふさがっていき、痕一つ残さず綺麗さっぱりなくなった。
彼女の名はエリス。彼女はファング国で治癒師という仕事をしていた。
治癒師は【治癒】というスキルを持つ者のみがなれる職業で、彼女たちにかかればどんな傷もたちまち治ってしまう。
「いつもありがとう。僕が不甲斐ないせいで・・・。」
「フフッいいんですよ。それにほらっ、ケガしてくれないと私の仕事がなくなっちゃいますし。」
迷惑じゃないことを伝えるために彼女はえっへんと言いながら、両こぶしを作ってみせる。
もう少しで大人だがまだ少女らしさが残っていて、かわいらしい。
「優しいんだね、エリスは。」
「おいちょっと待て、今のはあれか誰かに比べてっていう意味か?いつからそんな偉くなったんだお前は。え?」
「いいいやちがいます。ごめんなさい。」
二人のやり取りを横で見ていたレヴィに即謝るユウヤ。
その光景にエリスはくすっと笑う。
ユウヤはその顔を見つめていた。
「どうかしました。?」
エリスがまるで小動物のように首をかしげる。
「あ、い、いや何でもないよ。」
「?」
ユウヤは赤くなりながら顔をそむける。
「ははぁ~ん。なるほどねぇ。」
レヴィはその光景にニヤニヤしていた。
「終わったか?」
茂みからエリスとそっくりな少女が現れる。
しかしエリスが物腰柔らかとするなら、逆に彼女からは鋭くとがった、そんな印象を受ける。
彼女の名はクリス。エリスの双子の姉だ。
彼女ら二人は若いころに両親を亡くしており、姉であるクリスはずっとエリスの面倒を見てきた。
姉である彼女の職業は【弓兵】。
彼女は【魔法矢】という自分の魔力を矢にして使うことができるスキルを持っている。矢の補充が必要なく、魔力は使えば勝手に回復するので、こういった長い旅に向いていた。
彼女は王命でエリスが勇者のパーティに加わり魔王討伐に行くと聞いた瞬間、王城に飛び込み、王に直談判し勇者パーティに加えてもらった。
その行いをエリスは知らされていない。というのも―。
「近いぞ貴様。」
クリスがユウヤを睨む。
「す、すいません。」
「年頃の男女がみだらに近づくな。特に私のエリスに何かしたら。」
「ちょっと待ってクリス。治療は触れなきゃできないんだからしょうがないじゃない。」
「だがもう治療は終わったんだろう?ならもう近づく必要はない。」
「クリスほんとエリスのこと好きだよね。」
「ばっばばば馬鹿なことを言うな!私たちは双子の姉妹だぞ!結婚はまだ早い。」
「そこまで言ってないんだけど。」
クリスはエリスのことが大好きだった。
彼女への『好き』は家族としてというより―。
「確かにエリスは小さいころ大きくなったら私と結婚するって言ってくれたし、この前なんか料理もできるし、良いお嫁さんになれるねって言ってくれたが、あ、そうかアレはプロポーズ・・・」
「クリスー?ちょっとクリスさーん?」
クリスはレヴィの呼びかけに全く応じない。
完全に自分の世界に入ってしまったようだった。
エリスはそれに慣れてるのか気にしていない。
その後治療のために外していた装備を付けなおしたユウヤが「よし。」と立ち上がった。。
「さあ、行こうか。次の村に魔物の襲撃があるって言ってたし、勇者として見過ごせない。」
「はいっ!次の村まであと少しですし、行きましょうっ!」
「いつまでやってるんだクリス・・・置いてくよ。」
「ああ、エリスがそこまで言うなら私は・・・ハッ?!なっ待て!何してる貴様!近いといっただろうもう少し離れろ!」
正義感の強いがどこか弱いユウヤ、厳しくもありレヴィ、優しいエリス、エリス思いのクリス
魔法使い二人に弓兵、治癒師、こんな偏ったパーティながらも勇者の旅は順調に進んでいた。
旅の途中、魔物に襲われた旅人たちや、呪いを受けて苦しむ村、街道に住み着いた竜によって動けなくなった商人などいろいろな出会いがあっ。ユウヤはそのたび、そのすべてを見捨てず救って来ていた。
魔法に関してはレヴィがつきっきりで教えていたため、初級魔法の中でも初歩である火球、水弾、風、光球を覚えていた。本来風はそよ風、ほかは手のひらサイズの玉が現れる程度の魔法だが、【無限】によってサイズも威力も何倍にも増しており、街道に住み着いた竜は彼の風で起きた暴風であの巨体を吹き飛ばしてみせた。
そんな数々の偉業はすぐに広まり、それを聞きつけた魔王軍からの奇襲もあったがそれも初級魔法だけで退けてみせた。
そうした人々を救いながらの旅は続き、王国を出発してから半年が経った。
そんなある日のことだった。
「ユウヤ、今回は仕方ない。そう気を落とすな。」
「だけどっ・・・・、俺が、俺がもっとっ・・・もっと・・・・。」
泣き続けるユウヤをレヴィはなだめていた。
彼らは珍しく暗い雰囲気になっていた。
少し前、彼らは魔物に襲撃された村を救った。
彼らが村に着いた時には既に村の大半が壊滅していた。
家屋には火を付けられ、いたるところに血がこびりついていた。
しかし、人々の叫び声が止んでいなかった。
生存者がまだいた。
彼らは手分けして魔物の殲滅を開始した。
その途中、ユウヤは一人の少女を見つけ、巻き込まれないようにと、物陰に隠れさせた。
その時、村の中心にある広場から叫び声が聞こえたユウヤはすぐに向かった。
人々が魔物の大群に追いやられ一点に集まっていた。
ユウヤは持ち前の魔法で応戦し、周辺の魔物を退けた。
大半の魔物の殲滅が終わり、ユウヤは先ほどの子を迎えに行った。
隠れていた近くに来ると一匹のゴブリンという人型の魔物がその子を引きずって歩いていた。
助けを求める少女。ユウヤが咄嗟にゴブリンに近づく。
ゴブリンはユウヤの接近に気づくと持っていた刃物を少女の首に突き立てた。
まるで人質にとったかのように。
ユウヤは接近をやめ、説得を試みるが、ゴブリンには言葉は通じない。
ユウヤにはどうしようもなかった。
必死に動かないようにするユウヤに対しゴブリンはどんどん興奮していく。
何かを叫んでいるがユウヤにはわからなかった。
ユウヤはゴブリンがもっと距離を取れというように言っているんだと思い後ずさる。
だがそれは最悪の選択だった。
ゴブリンはその動きに驚き怒り、躊躇することなく少女の首を切った。
流れ出す鮮血。ユウヤは目を見開いた。
少女は口をパクパク動かし何かを訴えかけるようにしていたが、次第にその瞳から光が失われていき動かなくなった。
その光景にユウヤは絶望し、膝をついた。
彼は今まで目の前の人を救えないことはなかった。
だからこそ、その積み上げてきたものが、より一層目の前にいた少女を救えなかったことへの絶望に拍車をかけた。
少女を無造作に放り投げ向かってくるゴブリン。
ユウヤはそのまま何もできずにいた。
ナイフがユウヤに突き立てられそうになった瞬間、駆け付けたクリスによってゴブリンは撃ち抜かれ事なきを得た。
その後、様子のおかしいユウヤに気づいたクリスが必死に呼びかけるが、彼は膝をついたままその場を動けずにいた。
そうして今に至る。
「俺がもっと、しっかりやれていたら!もっと魔法が使えていたらっ!」
「お前が広場の魔物を殲滅してくれたおかげで、広場で固まっていた村人たちは全員救えたじゃないか。お前はよくやっ・・・」
「やれてない!俺はあの子を救えなかった!俺は勇者だからみんな救わないとダメなんだ!なのに・・・なのにっ・・・!」
クリスも何とか元気づけようとするがその言葉は届かなかった。
頭を掻きむしり、自分を責め続けるユウヤは見ていて痛々しいものだった。
「ユウヤさん。」
「・・・うるさい、一人にし」
「ユウヤさんこっち見てっ!」
エリスがユウヤの顔を上げさせじっと見つめる。
「あなたはスズキユウヤ、そうでしょう?!」
「・・・。」
「旅を始めたときからあなたはずっと勇者を目指していましたよね。勇者ならこうする、勇者ならできるって。」
「だって、みんなが俺のことを勇者っていうから、俺が勇者であることを望んでるから。」
エリスは続ける。
「じゃあ、あなたのいう勇者ってなんですか?」
「それは・・・みんなを引っ張るリーダーで、強くて、かっこよくて、正義感にあふれていて、弱い人を困ってる人を一人残らず救う・・・そんな」
「そんな人間いませんっ!」
「エリス・・・」
エリスは今まで怒っているところは、クリスでさえも見たことがなかった。
「いただろ。昔話で・・・だからこうやって伝わって、俺が召喚されて。」
「あんなの作り話ですっ!今回だって伝説の勇者でも無理だった。」
「無理じゃない、勇者なら一人残らず救えたはずだろ!」
「いや、その点に関してはエリスの言うことが正しいよユウヤ。」
レヴィがいつもと違い優しく話し出した。
「レヴィ・・・。」
「あの広場の魔物いたでしょ。お前が一掃した奴らよ。」
「それがなんだって。」
「あの魔物たちの中には半分くらいは魔法しか効かない奴がいたの。」
「え・・・。」
「あれだけの数を一気に相手するとなるとさすがの私も苦戦する。だけどお前はお得意のバカげた一瞬で殲滅して見せた。それはユウヤにしかできない芸当よ。」
これは本当だった。
マジックスライム。スライム状の魔物で剣による攻撃では全くダメージが通らない。その上魔法は吸収されてしまう。吸収された魔力を使って魔法で攻撃してくるため、倒すにはスライムの許容量を超える魔法を一発ぶつけるしかない。
それを何体も相手するなんてことは、無限の魔力を持つユウヤにしかできないことだった。
「ほら、ユウヤさんにしかできないことがあったじゃないですかっ!」
「でも・・・。」
「でもじゃないっ!あなたじゃなきゃ救えない人がいた!あなたがいたから救えた!ほかでもないあなただったから救えたんですっ!」
「でもこんなの勇者じゃない・・・っ。」
「じゃああなたが勇者になればいい。」
「え?」
エリスはユウヤのことをより一層、まっすぐ見つめる。
ユウヤは目をそらそうとするがエリスがそれを逃がさない。
「何言って・・・」
「あなたが自身が勇者になるんです。伝説の勇者じゃない。伝説の勇者の真似事じゃない。あなた自身が勇者になるんですっ。二人目の勇者スズキユウヤに。」
「・・・。」
「わかりませんか?勇者だったらこうするじゃない、あなただったらどうするかで行動するんですっ!」
「俺だったら、どうする・・・?」
「そう、ここから始めるんです。あなたの英雄譚を。伝説の勇者の模倣なんかじゃなく、あなた自身が作り上げる英雄譚を。あなたが主人公になるんです!」
「っ・・・そんなこと・・・できないよ。勇者だからって行動してたんだ今まで。それをやめたら俺は。」
「できますよっ!これまでできていたんですから。きっとこれからもきっとできます。私はそう信じています。」
「エリス・・・。でもみんな俺が勇者だからついてきてたんだろ。」
「いいえ、あなたが勇者になることをやめたって私はどこまでもついていきますよ。仲間なんですから。」
「いいのか、もう勇者になろうとしなくて・・・」
「ええ、よく頑張りました。今まで。これからはあなたとして、あなたができることをしていきましょうよ。」
「うっ・・・俺はっ・・・俺はっ・・・・!!!」
そうして彼女はユウヤを抱きしめる。
ユウヤもまた彼女を抱きしめ泣き続けた。
勇者として召喚され。
勇者としての資格を見せるために努力し。
勇者として旅に出て。
勇者として行動した。
周囲からの重圧、伝説の勇者の再来を望む声に応えようと、今まで彼は必死に伝説の勇者を演じつづけていた。
必死に。
それがこの世界での彼の存在意義であると思って。
だからこそ今回の失敗は彼の心に深く突き刺さるものだった。
勇者らしくない自分自身を、彼はひどく責めた。
そんな彼を仲間の存在が救った。
彼らしくあっていいと、そのままの姿でいいと、そう許した。
許してしまった。
つら