第58話 桜花流道場での生活
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将斗が桜花流の屋敷で朝を迎えた頃。
白い部屋では―
「どうですか?将斗さんの様子は。」
「さあな。」
「さあなって・・・咄嗟に逃がしてくれたことには感謝をして―」
そこまで言いかけた神様に男の神は手で制し、これ以上発言しないように促した。
そしてこめかみを叩いた。
神様はその合図に軽くうなずく。
―サークリーが興味を無くすまでは迂闊にもあいつの話をするべきじゃない。―
―・・・そうですね・・・。しかし一体いつから将斗さんに興味を持ったのか・・・。―
―さあな。―
二柱は言葉を用いず、いわゆるテレパシーで会話していた。
はたから見れば彼らは黙って見つめ合っているようにしか見えない。
―そういえば、世界の構成が私とは違うはずですが、大丈夫ですか?―
―どうだか。俺の世界は一応魔力のようなものはある。ステータスウィンドウってやつの設定はしていないが、何とかなるだろ。―
―え、【ランダム】を使うためにはステータスウィンドウが必須なんですけど・・・。―
―・・・。―
―今すぐ設定してください!―
―無理だ。今迂闊にもあの世界と接触を測ればサークリーに権限を持ってかれる。―
―じゃあ、一瞬で捻じ込みましょう。―
―何をだ。―
―スキルをです。一瞬ならさすがに『名付き』でも反応できないと思われます。―
―なるほどな。ついでに【ランダム】が使えねぇから、モノによっちゃ世界自体のバランスにも問題ねぇな。―
男の神は一瞬考えた。
―・・・やる価値あり・・・か。だが俺は甘くねぇ。与えるスキルはあいつの努力次第で効果が出るものにしてやる。―
―こっちの都合で急に送り出したんだからちょっとは譲歩してあげたらどうですか?―
男の神はそれを聞くと神様にデコピンをお見舞いした。
「にゃっ!?」という謎の悲鳴を上げて神様は吹っ飛んだ。
「・・・一番都合よく使ってたてめぇが言うんじゃねぇよ。」
そう言って男の神はどんなスキルを送るか考え始めた。
「―ということです。・・・将斗さん、だいじょうぶですか?」
「・・・ぁい・・・大丈夫です。」
俺は頭をふらつかせながら答えた。
眠すぎる。
本能と理性が互いに全力でぶつかり合って寝れなかったせいだ。
今思うとよく耐えたな。
障子の外は暗いオレンジ色になっている。夕方の終わりごろか。
そら眠いわ。
「他に聞きたいことは・・・?」
「いえ、ありがとうございます。もう大丈夫です。」
なんでこんな時間になったのかというと、この世界のことを彼女に聞いていたからだった。
長くなっても良くないからと、そんなに質問しないつもりだったのだが、彼女の会話のテンポが非常にゆっくりなため、結果的に長くなってしまった。
「・・・お風呂にしましょう。・・・お湯、入れてきます。」
「あ、どうも。」
彼女はゆっくり立ち上がり部屋を出て行こうとした。
その時、空中で何かを下に引いているのが見えた。
彼女が障子に手をかけた時、天井で光が明滅した。
何かと思って見上げると、明かりがついていた。
明かりはなにやらごつごつした石のようなものから出ていて、その周りを四角い箱が包んでいた。
ぱっと見、一般的な部屋の照明に見える。電球が石になっている以外は普通の見た目だ。
謎の技術すぎるな・・・どうなってんだろ。
「そんなことよりも・・・明日からか。」
実は俺は流れでここに住むことになったのだった。
まあ、道場だから鍛えてもらえるし、毎日一緒にいるから目的のスキルを持っている当人を探さずに済むからいいっちゃいいんだけど。
彼女のどこか抜けている所に振り回されそうで怖い。
しかも、「明日から稽古を始めます」と言われている。
精神と肉体が持つかが心配だ。
「ま、消えたくはないから頑張るか・・・。」
俺は覚悟を決め彼女が戻ってくるまで寝転んで休むことにした。
考えることもないので、彼女が長々と教えてくれたことを整理することにした。
まずこの町は『神威』という名前らしい。
大通りが三つ北から南に延びていて、一番東側の通りが道場通りなんだそうだ。
次になぜこんなに道場というか、流派が多いのかという質問をしたが、この量は普通のことなので分からないと言われた。
しかし、この世界での戦闘方法を聞くことができた。
この世界で戦う者は皆、刀を使うらしい。
ちなみにその人たちを刀士と呼ぶそうだ。
刀士たちはどこかの流派に属することで、刀術と呼ばれるものが使えるようになる。
刀術というのは彼女がやっていた桜花流『花札』が該当する。
要はスキルみたいなもんだろう。刀スキルみたいな。・・・ないかそんなの。
あと魔力はやっぱりないらしい。
ただ・・・『闘気』ってものはあるそうで、力を籠めると出ると言っていた。
この辺はもっと詳しい人に聞いた方がよさそうだった。
「あの・・・。」
脳内を整理している所に彼女が戻ってきた。
「お湯はどうやっていれればいいでしょうか?」
「それはあなたが知ってるべきだ・・・。」
俺はそうぼやいて彼女にお風呂場へ案内してもらった。
脱衣所を通り戸を開けると、人が入れるサイズの丸い木でできた浴槽があった。
その横に、誰が見てもわかる蛇口がついていた。
「蛇口ついてんじゃん・・・。」
俺はそう言いながら赤い方の取っ手を捻ってみると、案の定お湯が出てきた。
思っていたより技術が進歩している世界みたいだ。
「出ましたよ、お湯。」
「すごい・・・。」
おうなんだ?馬鹿にしてんのか?
すると彼女は何かに気づいた顔をした。目がちょっと大きく開いたから多分驚いているのか?
何に?
「夕ご飯作ってきます。」
「えっ・・・。」
そんな驚くほど重要か?
呼び止める暇のない速さで、彼女は風呂場を出て行ってしまった。
ついていこうにもこの蛇口は流石に自動では閉じないだろうからお湯が十分張れるまで待った。
その後かなり美味い夕飯を食べ、風呂に入り、風呂の入り方が分からないと言いながら裸で部屋に入ってくる彼女に対し邪になろうとする心を何とか抑え込み、頑張って風呂に入れさせ、体を拭いてあげ、寝間着を探して、着させてあげて、最後に彼女の部屋と、使っていない部屋に布団を敷いた。
なにこの仕事量、介護か?
俺は部屋に入るなり布団に倒れこんだ。
そもそもなんであの人はこんなに何もできないんだろう。
今まで不思議なことが合っても多少は異世界だからと納得してきたが、この人転生者なんだよな?
現実・・・って言ったらこの世界に失礼か。
元の世界でもこんな感じだったのか?ありえんだろ。
なんか理由でもあんのかな・・・。
「いやもう無理。寝よう。」
限界だった。
理性で抑え込んで精神的に疲れた上、肉体的疲労と睡魔のトリプルパンチを受けているので、考えるのを止めて寝ることにした。
布団はちゃんと洗濯されていたため、ふかふかで寝心地がいい。
これなら簡単に寝られそうだ。
・・・・・・。
・・・・・。
・・・。
スーッ
と、そんな音がした。
ふすまが開く音だった。
俺が今いる部屋のふすまからなった気がする。
「・・・?」
そしてもう一度同じ音がした。
トンと音がしたのでふすまが閉められたみたいだ。
俺は一瞬あの人がトイレにでも行って部屋を間違えたんだろうと思い込んだ。
直後、畳を踏む音がした。
徐々にそれは近づいてきて、隣に来て止まった。
俺は薄目を開けて隣の様子を見ようと寝返りを打つと―
ドサッと重いものが床に落ちる音がして俺は驚き目を開けた。
橘聖が隣に布団を敷いていた。
そして彼女は何も言わず布団に入って寝始めた。
「あの。」
「んんっ・・・?・・・何でしょう・・・?
「そこで寝られると部屋を分けた意味が無くなっちゃうんですけど。」
隣で寝られるとおそらく明日の朝抱き着かれてたりするんだ。
知ってんだよ俺は、そういう展開を。
問われた彼女は少し黙ってから、口を開いた。
「・・・。夜は・・・寂しいので。」
「・・・。」
その発言の後、一定のリズムで寝息が聞こえてきたので、きっともう寝ているんだろう。
寂しいので、か。その時表情の変化が乏しいはずの彼女の横顔がどこか悲しそうに見えた。
「・・・どうせ俺が出てってもついてくるんだろうしな。」
俺はもう諦めて寝ることにした。
明日朝に控えているエロハプニングを覚悟しながら。
俺は草原を走っていた。
知らない場所だ。
誰かに追いかけられている。
笑っているから、遊びだな。多分かけっこか何かなんだろう。
追いかけてきているのは・・・
「・・・起きてください。将斗さん。」
「んぁ?」
声をかけられた瞬間、さっきのは夢だとわかった。
もう朝になっていた。
なにやらいい香りが漂ってきている。
「朝ごはんです。」
そう言って橘聖は部屋から出て行った。
「エロハプニングは・・・?」
いや別に期待してないけど。
全然期待してないけど。
頬が落ちるとはこのことかとわかる朝ごはんを食べ終わり、俺は稽古場に連れていかれた。
ミストから新調してもらったシャツとズボンから道着に着替えた。
大事なのでかなり丁寧にたたんだ。
稽古場も畳だったので他の部屋とあまり変わらない気がしたが、畳の硬さがここだけ少し硬くしっかりしているので一応区別はできるようになってるっぽい。
「では稽古を始めましょう。」
俺と同じく道着姿になった聖さんは俺の目の前に立つとそう言った。
桜花流の稽古とはどんなものなのか。少しワクワクしている。
しかしついていけるかどうか心配だ。
「お願いします。」
数十分後
パチ・・・パチ・・・と道場内に音が響いていた。
「・・・。」
「・・・。」
「三光で・・・あがりです。」
「あー、負けたー。・・・じゃねぇ!」
俺が立ち上がると聖さんは少し驚いていた。
「・・・どうしました?」
「だって稽古するって言ってたのに何で普通に花札で遊んでるんですか?俺たちは。」
その通り。
稽古が始まって数十分ずっと花札をやっていた。
この世界の花札の柄はもとの世界と同じだった。少しだけやったことがあったため少しルール確認をすればプレイはできた。
「・・・必要なので・・・。」
そう言って彼女は山札をシャッフルし始めた。
まだ続けるのか・・・・。
こんな感じで俺、ちゃんと帰れんのかな・・・。
4章途中で5章を考えていたが、刀を使う世界だけど『型』というワードをはもうこのご時世迂闊に使えないため最高に困っていた。