第62話 見回りバイト
前回に引き続き聖さんが謎な回投稿します
起きたら夕方になっていた。
俺は寝室で寝かされていたらしい。
「くっそ・・・痛てぇし。」
頬が痛んでいる。
これは相当思いっきり殴られたみたいだ。
その割には歯はどれも抜けてないようだから安心した。
部屋を出ると庭から風を切るような音が聞こえた。
縁側に出ると、聖さんが素振りをしているのが見えた。
木刀ではなく本物の刀で。
調理中じゃない時、彼女は気づくとよくああしている。
ひたすらに。
『斬り札』の動きは全部教えてもらったので、彼女が今どの『斬り札』をやっているかは、わかるようになってきた。
最初彼女の動きを見た時から思っていたが、本当に綺麗だ。
流れるように、舞うように刀を振ったかと思えば、突きの動きでは、まるで型に嵌めこまれたかのようにビシッと突き刺す。
動きのメリハリがすごい。
俺は縁側に腰かけ、彼女を見ていた。
彼女の姿は空が赤く染まっていくのも相まって芸術的だった。
見とれていると、彼女が横目で俺を見た。
すると一瞬止まり上を見上げた。
また何か考え事か、と思ったら、彼女は地面を蹴り、真上に飛び上がった。
屋敷の屋根辺りまで飛んでいる。
彼女はそのまま空中で刀を納めた。
「『花札』・・・。」
彼女の体が頂点に達し、自由落下を始める瞬間。
彼女はその役を口にした。
「『雨四光』!」
その瞬間、彼女の腕が高速で動いたのが見えた。
直後に地面にまるで雹が降ってきたかのような、連続した衝撃音が鳴り響いた。
彼女の下の地面はじっくり耕された畑みたいにぐちゃぐちゃになっていた。
今の役『雨四光』は真下の敵に使える役だ。
連続した斬撃を飛ばし、対象に振り注がせる。雨のように。
「すっげ・・・。ほんとに俺にできんのかこれ・・・。」
実はこの刀術『花札』は『斬り札』を揃えて発動させれば、俺も彼女と同じくらいの威力で攻撃することができるらしい。つまり俺も地面をあんなふうにできるということだ。
だがしかし、『三光』から上の役は本当に動きが一般人にできる動きの限度を軽く超える。
なので体が耐えられないという問題が発生する。
例えば『雨四光』なんかだと、上空で腕が使い物にならなくなったり、そもそもこの『役』だけ発動可能な高度が高すぎて、着地で足をヤッってしまう可能性があるため、今のところはやらない方向でいる。
聖さんは華麗に着地すると小走りでこちらに寄ってきた。
「将斗さん、見ましたか?私の『雨四光』。説明だけではわかりづらいかと思っていつか見せようと思っていたんです!どうでしたか?」
このように聖さんは刀術が関連すると普段と違って流暢に喋る。
しかも今回は見せたいものが見せられて嬉しいのか、凄いぐいぐい来る。
「凄かったですよ。」
「そうですか・・・フフ。」
頬を両手で抑えてニコニコしていた。
片方の手には刀が握られたままだったので少し心配した。
褒められるとすごい喜ぶんだよなこの人。
そう思ってみていると、彼女は何かに気づきこちらを向いた。
「もうこんな時間・・・将斗さん・・・今から、見回りに行きます。お金が・・・ないので。」
「ああ・・・。」
意味もなく土地買っちゃったしな。
聖さんは今、奉行所が募集してる見回りの仕事というかアルバイトみたいなものでお金を稼いでいた。
団子屋で九兵衛から聞いたあの辻斬り病。
夜に出没するそれらから町を守る仕事だ。
人を切るなんて・・・とは思うが、奉行所曰く辻斬り病にかかった時点で彼らは人でなくなっているらしい。
俺がこの世界に来た時に会ったあれも辻斬り病だったそうだが、確かに死体が残らず消えていった。
でもやっぱりもとは人なので、正直俺にはできそうにない。
北原の時もそうだが、人を殺すことは無理。本当に無理。
鹿はまだギリ行けてたが、人をやるのは無理。
元の世界で読んでた異世界モノの主人公たちなんかは、元一般人の癖に急に殺せるようになったりするけど。いやなんで?無理だろ。すごいわあいつら。
そんなことを考え、俺はいつも通り彼女を送り出そうといつもの挨拶をしようとした。
しかし今夜は違った。
「行きましょう。」
「え?」
「一緒に行きましょう。」
「いや無理・・・。」
俺は夜の街を聖さんと歩いていた。
肩が触れるかくらいの距離で彼女が隣で歩いている。
離してもくっついてくる。なんでだ。
にしても雰囲気が雰囲気だったらデート・・・。
その時腕輪の宝石が月の光を反射して光った。
「あっ・・・は?何考えてたんだ俺。浮気じゃねぇか。切腹しよ。死のう。」
死のう。せざるを得ん。
俺は腰に下げた刀の柄を握った。
「何か見つけましたか?」
と横から聖さんが覗き込んできた。
「あ・・・か、感触を確かめようかと。」
「なるほど・・・。」
そう言って彼女は再度周りを警戒する姿勢に戻った。
夜の街は人が一人もおらず、しかも何も聞こえてこないので、明かりが月しかないこともあって不気味すぎる。
幽霊が出てもおかしくない。
俺の刀を握る手に力が入った。
夜の街怖すぎる。
この刀は聖さんに「護身用です・・・」と言って渡された刀だ。
博物館で飾ってあるような立派な刀だった。・・・本当に立派かは知らないけど。
聖さん曰く父親が使っていた『業物』の大きいやつらしい。
『業物』は聞いたことあるが意味を知らないし、大きいやつってなんだよ。
一般人だったから刀なんて初めて握るが、こんなん振り続けてたら絶対手が痛くなりそうだ。
もっとテニスラケットのグリップみたいに握りやすく、いい感じの柔らかい素材でだな・・・。
と考えていた時、聖さんがチョンチョンと肩をつついてきた。
「将斗さん。言っておくことがあります。」
「なんですか?」
聖さんは真剣な顔をしていた。
「将斗さんは、まだ『花札』をまともに使える状態ではありません。」
「う・・・そ、そうですね。」
気にしていることを言ってきた。
その通りだ。鍛えているけどまだまともに使えない。
『役』に体が慣れていないんだ。
「しかし、そんな状態でも桜花流の刀士の一人です。なので覚えてもらいたいことが一つ。」
桜花流の刀士の一人、という響きにちょっと感動した。
多少は認めてくれてるんだな。
その時、俺たちの前方に誰かが立っているのが見えた。
「それは『人を傷つけるためにその力を使わないこと』それだけです。破ったら問答無用で破門です。」
「破門・・・わかりました。」
「ですが、『誰かを守るため』ならばその力を使っても構いません。というわけで、」
「・・・。」
「実戦をしましょう。」
前方にいたのは、刀を持ち、虚ろな目をした男だった。
腕をだらんと垂れ下がらせ、猫背になっている。
そいつはこちらに気づくと、急に走って来た。
「あああれって辻斬り病の人ですよね。酔っ払いとかじゃないんですよね?間違って斬っても大丈夫なんですよね?!」
「はい。もう人ではありません。間違わずに斬りましょう。」
本当に間違いがあっちゃいけないから焦ってる。
距離が狭くなってきた。
俺は刀を抜いた。
意外に長い。
あと木刀よりも重い。
すっぽ抜けたりしないよう両手でしっかりと握った。
「があああああっ!ああああああ!っあああ!」
「ほんとに人じゃないみたいだな・・・。」
化け物みたいな叫びに対して、つい独り言が漏れた。
俺の声は震えていた。思った以上に体がビビってる。
奴は吠えながら近づいてきた。
そして、俺にその刀を振り下ろしてきた。
縦に落ちてくる刀に対して俺は横に倒した刀で受け止めた。
「がるああああああああ!!!!」
「ぐうっ・・・!」
重い。
奴が刀を押し込んでくる。
刀の刃同士が擦れあって嫌な音と感触がする。
気をつけろよ俺。少しでも滑ったり、俺が力を緩めたりしたら、肩から斬られる。
斬られたら死ぬ。
死んだら・・・。
「・・・ッ!くっそが!」
俺は奴のがら空きの腹を蹴った。
狙いは良かったが・・・弱い。
弱すぎる。
奴は後ろに数歩よろけたが、すぐに持ち直して向かってきた。
肉体強化のスキルが欲しい。ずっとああいうのに頼ってた分明らかになる自分の素の弱さが悔しい。
奴は続けて何度も刀を振り下ろしてくる。
単調だ。
だけど、単調だからと楽に戦えるのはその道に精通している者だけ。
俺は奴の刀を横から弾いて軌道を逸らすことだけで精いっぱいだった。
とてもじゃないが『斬り札』を溜める余裕はない。
溜めても納刀する隙なんていつあるんだこれ。
その時、奴の刀を弾くのに失敗して、俺の刀に沿って奴の刀が俺の手の方に滑ってきた。
「やばっ」
指、手、腕どれかが斬られる予感がして一気に血の気が引いた。
「なっ・・・!?あ、危ねぇ・・・。」
しかし、奴の刀は鍔に当たって止まり、それ以上は動かなかった。
逆に考えればこれがなかったら俺の手は、指は、今ごろ繋がってない。
俺は刀を回すようにして奴の刀を外した。
いや外そうとした。
奴がそのまま突っ込んできた。
「やばっ」
当然だが、刀の切っ先は俺にまっすぐ向いている。
俺はまだ、後退する判断を取っていなかったから、奴の刀は俺の腹に
刺さ―
「え・・・。」
刀は俺の腹に刺さる寸前で止まっていた。
見ると、聖さんが奴の後ろにいた。
さらに奴の頭がなかった。地面に落ちていた。
目の前の化け物は次第に黒くなっていき消えた。
聖さんが斬ったのだろう。
「た、助かった。」
そんなつもりはなかったのに、膝から勝手に力が抜けて俺は地面に座り込んだ。
「ありがとうございます。聖さん。」
「すべての動きが・・・怖がっているのか・・・ぎこちなく感じました。・・・頑張りましょう。」
「う。はい・・・。」
見透かされている・・・。
それ以降辻斬り病に会うことなく、見回りが終了した。
俺たちはその足で小奉行所に来ていた。
中に入るとカウンターがあってその奥で九兵衛が座っていた。
「あっ、お疲れ様ッス。遅かったッスね。どうでした、初めての見回りは。」
「辻斬り病の人に会えちゃいました。」
「おお、運がいいというか、悪いというか。それで、ちゃんと倒してくれたんスよね?」
九兵衛はなにやら小袋を取り出して、そこにお金を入れ始めた。
「はい、聖さんが・・・。」
「はい・・・私が倒しました・・・。」
「知ってるッス。そうなるだろうなとは思ってたんで。」
なんか馬鹿にされてね。
否定はできんが。
九兵衛は袋の口を閉めると俺に渡した。
「それ今日の見回りの賃金。二人分ス。」
「へぇ、どれどれ。」
小袋が手にずっしり来るので開けてみた。
銀貨や銅貨がたくさん入っていた。
土地何個買えるんだこれ。
「すっげ、めっちゃ入ってる。こんなに貰えるんですか?」
「まあ、こんな時期だし、無駄に町の方に溜め込んでても良くないんでいいんスよ。」
「こんな時期・・・?」
「そ、こんな時期だからッス・・・・。」
九兵衛は目を細めて、何か少し含んだ感じでそう言った。
なんだ?お金に時期とかあるのか?
不思議に思っていると聖さんも袋の中身を見始めた。
「こんなに・・・たくさん・・・これで、お鍋ができますね。いえ・・・煮物・・・おでん・・・」
聖さんは上を見上げて献立を考え始めた。
「いいッスね~。毎日一緒で、料理作っ貰えて、まるで夫婦じゃないッスか~。」
「いや、そういうのじゃないんで。」
「またまた~照れちゃって。じゃあどういう関係だっていうんスか?」
「え?えっと・・・この人は・・・」
「この人は~?」
九兵衛はニヤニヤして身を乗り出してきた。
俺は今まで彼女にしてきたことを思い出した。
・・・。そうだ。
俺が導き出した答えは―
「娘です。」
「いやその答えはヤバイと思うッス。」
そう言った九兵衛は時計を見た。
10時になろうとしていた。
てか冷静に考えるとこの世界なんで時計があるんだ。
無い方が良いというわけではない、便利だからむしろ欲しいが、異世界情緒がないというかなんというか。
ぱっと見江戸のくせして設定が不安定すぎる。
神が言ってた通り、人間達がこの世界を生み出したって言うんならその人間達と会ってみたい。
すると九兵衛が「あ。」と言った。
「そろそろ、やばいんじゃないっスか?」
「何が?」
「聖さん、9時ごろから限界近くになって、10時に絶対寝るじゃないッスか。」
「え、そうなんで―」
その時肩に聖さんが寄さりかかってきた。
「すぅ・・・・。」
「ほら。もう少し見回りの時間早めまス?」
「そうした方がいいかも。ほんと何なんだこの人・・・。」
立って寝ているのに、安らかな寝顔だ。
俺はそのまま彼女を背負って帰った。
「彼女についての謎は深まるばかり・・・と。」
カッコつけた独り言をして空を見上げると、月がきれいに輝いていた。
次の日の朝。
「なあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
叫び声が聞こえて俺は飛び起きた。
聖さんはもう起きている。多分朝食を作っているんだろうけど、今の声は誰のだ?
声のした方はキッチンだった。
向かうと、晴さんが壁に背を付けて、まるで見てはいけないものを見ているかのような、そんなひきつった顔をして立っていた。
「おおおい、ここっこっこっこここここっここれ。」
彼女が震えながら指を刺した先にいたのは聖さんだった。
晴さんに気づいてないわけないのに、黙々と料理を作っている。
「こっここここ。」
「こけこっこ?」
「ばばばばか。こっこれなんだ。どどどういうことだ?」
「これ?聖さんが料理を作ってるところですが。」
「いいみいみ意味がわからねぇ、なっ・・・なんでこうなる。ううううそうそだろ。」
「ちょっとだけ落ち着いてもらっていいですか。」
俺はお茶を入れてあげることにした。
するとちょうど聖さんが振り向いた。
「あ、おはようございます・・・ご飯ができました。」
「気づいてなかったのか?!」
いつもご飯を食べる部屋に来た。
お茶を一気飲みした晴さんは、ようやく落ち着いたようだった。
「ふぅ・・・。で、どういうことなんだよこれは、かー・・・」
そこで一瞬止まると、晴さんは一つため息をついてもう一度話し始めた。
「聖。お前がこんな時間に起きてたことねぇだろ。今まで。ここ10年。一度も!」
そうだったのか。
良く寝るとは思ってたけど、いつも朝早く起きて朝食を作っていたから知らなかった。
って10年?!転生して10年経ってるのか、今まで会った中で一番長く異世界にいるんだな。
当の本人はもぐもぐしながら晴さんの方に向いた。
「・・・?」
あ、この顔多分何のことだかわかってないわ。
「おい『?』じゃねぇよ。俺がお前を起こすのにどんだけ苦労してきたと思ってる。くそぅ・・・。」
晴さんは拳を膝に打ち付けていた。
なんかかなり悔しがってるように見える。
「俺がいない間に何が・・・はっ?!」
晴さんは俺の方にバッっと顔を向けてきた。
目が赤く光っていた。
「え!いやちょちょっと待って違いますこれに関しては何もしてませんごめんなさい!」
また殴られる気がした。
謝罪の言葉が流れ出てくる。
「これに関して?これ以外に関してはなんだぁ?!」
「・・・将人さんが。」
晴さんは腕をまくりだしたが同時に、聖さんが口を開いた。
「・・・おいしいと・・・言ってくれたので・・・。」
「「?」」
「・・・。」
「「???」」
彼女はそれだけ言うと再び朝食を食べ始めた。
晴さんも俺も顔を見合わせた。
多分お互いどういうことか分かってない。
その後、晴さんは首をかしげながら帰っていった。
何しに来たんだあの人。
朝食後、いつものようにランニングをしに桜花流の門を出た。
「おはよっ!雑魚のお兄さんっ!」
「ヒァァッ~・・・。」
「何気持ち悪い声出してるの?」
確かに俺史上過去一番のキモイ声が出た。
門の前には小刀を既に抜いた少女がいた。
こころだ。
「今日も頑張ろうね!」
「ああああ・・・・。」
そして俺は一目散に走りだした。
それから毎日、体を鍛えながら、聖さんのおいしすぎるご飯を食べ、こころに月兎流の後継者となるべくランニングを強制され、たまに武と一緒に九兵衛にちょっかいを出しつつ団子を食べに行き、金がなくなるたびに夜の見回りに行き・・・そんな生活をし続けた。
灰さんには道場を運営したいたころの苦労話を、晴さんには聖さんのお世話での苦労話を聞かされた。
友人がいなかった頃に比べると、関わる人が多くて濃い毎日を過ごせている。
正直楽しい。
その生活は当分大きな変化はなく、平穏に過ごせていた。
そのままでよかった。
俺がそれを壊した。
俺が他の世界に居続けてはいけないという神の言ったことが、あながち間違いではないということを5つ目の世界でようやく知るのだった。
「だったらてめぇの流派も終わりだな!なぁ!?」
俺の眼の前で部下に体を支えてもらって立っている男はそう吠えた。
彼は大海流の銀。
「俺たちはなぁ!別にこの町じゃなくても他の町でやっていけんだよ!つまらねえ意地張るからこうなんだぜ!」
「・・・。」
俺は彼の言葉を黙って聞いていた。
地面に倒れた状態で。
体のあちこちは痛み、動けない。
「もう一度言う!てめぇの桜花流は終わりだ!ここで消える!残念だったなぁ!ハハハッ!ハァハハハハハ!」
男は高らかに笑った。
彼の言う通り俺の流派はここで終わる。
だが彼が決めたのではない。
これは俺の選んだ答えだった。
最近SNSでも始めてもっと人の目に付かせたいとは思うがちょっと怖いと思う臆病者なので、まだまだひっそりゆっくりやっていきます。これからも将斗の活躍をよろしくお願いします。