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素材  作者: 味噌煮だったモノ
第5章 
61/63

第61話 神威の人たち 其の弐

最近寒いので風邪をひかないように早く寝たいと思いつつも投稿します

「では行ってきます。」

「はい・・・行ってらっしゃい。」


次の日の朝、聖さんとそんなやり取りをして、俺はここ最近の日課である朝のランニングをするため、桜花流の門の外に出た。

準備体操をして、最初はゆっくりなペースで走り出した。


「やっぱ走るなら朝だな。」


前までの俺では考えられない過ごし方だ。

休日だったら昼以降まで余裕で寝ている俺が、まさか朝早く起きてランニングなんて、人って変わるもんだな。

というか走らないと駄目だ!って気分になってしまう。

こんなになってしまった理由はなんとなくわかっている。

実はまだ鍛錬が始まって4日目だが、目に見えて体力がつき始めていた。

例えばこのランニングは5往復までは何とか一定のペースで止まらず走れるようになってきている。

こう努力に対して成果が見え始めるとやる気が出てきてしまう。要は俺がチョロいせいだ。

チョロくて結構。実際走ってみると楽しいし。

近所に住んでた筋肉モリモリのお兄さんがいつも元気な理由について「君も筋トレすればわかるさ」と言ってきた理由が分かってきた気がする。

筋トレ最高。


って俺こんなことしてていいんだろうか。

マジで筋トレしに来てるだけになってるんだけど・・・。

神様は俺に何をさせたいんだろう。



そろそろペースを上げようかと思ったとき、左側の塀の上に少女が座っていた。

花柄の着物を着たその少女は、じっとこちらを見ていた。

何だろう。


「おはようございます。」


軽く会釈して挨拶をしておいた。


「・・・。」


返事なし。こちらを見ているだけ。

ったく最近の若者は・・・とは思わない。シャイな子供だっているさ。

トレーニング中なせいかポジティブに考えられる。

いい傾向だ。

俺はそのまま走っていった。



道場通りの北側の行き止まりが見えてきた、あそこから折り返しだ。

そう思ったとき、塀の上にさっきの少女がいた。

見間違えるはずもない。

全く同じ着物を着ていたからだ。

だがおかしい。

俺はさっき少女を抜かしてきたはずだ。

なぜ前に・・・?


「お、おはようございまーす。」


さっきと同じように挨拶したが、声が小さくなってしまった。

普通に怖いからだ。

俺にしか見えてない霊とかだったら嫌すぎる。

すると少女が口を開いた。


「おにーさん、それ全力?」

「え?」

「全力なのかって聞いてるの。」


そう言うと少女は塀から飛び降りて軽やかに着地すると俺の方に寄ってきた。

何だ幽霊じゃなかった。

背は俺の胸あたりくらいで・・・年齢は多分中学生くらいか?

髪は横でまとめられている。まさかの存在しないと思っていた横ポニーテールを現実で見れて少しテンションが上がる。

声かけられた理由はよくわかんないけど質問に答えてあげるか。


「そろそろ速度を上げようかなって思ってたところだけど。」

「ふぅん。まだなんだ。ねぇ、おにーさんの全力見せてよ。」

「別に駄目ではないけど・・・お嬢ちゃんお名前は?」


俺は膝に手をついて目線を合わせて上げた。

見上げて喋るのは辛かろう。


「は?今子ども扱いした?ふざけないで!私はこれでも刀士よ!お嬢ちゃんなんて言わないで!」


そう言うと少女は腰に差していた小刀を抜いて見せてきた。

扇子かと思ってたけど、なんとまあ物騒な・・・。


「私の名前はこころ!『月兎つきうさぎ流』の刀士よ!」

「ああ・・・。」


俺はその流派の名前を聞いて左の方を見た。

その流派は知っている。道場通り一番北の端にある道場だからだ。折り返し地点なので目に入る。

読み方はゲット流だと思っていた。


「ここの子か。」

「子って言わないで!」

「ご、ごめん。・・・で、なんで俺に全力で走ってほしいんだ?」

「『月兎流』に入ってもらうためよ!」


少女はエッヘンと仁王立ちして言った。


「俺『桜花流』ってとこに所属してるんだけど・・・。」

「え、そうなの?じゃあ一旦辞めて。」

「いやいやいやいや。強引すぎるだろ。」


この町、人一人が所属できる流派は一つのみとなっている。

だからって子供使ってまで勧誘して、その上まさか辞めろと言ってくるとは・・・。


「お願い、おじいちゃんを助けたいの。」


こころはうるんだ目でそう訴えかけてきた。

いや・・・でもなぁ。


「・・・話聞くよ。」

「え?!いいの?」



こころの話はこうだった。

彼女の祖父は、彼女が幼いころ両親を亡くして以来、この道場で男手一つで育ててくれたらしい。

しかし、歳が歳なので最近体調が優れないそうだ。

こころはこんな町の端ではなく、医者が近くにいるところで生活しようと言ったが、『嫁と過ごした大事な思い出の道場だから捨てられない』と言った。

そのため彼女は、『月兎流』の新たな後継者を探して代わりに道場を運営してもらい、おじいちゃんを安心させようと考えた。

それで今に至ると。

おじいちゃん思いってのはわかった。でもなぁ・・・。


「君が後継者になればいいんじゃないのか?」

「無理!まだ若いから駄目って言ってくる。もう十分なくらい刀術は学んだのに。」

「だから後継者としてはちょうど感じの歳の俺を狙ってきたわけか。」

「そういうこと!ね、お願い!おじいちゃんが引っ越したらすぐやめちゃってもいいから!」

「うーん・・・。というか、後継者になるってことはそっちの刀術を覚えなきゃいけないんじゃないか?」

「当たり前でしょ?」


何言ってんだって顔してこっちを見てきた。


「俺『桜花流』の刀術を学んでる真っ最中なんだけど。」

「同時にやればいいでしょ!おーねーがーいー!」


袖を掴んで揺らしてくる。

スーパーで見たことあるなこういう子。

必死だなぁ。

しょうがない。


「わかったわかった。できるかわからんし、おじいちゃん騙すようで気が引けるけど・・・やるよ、やればいいんだろ?」

「いいの!?やったー!!」


彼女は満面の笑みで喜んでいた。





「じゃーあーここまでーぜんりょくでーはしってきてーー!!」


100メートルくらい先にこころちゃんが立っている。

脚の早さを測るらしい。

100メートル走・・・高校以来だな。

本気で走るから、愛用のスニーカ―の紐を久々に解いて結んだ。


「よーーーーい、はいっ!!」


彼女が手を叩いた。

俺は走り出した。

手を大きく振って、足を前へ前へ出し駆け抜ける。

いいぞ、結構早いんじゃないか?

【超強化】の時と【後払い】の時と比べるとそうでもないけど。


彼女のもとにたどり着いた俺は膝に手を着き息を整えた。


「どうだった?」


彼女は黙っていた。

もしかして速すぎたか?


「遅すぎ。」

「え?」

「おっそい!何あの走り方!足ドタドタさせすぎ!ひどすぎ!雑魚すぎ!雑魚のお兄さんって呼ぶね!」


なんだこいつ。


「雑魚はないだろ雑魚は。」

「雑魚だよ。止まって見えたもん。」

「じゃあ君はどのくらい・・・あれ。」


凄い風が吹いたと思ったら彼女が消えていた。

と、飛ばされた?

と思ったら、俺がさっき走り出したところで手を振っていた。


「はっや・・・。」

「速いでしょ?」

「うわっ?!」


もう俺の隣に戻ってきていた。

これはもう瞬間移動では?


「このくらいできないと免許皆伝できないんだよ?」

「・・・やめるわ。ごめんね。」

「えぇっ?!待って!お願い!雑魚って言ったのは謝るから!」

「無理無理俺そんな速くなれるわけないし。じゃ、俺まだ走らないといけないから。」

「諦めなければいつかできるよ!ねぇ~お願い~。」


進みだす俺の裾を掴んでくる。

俺が止まらないので彼女は地面にずられている。絵面やばいだろうな。

いや、協力はしてあげたいけどさ・・・。

後継者になるにはさすがに免許皆伝が必須だろ。多分。

真人間なんですよ俺は、異世界出身じゃないんだよ。

あんな速さは無理無理。

こういう時はきっぱり断って期待させないようにするべきだ。

そう思い心を鬼にして歩いている。

するとこころちゃんが裾から手を離した。

何かと思い振り返るとおもむろに小刀を抜いていた。


「速くなればいいんだよね?」

「・・・え?」

「いいこと考えた。」


変な汗が流れ出してきた。

嫌な予感がする。


「これから私が雑魚のお兄ちゃんを追いかけるから、走って逃げてね。」

「・・・は?」

「ちょっとずつ速くしていくから頑張ってね。」

「す・・・その小刀は何するつもりで抜いてるのかな?」


俺の声が震えている。


「追いついたらお尻の穴を増やそうと思って。」

「何言ってんだ?何言ってんだ??」


俺は慌てて腰を引いて距離をとった。

マジで何言ってんだこいつ!?

しかも何で笑ってんだ怖い!


「ああ穴は一個でいいです。」

「多ければ多いほどいいって言うでしょ!」

「言わねぇよ!」「頑張ってほら!行くよ!」

「聞けよおい待て待て待て」「よぉい」

「ああああああああああ!!!」「どん!」






「ただいま。」

「おあかえりなさい将斗さん・・・一段と速かっ・・・なんだか今日は・・・元気がないですね。」


俺は帰るなり道場に寝転んだ。というか倒れた。

聖さんは本物の刀で素振りをしていた。


「もう・・・走りたくない。」

「・・・頑張りましょう。」

「はい・・・。ところで聖さん、俺のお尻、穴空いてたりしませんよね?」

「・・・空いていませんが・・・?」


よかった。いや良くねぇ。

朝走るのはクソだ。二度としねぇ。


「おにーさーーーーん!!!!」

「うわ」


門の外から少女の声が聞こえてきた。


「明日も待ってるからねーーーー!!!」

「うわぁぁぁ・・・・。」


俺は床に突っ伏した。


「・・・今のは・・・?」

「悪魔。」

「・・・こわいですね。」


マジで変な人ばっかだこの町。

だが一番変なのは何を隠そう―


「将斗さん・・・将斗さん・・・。」

「何ですか?」

「お買い物に行きましょう。」


―この人橘聖さんだ。

服を着られない。風呂に一人で入れない。布団を敷けない。洗濯ができない、などなど・・・。

でも料理と刀術はできるという。

どうやって生きてきたんだ、この人。

他の人たちに比べて何を考えてるかもわからない分、謎だ。

一緒に暮らしてるのに本当に一番わからない人なんだ。

謎の人物、『晴さん』がカギを握ってそうだが・・・。



「将斗さん?」

「あ、すいません、考え事してました。」


聖さんと俺は町の西側の通りを歩いていた。

食料品はこの道で買うのが良いと、晴さんが言っていたらしい。


「今日は・・・お野菜を買います・・・お鍋にしようかと・・・。」

「どうしました?」


聖さんは途中まで言いかけて黙ってしまった。

何かを見ていたので見ると、空き地があった。

その前に男が一人項垂れて座っている。


「将斗さん・・・彼困ってそうです。行きましょう。」

「え、え?聖さん?」


早足で項垂れた男の方へ歩いていくので慌ててついていった。

俺たちが近づいたのに気づいた男はわかりやすくため息をついた。


「はぁ~あ。」

「どうかしましたか・・・?」

「どうしたもこうしたもねぇよ。親戚が病気で金が要るから家を壊してこの土地を売ろうとしたのに誰も買い手がつかねぇんだ。あぁクソ!世の中クソだ!」


凄い棒読みなのは気のせいか。

演技だろこれ。超胡散臭い。

家立ってたって割には草生い茂ってるし。


「将斗さん。」

「行きましょう聖さん。これ多分」

「土地・・・買いましょう。」

「え?・・・・え?」


なんて言った?

買うって言ったのか?

嘘だろ。


「そうかそうか!買ってくれるか!ありがとう嬢ちゃん!」

「おいくらですか・・・?」


聖さんが財布を取り出した。

おいおいおいおい。


「何してんですか。絶対嘘ですって。」

「将斗さん。困ったときは助け合いとお父様が言っていました。助けましょう。おいくらですか?」

「銀貨8枚だ。」

「どうぞ・・・。」


聖さんは迷うことなく銀の硬貨を8枚手渡した。

駄目だろ!

土地の売買でお金手渡しは危なすぎるって!


「いや本当に怪しすぎですって!」

「ありがとうな嬢ちゃん。これ土地の証明書。じゃあな!」

「ああ・・・。」


男は俺を完全に無視したまま紙を聖さんに渡すと逃げるように走っていった。

渡された紙を見てみると、土地証明書と書いてあった。


「これ正式なやつですか?」

「はい。おそらく。」


『おそらく』は一番不安だよ。

すると聖さんはビクッと何かに驚いたような動きをした。


「・・・将斗さん・・・大変です。」

「まさか・・・。」

「お野菜が買えません・・・。」


聖さんがひっくり返したお財布からは銅貨が3枚落ちてきただけだった。

価値は教えてもらってないけど、これじゃ足りないんだな。

何してんだ。




帰り道クソ役・・・九兵衛さんに何とかならないか聞いたところ。

「口頭でのやり取りだったっぽいッスけど、貰うもん貰っちゃってるから無理ッスね」と言われた。

一応証明書は本物らしい。ただ・・・銀貨8枚の価値はないとのこと。

その土地。水道は通っておらず、なぜか雑草が生えやすく、あとなんか幽霊が出るとかで、多めに出しても銀貨1枚の価値だそうだ。


「すみません・・・。」


聖さんはしょんぼりしていた。

流石にやらかしてしまったということは理解しているらしい。

いやだとしても何してんだこの人。

・・・そんなことより、俺の目の前のこの光景はなんだ。


「聖さん、それ、大丈夫なんですか?」

「ええ・・・大丈夫です。」


聖さんが、涼しい顔で米俵を二つ担いでいた。

この町、米を町の見回りをしてくれる刀士に無料配布するという若干心配になるシステムを採用している。

聖さんに野菜も変えないからできるだけ米を貰ってそれで凌ごうと提案され貰って来た物なんだが、俺は一つですら持てなかったアレを本当に平気で担いでいる。


「どうしました?」

「い、いえ・・・。」


馬鹿力ということが判明して、より彼女の謎が深まるばかりだった。




屋敷に戻ると門の前に誰かがいた。

すると大きな音を立てて聖さんが米俵を落とした。


「晴姉さん!」

「ん?ぐほぉっ!」


聖さんの猛スピードの突進にその誰かはうめき声を上げて倒れた。

近寄ると聖さんがその人に頭をすりすりこすりつけていた。

その人は眼帯をした・・・女性?だった。

いや女性なのかな。腕の筋肉がすごい。でも胸あるんだよな。

というか聖さんが今晴姉さんって言ってたな。


「おおよしよし、元気にして・・・ん?誰だよアンタは。」


晴さんはこちらを見ると不思議そうな顔をした。

目つきが鋭い。少しだけ怖い。

すると聖さんが晴さんに耳打ちをした。


「ん・・・?・・・なるほど・・・は?なんでそんな面倒な。・・・はいはいわかったわかった。」


耳打ちが終わったのか聖さんに抱き着かれたまま晴さんが立ち上がった。

腰には酒が入ってそうな壺と、刀が下げられていた。


「今聞いた。将斗っていうんだろ?俺が『天剣流』の晴だ。俺がいない間、こいつの世話してくれてたんだってな。ありがとう。」

「どういたしまして。」


手を差し出してきたので応じた。

なんか礼儀正しいな。一人称が俺だったり、見た目が怖かったりするが意外と普通の人なのでは?


「いやちょっと待て。」


晴さんが固まった。握られた手が離せなくなっている。

超固い。


「世話って・・・風呂はどうした。」

「・・・え?」

「こいつ風呂一人じゃ入れねぇんだけど。どうやって入ったのか教えてもらおうじゃねぇか、ええ?!」


この人はなぜ左手をグ―にしているんでしょうか。

あと、風呂の話をしないでいただきたい。

風呂以外の時間は風呂のことを考えないようにしているのだ。

というのも、体が洗えないというので本当に一緒に入ってるからで、思い出さないようにと普段から深く考えないようにしているからで、ミストに対しての罪悪感で死にそうになるからだ。


「まさかとは思うが一緒に入ったりしてねぇよなぁ?」

「ま、まさか~。」


怖すぎて嘘ついてしまった。

正直に言えるわけない、一緒に入ったなんて。

でも一応見ないように努力は最大限した状態での作業だったし、前面は自分で洗ってもらったし・・・頑張ってんだよ俺だって!

よし、言おう!今からでも遅くな

「ハハハ、だよなぁ?!」

「ははは。」


晴さんは安心したのか笑っている。

つられて俺は乾いた笑いが出てきた。

こわ。撤回できねぇ。


「あら・・・?」


聖さんが不思議だと言いたそうな顔をしている。

晴さんがゆっくり聖さんの方を向いた。


「どうした?」

「私、昨日は将斗さんに・・・体を洗ってもらったはずですけど。」

「ほう。」


晴さんの首がギュンとこちらに向いた。

目が血走ってるのか知らないが赤く光っている。

これは完っ全にお怒りだ。

終わった。


「俺の娘によくもまあ。」

「・・・。」


娘ではないだろ。

晴さんの拳が昇ってくる。

てか何回目だこのパターン。

この世界来てから良いことないな・・・


「帰りてぇ・・・。」


なんか涙でてきた。

野蛮な人が多いからオチを付けやすくて非常に助かる

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